033上田秋成『雨月物語』
ちくま学芸文庫版を底本としました。
微に入り細に入りとすると、文章での説明に相当割かなくてはならないため
意図的に落としているポイント有りますが、それはご自分で読んで頂けると
面白いと思います。
珍しくお泊まり会なんていうのをやっている。
中学校の頃まではたまにやっていたような気がするけれど、高校に行ってからは進路もバラバラで、彼女たちともたまにメールするだけの存在になっていった。
と、いうより彼女たちは彼氏なんかとよろしくやっているらしいので呪詛の念をメールに忍ばせると、すぐに「お前が嫉妬しているのは丸わかりだ、へへっ!」等と帰ってくるので憤懣する。
そんな彼女たちの話は今はどうでも良くって、ソーシャルディスタンスとマスク着用を条件に栞がお泊まりに来ている。
わーお! 一つ屋根の下である。
栞は「詩織さんの部屋からは女の子の香りがしますね」と、若干変態チックに聞こえる台詞を頂いた。
「うーん、わたしは先生達にも文句言われない程度の化粧しているからかなあ。栞はすっぴんでしょ? すっぴんなのに何か肌凄い白いし羨ましいよね、ちょっとぐらいメイクしてみない?」
「お化粧は校則で禁止ですよ。それにもうお風呂頂いた後ですしね、これから寝るのにお化粧も何も無いでしょう」
先ほどお風呂に一緒に入らない? 等と冗談を言ったら烈火のごとく怒られたのを思い出した、青春の一ページである……。
「まあ詩織さんは顔立ちが整っているからお化粧しても映えるかも知れませんけれど、私は地味顔の極北の様な顔立ちですから、お化粧するにしても大工事になっちゃいますよ!」
「えー、栞の方が目鼻立ちメッチャ整っていると思うんだけれどなあ」といいながら自然とサージカルマスクを掛けている頬に手を伸ばす。
「ひゃっ!」
と栞は短く叫んで、座椅子ごと後方に倒れる。夏用の薄いパジャマの下に透ける肌が艶めかしい。
「ごめん、ごめん。大丈夫!?」
「あっ……いえ大丈夫です……」
といって起き上がる。マスクのせいで眼鏡が曇っていて美少女変質者といった風体をしている。
わたしはわたしで、お母さんから「あのお嬢様が来るんでしょ?」といってパジャマを用意してくれていたのだけれど、面倒くさかったのでいつも通りハーフパンツと、やたらビビッドに真っ青なTシャツを着ている。
ふーっ、と栞が一呼吸すると、おずおずとしながら、いいづらそうに「詩織さん、あのハーフパンツの奥の下着が見えて……」とやり返して来た。
「あはは、女の子同士だし気にしないって」といいつつメッチャ気になってしまい、しばし二人とも黙ってしまう。
沈黙を破るためわたしがまず口火を切る。
「そうそう、今日は怖い話するんでしょ? そのために昼間頑張って勉強したんだしさ!」
「まあそうですね。詩織さんもちゃんと頑張ってテスト範囲より先まで勉強していましたし、ちょっとは女の子らしく楽しみましょうか」
「ちょっと待って。テスト範囲より先まで勉強してたの?」
「あれ? だって先生がここからここまでっていうのはどのクラスでも同じじゃないですか?」
「うあー! 聞いてなかったぁー! 栞先生に鞭打たれるまま限界まで先進んでたぁー」
「詩織さん……」
と、なんだか非道く哀れなものを見るような目線で私の心の柔らかい部分をグサリと刺してくるが、別段損はしていないでしょうという物凄くまっとうな答えを返され、それもそうかと納得する。いや、やや納得いかないかも。
「じゃあ約束通り上田秋成『雨月物語』を読み合わせてみましょうか」
「えーと、栞が読んでおいてっていってた全部は読めてるよ! 全部はやっぱり無理だったけれど」
「よろしいでしょう。私が特に好きな『夢応の鯉魚』と『吉備津の釜』そして地元の民話なんかで読んだこともあるのでは無いかと思いますが『青頭巾』の三つですね」
「えっ『青頭巾』ってここら辺の話だったの……」
「思いっきり冒頭に下野国都賀郡って書いてあるじゃないですか……ほら」
と、指さしてはにじり寄ってくる。顔近い、顔近い。
ソーシャルディスタンスとずっといっていたから最近は意図的に距離を取っていたけれど本の話になると夢中で周りが見えなくなってくるのだろう。
「ふう」とため息をつく。なんだかそれが不思議な甘い香りがしてドキドキさせられるのである。わたしの息はどんな匂いなんだろうかと、若干ながら気にもなる。
「今でいう栃木県栃木市の大中寺の七不思議の一つですね、ほら流石に油坂とか開かずの雪隠、それから枕返しの間ぐらいは聞いたことあるでしょう?」
「あー小学校の頃の遠足かなんかでバスの中の小話で聞いた様な記憶が……」
「まあ話は前後しますけれど、順番通り『夢応の鯉魚』からいってみましょうか」
「あー個人的には一番面白かったー、何か怪談風ファンタジーみたいなそんな感じ」
「中国の明代の白話集が元ネタですね」
「その白話ってなんですの?」
「まあ正確な説明では無いですが、漢文を中国の人の話し言葉にした、日本でいう言文一致運動みたいなものだとでも思っておいてください。今回はそこがメインではないので、難しいしゃべり方から平文にしましたぐらいの理解で……」
「ハイ、ワカリマシタ」
「もう読んでいるということで今回は、詩織さんの感想をメインに聞かせて貰いたいですね」
「あれ、栞がまた色々教えてくれるんじゃないの?」
「読む時間なかった部分については解説しますが、たまには詩織さんの感想も聞きたいのです」
「うーん、絵の巧い和尚さんが描いた鯉が、いつも助けてくれた和尚さんに恩返しするみたいな流れよね。まあそれをもっと捻ったような感じだけれど。なんか他の二つと違ってハッピーエンドでいい感じだと思った!」
「そうですね。話の筋がわかりやすくて高校どころか中学校の国語の教科書に載っていることもあるそうです。何より他の話と違って血腥いところが無いですからね」
「『吉備津の釜』はなんか日本昔話みたいなので見たような聞いたような」
「ええ、ここですね。解説にも出ていますけれど神隠し話の鹿深谷の怪光や、羅生門で渡辺綱の髻を掴んだ女鬼が反撃に遭い、腕を落とされるシーン何かがモチーフになっているようです。上田秋成が土着の信仰や昔の話をそのまま何も捻らずに持ってくる事ってまず無いんで、ここら辺は本当に大本にされたドンピシャの出典ってまだ分かってないようで、なかなかホットな話題だそうです」
「そうだなあ、あと磯良って前に、ホラー小説の元になっていたって話聞いたけれど、なんかこの名前にも元ネタあるの?」
「これが難しくてですね、まだ分かっていないようなんですが、吉備津神社の理想を正に絵に描いたような娘なのに、浮気者の夫のせいで恨み骨髄で死んで妬神という最悪の醜い存在に身をやつすというのは何か二面性があり、どこか典拠があるのではという話もありますが、真相は藪の中ですかね。磯良は当時としても古風な上になかなか珍名だったようですね。貝原益軒が理想の嫁の姿として磯良をあげています」
「それがあんなになっちゃうんだから怖いよねぇ」
「本当に恐ろしい結末ですよ。本当に……。まず間違いなく世界一怖い話なんじゃないかとすら思っています」
「お札家中に貼って引き籠もる話は『耳なし芳一』みたいでちょっと演出過剰でフフってなったけれど、読んでみたらとんでもなく怖かったよ。あれ映画の『来る』みたいな感じで怨霊が頭脳戦仕掛けてくるところとか怖すぎる。正太郎の最後とかも色んな想像が働いて現代のホラーでも全然通じるよね」
「騙されて、慌てて戸を開けた正太郎がどんな目に遭ったのかが分からないんですよね……そのくせ家の中は彼方此方に派手に飛び散った血で、醒風酸雨というか酸鼻猖獗に極むるという風景なのに、肉一切れ、骨一つ見つからず、この時点で恐ろしいのに、軒下に男の髻だけがぶら下がっていて、明け方になって野山を探したけれど血痕一つ見つからなかった……人間の想像力の最先端の部分を刺激していると思います」
栞のいう、せいふうさんうだとか、さんびしょうけつをきわむるという言葉の意味が分からなかったけれど、地獄を超えた光景というのが想像され、改めてゾッとする。
「じゃあ、予習の済んでいる『青頭巾』にいきますか。まだ読んでいない話も読み合わせしたいですしね」
「おっ! 今日はやる気満々ですね。わたしを寝かせないつもりかな?」
「朝まで付き合って貰いますよー」
と、ニヤニヤ笑いながら。
マスクの下からも分かる程に笑っている。
怖い……。
「『青頭巾』はあらまし先ほどお話ししましたがどうでした?」
「ショタコンの坊さんが食人鬼になるものの最後に爽やかに終わるサイコスリラー」
「何か間違っているような、あっているような……」
「完璧に理解しました」
「禅宗を完璧に理解していたら、我正覚を得たりといって成仏しますよ……」
何か訳が分からなかったが、いつも通り呆れられているのだけは分かった。
「お話の流れとしては、徳の高いお坊さんが山寺の住職となって、小間使いに美少年を連れてくるのだけれど、病に倒れそのまま死亡し、いたく悲しんだ住職は葬式もせぬまま腐り墜ちていく少年の肉を食い続け、やがて骨まで残らず食べてしまうと、鬼となって、村まで降りてきて人をさらい食べてしまうと。そこへやってきた禅師が鬼となった僧侶を改心させるという話ですね」
「そうそう。なかなかサイコっぽいよねー」
「私が好きなのは次のシーンです。得の高い禅師を夜中鬼と化した住職が探すものの見つからない。禅師はその場所に座ったまま一晩を明かし、その姿を見た鬼が救いを求める。そして『工月照松風吹、永夜清宵何所為』と問い、山を去ります。鬼の被害は無くなり一年後また山寺を訪れた禅師が見たものは、あの時から一歩も動かず問答を考え続けている姿でした。禅師が『作麼生何所為ぞ』と問い禅杖で青頭巾をかぶった住職を打ち付けると、頭巾の他に僅かばかりの骨が残っている。村人に請われて禅師は曹洞宗に改宗しその山寺、つまり大中寺の住職となりました。めでたしめでたしという話ですが、問いかけの歌がとてつもなく美しい。そして成仏していく鬼と化した住職のスイと消えゆく退場の仕方もまた美しいです。詩織さんの仰るとおりサイコスリラーの様な話ですが、全体を通して詩的な雰囲気さえ漂っていますよね」
栞の話は半分ぐらい? しか分からなかったがなんだか自分が言葉に出来なかった部分とかが言語化されたような感じがして、ちょっと得意げになった。
「では、優先的に読んでいた三話の他の話も読んでいきましょうか。私友達の家に泊まるなんて初めてだからワクワクですよ。普段は日付が変わる前に寝ていますが、今日は頑張って起きていますよ!」
と、ハイテンションな栞だった。
この娘がこんな感じにキャイキャイと浮かれているのは初めて見る。
なんか可愛い……。
「あ、そうそう。この本読んだらなんとなく怖い夢見たから、栞の次の番って事でわたしも何か書いてみた!」
「うわーっテンション上がりますね! それは是非とも拝読したいです」
「えーとね、こんな話ですよ」
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盆も過ぎた頃、中学のクラスメイトの 川上に呼び出しを喰らった。
クラスの人間関係はかなり良好で皆、特に誰かとだけ特別仲がいいというわけではなかったが、それでも仲の良いグループはある程度出来てはいて、川上とはそこまで極端に仲がいいわけでは無かった。
ただ聞いた話によると誰でも知っている世界企業のレンズ開発部に居たのが、忙しすぎたので地元の市役所を受けてすんなり合格したとかいう話なので別に何か売りつけられるわけでもないだろうと、のこのこと近所の公園まで出てきた次第である。
「よっす」
「あれ? なんでこんな所に?」
後藤だった。
奴も大学出た後、地元でなんだか難しい工学系の開発はをしている奴だ。
こいつとはそこそこ仲良かったが、川上とトリオで呼び寄せられるほど仲良しグループというほどでもない。
自分が地元組でちょいちょい会うのは一人しか居ない。
「後藤も川上に呼ばれたん?」
「ああ、うんああ、なんか思い詰めたような感じで立ったからなあ」
同窓会で電話番号をみんな酔っ払って交換しまくっていたが、当然用も無いのに掛けることもなくて、無用なデータだったが、何かしらあった時のためにということでとってあったのである。
「よぉ、悪いな二人とも……」
川上がいつの間にか非道く足取りが重そうに、ずるずると歩いてくる。
後藤と顔を見合わせて影になるところにでもと勧めたが「いや、いい暑いところ悪いけれど……」といって珈琲とスポーツドリンクをくれた。
「いや、実は悩みがあってな……」
と言い出したが、まあそりゃ見れば分かる。
咄嗟に「女関係か」等とからかおうかと思ったが、そんな空気でもない。
後藤は、何とは無く厭そうに顔をしかめて……まあ女性トラブルに首突っ込みたくないのは一緒だ。
「なあそれって、結婚を考えているけれどなんか問題があるとかなら昔のよしみで出来るところまでは協力するけれど、その……重大な問題っぽいな」
「ん?」
「いや、そんな深刻なことじゃなくて話を聞いてくれるだけでいいんだ……」
と、ぼそぼそ呟き始める。
お盆の中、祖母追善の供養のため電車で一時間ほど掛けて県内でも特に山ばかりという場所に行ったのが先週だか十日前だかのことであったらしい。
このご時世なので特に観光地といえども混んでいる何て事は無く、卒塔婆を代えて坊さんに拝んで貰ったら、特にやることも無く、親戚の子供達にやいやいと遊び相手にされるのも疲れるので、そこからもう少し離れたところにある、大学まで足を運んでみようと思い立った。
担当教授もそろそろ退官するはずなので、念のため研究室のホームページなど見てみると最終更新が三週間ぐらい前で、まだまだお元気そうだった。
アポなしなので最悪居なくても仕方ないと思い、煩わしさから逃れるために電車に乗る。車だったら楽なのになあとはずっと思っていたが、旅館から停められる車の数を聞かれたところNGを喰らい、仕方ないから全員電車でということになったのである。
本を読んでいる間に大学前駅に着いた。大学前駅といっても、そこから、六~七キロは歩くので詐欺もいいところだ。
ずっと登りの道を汗を滲ませながら這い上る。高原地帯とはいってもやはり暑いものは暑い。母校へ着く頃には背中にワイシャツがピタリと張り付いて気持ち悪いことこの上なかった。
コロナ休校のせいで大分雑草が生えていたけれど、学生もまばらにおり、案外昔からそうではなかったのかとも思った。
真っ直ぐ研究棟に向かい空調の効いた部屋で教授と雑談しようと、足を急がせる。
結論から言うと空振りで、自分の到着する少し前に学会へと行ってしまったとのことで、やはりアポは取っておくべきだったと、社会人一年生みたいなことを考えていた。
その様子を見ていた秘書が、暫く前に改装された貴重図書保管庫でも見てみないかと話題を振ってきたので、折角なので拝見する。
正に取って付けたタイプの施設だったので古い研究棟の隣に廊下で新しい施設が藪を開いて建っている。外見だけ見ると無骨で特に目を見張るべき点は無いが、それでもそれなりにモダンな建物である。
「そうそう、貴重図書以外にも医学部の人体模型とかあるから見ていってはいかが?」
と、水を向けられたので、ではではと話を合わせる。
「全部本物の人体提供者から作った生身の人体ですよ、触っても大丈夫ですけれど、お盆だし何かあるかも知れませんねぇー」
と、怖がらせてくるので苦笑しながら、さっき坊さんに拝んで貰ったばかりですからといって、見せて貰うことにした。
秘書が小一時間で戻ってくるというので、まずは専門の本に手を付けると、最新の論文のプリントや、貴重な昔の基礎研究のカラー図版入りボックスや、まあ研究開発をやっている人間にはたまらない貴重な資料ばかりで、あっという間に時間がたっていた。
「ああ、そろそろ終わりにしないとなあ」
と、立ち上がったところで全裸の男性の人体模型がこちらをじっと見つめている。
左半分は血管なんかが丸見えで、むかって右半分は筋肉がべろりと剥けて内臓が丸見えである。睾丸がぶらりと下がっているのがなんとなく寂しくて、人体模型にはなりたくないかなあ等と思っていた。
ふと気づく。
男性の人体模型の隣に包帯でぐるぐる巻きにされた薄汚いというか腐った血のようなどす黒い血痕のような跡がついた不気味な女がぼうと立っていた。
「趣味悪……学園祭の出し物かなんかかな」
と、独りごちてそちらは見ないようにして、貴重図書保管庫から出る。
出たところで、伸びをしながら欠伸をほあーっと一息つき、首をゴキゴキと鳴らしていると、なんだか魚の腐ったようなにおいがする。
「ん?」
と、目を開いた瞬間、喉の奥から空かした叫び声にならない声が、ハァーッと出た。
先ほどの不気味な女だった、そいつが鼻頭がくっつきそうな距離に顔を合わせてきている。濁った瞳は死人のそれだ。
くらっと来て助けを呼ぼうとして叫び声を上げようとするが、どうしても、ヒューヒューとどうしようも無い呼気だけが出てくる。
ホラー映画の絶叫シーンなんて嘘だ、声を上げることすら出来ずに腰を抜かして這いつくばる。
這いずりながら後ろを見やると女はもういなかった。
腰を抜かしたまま近くの棚にすがって立ち上がると、下半身をガクガクさせながら逃げ出す。
魚の腐敗臭がする。奴がいるんだ。
階段の手すりをありったけの力でつかんでずり落ちていく。
一階についた後、後ろを見ると、先ほどの女の下半身が見えた。
声にならない絶叫を上げ昏倒思想になったとき、秘書の方が来て「川上さん。どうしたんですか、熱中症ですか?」
大丈夫な風体を装おうとしたが全身の筋肉がビクンビクンと震えている。
震えるを通りこして痙攣している。
とにかく秘書の肩を借りで教授室に戻ると、念のため学校医に見て貰うか、救急車を呼ぶかしようといわれたが、それを固持し、歩けるようになったところで、タクシーを呼んで貰い……これは帰宅する時間だというので秘書の車に載せて貰った。
秘書は駅までつくと、車の消臭剤が切れたかなといって、弄っていたが、丁度いいタイミングで電車が来たので川上は急いで飛び乗った。
さっきまでの出来事は何だったんだろうか?
別段怖い噂が研究棟にあったわけではない。
そもそもあの資料館は極々最近に作られたものだ。
秘書も特に何かいったわけでも、隠し事をしていた風では無かった。
宿に戻る電車は、このご時世にもかかわらず下りとは逆に温泉客と思わしき家族連れで一杯だった。
たまたま座れたというぐらいの混み合い方である。
足がまだガクガクする。
人が乗ってくる度に電車は密度を増していくがそれがありがたい。
少しうつらうつらしている内にそろそろ着くかなというタイミングに覚醒する。
電車は立ち乗り乗車もいたが、何故か自分の隣には人が座っていない。
それもそのはずである。
反対側の席に座っていた家族が一斉に降りると、自分の横にあの女がいるのがガラスに映り込んだ。
「まあそんな話なんだけどさ、馬鹿馬鹿しいしちょっとした怪談として聞いてくれると嬉しいかなって思って呼び出したわけよ、まあとりあえずどっかで飲もうぜ、折角だからさ」
「その女って今でもたまに見えたりする?」
「う、うんまあ、本当に時々な……メンタルいった方がいいかな?」
「いや、俺は信じるよその話」
私は川上が演技をしているとも、おふざけでこんな縁の薄いタイプの連中引っかけて呼びつけるとも思えなかったからである。
「いや、俺も信じるよ」
後藤が何とは無くビクビクと震えたような声でギリギリ聞き取れるか聞き取れないかでぼそぼそという。
「おいおい、後藤。そんなマジトーンでいったらさ、川上も……」
「いや、だってよ……川上確認だけれど今日お前一人で来たんだろ?」
「そりゃ……みりゃ分かるだろ?」
「俺にはさ、気味の悪い女連れてきたなってずっと思ってたんだ……」
(了)
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「ちょっと『吉備津の釜』意識してみた!」
「うーん、詩織さんもやる気出してきましたね!」
「えへへ、どう?」
「巧い下手という話はなんともいえないですけれど、私は好きですよ。もっと色々なジャンル書いてみて練習しましょう。私も負けてられないですね!」
「ふふふ、栞の話も楽しみー」
乙女二人の夜の読書会は明け方頃、二人とも記憶がなくなるまで続いた。
イラスト提供:
赤井きつね/QZO。様
https://twitter.com/QZO_
題材にする本のリクエストとか有れば気が向いたときにでも投げて下さい。
一作家人作品は中々厳しいのでちょっと自分の中の縛りを緩めることとします。
あと、8/30にちょっとしたお知らせがありますので気が向いたら見に来て頂ければと。
よろしくお願いいたします。




