038ボルヘス/ビオイ・カサーレス『ドン・イシドロパロディ六つの難事件』
ミステリに初挑戦した物の難しいです。
ミステリを書いたという訳ではなく、ミステリネタという意味ですが
読み終わった後どうするどうすると悩んでいましたが、悩むより書いてしまえということで
出来たのがこちらです。
「読書の秋ー!」
「どうしたんですか一体……」
わたしが図書室に勢い込んで行くと、栞が不気味そうな顔をしてこちらの顔を覗き込んでくる。
「詩織さん、何か悪いものでも……」
「食べていません」
「そ、それなら良かった……かなあ?」
「いやさ、読書週間って十月の末から始まるっていってたでしょ?」
「あ、はい! お勧めの本を知りたいということなんですね!」
栞の表情が一気にパァァと明るくなる。
「いえーす! この前栞のこと家に連れて行ったら、うちのお母さんがさ、あんたも東風さん見習って本読めって言われて、成績も何か良くなってきているから、やれーって!」
栞は困ったような表情を浮かべると、まあ一緒に本を読む時間が増えるのは嬉しいですねといって笑った。
「うんうん親公認の仲になったわけですよわたし達は!」
「親公認の……!」
予想通りもごもごしながら視線を泳がせている。可愛い。
「そんなんでですね、神様、仏様、栞サマにお勧めの本を紹介して欲しいなって」
「だったらこのアルベルト・マンゲルの『図書室━愛書家の楽園』なんてどうです?」
「分厚いっ! いやね、分厚いのが厭だからじゃないんですが、ちょっと読みたい本というかジャンル指定させて頂きたいと思っているんでゲスよ!」
「何ですかそれ!」
ふふふっと何か生まれたばかりの赤ん坊のように柔らかく笑う。
「なんかミステリーが読みたいなって!」
「ミステリーですかあ……」
珍しく困った顔をする。
人差し指を唇に当てると「私、実はミステリーには暗くてあまり読んだことないんですよね……」
「あらら、何でも読んでいるかと思ったのに……」
「私だって得手不得手はありますよ。じゃあそれほど有名ではないけれど、作者がビッグネームで、ミステリー読みがあまり読んでいなさそうな、ちよっと渋めな所行ってみますか」
「おっ、いいじゃないですか! 通ぶれる作品がいいんですよわたしは!」
「ブストス=ドメック『ドン・イシドロパロディ六つの難事件』なんかどうでしょう?」
「『六つの難事件』って事は短編集かな? 入りやすくてよさそう。でもブストス=ドメックっていうのは有名な人なの? 全然聞いたことないんだけれど……わたしも無知でございますから……」
「ふっふっふ、詩織さんブストス=ドメックはよくご存じですよ!」
十月に入り掛かった光が眼鏡が反射して彼女の目が見えなくなる。
「ヒントはもう読んだことのある作者とその弟子にして師匠の若い作家です!」
「うえぇー分からないから意地悪しないで教えてくださいよおー」
「ブストスのBは前に読んだ『伝奇集』の作者のボルヘスのBです。更に十以上若いビオイ・サーレスのBですね、ちょっと意地悪すぎたでしょうか?」
「ちょっとじゃなくて大分意地悪ですよー。分からないってそんなの! ビオイ何とかって人に至っては聞いたこともないよ!」
「まあまあ、二人は他にも幾つか仮名で共著を出しているのですが、その一作目がこの『ドン・イシドロパロディ』何ですね。カサーレスは十代の頃から本を出版するほどの才能の持ち主で、両親もそこを伸ばしてやろうと、アルゼンチン文壇の女王と呼ばれていたビクトリア・オカンポという人に相談したら、じゃあ師匠にするにはボルヘスしかいないと白羽の矢を立てた訳なんですね。ローマ教皇のフランシスコも若手時代国語の教師をしていた時にボルヘスに声をかけて作品の講評をして貰った時に「出来がいいから出版しましょう」といわれてお世辞だと思っていたら、後年本当にボルヘスの働きかけで出版されたというぐらい面倒見がいいんですよね」
「へーすごいじゃん! ビオイさんはなんか凄い作品残してたの?」
「ボルヘスは年の差を気にせずに、ビオイ・カサーレスを対等な存在として扱い、ある時からは師匠でもあるといっているんですね。ビオイ・カサーレスの『ドクター・モレルの発明』何かは完璧な小説とまで絶賛していますね」
「大丈夫? そのドンなんとかって本難しくない?」
「実はボルヘスとカサーレスは二人とも探偵小説が好きで色々研究していたんですよ、最初の競作の案は盲目の老人が謎を解決していくというボルヘスを意識したものなのですが、これは没案になって、最終的に異常なまでの博識の持ち主である元床屋で、殺人のえん罪をかけられた密室探偵イシドロ・パロデイの話になるのです」
「へーへーへー、何か面白そう。それいいかも」
「私はミステリが中々読めないたちなので、殆ど会話だけで進んでいくところが中々理解しづらかったのですが、ミステリとSFは読むのも才能がいるっていわれたことがあるので、まぁ詩織さんは自分から進んで読んでいくほどですから結構楽しく読めるのではないでしょうか?」
「本当かなぁーなんか一気に難しい感じになってきたなあ」
「まあまあそういわずに読んでみましょう」
本のこととなると本当に強引になるなあと苦笑いする。
閉架書架にあるとのことで栞が司書室の鍵を持って探している。
わたしもすこし埃臭い司書室に一緒にお邪魔する。
お邪魔したところで何が何だか分からないので、なんとなく微睡みがかって机に伏せる、涼しくて気持ちいい。
なんだか柑橘系のいい匂いがしてきたけれど何なんだろうとボンヤリが続く。
「詩織さん! 起きてください!」
突然声が耳元で鳴りだしビックリしたので、何の工夫もなく。
「うわっ! ビックリしたあ!」
等と叫んでしまった。
「ビックリしたのはこっちですよ! 内緒でお茶入れました、司書の先生がいつも置いているアールグレイと、マドレーヌです。お茶は勝手に飲んでいいといわれているのですが、マドレーヌは賞味期限近いので頂いちゃいましょう」
「あっこのシーン『失われた時を求めて』の奴だ!」
栞はにこりと笑い「いつか、街中で躓いた時、今日の日を思い出すといいですね」
「一冊しかなかったので一緒に読みましょう」
そういうと真っ赤な単行本を取り出して私の隣にぴったりと座ってくる。
ソーシャルディスタンスは?
なんて思ったけれどページをめくりながら、単語の説明とかしてくれている栞には逆らえないでいる。
垂れた髪がお互いの頬にふれあい、紅茶も飲んでいないのに頬が真っ赤に染まる。
単行本も真っ赤だけれどわたしも真っ赤になってしまっているのがわかる。
ページに指を落とし、蓄音機の針のように本の間をスイーっと進んでいく栞もやはり頬を真っ赤にしていた。
この時期になると夕焼けの時間も短くなり真っ暗になっていた。
何かドン・イシドロパロディのように冤罪をかけられて、二人だけのとても狭いこの世に一つだけの秘密の小部屋に閉じ込められているようだった。
ドン・イシドロパロディと違うのは孤独を好む密室の賢者と違って普通の本好きな、まあ片方は読書見習いなんだけれど、そんな自分たちに丁度いい狭さの図書室の魔女でも住んでいそうな小部屋で「二人で!」マテ茶ならぬ紅茶を啜りながら静かに時間を忘れて本を読んでいた。
因みに『ドン・イシドロパロディ六つの難事件』は会話が殆どなのと似た名前が一杯出てくるので、頭がこんがらがってしまった……。
あ、でも面白いというか頭良くなった感じはしました、まる。
イラスト提供:
赤井きつね/QZO。様
https://twitter.com/QZO_
チェスタトンにも言及するべきなのでしょうが
ミステリ難しいなあと思っている人間には解説や後書きだけ読んでいても
中々解説は難しいので、こんな話もありますよということでお茶を濁したいと
あとこちらもよろしければご覧下さいませ
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