044イタロ・カルヴィーノ<我々の祖先>三部作『まっぷたつの子爵』
寓話的ネオ・レアリズモの作家イタロ・カルヴィーノの<我々の祖先>三部作で時代設定的には真ん中に当たる『まっぷたつの子爵』です。
読むの早い人ならば本編だけなら(訳者解説などの付録が結構ボリュームあります)恐らく2時間かからず読み終わると思います。
特にこの白水社の新訳は読みやすさの点で岩波文庫などより読みやすいと思います。
ただし買うとなるとお高いので、図書館か、値段で決め打ちするのなら岩波なども良いと思います。
面白いですよ!
「はい、というわけで《我々の祖先》の時系列的には第二作目にあたる『まっぷたつの子爵』ですよ!」
「あっ、はい……」
ここのところ栞の様子というかテンションがおかしいので、なんとも困った困ったなのだが、元気そうなので良いことだ。
「ああ、わたしもさまようよろい……じゃなくて『不在の騎士』読んだよ! ファンタジーっていうのかな? 良く分からないけれど劇場アニメとかにしたら面白そうだと思った!」
「実は『不在の騎士』は七十年に実写で映画化されていたのですが、私も見たことないですね……」
下唇の辺りに指を当てて小首を傾げる。
ふふっ、ちょっと艶っぽくて、ちょっと可愛い……。
栞は眼鏡をくいっと上げると、ふふふっと不敵な笑みを浮かべ、鞄から本を取り出す。
ふふっ、ちょっと気持ちが悪くて、ちょっと可愛くない……。
「はい、というわけで《我々の祖先》の時系列的には第二作目にあたる『まっぷたつの子爵』ですよ!」
何だろうこの既視感は……。
「あ、はい。それは聞きました。多分数十秒前に……」
「この本のお勧めポイントはですね、詩織さん喜んでください! 《我々の祖先》三部作の中で一番薄いのです! 先ほど読み終わったといっていた『不在の騎士』よりも更に薄いのです! しかも、そんなに薄いのにしっかりと面白いというのが詩織さんにお勧めしたい大セールポイントですね!」
「へぇーっ! 薄くて面白いなら嬉しいなあ! じゃあ三部作の一番最後の、なんていったっけ?」
「『木のぼり男爵』ですね」
「フフフ、じゃあその『木のぼり男爵』はもっと薄くて面白い……というわけだね?」
栞の笑顔が一瞬固まるのを見逃さなかった。
「そうですね、凄い面白いですよ……」
「あの、文章量とか薄さは?」
「ええ、ご期待通りの面白さです!」
「で、薄くてサクッと読めるんですよね? 栞さんや……?」
「ええ、面白くてサクッと読めましたよ、私は……」
「あの……本の厚さのことを伺っているのですが……?」
栞は、ふうっとため息をつくと、外に視線をやる。
あれ?
「ええ、いつまでも読んでいたい物語ってありますよね、その世界にいつまでも長く浸っていたいとか……そういうことってないですか?」
「……」
「……で、ですね『木のぼり男爵』じゃなかった、こちらの『まっぷたつの子爵』ですが、これまた『不在の騎士』の様な変わりに変わったヘンテコな奇想が詰まっています」
「あ、体が半分無くなっているのに生きている子爵なんだっけ? ネットで見た!」
栞は、ふうっとため息をつくと、外に視線をやる。
あれ?
「ええ、そうなんです、そうなんですが詩織さん。ネットで粗筋読んじゃうのは本を読むに当たってどうなのかなって思いもします。確かにインターネットのレビューとか私も参考にして本を読みますが……」
「あ。あの……すいません」
「……許します。確かに『不在の騎士』読んだら他の作品も調べたくなりますよね!」
と、いってこちらに『まっぷたつの子爵』を渡そうとしてくる。
「あっあっ! ちょっと待って! 栞のレビューが聞きたい!」
栞は不思議そうな顔をする。
「あれ? インターネットで粗筋大体読んじゃったんじゃないんですか?」
何というか、その……。
「いや、いつも栞のレビューというか解説聞いてから読んでいるから、何というか予習っぽくなって、本読んだときの理解度とか上がるから、雑学というか蘊蓄というか、そういう情報は教えて欲しいなって……なんか国語の授業みたいだね、へへ」
栞は目をそらして、なんだかモジモジとしている。
一体何だろうか?
「えーと、それはその……詩織さんは私を必要としているということですか?」
「えっ、あ、そうそう! 栞大先生のことはいつでも必要としていますよ、わたしは!」
「必要ですか……そうですか、必要ですか……ふふっ」
手を組んで、なんだかそわそわとした様子である。
「じゃ、じゃあネタバレにならない範囲で……といっても読んでいるとすぐピンとくること何で、そんなに気にすることもないのですが、とりあえずはということで……。その前にカルヴィーノについてまだお話ししていなかった事でも。カルヴィーノの両親キューバのハバナで植物学者をしていました。もうちよっと突っ込んでいうと、両親ともイタリア人なのですが、父親はハバナで植物研究所の所長をしており、その研究所で働く人をイタリアで募集したのですね。そこで、女性の研究者がいたらその人は私と結婚することになるだろうと書いていたのです。そして女性は一人だけ応募があり、そして二人はそのまま結婚します。なんだかロマンチックですね!」
「お互い見も知らずの人と結婚するのって不思議だねー」
「日本だって、お見合いとか、昔話で親同士が結婚を決めたなんて話あるじゃないですか。あれと一緒ですよ」
「あ、そういわれてみたらそうだね」
栞はこほんと咳をつく真似をして、ふたたび仕切り直しで解説が始まる。
「その後、二人の間に生まれたカルヴィーノは、ムッソリーニのファシスト党による懲役を忌避して抵抗パルチザンに身を投じます、そして戦後起きたネオ・レアリズモの賛同者として作家になります。ネオ・レアリズモというのは簡単に言うと、知識人は歴史の責任を引き受け、平易な言葉や表現を用いて一般市民の代弁者とならなければならないというものですね」
「ふーん、なんか難しそう」
「ここら辺は飛ばしまして……作家として見いだされた後、この《我々の祖先》三部作を書き上げます。寓話的な内容ですが、この『まっぷたつの子爵』はトルコ軍と戦い、その大砲をの直撃を受けた、メダルド子爵は体の左半身だけで松葉杖をついて領地に戻ってくる……というのがお話の始まりですね。この後はまた読んで頂ければと思います、面白いですよ!」
「はぁーん、カルヴィーノって人も凄いよねぇ『不在の騎士』読んでても思ったけれど、発想が凄いよね。鎧の中は空っぽなのに、普通に騎士として扱われているアジールルフォも何なんだろうと思ったけれどねー」
「またの名を、文学の魔術師と呼ばれている程に作品によってその作風が変わることで有名だったりしますね、それと八十二年には世界幻想文学大賞生涯功労賞の栄光に輝いています。因みにその三年前には同賞をあのボルヘスが取っていますね、二人とも大納得の受賞ですよ、凄いです!」
なんとなく栞は自分のことのように、胸を反らして、ふふんとちょっと得意顔でいう。
そのとき自分でも分からなかったが、なんでこんなことをしてしまったのか分からなかったけれど……。
「えいっ!」
と、叫んで人差し指で栞の胸を突いていた。
「キャッ!」
「あっ、ごめ……やわらかー」
栞は身を抱えてへたり込んでしまった。
「あ、ごめん」
「なななな、何ですかこれは!」
「いやあ、なんか得意顔している栞が可愛くなっちゃってつい……」
「そういうのはですね、駄目です! そういうことをしていいのはですね、えーとその、そういうことをしてもいい仲じゃないと駄目なんです!」
なんだか必死すぎてプフッと吹いてしまった。
「えー、わたしたちはそういう仲だと思っていましたけれどー」
「詩織さん!」
いきなり厳しい声を上げて栞がこちらを物凄い形相で睨んでくる。
顔はいつものこういう時に見せる赤面しやすい彼女のことなので、真っ赤っかである。
「起立!」
栞の鋭い声に思わず立ち上がる。
「はいっ!?」
「気をつけ!」
「はいっ!」
「やー!」
栞が目をつぶって明後日の方向をに顔を背け両手を突き出し……。
「わー!」
「ギャー!」
わたしの胸を両の手で鷲掴みにしていた……。
「あれーっ! なになにっ!」
「そういうことをしていい仲だからです! うわっ! やわらかい! あーっ!」
「ギャー!」
わたしも反撃して栞の胸を鷲掴みにする。
「わーっ!」
「ギャー!」
なんだか分からなかったけれど、誰もいない図書室に二人の乙女の絶叫が響き渡る。
最早滅茶苦茶である、どっちがどっちの胸を揉みながら叫んでいるのかは分からなかった。
まあ、わたしたちは「そういう仲」なのかどうかは分からなかった……。
イラスト提供:
赤井きつね/QZO。様
https://twitter.com/QZO_
と、いったことで投稿を始めてから丁度一年が経ちました。
幸いにも自分としては驚くほどの多くの人に読んでいただき、また京阪ラジオ様で朗読の題材にも選んでいただくという、幸運というべきか椿事もあり、それなりに楽しんでいただけているようでありがたい限りです。
今後ともよしなにお願いいたします。
読むの面倒!
という方にはこちらをよろしくお願いいたします。
『図書室の二人』をシナリオに京阪ラジオ/802で朗読劇された珍しいコンテンツです。
気軽に聞いてみたいという方は是非。
https://funky802.com/service/homepage/index/1626/116342
https://twitter.com/802Palette/status/1302900369039654913




