037川端康成『片腕』
新潮社『眠れる美女』収録の『片腕』(平禄『散りぬるを』)を底本としました。
500円ぐらいで買えます。
図書室が秋の読書月間をするぞと言うので、栞があっちに行ったりこっちに行ったり、何かの小動物みたいに忙しそうにしていたので、思わず「リスみたい」と不用意な発言をしたら。
「詩織さん!」
目玉を三角にしてキッ睨まれ、今まで見たことのなかった殺人光線が眼鏡越しに飛んできたので、思わず「すいません……詩織手伝います……」と言ったら本当に結構な量の仕事を渡されて、不慣れなわたしが三分の一も終わらないうちに栞がヘルプにはいってくれた。
特別ですよと、仕事が終わってから司書室の中でお紅茶と、おクッキーなど頂いた。
「そういえば栞はポップ描くの上手かったねー、なんか本屋にいるみたいだった」
「まあ慣れですかね、あとは誤魔化して去年使った奴なんかもあります。去年どころか先輩に聞いたら十年単位で使っているのもあって、それはわたしが今回書き直しました、書き直したら別の作品の紹介になっちゃいましたけれど……」
「へー何々?」
「川端康成の『雪国』です」
「国境のトンネルを抜けると、雪国になったって奴ね。読んだことないけれどそれは知っている。あ、あと、雪が降ってて夜の底が白くなったって言うのもなんんかあったよね!」
ちょっと勝ち誇っていったら、すぐさま。
「それは『雪国』の雪国になった次の文章ですよ!」
と、まあケラケラと笑われた。
「まぁ、知っていたんだけどね、本当だよ!」
「ふふ、そうですね。まあ冒頭だけが有名な作品って結構ありますからね」
「春先に教えて貰った『変身』とか?」
「世界で最も有名な出だしと言われているのが、そのカフカ『変身』かガルシア=マルケス『百年の孤独』ですねー」
「どんなんだっけ? 似た名前が一杯出てくることしか覚えていない……」
「えーと、私も正確には覚えていないですけれど、たしか「長い歳月が流れて銃殺隊の前に立つ羽目になった時、恐らくアウレリャノ・ブエンディア大佐は……」えーと父に連れられてメルキアデスの持ってきた氷に初めて触ったことを思い出しているって場面だったはずです」
「良く覚えているよねー」
「うろ覚えですよ……私も修行が足りませんね」
「いやいや、それだけ覚えてたら立派な図書委員長様ですよ!」
「んもーまたからかって……詩織さんのそういう所はキライです!」
「ごめんてばー」
「じゃあ、お勧めの本読んでくれれば許してあげますけれど……」
「う、薄い奴なら……」
「実は丁度いいのがあるんですよ、さっきで出だしか有名だといった『雪国』の川端作品ですが、青空文庫でも読めますし、何より面白いですよ。ほらほらノーベル賞作家の作品バリバリ読めちゃいますよ!」
「うー……はい」
「書籍としては新潮文庫の『眠れる美女』に『散りぬるを』と一緒に収録されているのですが『片腕』という小説です」
「どんなんですの?」
「まあ短編なので冒頭と流れは教えてあげますから、あとはちゃんと読んでくださいよ!」
「はぁい……」
「主人公はそこそこ年のいった男性としか分からないのですが、彼は純血らしき乙女の腕に一目惚れします。美しい腕なんですね、そして冒頭で一言「片腕を一晩お貸ししてもいいわ。」なんていってくるのです。男は女の取り外した腕を借りるのです。義手なんかではなくて本物の腕なんですね、主人公はあちこち腕をなで回したり、自分の腕と取り替えたりと色々試みるのですが……というお話なんですね。この一冊は川端康成独特の湿っぽくて陰影のついたエロティシズムがまとわりついていて幻想的な一冊です。因みにこの『片腕』のモデルはロダンの彫刻だとされています」
「えーちょっとエロスな話なんだ、気になる設定だね」
「三島由紀夫はこの作品に対し、川端康成のエロティシズムとオブセッション、つまり妄念だと、魔界へ誘う珠玉の小品としています。筒井康隆もシュルレアリスムを日本流に完全に落とし込んだ作品だとしています」
「へー良く分からないけれどべた褒めなんだね」
「はい、この作品というか一緒に書かれている『眠れる美女』は同じノーベル文学賞の以前『百年の孤独』を紹介した……というか先ほど有名な出だしで上げたばっかりですね、フフちょっとボンヤリしていましたね」
なんとなくその表情が可愛かったので、私もふふふと笑った後、人差し指で栞のほっぺたを突っつき「可愛い」なんていってみたら、早速抗議の声が上がってきた。
「しょうがないですね……でガルシア=マルケスは『わが悲しき娼婦たちの思い出』という作品を書いています。はっきりと『眠れる美女』を読んで影響されたとあるのですね」
「『娼婦たちの思い出』っていうのはどういうアレなの?」
「はい『眠れる美女』が徐々に死の影が迫る老人の話なのに対し、ガルシア=マルケスの話は、満九十歳の誕生日を、処女と思い切り淫らに過ごそうとする、まぁその淫らなおじいさんなんですね、川端作品とは逆に老いてからの生命の発露が描かれているのですよね。こちらも薄いのでお勧めします」
「やーん! 今日の栞はエロスねー」
「むっ! 約束通り『片腕』は読んで貰いますからね! それからさっきのつんつん攻撃の分を上乗せして『眠れる美女』と『わが悲しき娼婦たちの思い出』も読んでください!」
「ちょっとちょっと! 罰ゲームにしちゃ、ちょっと重すぎない?」
「読書は罰ゲームに使うものではありません! 楽しむためにあるのです! だからその一緒に話せたらなあと思って……」
「うーん、なんだか難しそうだけれど、そこまで言うなら読んでみましょうか……」
といって『眠れる美女』を借りてぷーっと息を吐く。
「隙あり!」
と叫ぶが早いか、今度は栞が私のほっぺをツンツンとしてくる。
ぶひょひょと変な音を出して空気が漏れてくる。
「うわーっ! 仕返しされた!」
「えいっえいっ! いつも柔らかそうな顔して!」
「やめて! やめて! ひゃっひゃっひゃ!」
栞がここぞとばかりに調子に乗って、私の体をまさぐり倒す。
いつものお嬢様然とした姿はそこにはない。
はっはっと熱い吐息を吐きながら顔を真っ赤にして少々荒すぎるスキンシップをしてくる。これは文学的何かの行為なのだろうか?
私もやられてばかりではいられないから「うりゃっ」と叫びお互いもみくちゃになる。
「ひゃん!」
と情けない声を上げて栞が劣勢になる。
「ストップ! ストップ! 今のこの姿見られると絶対何かしらヤバいって!」
「はあはあ、私も江口老人じゃないですが堪能しました……」
二人とも制服がぐちゃぐちゃになっていて、誰かに見られたらヤバいとしか言い様がないので、お互いぜいぜいと息を切らしながら目を合わせてなんとなく湿ったような瞳になっていたので、なんだか自分の中の湿った爆弾の導火線に火がついたような気がした。
「まあ、あれだね、これ以上は色々な意味でヤバい」
「ですね……とりあえず図書室の読書月間の準備は出来たので、詩織さんにはどんどんお勧めしていきますから、どんどん読んでください……」
「はっ……はい」
息も絶え絶えに了解したが、結構ノルマキツいのではないかと今になって気づいた。
銀杏の葉もまだまだ真緑で秋口に立った感じもあまりしなかったけれど、そろそろ立秋というのが世の中の暦であるので、まあ秋なのだろう。
私たちは今真夏の蒸し暑い状態で、制服を着直していたので、人によって今がいつなのかというのはそんなに気にするほどのことでもないのかも知れない。
まずは『眠れる美女』をちゃんと読もう。
そうしないとまた栞に襲われる。
まあ襲われるのも厭じゃないというのが今さっき自分の中で分かって、なにかコペルニクス転回を迎えた気がする……。
イラスト提供:
赤井きつね/QZO。様
https://twitter.com/QZO_
川端康成はあまり読んだことはないのですが、新感覚派についても少し書いておくべきだったかと
今になってあーだこーだ考えていましたが、まずはお出ししようということで出してみました。
それはそうと川端康成意外と面白いぞという知見を得ました。
個人的には横光利一の方が好きですが。
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