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027グスタボ・ファベロン・パトリアウ『古書収集家』

お久しぶりです。

 栞とまたビデオ通話をしていた。

 四月が過ぎてもコロナ禍は引くことはなく緊急事態宣言だなんだと物騒なことこの上ない。なるべく三密というのを避けるため、コンビニに行くぐらいしか外には出なかったけれど両親も帰ってくるたび、うがいだ手洗いだと小うるさいことこの上ない。


「で、手の洗いすぎでもう手がボロボロ! 爪もなんだか艶がないし透明マニキュアでも塗った方がいいのかなあ……」

「うーん難しいですね、私は外に出ないでずっと積ん読を崩しているので指先が紙で切れることがたまにあるぐらい何ですが……」


 カメラに向かい、右手の人差し指をにゅーんと近づけ見せてくる。

 わたしの足りない表現力だと、月並みながら白魚の様にきれいだ、白魚って見たことがなかったけれど、多分この指先みたいなものなんだろうかと胡乱なことを考えていた。

 あまり日に当たらないから白いんだなあと、纏まらない思考がボンヤリと頭の片隅で流れていて、ビデオの画質があまり良くないながらも指先がほんのり紅を曳いたような筋がすいと流れているのに気づいた。 


「駄目だよ! 栞の指は綺麗なんだし、楽器も色々弾くんだからもっと大切にしないと!」

「き、綺麗とかそんないきなりいわれても恥ずかしいです……詩織さんは急に変な事を褒めるからドキドキしてしまいます」


 栞がカメラから顔をそらして咳払いをする。


「ほらさ、とりあえず薄い手袋でもして本読むとか……」

「いくら何でもページがめくれなくなっちゃいますよ!」


 そういうと何が面白いのかくつくつと笑っていた。

 そんな仕草を見るとなんだかとっても恥ずかしい気分になる。

 今度はわたしが顔を背ける番だった。


「それよりカミュの『ペスト』読んでくれました? 今コミック並みに売れているらしくてネット書店でもなかなか手に入らないみたいですよ。図書館も本屋さんも閉まっているし」

「ああ『ペスト』ね。うんうんリウーが鼠の死体蹴り飛ばした所までは……」

「序盤も序盤じゃないですか! もう一週間も経ってますよ」

「いやー、油断してたら学校からの宿題がたまっちゃってたまっちゃって、うちの担任厳しいからさあ……」


 そこまで言い訳して視線を泳がせる。

 そういうと栞は、ぷっと吹き出してまたの外に顔を背ける。


「な、何ですか栞さん……?」

「いや、学校の宿題は学年全部共通ですよ!」


 またあの一カ所だけ赤い線の走る指をカメラの前でぐるぐる回す。


「あと"さん"付けも禁止ですよ」


 と、頬をぷーっと膨らませる。


「いやまあ冗談の話じゃないですか……」

「こらっ!」

「ひーん、栞ちゃまに怒られたぁー」

「もーしょうがないですねえ」


 ひとしきり笑い合うと、突然栞が、ネット書店で思い出したんですがと切り出してくる。


「ペルーの作家でグスタボ・ファベロン=パトリアウという作家がいるのですが、その方の『古書収集家』という本が面白かったのでご紹介します。あ、もちろんリレー小説のネタにしてくださいよ」

「う゛っ」

「秘密の文芸倶楽部ですからね、そこはちゃんとやりましょう」

「意外と強引……」

「むっ!」

「はい詩織、考えます……」


 眼鏡の位置を直して、そうですねと語り出す。


「最初は私、こんなタイトルですから高宮利行先生の西洋書誌学みたいな本ネタかと思ったんですが、意外と陰惨なミステリーで、尚且つファンタジーな雰囲気もあるんですよね」

「ほう、ファンタジー」

「ええ、旧市街地と妹が入院する精神病院がある新市街地の間に古い豪邸兼、砦があってそれがどんどん街を浸食するようなイメージで街が出来たというのですね。それを読んでいて、ちょっとネタバレ防ぐのと、ちょと思い浮かんだ事があるので、話は逸れますが谷山浩子さんの「ガラスの巨人」という曲があるのですがご存じですか?」


 首を振る。


「ガラスの巨人というのは高層ビルのことなのですが、その歌詞に『悲しみが攻めてくるよもっと広がれ僕の体』という一節があって、ソーシャル・ディスタンスという社会的距離。今こうしてネットでビデオ通話なんてしていますが、実際には友人に本を貸すだけで郵送しないといけなかったり、外に出るだけで命に関わる心配をしなくてはなりません。体を広げられると、私たちの距離も広がっていって……この壁がもう、私も頭のできは良くないので上手くまとめられないのですが……」

「……うん、あたしはもっと頭が悪いから上手く伝えられないんだけれど、なんかこう……。病気が終わったら握手したいね」


 栞はモジモジしながら、ぽつりと……。


「そこは抱擁じゃないんですか?」

「抱擁!」

「えーっとハグっていうことです……」

「わ、分かりますですよそのぐらい! でも見つかったらお互い恥ずかしいんじゃ……」

「私とハグするのはそんなに恥ずかしいですか?」


 珍しく三つ編みにした髪を傷のある指で絡め合いながらモジモジとする。


「う、うん。恥ずかしいけれど恥ずかしくはないかな……」

「どっちなんですかもう!」


 ぷんすこと怒っている。


「あ、ところで毎回わたしの汚い部屋映るから音声通話がいいなあっていっているのにビデオ通話にこだわっている理由って……」

「それは、ほら。友達の顔はいつもみたいものですし……」


 至極当然といった感じで答える。

 わたしは恥ずかしくなって顔を背けると、栞にも赤面が感染したようで、カメラを塞ぎ「お花を摘みに行ってきます!」といって部屋から飛び出ていった。


 因みにこの後「お花を摘むって何?」と聞いてまた栞のことを怒らせてしまうのだが、それはあと五分後の話である。


 あと『古書収集家』は思いのほか陰惨な話で、借りている『ペスト』読まないとなあという思いとともになんだが暗い本が続くなあと思い、もっと明るい本が読みたい。

 面白いエンタメの本を読んで二人して笑おうといって、じゃあリレー小説もやる気満々ですねと変なところで虎の尾を踏むのだった。



挿絵(By みてみん)

イラスト提供:

赤井きつね/QZO。様

https://twitter.com/QZO_

学術書しか読んでないので、何か面白い話題振れるネタを仕入れておきます……。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 相変わらずの二人のやり取りが面白くて可愛いです。 [一言] お久しぶりです。ご無事な様で何よりです。 まだまだ色々大変な時期ですが、無理のない範囲で頑張って下さい。
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