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024內田百閒『冥途・旅順入城式』

更新暫くありませんでしたが無駄足踏ませてしまった皆様には申し訳無く思います。

今後ともよろしくお願いいたします。

「えーこれから秘密の文芸部を作るに当たって詩織さんが好きそうな本をピックアップしていきたいと思います!」

 眼鏡をギラギラさせながら、やたらと元気そうに栞が宣言する。

 喫茶店だが他に客もいないので割と高らかに宣言をするではないか。

 マスターもぼんやりとテレビを見ていてこちらには無関心である。

「わたしの好きな本というか、読み切れる本っていうとやっぱり短編集かなあ……あとはSFとか結構好きかも」

「今までご紹介した本の中でよかった物って何がありますか?」

 前のめりになって顔をぐーっと近づけてくる、彼女の鼻息がふんすふんすと顔をなでる。


 うーんと思いながら考えてみると、わたしは長編を読むには体力が無く、中編短編だったら割合読めるというか、面白く読めたのが多いと思う。


「うーん……『伝奇集』かな? なんか難しいけれど意外とエンタメしているっていうか、作者の人の考えとあっているのか外れているのか分からないけれど、想像力が刺激されるかなーって……あ、そうそう夏目漱石の『こころ』読まされた時……」

「『読まされた?』」


 文学少女がこめかみの血管をメリッといわせる音と眼鏡がメリメリっと割れたような音が聞こえて、内心心胆寒からしめたので一気に舵を取る。

「いえ、拝読した時にですね『夢十夜』合間合間に箸休めで読むといいといって勧めてくれたじゃん、方向性は違うんだけれど夢の中の話っていうか、アレに似ているっていうかなんていえばいいのかなぁ……」

「幻想文学ですね、詩織さんはまず短編で練習して少しずつ長い文章に挑戦していったり、逆に短編一本槍っていうのもいいかもしれませんね、ボルヘスもカフカも基本短編ですし幻想的な世界を生み出していますしね。短編より短い掌編の名手というと、日本SFの御三家、星新一や、意外なところで川端康成なんかがいますが、掌編は短いが故に難易度も高いので、短編ぐらいでいいんじゃないでしょうか、そして『作者の考えとは違うかも……』なんていうのは研究者に任せておけばいいんです、詳注付きの本なんか読んでても、作者本当にそこまで考えて書いてたのかな? って思うこと私でもしょっちゅうありますもの。 詩織さんは、想像力の翼が広がってというようなこといっていたじゃないですか、傾向からして日本の作家からお手本見つけてみましょう」

「想像の翼だなんてなんか大げさだよ、文豪に駄目だしするどころかメールとか小論文のテストでしか文章書かないのに……」

「いや、いいんですよ、論文や統計を誤読するのは悪ですが、小説なんて娯楽です。命を削って書いている人もいれば、余技で書いて名声を博する人もいます。好きに解釈して『わたしなりの作品』を叩きつければいいんです。一発で評価される人なんてそうそういないんですし、一発で評価される人もいますし、読んでほしければネットがありますし、恥ずかしければ二人だけの秘密の作品にすればいいんですよ」


 うーん、なんか誤魔化されつつあるような気もするけれど、こう楽しそうな栞を見ているのも楽しい。

 わたしもなんか書いてみれば、女子高生作家みたいなカッコいい……いや、夢は寝てみよう……。


「で、さ。その日本の作家って私でも知っている人? 明治の文豪的な?」

「うーん、有名なのは有名で間違いないんですよ。でもマイナーとも言える人なんですよね」 栞がちょっぴり苦笑いをする。

 ホワイトボードに「?田百閒」と書く。

「うちだひゃっけん?」

「読み方はそれであっているんですが、ここ『?』の字の頭がひょろっと左に出てますよね。あと『閒』の字ですが、門構えの中が『日』じゃなくて『月』なんですよね」

「ふわーそりゃ読めないや」

「この方は時代区分でいうと昭和の文豪なんですね、でも江戸時代生まれの漱石に入門していたんですよ。江戸時代の区分が大政奉還か改元かで最後の江戸時代生まれの方が変わってくるなんて……あ、横道にそれましたね、いけないいけない」

「あ、その話聞きたい」

「駄目です、ネットで調べてみてください」


 バッサリである。

「でも江戸時代を生きていた人と昭和を生きていた人がつながっていたなんてちょっとびっくりしませんか?」

「うん、不思議な感じ」

「で、そんな不思議なおじさんなんですが、やっていることも不思議で、夏目漱石は原稿に鼻毛を抜いてつけるのが癖だったんですが、?田百閒はその鼻毛を集めて自慢していたという変なおじさんです。まあ変人の逸話には事欠かない人ですが今回は省略します」

「そっちの話の方が面白いなあ」

「で、まあ?田百閒というと『ノラや』ですとか『冥途・旅順入場式』なんかが有名ですが、まぁ明治の文豪に比べて研究者が少ないと、?田百閒研究している人が『もしかしたら日本で一番最初に?田百閒主題に博士論文とったの自分かもしれない』なんていうほど研究している人は少ないんですね。その方が博士号とられたのも私たちが生まれる前の話ですからどうなっているのかは分かりませんが、作品は本当にコアなファンが多いんです」

「じゃあその人はどういう作品書くの?」

「今回お勧めしたいのが『冥途・旅順入場式』です。これもすべて数ページで構成されているんですが、中を読んでみると、少しあっさり、別な見方をするとしっとりとした作品なんですね」

「難しくはないの?」

「そうですね、詩的でありながらどこか怖さというか寂しさをもった作品です」

「一度読んでみないと分からないかあー」

「ふふふ、これに関しては本当に数分で読めますよ」


 だから何で本今話していたが入っているんだよ。

 いや、わたしが上手いこと誘導されただけか……それにしても大分前から予測していないと、もしかして栞は……。

「エスパーじゃないですよ?」

「うん……うん?」

 何か今大切なことが……。


「そんなことよりこちらどうぞ、改訂された文語調ではなくて現代語訳版ですので普通の作家と同じように読めますよ、順番はあまり気にせず気になった話から読んで大丈夫です」

「じゃあこの『冥途』とかいうのから行こうかな、怪談かな?」


 読んだ。

 珍しく栞のいうとおりさらーっと読めた。

 彼女のいう数分は私にとっつては大体三倍ぐらいかかるのだがスッと入ってきた。

 何というか不思議で切ない話だと思った。


「どうでした?」

「うん、これ一話だけしか読んでいないけれど、なんだかもの悲しい話だったなあー」

「そうですね、他には何か?」

「他にはー……うーん栞がいってたけれど『夢十夜』から少しユーモアというかファンタジーな感じを無くしたような、そんな不思議な感覚かな? ごめん、馬鹿だから上手く言えないや、ははは」

「詩織さん、たとえそれが本人でも詩織さんのことを馬鹿にするのは許しませんよ!」

 ぐいーっとぐいーっと首を伸ばしてきて額がゴンと音を立ててぶつかる。

「あ痛ーっ! 栞大丈夫?」

「すいません、眼鏡が足下に……」

「しょうがないにゃあ」

「すいません……」


 そして、テーブルの下でも頭をゴンともう一度ぶつけて二人して痛いやらおかしいやらでウヒヒとかヘンテコな声を上げて笑い合った。

 喫茶店のマスターは幸い居眠りをしている。


「詩織さんが感じたそのギャップ。例えば『夢十夜』のファンタジーや恐怖、ユーモラスな一面と?田百閒の寂しげなファンタジー、これパクっちゃえばいいんですよ」

「パクるなんて栞の口から出るとは思わなかった……」

「まあ言い方は何なんですが、例えば『高慢と偏見』ってタイトルは知ってますよね?」

「名前だけなら」

「そこにゾンビを足して『高慢と偏見とゾンビ』なんてタイトルにして大ヒットした本があります。これはマッシュアップといって立派な手法です」

「へーそういうのもありなんだ……」


「今日はちょっと遅くなってしまいましたね、私も一度話すと長くなる癖なんとかしないと……詩織さんと話している時以外はどうにも相手の方の顔をまっすぐ見られないのですが……」

「え、そうだったの?」

「恥ずかしいからこの話はここまで!」

「えーもっと聞きたいー」

「駄目です詩織さんには私のために傑作を書いてもらわないと……因みにマッシュアップする作品は今日読んだ作品でなくても全然かまいません、子供の頃に読んだ好きな本の続きを勝手に書いてしまうとか、そういうのでもいいのでちょっとずつやってみましょう」

「じゃあ栞もわたしだけのために傑作書いてよ」

「詩織さんのためだけに……分かりましたお互い少しずつ書いていく、約束ですよ!」

「ああ、それはそうと本の解説とかは別に聞きたいかな」


 ひゅっと息を飲み込むとモジモジと指を絡ませながら、そういっていただけるのならといって立ち上がった。


「夜は短し書けよ乙女ですよ!」


こうして秘密の会合は更に秘密の入れ子になっていった。



挿絵(By みてみん)

イラスト提供:

赤井きつね/QZO。様

https://twitter.com/QZO_

レオポルド・ルゴーネス

『アラバスターの壺・女王の瞳 ルゴーネス幻想短編集』

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