053ミハル・アイヴァス『黄金時代』
高校生には難しいかもと思いつつも、読み終わったときの達成感が凄い作品です。
今まで高校生ぐらいに地妖土良い感じの作品を挙げてきましたけれど、ネタ切れ感も蟻ちょっと背伸びした題材もあげていきたいと思います。
ただ基本的には全部面白い作品ばかりです。
「これは本当に凄い本ですよ!」
今日は珍しくわたしより後に図書室に入ってきた栞は一冊の本を鞄から取り出しながら、息せき切って駆け寄ってきた。
「えっ何それ、怖い」
怖いといわれたのが心外だったようで、ぷうとむくれつつも、これですこれといって本をグイグイと押しつけてくる。
「分かりました! 分かりましたってば!」
本のタイトルは『黄金時代』だった。
「チェコの作家のミハル・アイヴァス『黄金時代』です。何より引かれた惹句がこの帯の古川日出男による、千夜一夜は完全にアップデートされた。ボルヘスが冥途で悔しがっている。という文句ですね」
「じゃっく? 豆の木……」
そんなわたしの呟きを聞いているんだかいないんだか無視して栞が続ける。
「ミハル・アイヴァスはこの本の他に『もうひとつの街』という作品がありますが、内容というか構造的には『黄金時代』と一緒で、二つの異なる世界が重なり合っているような構造になっています……というと簡単なんですが、実際にはもっともっと複雑です。SFやファンタジーといった趣もあり面白いですよ!」
しかし、まあ分厚い。
わたしも最近「ちょっとぐらい難しかったり分厚い本でも挑戦してみようかなあ」といってたので、嫌とは中々言い出しづらい。
とりあえず内容を聞いてみようじゃないかという所である。
「と、いうことで解説お願いします……」
「仕方ないにゃあ……」
「にゃあ!?」
その突っ込みには全く構わず栞の解説が始まる。
「ミハル・アイヴァスはチェコの作家ですね。チェコのさっかというとノーベル賞もとったヤロスラフ・サイフェルトがいますが、このヤロスラフ・サイフェルト賞というのを先ほどチラリとタイトルを出した『もうひとつの街』という作品で取っています。なんだか町中を鮫が泳いでいたり人さらいの電車が出たりとワチャワチャした内容ですが、そのワチャワチャした構造をそのままアップデートしたような内容になっていますね。物語の構造自体は一緒といっていいです」
「どんなです?」
「旅をしていた主人公が三年ほど滞在した不思議な島の回想から始まります。その島では香りで時間を告げる時計や上の町と下の町、不思議な貝料理、無限に続くように思われる本……そんな不思議なギミックが沢山出てきます。そうした島の不思議な物を解説しながら、主題は今いった不思議な本の内容について語られていきます」
「へーファンタジーだね」
栞は「はい」といってニッコリと笑い、本を開く。
マニキュアを塗っている訳でもないだろうに、爪がキラキラと光を浴びて綺麗である。
「色んな話が同時に走っており、その話が時に現実に流れ込んでくるので、しっかりと把握しているつもりでも頭の中がかき乱されます。後半のメインの話は、本の話です。その本は色々な人の元を渡り歩き、それを手にした物は注釈に注釈を重ねたり、新しい紙を挟んで新しい物語を始めたり……と無限に続くような話を続けているんですね。その中では美学の話だったり、リンゴが落ちる所を微分的に切り取った動く彫刻の話や、水を固めた彫像の話など出てくるのですが、まあ変わった話というだけでなく、かなり邪悪な登場人物も出てきます」
ほへーっといって感心する。
「動く彫刻とか香りで時間の分かる時計っていうのはなんか不思議ね」
凄い想像力ですよねといって続ける。
「このお話の難しい所はバウムガルテンですとか、スーヴェストル=アランだとかそういう人たちが何の説明もなく出てくる所ですね。私も流石にカバーしきれないです!」
へーといいながらボンヤリと思った。
あの「汐里」という人物ならどうなのだろうかと。
「あの人の話はやめてください」
「あっ、はいすいません……あれ? わたし口に出していったっ……」
「気にしないでください」
なんだかよく分からないけれど栞がややご機嫌斜めになってしまったので、はい……といってしゅんとしてしまった。
「まあそんな感じで非常に面白い本なのは間違いありませんが、中々難解な本でもあるのは確かですね。ただ読み終わったときの達成感と、この物語を最後まで読み切ったという一種の開放感のようなものは中々得がたい読書体験かも知れません。私はある種このような達成感を得るために本を読んでいるのかも知れないと思わされました」
「栞がそこまでいうのは中々珍しいねー」
「はい。チェコの作家というと、先ほどのヤロスラフ・サイフェルトの他にはパトリク・オウジェドニークという方しか存じないのですが、このオウジェドニークという方の『エウロペアナ』という本も凄い面白いです。以前お勧めしたデイヴィット・マークソン『これは小説ではない』に似た作風の本も、これが凄い面白いので是非とも読んで欲しいですね」
わたしはちょっとドギマギしながら、恐る恐ると「その本はお厚くて?」と聞くと。
「いえ『エウロペアナ』は薄いです」
と、栞さんが仰るので、ならば読もうと思った。
「さんづけは禁止です!」
間髪おかずに釘が飛んできた。
「いや、ごめんごめん! ってわたし口に出て……」
「気にしないでください」
「あっはい……」
なんか釈然としなかったけれど、そこに触れるとなんだか恐ろしいことになる気がしたので黙っていた。
「それで、その本中々分厚い上に難しいみたいですが……果たしてわたしに読めるのでしょうか?」
そうですねーといっていつもの様に下唇に指を当てて「むー」と考え込んでいる。
「『黄金時代』は全部で五十八の章からできています。章によっては極端に短かったり長かったりというのは確かにあるのですが、リズムに乗って読めば、一日二章ぐらいは頭に負担が掛からずに読めると思うので、そうですねーこの本読みつつ、息抜きに違う本読んでいても一月か遅くても一月半ぐらいで読み終わるのではないでしょうか?」
「読書の息抜きに読書とな!」
「私は同時に四冊程度読んでいますね。一冊を集中して一気に読み終わらせることも勿論多いですけれど、難しい本読むときは平行して息抜きしつつですね! まあ集中力がないといわれればそれまでなんですが、やっぱり一気に読み終わらせることの出来るエンタメ作品も読みながらとかだと割とストレスなく読めますよ! 私も『黄金時代』は結構難しかったのでライトノベルとか久しぶりに息抜きに読んでいました」
「えっ! 栞がラノベを……!」
「確かにライトノベルを読んだのは久しぶりでしたけれど、私も割と雑食な方ですから……」
意外といえば意外だったけれど、まあ栞なら読んでいても全然おかしくないだろうなとは思った。
「なんて奴読んでいたの?」
「秋山瑞人『イリヤの空、UFOの夏』という作品です。面白く読めましたよ!」
「わたしもラノベの方がいいかも……」
「じゃあ両方お渡しするので、両方読んでみてはいかがですか?」
「うわーっ本がどんどん重なっていく!」
「積んだ本を崩していくのはとても楽しいことですよ、私は今王小波『黄金時代』という本を読んでいます。まあタイトルが『黄金時代』と同じだったので選んだだけですが、面白いですよ! 読み終わったらこちらもお渡ししますので是非に!」
「ひえー黄金時代に襲われる!」
「まあまあそういわずに、私にとっては詩織さんとこうしてお話し出来ている今こそが黄金時代なんですよ……」
栞がちょっとだけはにかんで、よく晴れた外に視線を流す。
あ、これちょっと恥ずかしがっているんだと少しだけからかってやろうかという意地悪な気持ちが沸き上がってきたけれど、何故だか心臓がドキドキして紅潮してしまう。
これはどういう気持ちなんだろうか?
わたしにとっても、中学の頃からすると栞という友達が出来て、生活に色が戻ってきたような気がする。
これが黄金時代という奴なのだろうかと思って、一歩前に出て栞の手を取る。
「じゃ一緒に読もうか『黄金時代』!」
栞が「はいっ!」と快活に返事をした。
わたしと栞の視線が真っ直ぐと刺さり合って、なんともいえない満足感に浸った。
これが黄金時代で青春って奴なのかなって一人感慨深くなっていた。
題材に悩んでいますが、次も何か面白い本あればあげていきます。
おすすめの作品などありましたらお気軽にお声かけてください。




