052エイモス・チュツオーラ『やし酒飲み』
ナイジェリアの伝説的作家であるエイモス・チュツオーラの『やし酒飲み』です。
イメージの爆発する作風です。
邦訳は他に『薬草呪い』があります。
アフリカの有名な作家ですぐ思いつくのは。
J・M・クッツェー
ナギーブ・マフフーズ
ウォーレ・ショインカ
辺りでしょうか、なじみは少し薄いと思うのですが、中々奥深いジャンルではあります。
「このぐらいわたしでも書けそう……」
「そう思わせるところが凄いんですよ」
栞から渡された本はなんだか良く分からなかったけれどファンタジーなのかなと思った。聞いたこともない人の本……というか教科書に載っているような日本の有名な文豪以外は栞に薦められた本で分かる物はほとんどなかったけれど……。
日本の作家でもよく知らない人もちらほらいた気がするけれど、まあ気にしないことにする。
アフリカの作家だという。
エイモス・チュツオーラ『やし酒飲み』という本だった。アフリカにも作家がいたんだ……というのが一番最初に浮かんだ感想で、それを無邪気にポロリと口に出したら「そりゃいるに決まっています……ノーベル賞取った人だって二人や三人ではないです……」とアフリカの人に失礼だというニュアンス含みでいわれた。
若干申し訳ない。
「でもさ、でもさ。ですます口調と言い切りが混ざってたり、なんかやたらと都合いい話だし、なんかわたしにも書けそうじゃない?」
栞は下唇に細くて白い、いわゆる白魚のような指を当てて、うーんと考え込んだ。まあ白魚って見たことないけれど多分ああいう綺麗な指をいうのだろう。
「マジック・リアリズムの話は以前お話ししましたよね?」
「あー……なんか聞いた覚えが」
「まあ込み入った話かも知れないですよね」
と、栞は苦笑する。
「ヒントは百年の何とかです」
ああ、そうだそうだ、今度は思い出した。
「『百年の孤独』だ!」
今度はにこりと笑い「正解です!」という。
なにやらとても嬉しそうにしている気がするのは何でだろう。
そこら辺はよく分からなかったけれど、栞が楽しそうにしているとわたしも嬉しい。
「で、そのマジック・リアリズムがとても効果的に使われているのですね。定義的な話は以前お話ししたのでさらりと流しますが、簡単に言うと、土着の信仰と現実が混ざり合って超常的な現象が現実の物として起こっていること、そして政治的なメッセージがバックボーンにあるということで、この『やし酒飲み』は全部それに当てはまっているんですね」
いわれてみると、政治的な話はよく分からなかったけれど、まあ土地の神様だとかが出てきたりして神話っぽい感じの話がどんどん出てくるし、そもそも主人公が自分のことを「神の父」とかいっていた。
何やら変身したり不思議なアイテムを使ったりして難を逃れたりしている割には、一番頼りになる武器が鉄砲だったり、トラックとかが普通に走っていたり、それどころか飛行機まで話に出てくるのに、基本的にはファンタジーっぽくてちょっと混乱したりもした。
「神話っぽいっていうのはなんとなく分かるかなあー」
「前にもちょっと触れましたけれど『千の顔を持つ英雄』なんかを読むと神話の構造とか分かって面白いですよ。この話の作り『オデュッセイア』で見たなあとか分かって面白いですよ!」
「えーでも難しそう!」
難しそうだなーといって天を仰ぐ。
「まあそれは後に置いておいてですね、この話の現実の政治的な部分というと、ナイジェリアでは独立戦争なんかが起こっていて、チュツオーラのヨルバ族もそれに巻き込まれたりとか色々あったようで、異なる民族との不和なんかが現れているそうです。全体を通して死のメタファーが現れていることは多分見て取れると思うのですがどうでした?」
振り返ってみるとそんな感じの事は色々書いてあった気がする。
「確かにいわれてみるとそうかも。髑髏の男がいたり、死神が世の中に放たれたり、あとは自分の死を売り飛ばしたから死ななくなったりとかは凄いなと思った。あと最後の最後で色々面倒見てやった町の人とか友達とか老人から子供に至るまで数百万のムチで叩き殺したりとか凄い話だよねあれ」
栞は満足そうに頷く。
「ですです。死が身近にあるんですよね。特に死に満ちているのが森、つまりブッシュで、ここに入ると神様であっても死の恐怖がつきまとい、逃げるのにとんでもない労力を払うことになります。この森への恐怖というのはアフリカの人々の中に深く根ざしている物だそうです」
へーとかほーとかいいながら傾聴する。
「まあ、それがファンタジー作品のように感じるのでしょうね。それはさておき文章が拙いというような話は、発表当時からいわれていて、アフリカでは英語が満足に出来ないうえにこんな数々の迷信が色濃く残っていると思われる恥さらし作品といわれてウケがあまりよくなかったようです」
「かわいそう……」
「文章の癖については、元々ヨルバ語の他に使われていたピジン英語という日常英会話が元になっていて、その独特の訛りみたいな語りの癖や音程を再現しているのではないかといわれていますね。それが日本語訳したときに、ですます言い切り混交の文章になっているのですが、素朴といえば素朴。拙いといえば拙いと思える部分は確かにあるので、まあこれが欧米に広まったときに『あんな作品をアフリカの代表的な作品というな!』って思う人が出るのも分からないでもないですが、そこがチュツオーラの狙いでもあるみたいですね」
「ふーん、計算ずくなんだー」
というと栞はまた頷いて「そうなんです」という。
「アフリカの文学は私もそんなに読んだことがないのですが、中々強かな作品が多いようですね。だからこういう作風の作品でも安易に自分でも書けそうと思ってしまうのは中々危険というか、錯覚であるのですよね」
「なるほどなあ、ちょっと舐めてかかってたかも。ごめんなさい」
「分かればよろしいのです」
「でもああいう、思いついた要素全部乗せ見たいなお話が許されるのなら、わたしも結構妄想するから色々かけるかもかも」
「妄想……ですか?」
栞がちょっと興味あるというような感じで身を乗り出す。
「例えばこの図書室にいるときにテロリストが乗り込んできて……そして人質にされる栞!」
「私が人質に!」
「そしてそれを助けるわたし! カッコいい!」
あははと栞が笑い、まあそういうのもありですかねーなどという。
「テロリストが栞をこうあれこれとしちゃうのも……いいかなっと!」
といって栞に飛びかかり、抱きすくめるとワチャワチャと体中揉みしだいてやった。
わわわわわ、と大慌てする栞に構わず、うひゃひゃひゃテロリストは恐ろしいのだといいながら体中弄っていると、栞が急に「あっあっ」と色っぽい喘ぎ声を上げるので、止め時が分からなくなってしまった。
甘い吐息が鼻に掛かり、わたしも「あっあっ」と変な声が出てしまう。
ひとしきり絡み合った後、ごめんなさいごめんなさいといいながら栞の首筋を思いっきり鼻を鳴らしながら香りをかいでいるとクラクラとしてくる。
そして二人してへたり込んだ後、その場にへたり込んでしまった。
「汚れちまった悲しみに……」
と栞がぽつりと呟く、腰が砕けて立ち上がれない。
「……ごめんなさい」
「……許します。だからこれ読んでください……」
いわれて差し出された本はやたらと分厚かった。
こんな時まで本のことばかり考えているのは流石だと思ったけれど、ちょっと頭の中がそれどころではなかったので、クールダウンを計ろうとしたものの、思考が追いつかないので
そのまま受け取り「はい」と素直に受け取った。
わたし達はどういう方向に進んでいるのだろうか……。
わからん、何もわからん……。
女の子がイチャイチャする所の下限が全く分かりません。
あんまりねちっこいと汚くなるような気がするので、次回以降もっと薄めの描写にしたいと思います。
ただこういうこと女子校であったよというはなしをちょっと伺う機会があったので、それに準拠しています。
いいのかなこれ……。
自分では何もわかりもうさん。




