034太宰治『女生徒』
太宰治『女生徒』
底本は角川文庫太宰治作品集より
初めて一度登場した作家の二度目の登場となります
太宰治なら他にも取り上げるべき作品は有ったと思いますが
『女生徒』はこちらの方で取り上げるには丁度良さそうな
題材であったため敢えて取り上げました
読んでいる本のストックはまだまだあるのですが
もう一度読まないとダメだったり、中途半端なところの本もあるので
本質的に私は読書に向いていないのかもしれませんがまあ良いでしょう
お知らせもありますので後書きも是非ご覧下さい
「この本はどうでしょうか? 私たちにぴったりなのでは……」
と、唐突に渡されたのは太宰治の短編集であった。
タイトルは『女生徒』なるほど、わたし達が読むには丁度良いタイトルのように思われる。
とりあえず一晩借りて真面目に読んでみることにする。
なんとなくタイトルに惹かれたせいでもあるけれど。
大した話では無いというと怒られそうになるけれど、まず「あさ、眼をさます時の気持ちは、面白い。」という一文から始まる様子はなんだかとてもフレッシュでいい感じだと思う。こういう言葉を思い出す「早起きは三文の徳」だけど、三文なんて三十円か四十円かぐらいと聞いてから、じゃあ五十円分寝かせてくれと思うのがわたしである。
新鮮な空気感は読んでいて気持ちよかったけれどわたしは厭だなとか素直に口にすると、栞に怒られるだろう。
ストーリーは何というか一日の女生徒の流れを追っていくだけで、なんだか怒ったり、喜んだりして特に何か特別な事件が起こるわけでもなくて、最後には「あたし、東京の、どこにいるか、ごぞんじですか? もう、ふたたびお目にかかりません。」で結ばれている。
角川文庫の『女生徒』という短編集で珍しくわたしも、一晩とはいったところではあったけれど土日を使って読み終わらせた。
「どうでした? たいしたことの無いお話だったでしょう?」
月曜の放課後栞に会うと、ちょっと悪戯っぽく笑っている。
「うーん、わたしは「きりぎりす」とか別の話が面白かったかなあ。なんか「女生徒」は日常のなんてことも無いことに一喜一憂してて、洒落臭いなあってなっちゃう。でも別に嫌いではないかな……」
「そうなんです。その思春期の乙女の一日を体験するのが「女生徒」なんですよね」
「太宰治の書く『女』像ってなんだかウジウジしているようなのとか、内面に向かって暗い情熱抱いているような……わたし馬鹿だから良く分からないんだけれど。なんかこう言うの私小説とかいうのかな?」
「詩織さんは馬鹿じゃ無いですよ!」
良く分からないところでぷんすか怒っている。
「あと『女生徒』で気に入らない部分は眼鏡を取ればもっと美しくなるのにとか、腹立たしいですね」
眼鏡の向こう側が逆光になっていてよく見えないが、微妙な面持ちでやたらと、ふふふと笑っている様はなかなかコワイ……ってかそんなに眼鏡に執着心あったのか……冗談でも、眼鏡取ったらもっと可愛くなるよとかいわなくて良かった……。
「元々は熱心な太宰治ファンの女性が、いきなり日記を送ってきたんですね。で、それを題材に小説を書こうということで書いてみたら、一人の少女の思春期の繊細な浮き沈みの気持ちを代弁していて、「この女生徒は甚だ魅力があって高貴でもある。「意識の流れ」の手法も取り入れられていて叙情性が音楽的に纏まっている」と表して、太宰治と因縁の対決をすることになる川端康成が褒めてたぐらい何ですよね」
「意識の流れってなんか聞いたような聞いたことあったような」
「そこら辺はまたにしましょう。プルースト、ジェイムス・ジョイス、ヴァージニア・ウルフあたりの作家の話なのでちょっと難しめになってきますから……」
「ハイ、ワカリマシタ」
「で、この女生徒自身なんですが、有明淑という方で日記を投函した当時当時十九歳で、作品の主人公は十四歳が起きてから寝るまでの話なんですね。今と昔の差がありますけれど、その年齢聞くと「なんとなくモヤモヤする時期があったなあ」とか思ったりしませんか?」
「あー、わたしはこんな繊細な人じゃ無かったからなあ……あまり意識していなかったけれど、中学の頃はなんとなく悶々としていたような気がする……」
と、そこまで言って。
過去の所業を思い出して顔を両手で覆い、グエーと叫びながらその場に座り込んでしまった。死にたい程の何かが蓋から溢れそうになるのをガッツリガードして、ヒッヒッフーヒッヒッフーと息を整える。
なんかこんな馬鹿で脳天気な自分でも……ちょっとこう……ね……という思いがデロデロと溶け出してくるのは厳しい。
当時の浮ついた恋心とか何かそういうのが胸の中の柔らかいところを傷つけまくっている。ヒッヒッフーと天を仰ぎ息を整える。
「どうしました詩織さん? 何か思春期で思い出しそうな事があれば気軽に吐いて貰ってかまわないんですよ? だって私たちまだ思春期から青春期に踏み込んだばかりなんですから、ふふふ」
たまに栞の方が攻撃的になってくると、普段からかい気味のせいかガッツリと仕掛けてくる。厭だ、私は栞の前では純真無垢な乙女でいたいのだ。実際の所、しょっちゅうクラスの連中からは「何で彼氏作らないの?」なんて聞かれるけれど、自分の中の何かが恥ずかしくてそれを拒絶するのだ。
「まあとりあえずですね、その匿名の女性である淑さんですが、太宰から感謝の手紙を貰って大興奮してたそうですよ」
「まあそうだよね、自分の憧れの人から「あなたの書いたものを原作にして書いたら褒められました、ありがとうね」なんて来たら鼻血出すかも知れない、ブバーって」
栞はくつくつと体を折って笑いながら、マスクを少しだけ外して深呼吸をする。
「鼻血出すかは異論のあるところでしょうけれど、それぐらいの喜び方をしても間違いないですよね」
「よいしょ!」
と膝に手を置き力を込めて一気に立ち上がったら、夏の暑さに負けて立ち眩みを起こし、ふらついた。
「ちょっと! 詩織さん大丈夫ですか!?」
栞が物凄い勢いで駆け寄ってくる。
まだ頭の中と目玉の奥にピカピカ光る星のようなものが見えたけれど、深呼吸して、だいじょーぶだいじょーぶといってみたところで違和感が。
「詩織さん、鼻血が鼻血!」
「ぬおっ!」
鼻血がボタボタ流れ出ていて、マスクが真っ赤に染まり、胸の辺りからスカートの辺りまで満遍なく血みどろにしてくれている。
マスクの中に血が溜まり思わず嘔吐くが、マスクを取った時点で血がばらまかれてそこいら中が殺人事件の現場のようになる。
「兎に角、水分補給をしないと……ああ、駄目です上を向いていると! 下を向いて血を出し切ってください!」
幸い栞の飲みかけのスポーツドリンクがあったので、血塗れのままコンビニに行くことはなかったけれど、いくら木陰でも外で長話をするのは止めようという話になり。
喫茶店だかファミレスのドリンクバーで話をしようということに落ち着いたのである。
これが日記で太宰治に見せたら、血を噴く少女という話になっていたかも知れないので、そこら辺は身辺整理というか、溝浚いが必要であるように思えた。
「だいじょーぶ、だいじょーぶ!」
と、いいながらも割と大丈夫では無かったが、わたし以上に冷静に行動はしているけれど、実際はかなり慌てている栞に申し訳なかったので。
「大丈夫だから! ほらこの通り!」
と、無茶なスクワットをしたら、鮮血がシュシュッと出てきたので全然大丈夫でもよろしくもなく、二人できゃあきゃあ叫んでいた。
これも後で思い返すといい思い出になるのかもと、頭のどこか片隅で冷静に考えているわたしがいた。
栞との放課後夏の小道での事である。
実際はどうなるのかというところを省いて、今の気持ちを太宰風というか太宰治が考えた『女生徒』風にいうとするならば
あたし、宇都宮の、どこにいるか、ごぞんじですか?
もう、ふたたびお目にかかりません。
イラスト提供:
赤井きつね/QZO。様
https://twitter.com/QZO_
この度京阪ラジオ様の
FM802「802Palette小説家になろうNovel on radio」
というコーナーでなんで自分が選ばれたのかさっぱり分からないのですが
当方の書いた文章朗読するよというお申出をいただき
9月の毎週土曜26時半頃から10分程度4回に分けて放送されるようです
DJの豊田様「the peggies」といバンドのボーカルの北澤ゆうほ様の
お二人で朗読されるそうです在阪の人は興味あったらよろしくね
過去ログは放送後2,3日中でこちらから見られるようです
Youtubeチャンネル↓
https://www.youtube.com/playlist?list=PLlPbV0GD2CxuivfO-JrSXAHBvvAIVuEt4




