045イタロ・カルヴィーノ<我々の祖先>三部作『木のぼり男爵』
お久しぶりです。
本のストックはあるので年内もう一度ぐらい更新したいと思います。
「ん、読み終わりました」
読み終わったのです。
イタロ・カルヴィーノの『木のぼり男爵』を。
「どうでした?」
栞がぐぐっと顔を寄せてくる。
近い、近いです!
栞の鼻息が若干荒い。
「いや、はい、面白かったです……」
「よかった!」
「なんか世界文学とかいっているから難しいのかなと思っていたけれど、普通にエンタメしていたね」
「そうなんですよね。他の本もそうなんですが、面白いか面白くないかと聞かれたら面白いからこそ未だに出版され続けている訳なんですよね」
そういって、体勢を整えるために栞が顔引く。
パーソナルスペースが狭すぎる!
「空洞の騎士に、まっぷたつに引き裂かれた青年貴族、そして家族のもめ事が理由で木の上に住み続けることにした将来の男爵である貴族の子息。これだけ見てみると本当に奇抜でワン・アイデアで駆け抜けていくのかと思っていたら、綿密に計算されているんですよね」
「わたしはあまり凄い事いえないけれど、確かにちゃんと色々考えているんだなーってのはなんとなく分かりましたよ」
「そうなんですよ。以前もいった記憶がありますけれどカルヴィーノは《文学の魔術師》と呼ばれているだけあって、その手腕は凄いです。題材は『ほらふき男爵』ことミュンヒハウゼン男爵の話だったり『狂えるオルランド』だったりするのですが、それを当時の世相に併せてアップデートしているんですよ。そして『木のぼり男爵』にしても地上と下界に別れた世界という現代社会の寓話なんですよね。因みに『狂えるオルランド』は、ノルウェー・ブック・クラブの選出する世界の文学百選で一位を取った『ドン・キホーテ』のセルバンテスも参照にしていたりするんですよね、そして元のネタから更に現代的なアプローチをしつつ、面白いエンターテイメントとして作っているという凄い人なんですよカルヴィーノは!」
いつになく早口の栞に圧倒されながら、うんうんといいながらカクカク首を振っている。
なんか目が回りそうだけれど、こう一人の作家の代表作を読破した事がないのでなんだか達成感がある。
「これって確かシリーズだったよね? ほら表紙に《我々の祖先三部作》って画いてあるけれども、前に教えて貰ったとおり、繋がりは殆どない……っていうか舞台になる国もバラバラっぽいしどうして三部作ってしたんだろうね」
栞はそれを聞くとまた不敵な笑みを浮かべる。
「詩織さんは三部作を全部読んだときに、繋がりはほとんどないとおっしゃりましたけれど、実際のところ何故全くないではなくて、ほとんどと無意識にいったか……そこを掘り下げていくと面白いかも知れないですね!」
「ん、んー? そういやなんでほとんどとかいったんだろう。騎士とか、子爵とか男爵とかそういう貴族が出てくる話だからかな?」
「書かれた時代を見てみると分かってくるかもしれないですが、五十年代の戦争が終わった後に書かれていることに注目したいですね。カルヴィーノは戦時中イタリア共産党に所属し、パルチザン活動に身を投じますが、戦後はイタリア共産党からも身を引いて、前にもちょろっとお話しした《ネオ・レアリズモ》を立ち上げます」
わたしは頷きながら、そんなこといってたなあと思い出す。
難しいことは分からないけれど、それがなんか現実に関係あるようである。
「ざっくりとしたことを言うと、当時の世相を反映させた作品なんですよね。イタリア……ひいては世界全体にはびこる階級の差や民衆達が受けた理不尽や為政者の態度なんかが正に昔話の体で現代の寓話として描かれているのですよね。そういう所を詩織さんは感じ取ったのではないでしょうか?」
わたしはカクカク縦に振っていた頭を今度は横にふりふりして、うーんと唸る。
「そうかなあ……そうかも。自分じゃ分からないかなそういうのは……。わたし栞みたいに本をいっぱい読んでいるわけじゃないしなあ」
「そんなことはないんですよ!」
他に誰もいなかったので大丈夫だったけれど、栞がハッとするほど大きな声を上げる。
「あっ! 突然すいませんでした……」
「いや、誰もいないからいいけれどちょっとビックリした!」
「いえ、詩織さんは自分の評価が低いんですよ。読書っていうのは本を読んで単純に面白かったでもいいのですが、その裏にある何か作者の意図のようなものを読むことが出来れば、もっと楽しくなってくるのです。例えば詩織さんはなんとなくで感想をいっていますけれど、実際の所作者の意図するところを嗅ぎつけたりしているわけで、これはただなんとなく読んでいる程度じゃ見つからない感性の部分なんです。私もそんな大したことのいえる人間ではありませんが、そういう所を無意識に感じ取れるということは、それだけ感性というか適性がある証拠なんですよ!」
「うーん褒められているのは嬉しいけれど、栞は読書マスターとしてどんな楽しみ方をしているの?」
栞は珍しく力の抜けた感じで笑うと、首をふりながらうーんと考え込む。
「私は実は最近自分がゴシップ的な楽しみ方をしているのじゃないかと思って、それでいいのかなと思っているんですよね」
「と、いいますと?」
「何というか耳年増的な感覚なのですが、どうにもこうにも先回りして考えてしまって、詩織さんみたいに自然な形で素直に本を読めているのかなって悩んでいる所はありますね」
栞とわたしが二人して首を傾げる。
「でも凄い何か詳しいじゃない。それだけ楽しんでいるって事じゃないの?」
「まあそうですね、ある程度は詳しいのかなというか、本を読んだ後楽しかったー! と素直に楽しめていないというか、余計なことを考えてしまうのですよね。この本が書かれた当時はとか、本を読むに当たって前後の作品との関係を無駄に深読みしてしまったり、それこそ、文豪達のトリビアルな噂話やなんかばかりに耳に入ってしまいまして……純粋に読書を楽しんでいるのかなって、ふと思うのですよね。本の楽しみ方は無限にありますからこれも一つの正解だと思うのですが、詩織さんみたいな新鮮な楽しみ方している方を見るとちょっと羨ましいなって……」
「そんなもんですかね?」
「そんなもんなんですよ」
結局二人してまた首をカクカクと振り合っていた。
「でも栞はそういうのちょっと深く考えすぎだって! 本の蘊蓄とか楽しいと思うよ! それにそういうこといっぱい知っている人いれば私も嬉しいというか、そういう話の楽しみ方最近分かってきたから、もっと教えて欲しいなって。もうわたしと栞の仲なんだからさあー!」
そういって、栞の頬をムニムニと摘まむ。
「あひゃっ!」
と奇妙な声を上げて栞が紅潮する。
わたしがずっとムニムニとするのを無言で耐えている。
目をじっと閉じて、息が荒くなっている。
わたしもなんだかとても恥ずかしくなってきたけれど、今手を止めるとなんだかもっと恥ずかしくなってくる気がしたので、いつ終わることなくムニムニと柔らかいお餅をこね回していた。
自分で始めたことだけれど、恥ずかしすぎて木に登りたくなってきた……。
イラスト提供:
赤井きつね/QZO。様
https://twitter.com/QZO_
『三体』の既刊分をようやく読み終わらせました。
今考えて見るとSFは取り上げたことなかったので、来年夏頃に予定されている第三部読み終わったら取り上げてみようかなと。
なんかおすすめの本あれば教えて頂ければと思います。
ではまたです。
多分次はトーベ・ヤンソン『フェア・プレイ』辺り取り上げてみようかなと思っています。




