043イタロ・カルヴィーノ<我々の祖先>三部作『不在の騎士』
白水Uブックスから新装丁で三部作が揃ったので読んだのですが、本当に凄い作品です。
石川宗生『半分世界』から「吉田同名」野中でも『不在の騎士』の考察をしている場面がありますが
これぞ世界文学と言っていい作品だと思います。
奥深いながらも簡単で散漫したストーリーが最終章付近で一気に収束するスピード感は快感です。
「はい、というわけでイタリアの現代文学に親しみましょうということで今日はこんな本を用意しました」
「あの……栞……唐突にイタリアがどうのこうのって何なのですか?」
栞は胸に手を当てて、空を見上げるとしばし瞑目し……。
「という訳なんですよ」
「怖い怖い! 何? なんなの!」
「私は今までイタリアの現代作家というと、ディーノ・ブッツァーティーぐらいしか読んだことがなかったのですが、もっと親しむべき作品があるはずと思い、探したのです。いえブッツアーティーは偉大な作家なので、詩織さんも読んでください。いや今は別の作家です。『タタール人の砂漠』も最近出た短編集も『神を見た犬』なんて短編集も岩波文庫と光文社古典新訳が出ていてこちらも読み比べをすると面白いのですが……いえ、今は違うのですよ、もっと詩織さんも親しめるであろう作家を何故今まで見落としていたのか……」
「はいはい、ちょっと待ってください。どうどうステイステイ!」
珍しく興奮気味に止めどなく早口であふれ出る言葉の本流を押さえるため、慌てて制したが、無闇矢鱈と頭の上からカッカと蒸気が上がっているように見えた。
「あああ、ふああ、申し訳ない。失礼しました……ちょっと呼吸を整えようかと……」
椅子に座り込み、くたあっと背もたれに体を預けると、だらっとしてしまい動かなくなった。
「しかし栞がそこまで熱く語るとは珍しいね、ちょっとビックリというかどうしたらいいのか分からなくってちょっとパニクった……ですよ……?」
ふーっと栞が息を吐き出すと、最初に取り出した本を一冊一冊並べていく。
「えっ! 三巻もあるの?」
「これは三巻ではなくて三部作ですね。イタロ・カルヴィーノ〈我々の祖先〉から時代順に『不在の騎士』それから『まっぷたつの子爵』そして『木のぼり男爵』です」
「へーなんか面白そうなタイトルだね。なんか『不在の騎士』だけ難しそうだけれど……」
「いえいえ、これが凄い面白いのですよ! この三冊は装丁を新しくして白水社から出たばかりのシリーズなのですが、帯に書いてあるように、素晴らしいファンタジー・シリーズなんです。とんでもない奇想の世界となっています。はい、ここで詩織さんに朗報です! この『不在の騎士』ですが全十二章で大体一章辺り平均してゆっくり読んでも十分程度なので二時間も読めば攻略できます! 因みに『まっぷたつの子爵』は更に薄いですよ! 最後の『木のぼり男爵』だけはやや厚めですがサクサクーっとよめてしまいます」
栞の熱意が凄い。
兎に角凄い。
「まず発想が凄いのですよね。この『不在の騎士』というのはどういう意味かというと、戦いに間に合わなかった騎士とか、そんな陳腐なものではなくて、頭に羽根飾りを付けた白く美しい甲冑を身に纏った謹厳実直な騎士なのですが、鎧の中は空っぽなんです。鎧だけが動いていて、話もすれば戦いもするし複雑且つ煩雑な軍務ほど熱心に取り込む騎士なんです」
「何それ? なんていうかゲームに出てくる「さまようよろい」みたいなもんなの?」
「うーん「さまようよろい」っていうのはちょっと分かりませんが、そうですね。鎧だけが歩いているという意味ではそのゲームは『不在の騎士』にインスパイアされたのかも知れませんね!」
冗談で言った言葉が何か割とマジな感じで受け取られてしまった……。
「執筆された順番としては『まっぷたつの子爵』『木のぼり男爵』『不在の騎士』なのですが、最初にお話ししたように、時代順に読んでいくと世界観に入りやすいかと思いまして、まず手始めにこの『不在の騎士』を文章量的にもお勧めしますが、どこから読んでも問題なしです!」
「今日は大分推してくるねー」
半ば呆れつつも、これだけの熱量でゴリゴリに推してくるのは本当に珍しいことではあるので、栞のいう二時間なら、私でもその倍の時間あれば読めるだろうし、帯の「鎧の中はからっぽ」だとか、指輪、ナルニア、ゲドとわたしでもしっている作品の名前が挙がっていて、その上で「これでだめだったら、ファンタジーに絶望していい」とまでいわしめるのは凄いと思うので、まあ凄いのだろう。
とりあえずいままで、栞がお勧めしてくる本は、基本外れないと思うし……まあ難しい本もあったりしたから、全部が全部簡単に読み切れたわけではないけれども、わたしの事を考えて、なるべく薄かったり、読みやすかったり、なんとなく通ぶれる本お勧めしてくれるので……まあ通ぶれる本は、わたしのリクエストであったり、そもそもそんなことはあまり考えていなくとも自然とそうなってしまった栞の渋い選球だったりもするのだけれども、それはさておき、概ねわたしは面白いと思って読めていたので、それはそれでありがたいとも思っていた。
栞と付き合う前は、本なんて殆ど読まなかったし、勉強会といいつつわたしが分かるまで熱心に一方的にわたしだけが教えて貰っているので、パッとしなかった成績もじわじわ上がっているので、我が家の両親も「家にお嫁に来てくれないかしら? もしくは詩織と交換で……」とかなんとか寝ぼけたことをいうほどには気に入られているので、若干もやっとするところはあったけれど、栞には感謝している。
「栞ー!」
「ん、早速読む気になってくれましたか?」
といった栞の手を握って、自分でも訳が分からなかったけれど……。
「好き、大好き」
と、何とはなくいってしまった。
そんなにガチンコでいったつもりもなかったのだけれど、栞は一瞬呆けたようになってカァーッと真っ赤になり。
「はい……末永くお付き合いください」
「えっ! あっ! はい? ちょっとそんな、マジな感じの奴じゃなくて、そのずっと友達でいようねっていうその、あの……ま、まぁよろしくお願いします?」
等といいつつお互いにわちゃくちゃしてしまい、アワワワワワとなり、自分でいった言葉がなんだったのか良く分からなくなったというか、なんでそんなことを言い出したのかが、もう良く分からんちんになってしまった。
「いやあのですね、わたしは制服の中は空っぽの『不在の女子高生』だからね、うん! ファンタジーな存在なのですよ! はい」
とか何とか訳の分からないことをいいつつ、未だに栞の手を握ったままなのに気づいて、なんだか心臓がバクバクいっている事を悟られるのではないかと、急に不安になり、手を離そうと思ったところで、栞に手をガッチリとホールドされているのに気づき、あ、これ変な扉開いちゃうかもと思い出した。
「もし詩織さんが不在の、空っぽの存在だったら、私はどこまでも追いかけて、詩織さんの存在を確かめる旅に出るつもりです。例え鯨と戦い海に沈められようとも、改訂を這いずってでも探し求めに行きます!」
「そ、そうだね。はは、わたしは実在の女子高生ですから、栞も安心してください……何言っているんだろうなあ……」
「実在とか、不在とかいっても、そこに何かしらの意思が存在するのは確かであって、私も詩織さんもこの心臓の鼓動音がお互い聞こえている間は確かに存在を感じ合えているんです……」
と、いって手をグッと握りしめてくる。
彼女には胸の中のドキドキとした鼓動はまるごとお見通しだったらしい。
わたしはわたしで混乱している中に、栞の手の冷たい表面の中に確かな温かみを感じて、更にドクドクと心臓の鼓動も感じていた。
お互いに制服の下の肌の中身は「実在」するのが確かにわかって、何というか……とりあえず『不在の騎士』を読もうと思った。
イラスト提供:
赤井きつね/QZO。様
https://twitter.com/QZO_
そのうち三部作全話について書くつもりですが、とりあえず暫く間を置きたいと思います。
また感想あれば頂けると励みになります。
気が向いたらよろしくです、こんな本取り上げろや
もっと更新はやくしろでも、とりあえずおひねり感覚で一言だけでもありがたいところです。
よしなに。
読むの面倒!
という方にはこちらをよろしくお願いいたします。
『図書室の二人』をシナリオに京阪ラジオ/802で朗読劇された珍しいコンテンツです。
気軽に聞いてみたいという方は是非。
https://funky802.com/service/homepage/index/1626/116342
https://twitter.com/802Palette/status/1302900369039654913
あとTwitterとか有った方が良ければ作ろうかなとも思っていますが
特に需要もなさそうなのでとりあえずペンディングにしておきます。
それでは今後ともお付き合いいただければと思います。




