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040ディヴッド・マークソン『これは小説ではない』

今思うと最初の頃は季節バラバラに書いていたのですが、いつの間にか現実の時系列に沿って

シチュエーションやイベントとかぶせてきているので(コロナのインパクトはやはり外せませんし)

何かこのまま続けていたとしたら卒業して大学編とかになりそうですが、当方農学部バイオ専攻だったので

文学部が何をしているところなのか全く想像がつかないので、サザエさん時空に放り込むと思います。

特に完結させる気も無く、ついでに取り上げた本から吸い上げた全体を通して繋がる関係性の変化など

大まかなバックボーンも意図的に排除しているので、思い出した頃にでも読んで頂ければと思います。

「暑かったり寒かったり丁度良かったり、今年は秋って感じの日が続いていいですなあー」


「そうですねぇ、読書の秋ですね。あと勉強もちゃんとしないとですね」


 藪蛇だったかと思いそっぽを向いて軽く舌打ちをした。


「詩織さん……」


「あっ、すいません……勉強します……」


 栞の部屋で勉強会である。

 優等生且つ教えるのも上手い栞のおかげで中の下だったのが、中のちょい上ぐらいになり、今は上の下ぐらいにまで強まってきた。

 まさしく栞様々である。


 最近になって、自分でも何か面白い本はないかなぁと調べてみることなどしていた。

 わたしの場合はライト文芸とかいわれてる奴を調べているので、栞がお勧めしてくる本とはまた違う。

 栞に教えてみてやろうかなんて思ったりもするけれど、なんかそれさえ全部知ってそうで恐ろしい。


 マウント取られたくない!


 ってかまあ最初から負けているわけですけれど……。


「読んだ本の冊数を誇るために読書したり、マウント取ったりするのは違うと思うんですよ……」


「はい……すみません……」


 あれ?

 わたしマウント取るとか口に出して……。


「気にしないでください」


「はい……はい?」


「そうですね、有名人のちょっとしたトリビアが山ほど載っている本があるので、詩織さんにお勧めしておきましょうか」


「はい、お願いします……」


 栞がスイッと綺麗に立ち上がる。

 いつ見ても立ち上がる姿になんとなく見惚れてしまうけれど、これが大和撫子という奴に伝わる「立てばなんとか、座れば何とか、歩く姿は百合の花」という奴かしらんと思ったところであまりにもうろ覚え過ぎだったと反省をする。

 後で検索しておこう……覚えていたら……。


「さて、今日ご紹介するのはこの本です。ディヴィッド・マークソン『これは小説ではない』です。とりあえず何ページか適当に読んでみてください」


「小説じゃないとかいって、小説なんでしょーそういうの分かっちゃうんだから」


 栞はニコニコしたままだ。


「えーと「ゲヘナ」「アイザック・ニュートンは、腎結石で死んだ」「ラマヌジャンは結核で死んだ」何これ?」


「とりあえず、小説ではなさそうですよね! 山田風太郎の『人間臨終図鑑』じゃないですが、著名人の死因や、文学トリビアルが延々と書き連ねられていているんですね。一言だけ謎のつぶやきがあったりすると、実はその暫く前に取り上げられた事件や人物に関するつぶやきだったりと色々と仕掛けがこらされています。原文には注釈も解説もなかったらしいのですが、日本語版では流石に不案内だろうということで何とか分かる部分については一言注釈がついていますが、これがまあ大変な作業だったそうです」


「へーラマヌジャンとか良く分からないけれど、そういうのも書いてあるのかな?」


「ほら注釈があるじゃないですか……」


 栞がわたしの肩に手を置くと、後ろから抱きすくめるように手を伸ばし「ほら、この注釈を辿って索引に行くと、数学者って書いてありますよね、索引の方が文章詰まっていて中々読むのが大変かも知れませんが、登場する人物の七割ぐらい名前だけでも知っていれば問題ないですよ!」栞の息がふうと頬に掛かる。


 紅茶の匂いがする。

 彼女の手がわたしの手を取る。

 冷たい。


 心拍数がバクバク上がり、もし栞に聞こえてしまったらと思うと鼻血が出そうになる。


「あっ私ったら!」


 といって急に栞が離れる、あっ何かもったいないという良く分からない感情がわき上がってきたと同時に、体の芯が熱くなる。


 何なんだろうと思いつつ、栞と同時に「ソーシャルディスタンス」と叫ぶ。


「す……すいません、私……ついつい、こういうのが癖で……」


「癖! 癖なら仕方ないよね、うん……」


 お互い黙ってしまった。

 しばしの沈黙の後に二人同時に。


「あのっ!」


 と、いってしまい、二人同時に、どこかで見たギャグのように声が重なり、また「あ、どうぞ」という声が重なってしまい、またやたらと長い一瞬が過ぎで、どちらともなく笑い声が上がる。


「なんかアホっぽいですね」


「うん、ギャグの天丼みたいだった」


「あ、さっきのは癖とはいいましたけれど、詩織さん以外にこうして無意識の内にやっちゃったりっていうのは、多分……多分ないですから、その……気にしないでください!」


「あっ、はい、安心しました? 安心?」


 なんだかかみ合わない会話になってしまった。

 どちらからともなく笑い出してしまう。


「わたし以外にやらないって、そりゃ栞は付き合い広い方じゃないし、家族の人にぐらいしかやらないだろうけれど、なんだか野良で拾ってきた犬がだんだん懐いてきたみたいで何か変な感じ!」


 栞も笑いながら。

 てなづけられてしまいましたね!

 等といいながらハハハと笑った。


「本の話に戻りましょうか。この本はそういった短い話がずらーっと並べてあるんですね。似たような形式の本だと、ジョルジュ・ペレック『美術愛好家の陳列室』ですとか、もっと似た感じの作品だと、パトリック・オウドジェニーク『エウロペアナ』なんてのもありますね! どちらも薄い本なので詩織さんにもお勧めです。無限に知識が連鎖していくような不思議な読後感があります。この『これは小説ではない』も見ての通り、注釈のページ以外は割とスカスカというと語弊がありますが、文章の密度自体は薄いので読みやすくていいと思いますよ!」


「そうだね。また分厚い本だと思っていたけれどこれだったら割とはやく読み切れそう」


「基本的にあまり難しい本だったり読むのに時間かかるような分厚い本は紹介していないつもりなのでので、気軽に色々読んでみてください」


 なんかやたらと分厚くて難しい本あったような気がするけれど気のせいかな……気のせいかも……。


「栞はさあ、分厚い本とか一気に読みきるの? わたしなんかはそもそも分厚い本読めないし、読んでも挫折しちゃうから一気に読める人凄いと思うんだけれど」


「私も分厚い本一気に読めたりしないですよ。そりゃあ三連休だとか長期休暇の時なんかで勉強のノルマ終わっていて、出かけることもなければ、ずっと読んでいるんですけれど。大抵は三~四冊同時に読んでいますね。分厚い難しめの本で疲れた頭を軽めの本とか、本自体は分厚くても短編集だったりすると、精々百ページ前後ですし、もっと短い作品なら、軽く脳内をリラックスさせて、また難しい本に集中しますね」


「なにそれ……読書の疲れを読書で回復ってちょっと意味が……」


「結構いると思いますよそういう人は。漫画家さんで仕事の絵が終わった後は落書きして発散するですとか、小説家でも軽い遊びで掌編とか書くだけ書いて特に発表もしないですとか……そうですね、アスリートの方が本番の競技が終わった後、いきなり休まずにストレッチや少し走っていたりというのに似ていると思いますね。私の勝手な見解ですが……」


「うーん分かるような分からないような……」


 と、腕を組んで背を伸ばす。


「例えば今数学を勉強していましたが、ちょっと疲れた時に頭を切り替えるために世界史なんかに手を出してみたり……人間が大雑把に集中できる時間って十五分程度らしいのでそこで少しだけ、一分とか二分とか休憩して頭をリフレッシュさせるとか。世界史だったらほんの少しだけ役に立ちそうな、この『これは小説ではない』を見開き二ページだけ読むですとか……まあ人間が完全に入れ込むことが出来る時間って一~二分程度だとも聞きますしいいんじゃないですかね、パラレルに読んでも」


「わたしには分からない世界だなぁー、まあいいたいことは分かったけれど」


「ちょっと休みすぎましたね、そろそろ勉強を再開しましょうか」


「うあーい」


「あ、その前にこの本のタイトルですが、どこかで聞いたことないですか?」


「わかりましぇん」


「シュルレアリスムの画家ルネ・マグリットの「これはパイプではない」という作品から貰ってきているんですよ、ほらこの絵」


 煙草のパイプがぽつーんと置いてある以外には、下になんか書いてある特に何がどうとは分からない作品だった。


「パイプの絵の下に「これはパイプではない」と書いてあるんですね。まあ意味不明なタイトルと絵の内容の違いで、作品を際立たせる、言葉の持つ意味を一度壊してしまうという企みだ……と解釈されることが多いイメージですが、この本もタイトルの元ネタを知ってしまうとなんだか親近感がわきませんか?」


「んー、難しくて良く分からないけれど、とりあえず読んでみますか!」


「はい、ではその前に勉強の続きを……」


「ひぇー頭使ったからもうこれ以上頭が働かない!」


「いま休んだばっかりじゃないですか! さあさあ勉強会が終わったらご褒美の読書タイムですよ!」


「む……それはご褒美なのかな……」


 と、いいつつ参考書に向かう。


 もう十月も終わるというのに今日は暑いぐらいだ。

 暑さの原因はこの陽光だけではないのだけれど、今は考えないことにした。


 今度二人でハロウィンでもしてみようと提案するかという選択肢がボンヤリと浮かんできたけれど栞は苦手かなそういうの。


 わたしが提案すればなんて答えるか、答えは分かっていたけれど口には出さないでいた。


挿絵(By みてみん)

イラスト提供:

赤井きつね/QZO。様

https://twitter.com/QZO_


本邦ではあまり知られていない作家でありますが、先頃『ウィトゲンシュタインの愛人』という

『これは小説ではない』に文章を足して、小説にしたような作品が本邦初翻訳されました。

翻訳は、この本と同じ木原善彦氏です。

筆者もまだ読んではいないのですが(本ばかり積んでいるので……)評判は非常に良く、読みたいなあと思っております。


『図書室の二人』をシナリオに京阪ラジオ/802で朗読劇された珍しいコンテンツです。

気軽に聞いてみたいという方は是非。

https://funky802.com/service/homepage/index/1626/116342

こういった前衛的……とまでは行かないにしろ実験小説的な本に触れる機会は

何かよっぽどの切っ掛けがないと目に入ることすらないと思うので、積極的に取り上げていきたい……。

とは思うものの価格が比較的高めなのと、そもそも実験的な本を知りたいという需要があるのかどうか分からず

若干悩んでおります。


次は相当にお気軽に読めるあの傑作(青空入り)を取り上げたいと思います。


また何かこれを読めという本があればおすすめして頂けたらと思います。

感想や何かあれば励みになりますので、気が向いたらお願いいたします。

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