039坂口安吾『夜長姫と耳男』
『桜の森の満開の下』と並び称される『夜長姫と耳男』です。
幻想的で残酷な話ですが不思議と青空のなか終わりを告げます。
不思議とシュルレアリスムの画家ルネ・マグリットの「呪い」という作品が思い浮かばれ
不思議な読後感があります。
「読書の秋ですよ! 文学は最高の教養だという内容の本が出ましたが、肩肘張らず楽しんで参りましょう」
「文学は教養なら栞は教養の塊だねー」
「もーまたそうやって詩織さんはからかうんですから……『文学こそ最高の教養である』という本がでたんですよ」
「へー面白かったんです?」
「ええ、色んな翻訳者の方とその方達が光文社古典文庫の編集の方と対談するという内容ですね」
「やっぱりもう読み終わっている! 教養収集家ですなあー」
栞はぷんすこ怒ってツーンとしてしまった。
「いやいや、すみませんでした! わたしが悪かったから機嫌直してくださいよ」
厚ぼったい眼鏡のフレームの上の眉の間に出来た皺をぎゅむーっと摘まんで、大きくため息をつく。
「まあ知性も教養もなくてもなれるのが作家だって丸谷才一にいわれたと筒井康隆も仰ってらしたからね……でも教養というのは知性を高めることによって得られる心の豊かさですよ、このコロナ禍でも私たちが心の栄養を失わなかったのは、読書だったり、色んなジャンルの音楽だったり美術鑑賞でも漫画でもそういう文化があったからです、アリストテレスだって生きていく上では美術は必要といっているんですから……詩織さんだって私とは趣味の志向は違うけれどそういうものを摂取して缶詰生活の中でも耐えてこられたわけじゃないですか、最低限知的好奇心は文化にしろスポーツにしろ、科学にしろ忘れてはいけないんですよ」
「うぅ……ぐうの音も出ない」
「まあ人それぞれですからね、文化の楽しみ方は。たまたま私は読書と美術鑑賞とちょっとだけ楽器が弾ける程度ですが、別段高尚だからどうこうってこともないんですよ、ただ単にそう好きに生まれて育った環境がそれだったという話ですからね」
「はい……詩織読書の秋をきっかけにして本を読みます」
「私も前にいいましたけれど読書なんて娯楽ですから、個々に楽しめばいいんですよ!」
なんだか濡れた犬のように「くぅーん」と情けない声を出してしまった……。
それを見て栞がぷっと吹き出したので、情けない犬の真似をしていたら、栞が「お手!」といったりと割とノリノリだったのでそのまま巫山戯ていたらいつの間にか暗くなり始めていた。
「あ、もう真っ暗ですね。帰らないとですかね?」
「でも栞、まだ時間十七時前だよ、五時になってない」
「秋の日は釣瓶落としといいますけれど、目のピントが合わないですね……」
わたしの顔を凄い藪睨みに覗いてくる、見つめられるとドキドキしちゃうわ等といってみようかと思ったけれど、本格的に目が暗くなる状態に馴れないらしく、うーとか、むーとか唸っている。
それはそれで恥ずかしいので、酷く大回りしたけれど読書の話題を振ってみる。
「どうなんですか栞お嬢、こんな暗がりに読むのに丁度良い本ってなんかあります?」
「そうですね、こういう暗がりでハッとしてしまう作品ですか……そういえば以前、坂口安吾『桜の森の満開の下』覚えてますか?」
「えーと、山賊が出てくるんだけれど、旅人を殺して奪った美女を女房にしたんだけれど、山賊がドン引くほど残酷な女で、生首コレクションとかやって、暗い山の中の桜の森でパッと散ってしまう……で粗筋は合ってますかね? へへへ、栞お嬢様」
「良く覚えていましたね……」
「へへへ、凄いでしょう!」
「凄いです……ね、驚愕です。正直椿事かと……」
あれ?
わたしちょっとお馬鹿に思われてた?
「あの……栞さん? もしかしてわたしのこと若干頭が弱……」
「その怖い話が得意な……というと語弊がありますが、そんな暗がりに頭を突っ込みつつあるこんな逢魔が時に丁度いい坂口安吾の短編を紹介しましょう」
「お願いします師匠!」
なんだか切るのが面倒になっている内に下半分が金髪で上半分が黒という割と斬新なカラーになっている髪を、ガサガサとヘアバンドで止めてツインテールにしてみた。
「あっ可愛いですね!」
両手を合わせて栞が言う。
「私も髪型たまにはかえ……」
「ノォー! 駄目絶対! 栞はそれが一番可愛い!」
「かわ……かわいい……」
「ふへへ、その慌てっぷりも可愛い」
「安吾の話をしますよ! もう……」
「失敬失敬、よろしくお願いいたします」
「ん、では簡単な粗筋を。古代の飛騨の山奥で鑿を振るっていた、耳が兎のように長い耳男という職人がいました、その師匠のところに遠く離れた里の長者の娘の十三になる姫君のためにお守りの仏を作って欲しいという使者が現れたのですが、師匠はもう余命幾ばくもないということで三人の職人を推薦します。耳男は一番年若かったものの自分の腕が一番であるとついて行くのですが、夜長姫に引き合わされた時、その耳や馬面なのを馬鹿にされとんでもない化け物を彫ってやろうと決めます。その後、江奈古という女奴隷を一番優れた者に与えるといわれるのですが、江奈古は耳男を馬鹿にし、耳男は江奈古の故郷を馬鹿にすると無言で耳男の左耳を切り落とします。そしてその罰として耳男に江奈古を殺害する権利を長者は与えるのですが、耳男は毒づいてそんなものはいらないというのですが、それを耳にした夜長姫が江奈古に右耳もそぎ落とすようにいいます」
「サイコしか出てこないの……?」
「まま、その後色々ありまして……」
「手抜きしていない?」
「短編ですから、自分で読んで確かめてください。世間的にも『桜の森の満開の下』と並ぶ傑作として扱われているんです。間違いなく面白いですよ」
「ああ、あれは確かに怖かったなあ……凄い小説だと思った!」
「よろしい」
いつの間にか先生と生徒のようになっているけれどいつものことか……。
「そして……色々あった結果……ホーソー神、つまり天然痘の疫病神疱瘡神が猛威を振るうのですが、長者の家からは一人も病気が出ないので、耳男の作った化け物がホーソー神を払うといって村人はあがめるのですが、どうしても病気が治まらない。ある晴れた日に櫓に昇り夜長姫は、太陽が羨ましい、人が倒れて死んでいく様を余さず見ることが出来るのだからという事をいったのですが、彼女が青い空の下村人達の死を願っていることを知っていたので、夜長姫が病気の元凶だ、どうにかしなければとおもいまだうら若い夜長姫を抱きすくめ……」
「おっ! ホラーなのにラブロマンス展開! ロマンチックな感じ?」
「ふふふ、食いついてきましたね……まあこれ以上の粗筋解説は野暮天というものでしょうからそこは読んで貰えると嬉しいですね!」
「栞もそんなラブロマンスみたいなの読むんだ、へーへー隅に置けませんなあ!」
「な、何言っているんですかもう……」
ぷいとどこかを向いてしまう。
「まあ坂口安吾は古代の飛騨に憧れを抱いていたのですよね。他の地にあるような伝承があまりなくて、無視され続けていると……飛騨に何度も取材に行き紀行文を残しています」
「ほぁーん、そうなんだ」
「日本書紀等と岐阜のこの田舎の街道では色々と設定とか小話が相作していて仁徳天皇の時代の時代の話だったり、他の時代の豪族達の話が元になっていたりと、私も良く分からないのですが、安吾は乗鞍山で異形の鬼神両面宿儺が神武天皇に位を授けたという話を意識していたようです」
「ほえほえ、難しいなあ」
「まあお話の方は詩織さんも楽しめる、あるいみ新しい、古いかな? 無邪気で残酷な夜長姫と耳男の愛の形ともいえなくもないお話なので是非読んでみてください!」
と、いうと栞は何故かネットリとした、にちゃあという感じの笑顔を清楚な顔面に貼り付けていた。
次の日わたしは、これまた珍しく、けらけらと巫山戯たような笑い声を上げながら。
「ごめんなさいごめんなさい!」
と叫びながら逃げ回る栞にバッグを振り回しながら追いかけていた。
イラスト提供:
赤井きつね/QZO。様
https://twitter.com/QZO_
デイヴィッド・マクーソン『これは小説ではない』
江戸川乱歩『押絵と旅する男』
辺りを考えていますがさて、自分は本の海の中何処を泳いでいるのか
オデュッセウスの如く遭難中です。
因みに今最大の関心事は来年の春先に翻訳が出るらしい、ピンチョンの『ブリーディング・エッジ』です。
しかし本選びは難しいので短編で人に勧めやすい本有ればご教授頂ければ扱ってみたいと思いますのでよしなに出有ります。
良くも悪くも感想等有れば励みになりますので気が向いたらよろしくお願いいたします。
『図書室の二人』をシナリオに京阪ラジオ/802で朗読劇された珍しいコンテンツです。
気軽に聞いてみたいという方は是非。
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