030エリック・ファーユ『わたしは灯台守』
水声社
フィクションの楽しみシリーズ
エリック・ファーユ『わたしは灯台守』
を下敷きに書きました。
わたしたちの図書室はまだ閉じたままであったけれど、時差登校がなくなって、今は普通に登下校している。
とはいってもやはり、同級生との間のコミュニケイションもなんだかギコチナイ物である。わたしのクラスは圧倒的に女子の方が強くて、馬鹿な男子共が猥談などしているときに女子は集まって、三密かいひーといって男子の集まりを駆逐していく。
とはいっても、女子の話題もなんだか最初は勉強の話だったものの、次第に夏休みはどうするかといった方向から猥談めいた方向になって、男子達の方が赤面している。
割とウブな奴らだなーと思いつつ、周りに併せてなんとなくお下品な話ばかりしていたわたしも、同じ穴の狢というか、貒という奴なのかもしれない。ムジナよりはマミの方が響きが可愛い。
ボンヤリと、話をしていると頭の中の使う部分のチャンネルが次第に、猥談に焦点が絞られ、キャッキャと阿呆の見本みたいになってくる。
これは良くないなあとボンヤリしていた。
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「で、その詳しくは聞かないですけれど……猥談ばかりしていて勉強に身が入らなかったので教えて欲しい……と」
「……はい」
「詩織さん……あなたは実は……」
「ストップ、ストップ! 止めてそれ以上いわないで……」
情けない声を出して懇願するのは乙女二人の帰り道。
髪の毛がまた伸びているのでガッツリ切りたいといった話を先週に引き続きしていたのではあるけれど。
相変わらずきっちりしている栞にクラスの様子をきかれて、猥談ばかりしていたと冗談じみていったところ、まあここまでにしてください、察して……。
それでですね、夏休み前のテストも近いので勉強教えてくださいフェッフェッフェとかいっていたら、まあ馬鹿の見本を見るような、もしくは馬鹿そのものを見たような顔をされてしまったのだけれど、わたしは直視出来なくて顔を背け滂沱……というのだろうか、そうした訳である。
「まあ私は恥ずかしくて、その……クラスの人とも割合没交渉な方なので、他愛のない話でも出来るといいんですが……でも、詩織さんとはちゃんとお話しできるので、そういう……猥談は無理ですけれど、本の話の出来るお友達とかいたらなあって思うんですよ、で、出会ったのが詩織さんなので、私は……」
「うーん、わたしこんなお馬鹿だからさ、栞の話聞いていても分からない事多いけれど、栞の話は面白いと思うし、独り占めにしちゃうのもなあー。なんていうか『栞の良さを知っているのは俺だけ何だよな……』って後方彼氏面しているの居るんじゃないの?」
「は、はっ、恥ずかしい話は止めてください! それにそんな人居ません、私こそ詩織さん独占しているんじゃないかって……その……」
「まっ、やっ、ほら、それはそこ! また今度にしてなんか本の話でもまたしてよ!」
「うぅ……詩織さんは意地悪です……」
なんかまた話が逸れそうだったので慌てて本の話題を振るけれど、なんだか転んで立ち上がったけれど泣くのを我慢して居るみたいな表情の栞を見て申し訳ないやら、なんかムラッとくるやらで正直私も何がしたいのだか分からない。
「はあ、人間孤独ですね……孤独の話というとエリック・ファーユ『わたしは灯台守』なんかは短編集ですが全部の話が幻想的で孤独をテーマにしていますね」
「また知らない作家だ」
「全部の話が高いレベルで纏まっているのですが、デッド・チャン『あなたの人生の物語』に出てくる「バビロンの塔」のような、無限に続くかと思われる天空まで届く国境の「壁」の話ですとか、あるのですが、表題作が一番出来の良いようです」
「へー灯台守ってなんか家族だけで灯台に住んでいてメンテナンスとかする人たちでしょ? 読書するのには最高の環境かもねー、わたしも灯台守になれば読書が進むかなあ」
「残念ですが、日本の灯台は二〇〇六年にすべて自動式になって、灯台守はいなくなってしまいました。それに詩織さんと会えなくなるのは……」
「あ、ごめんごめん。で、どういう話なの?」
「すいません、話題が逸れました。灯台守は百五十年間は保管される機密書類を書きながら、誰もすでに顧みていない灯台を守っているのですね。軍は金食い虫で時代遅れの灯台を廃止してしまいたい、と思っているわけです。なんだかブッツァーティの『タタール人の砂漠』みたいな話だなと思っていたら、灯台守も自分が何も来ないのに何かを守っている状態で人生をずいぶん浪費したと嘆いているところに、こり『タタール人の砂漠』を引用してドローゴの様になるのではとおびえるのです」
「なんか怖い話だね『タタール人の砂漠』って読んだことないけれどなんか虚無感溢れている感じの話なの?」
「恐ろしい本ですよ、読んでみましょう。凄い話なんです!」
「うーん、お手柔らかに……」
「まあ人間は社会性の動物なので、エリック・ファーユの突きつける『孤独』や『あり得たかもしれない別な未来』や『幻想的な世界の裏に隠された全体主義的なにか』なんかが物語をただ単に幻想的なだけではなく、孤独だけを強制的に見つめさせられます」
「うーん、孤独かあ……」
「まあ今はこうして、詩織さんに出会って一緒に対面できるから孤独というほどではないのかもしれませんが、人は一人だけにされた時にどうなるのかという思考実験にはなっていますね、何というか『コロナ時代の愛』といったフレーズが頭をもたげますね」
「えっ! 愛って突然いわれるとあの」
「あっ、ああああか、勘違いしないでください。ガルシア=マルケスの『コレラ時代の愛』をもじっただけで、あのその、はいっ!」
と、いうといつ見てもキラキラと光る光沢が似合う学校指定の靴を擡げたので、わたしも「んっ!」とだけいってその靴にコーンと靴を叩き合わせる。
最近の栞を見ていて、わたしもなんとなくスニーカーから学校指定の革靴にしたのだった。
「あっ、私の番ですね。メールで原稿送りますので良かったら読んでください」
ニコニコとしていた。
これは孤独ではないなあとボンヤリ思いながら、自然とふふっと笑みがこぼれた。
早くも蜩も鳴いている。
もう夏だなあ。
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本当のところは知らないけれど、多少のことなら分かるかもしれない。
分かるかもしれないといっても、伝聞なのでこの時点で怪しいと思ったら聞かないでほしい。
僕からしたらそれが真実の一部にふれているとしても結果的に嘘になってしまったら……まぁ潔癖に過ぎるかもしれないけれど、嘘をつくのも嫌だってことさ。
お釈迦様は嘘も方便と仰ったけれど、別段命に関わる状況で集団を生かすための嘘でもないし、平時であればなるべく正確な情報を提供したいと思うのが人情さ。
とはいえ、情報ソースは伝聞だから、眉に唾して聞いてほしい。
一応可能な限り裏はとったつもりなんだけれどね。
さて、本題に入ろうか、一次ソースになるのかな、僕が自称関係者……自称とはいってもある程度裏取りはした相手でね。
ああ、申し訳ないけれどどういう経緯があってそうなったのかは、お察しの通り情報保護の観点でね、これについては僕は緘黙せざるを得ないんだ。
もったいつけて悪かったね、それを踏まえた上で聞いてくれ。
○
最初の所はよく分かっていないんだが、まあ下らない意地のぶつかり合いから始まったらしい。
その家で高祖父に当たる人物の墓仕舞いをすることになったんだ。
今では法律だか条例違反って事になるんだろうが、広い敷地だったので庭に墓がぽつんと建っていたそうだ。
丁度その頃一家を切り盛りしていた兄弟が元々仲良くはなかったものの、弟に嫁さんが来てから、兄貴の方は家に居づらくなってね。
金だけならコツコツと貯めたり資産運用に回していたりして一人用の家ぐらいだったら即金で買えるぐらいにはあったそうだ。
で、だ。
弟の方も割と真面目な働きをしていたので、良くは分からないがそこそこのお偉いさんにはなっていたって事で金はある。
今住んでいる家も古くなっていたので、いっそのことリノベーションするより建て替えして、アパート経営でもするかという算段があったようで、となるとアパートには兄の部屋もいやいやながらも用意する必要がある。
兄は、そんなアパートには入りたくない。小さくとも自分の自由になる家でないといけない……と、まあ当然といえば当然の反応を示したらしいのですな。
弟は、収益があれば生活も楽になるということで、高祖父の墓を潰して敷地一杯の大きさのアパートにして利益を最大化したい。
となると、墓の脇に庵というほどささやかではないものの、それなりの大きさの家を建てたい兄とが、まあ剣呑な状態になったという事なんですな。
長くなるので結果だけいうとね、最終的に、高祖父の墓は潰してそこに兄の家をスライドさせる……という玉虫色の折衷案になったんですね。
高祖父というのが中々の才人で流通を整理して結構な金額を貯め込んでいたんで、墓も広く枠がとられていて、仏塔や石灯籠、経歴をたたえる記念碑まであって、それらがいい具合に苔生して中々の見物だったそうなんですが、彼ら一族からしたら見慣れた墓で、五十回忌もとうの昔に済んでいる邪魔な遺物だったとか。
でね、早速どけようということで、惜しむ声がなかったわけでもないけれど兄弟にとっては知ったことでもなかったので石工と坊さんを呼んで墓仕舞いをさっさと始めたんだね。
坊さんがむにゃむにゃと般若心経だか金剛最勝経だか阿呆陀羅経だかなんだか分からないけれど口の中でムニャムニャと唱えだしたのをきっかけに職人が重機を使ってあれやこれやを分解してトラックに載せていく。
割合深い木立の中に建っている墓ではあったけれど、初夏の蝉の声が煩すぎてお題目は更に聞き取れなくなり、職人も蝉の声で汗が止まらない。
見ている兄弟とその嫁も滴る汗が気色悪く、蝉の声にも苛立っていたんだね。
本丸の墓石をクレーンで釣り上げて、かなり遠いご先祖の散骨された穴ぼこを職人が覗くと、大抵の場合、骨の欠片が申し訳程度に残っているだけなのに、そこには綺麗に整理整頓された骨がテトリスみたいに詰まっていて、頭蓋骨だけでも六人分あったんだ。
それも火葬された骨ではなさそうで、生々しい話なんだが、頭蓋骨はすべて黒く漆が塗られて金銀の粉が風に舞い散る桜の花の様に蒔絵が施され、鮑や夜光貝のパール質の部分を贅沢に使った鳳凰だの幾何学的な象眼が施されていたりと、何のためにこんなことをしたのか全く分からない物が出てきた。
それらの中には截金がエッシャーの絵のように不思議な模様が計算されて貼られている物もあった。
なんだこれは?
当然ながらみんなそう思ったわけで、何か宗教的な意味合いがあるのかとたずねても、途方に暮れるばかりで、そこに居たみんなが途方に暮れていた。
普通お骨は職人が持っている専用の機械でパウダー状にして、海だとか木の根元に散骨して弔い上げとするのだけれども、ここまでガチガチに全身の骨格が残っている……少なくともその場ではそうとしかいいようのない量の「お骨」があって、更に不気味なのが美しい頭蓋骨である。
それも作りたてでございというような、なんとも言えぬ光沢が残っている。
処分に困る。
いっそ売ってしまおうかという意見もあったが人体のパーツ売り買いしていい物なのかどうかも分からない。
何もかも分からない。
結局、頭蓋骨の方は地元郷土資料館の学芸員に渡した。
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栞が時々ふざけて送ってくるタイプの短編だった……。
なんか私には難しくって良く分からない!
栞はわたしみたいに、何を書いていいか分からないから、それが急に変な方向に飛んで馬鹿話になっているだけなのだが、栞は真顔でギャグを全力で投げてくるタイプの乙女なのである!
もう栞と二人で猥談していた方がいいんじゃないだろうかと思い始めていた。
あ、それ面白いかもなぁ……。
イラスト提供:
赤井きつね/QZO。様
https://twitter.com/QZO_
最近本や作家の豆知識多的な話がかなり薄くなっていますが
そっち方面は需要有るんでしょうか?
あまり書いていないだけで調べてはいるのですが……
話の間に挟む変な短編書く方になんとなく時間かかっているので
それ要らないと言われたらまあ考えます。
時間は出来れば
ジョゼフ・チャプスキ『収容所のプルースト』
をお題にしてみたいと思います。
→30話(31話)記念の軽い読み物に変更しました




