041江戸川乱歩『押絵と旅する男』
底本は岩波文庫『江戸川乱歩短編集』より抜粋。
ここまでの流れ読むの面倒!
という方にはこちらをよろしくお願いいたします。
『図書室の二人』をシナリオに京阪ラジオ/802で朗読劇された珍しいコンテンツです。
気軽に聞いてみたいという方は是非。
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未だに不動の人気の作家で、若い日の筒井康隆も乱歩に認められて成功していきました。
と、ここで筒井康隆がどうのこうのとよく言っていますが、筒井康隆が好きすぎて
どれから入れば良いのか悩ましいところがあります。
まあ一般的には『時をかける少女』か『旅のラゴス』辺りだとは思いますし
実際に『旅のラゴス』は綺麗な筒井康隆で一番好きな作品ではあるので
節目となるようなイベントがあったら取り上げたいと思います。
話が大きくそれましたが、この岩波の短編集にはえり抜きの傑作ばかり入っている
大変お買い得な作品ですので、購入あるいは図書館などで是非読んでみてください。
きっと気に入ると思いますよ。
「栞ーこんちゃっす!」
颯爽と来訪を告げるわたし。
そしていつも通り本を読んでいる視線をこちらに向けてくる栞。
「こんちゃっすって、男子じゃないんですから……マッ!」
「マッ! って何それ、ただ髪切ってきただけじゃん」
いい加減腰まで伸びた髪が鬱陶しいのと、染めてた部分と黒い髪の部分がツートンカラーで、我ながら深夜のコンビニの前にいそうな感じがしたり、先生に「お前の髪の荒れ方は川鍋暁斎の幽霊みたいだな」などとご指導頂き、かわなべって誰なんじゃと思って検索したら、バリバリに髪が荒れている幽霊の絵が一杯出てきたため、そこまでか、そこまで酷い髪質だったのか!
と、思ったが吉日ということで、バイト禁止の無収入なわたしは、少ないご両親からの現金給付を受けて金色の部分をバッサリとやって貰って、まあ折角だからまた髪切りに来るのも面倒だしもっと短くしてください、出来ればお嬢様風にして頂ければ幸い……。
と、いうことで首筋までズパッとやって、なんか自分では良く分からないし多分ほどいたら二度と戻せそうにないハーフアップだかという編み込みまでやって貰って、これ結構いけるんじゃないかしら? などとうぬぼれて、折角だから解く前に栞に見せてやろうと思い、昨日は髪も洗わず、プロがやってくれたトリートメントの技術に感謝しつつ「どう?」と尋ねた訳である。
「可愛いです……凄く似合いますよ詩織さん! 前々から髪が荒れているの気になっていましたし、なんか今までのイメージからは想像も出来ない変わり方です!」
クラスの連中には「偽おぜう様」とか「ゲームかアニメのキャラ気取りか」散々言われてたので、栞が素直に褒めてくれたのは嬉しくて、何か分からないけれど、勝ったな! という気持ちになった。
「私も髪がいい加減長くなってきたことですし、詩織さんとお揃いにしてみましょうか……」
「いやいや、栞はわたしと違って髪質いいし、そこまで伸ばしたのにもったいないって! 三つ編みじゃない栞とか考えられないよ!」
「そうですか……私も女の子ですからお洒落とか本当はしてみたいんですけれど、どうにもそういうのに疎くて……」
そういいながら眼鏡を持ち上げて裸眼でマジマジとわたしの顔をガン見してくる。
「あの……どうかされましたか?」
焦点が合わないのか、恐らく強いレンズでピンボケしているのだろうドギツイ藪睨みで穴が空くほど見てくる。
もしかしたら本当に穴が空いているかも知れなかった。
「ふむ、私も眼鏡やめてコンタクトレンズにしてみますかね、この眼鏡自体は気に入っているのですが……」
「ダメダメ! 眼鏡は取ったら駄目! 絶対に駄目、駄目絶対!」
「そ、そうですか……?」
「うん、そこは譲れない……」
「うーん、まあ私は地味なかっこうの方が合っているんでしょうけれど……」
「まあ、この話は戦争になるからやめた方がいいと思うので、栞は今何読んでたの?」
力業で話を捻り曲げる。
「ああ、そうですね。髪の話が出てきたのでちょっと関係ある話かも知れないですね」
「また『羅生門』とか?」
「いえ、今読んでいたのは江戸川乱歩ですね」
「ああ、体は子供頭脳は大人で売っているあの……」
「その元ネタになった江戸川乱歩です。そもそも江戸川乱歩もエドガー・アラン・ポーから名前を頂戴しているわけですが……、そのポーですが、エディ・ポーと呼ばれるのを好んでいたようですね。単純だけどなんとなく面倒な話ですね」
「えーと、そのエディー・ポーさんが『モルグ街の殺人』で江戸川乱歩が明智小五郎だったか金田一耕助の人だよね」
「その通り。金田一耕助は横溝正史ですね、探偵ものの漫画とか小説だと良く二人とも共演しているので、たまにどっちがどっちだったっけ? とは確かになりやすいですね」
「江戸川乱歩だったら『怪人二十面相』とかだよね、小学校の図書室にあった、古めかしくて怖い感じの表紙の」
「ですです! でも私が今読んでいたのは探偵ものではなくて幻想小説みたいな作品ですね」
「へー色々あるんだね」
「江戸川乱歩の傑作『押絵と旅する男』ですよ! これは十分、二十分もあればさらっと読めてしまうので読んでみますか?」
「了解です、そのぐらいの短さなら読んだ方が早いかな」
と、いうわけで読んだ。
「まあ今読んだばかりの人にいうのも野暮な話ですが、簡単な粗筋は列車に乗っていたら箱を持った不思議な老人がいて、中身を双眼鏡で見せて貰うと超細密な押絵があって、どうも生きているようにしか見えないぞ……というお話ですね」
「うん、髪の毛も人毛使って……とは書いてなかったけれど本物の髪の毛使って作っているみたいな感じだったよね」
「そうですそうです。私の中ではこの生々しい人形の描写と、詩織さんの切り取った髪の毛が重なったわけですね」
「わたしの染めてボロボロになった髪の毛じゃ使えないでしょ」
「いえ、長い髪はそれこそさっきいってた『羅生門』の鬘を作る老婆じゃないですが、抗癌剤治療などで脱毛した人用の鬘なんかに出来るので寄付することが出来るんですよ。因みに賞状というか感謝状が貰えます」
「へー……あ、江戸川乱歩の話は……」
「ああ、脱線してしまいましたね、タイトルだけは聞いたことがあると思うのですが『人間椅子』だとか『鏡地獄』なんかショート・ドラマとして時折テレビ欄を賑わしますね。鏡地獄については実際に作って人を入れたら目の前に自分の後頭部が映ったりと不思議な光景でしたね」
「ふーん、色々アイデアのある人だったんだね」
「どうしても推理作家になりたくて、日本だけではなく海外からもバンバン本を仕入れて自力で翻訳し、シチュエーションやトリックごとに二百項目近くの類型にしたそうですから脱帽です。ここまで来るとウラジミール・プロップにも負けませんね」
「ウラジミール? ロシア人?」
「そうです。ロシアに伝わる魔法話なんかの類型を纏めたり、物語論では外せない人ですね。ただこちらは絶版図書でプレミアムもついているので中々……といった感じですが、物語を作るならば、ジョーゼフ・キャンベル『千の顔を持つ英雄』なんか読むと楽しいですね。また時間がある時に文芸部やりたいですね!」
「うーん、難しそう……」
「まあプロップは研究者の方が読む本ですから置いておくとして、キャンベルの『千の顔を持つ英雄』は賢くなれる気分味わえますよ……と、乱歩先生からまた横道にずれてしまいましたね……悪い癖です」
「いいよ、栞のお勧めしてくれる本なら面白いと思うから」
「そういって頂けると嬉しいですね、では京極夏彦はご存じですよね?」
「あの死ぬほど分厚い本の?」
「はい、あの人はガチガチに文章にルールを決めて、見開きでいったん完結するような書き方なので、分厚さに比べて凄い読みやすいんですが、今まで読んだことはありますか?」
「分厚さにひるんでしまって……」
栞は苦笑いをして続ける。
「まあそんなことかと思いましたが、彼の『魍魎の匣』という作品に、電車に乗った男が生き人形を見せるシーンがあって、それの元ネタになっていますね」
「へー面白そう、けど分厚いのは怖いなあ……」
「本当に読みやすいんですけれどね、多分一度読み始めると止まりませんよ!」
「うひゃあお勧めされた本で一杯一杯だなあー!」
「積んでいるわけじゃないんですからいいじゃないですか!」
わたしはなんだか頭が痒くなってボリボリと掻きむしり始めたら、編んで貰った髪がばさっと解けた。
「ありゃりゃ解けちゃった」
「そのままにしていても可愛いと思いますよ!」
何だかなあという顔をしていたら突然栞が席を立ちわたしの背後に回り髪を掴む。
「慣れですけれど意外と簡単なんですよ、こういうのは……」
と、あみあみしてくれた。
「女子力相変わらず高いなー……ってこれ薄々感づいていたけれど最初の編み方じゃなくて、栞と同じ三つ編みじゃないですか!」
「あははは、お揃いです。お揃い!」
その後は本のことも忘れて、誰もいない図書室で二人して髪型問答をしていた。
イラスト提供:
赤井きつね/QZO。様
https://twitter.com/QZO_
感想あれば頂けると励みになります。
感想有っても無くてもだらだらとずっと続けて行こうと思ってはいますが
気が向いたらよろしくです、こんな本取り上げろでも結構ですし
もっと更新はやくしろでも、とりあえずおひねり感覚で一言だけでもありがたいところです。
よしなに。
読むの面倒!
という方にはこちらをよろしくお願いいたします。
『図書室の二人』をシナリオに京阪ラジオ/802で朗読劇された珍しいコンテンツです。
気軽に聞いてみたいという方は是非。
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