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021「物語論・ナラトロジー(1)」

挿絵(By みてみん)

サンプルとして

楊載『詩法家数』(起承転結)

世阿弥『風姿花伝』(序破(緩)急)

ハリウッド式シナリオライティング(三幕構成)

について案内したが『ナラトロジー』そのものについて書いてあるかというと

語弊があるので、タイトル詐欺になっている。


何回かに分けてホラティウスやアリストテレスはさらりと流し、ジュネットやバルト、チャットマン

例えばの話、ソシュール、プロップから初めて、最新の研究(中語語の時制と日本の比較)などを

紹介しつつ、イストワール、エクリチュール、パロール、長くなるのでここまでにしますが

あまり聞いたことのないような用語も踏まえ、文学史を敷衍していくなどの試みも行いたい。


当方文学部などではないので、なるべく転居とした原典や論文を示すことにするが

内容について間違いがあるときはご指摘いただけたらと思います。

 早くも春である。

 啓蟄の頃という言葉をテレビで聞くが、啓蟄がなんなのかは先生が授業の話の枕にしていたぐらいで、もちろんそんなときはぼんやりと校庭の桜の木を眺めているので、覚えているわけがない。

 だけれども「桜の下には屍体が埋まっている!」って言葉を初めていったのは坂口安吾とかいうおじさんなんだって、知ってた?

 満開の桜の下は怖いんだって。

 あれ? レモン爆弾の人だっけかな、最初に言い出したのは? どうにも頭が温泉地に来たようではっきりしないぼんやりモードである。

 先生のいっていることもいつも以上に右から左へ、あるいは左から右へと、頭の中を素通りしてポワワンと消えていく。

 みんなもそうなようで倦怠感がクラス中に広がっていき静かになっていき、わたしの意識もポワワンと、途切れた。


 ああ、あれは梶井基次郎だったっけ。


 すっと気づいたら脳天に堅いものが突き刺さった。

 いだい……。


「あのな、教科書っていうのは本来こういう使い方するもんじゃないんだよ。お前よう、別に授業の邪魔しているわけじゃないから俺はあえて起こさないって入学したときも、担任なったときもいってたけれど、お前だけだぞ、よだれ垂れ流しながらブツブツいって最後まで寝てたの。社会に出て教養は必要にならないけれど、ないと馬鹿にされるのも教養だからな、それ以前にテストの点落ちたらエルチョだからな、真ん中より少し上とか思ってあぐら書いているとすぐ落ちるからな。わかったな」

「ふぁーふぁい」

 エルチョがなんなのか良くわからなかったが、多分痛い目見ることになるのはわかったので気をつけることにする。


 頬を触ると自分でもびっくりするほどのよだれでぐちゃぐちゃになっていた。

 女子高生の唾液かあ、売れるかな? ほんのりとかぐわうチョコレートの香りの裏に若干の生臭さがある気がしたけれど、乙女汁はいい香りだけで出来ているはずと念じた。


「でね、栞ちゃんさん。罰ゲームで何か短編小説書いて来いって言われたのよさ。助けて……」

 まるでこれまで見たことのないほどの阿呆を見る目で、ぼんやり眺めてくる。

「あれ? 栞さん……おーい、栞!」

「あ、すいませんそこそこの付き合いではありますがまさかそんな……」

「馬鹿で悪かったですね。小論文の勉強のついでに『お前には文学を少しでも体感してもらう』っていって嫌なおまけつけられたんですよ! 本も栞が紹介してくれたやつをちょっとずつ読んでいるだけなのに、本読まない人間がなんか書くって言う、なんだかヤベーことになっちゃっているのよ」

「女の子が『ヤベー』とかいわないことです! まあ私も昔、小説書いてみたくて調べたことがあるので、簡単な方法論みたいなのは囓ったことがありますが……」

「え! 栞小説書いていたの? 今度見せてよ『星の王子さま』みたいな感じのやつ?」

「私のイメージってそんな感じなんですか? いえ、あの作品は世界中で八千万部も売れているすごい作品なんですよ、私なんか全然釣り合わないですよ」

「いや、なんていうかメルヘンーな所とかあ、お嬢様はみんな好きそうな所とかあ、そーいう?」

「どういうですか? あとお嬢様とかいうのはやめてください!」

「自宅にグランドピアノ置ける人はお嬢様なんじゃないかなぁって思うんですけどー」

「ピアノは祖母の持ち物ですし、私はピアノよりリコーダーの方が得意なんです」

「楽器できるのはお嬢様だと思いまーす」

「今日はこれで帰りますね」

「ちょっと待った、ごめんてば。小説とか物語ってどう書けばいいの?」


 酷く疲れた様子で、はぁとため息をつくと「物語は技術であり類型なんですよ」とよくわからないことをおっしゃる。

「技術はわかりますよね? こればかりは練習あるのみです。『類型』って何だと言われると古代の、ギリシャ神話やそれより昔の話から、物語には似た様な構造があるんです。物語の類型を集めた書籍で有名なのはキャンベル『千の顔を持つ英雄』ですかね。もう一つあげるならウラジミール・プロップ『魔法物語の類型』になりますが、これはナラトロジーを本格的にやる人の本ですね。普通にちょっとお話を書いてみたいなら『千の顔を持つ英雄』で十分かと思いますが、別に長編書く訳でないなら、短編小説の名手と呼ばれる人の作品を読むのがいいでしょう。新美南吉、星新一、筒井康隆、プロスペル・メリメ、ボルヘス、カフカ、コルタサルあたりでしょうか? まあ新美南吉がいいんじゃないですかね」

「ふーん、起承転結っていうのが分かる訳なのね?」

「あー起承転結ですか、あれは考えなくていいと思いますよ。日本人はよく起承転結を神聖視しますが元の時代の楊載が作り出した理論で、四行からなる漢詩の絶句の理論なんですね。漢文の影響が強かった日本では四幕構成に変化して、四分の一ごとに分かれた幕の理論になっていますが、現代世界ではちょっと古い上に使い方が違うかなと。さらに明の時代に遡ると『文心雕龍』なんてのが中国最古の纏まった文学理論書といわれていますが、これも現代日本では参考知識程度にしかならないです。起承転結というのは論理的ではなく修辞目的なんですね」

「しゅうじ? お習字?」

「修飾の技術ですよ、元々はギリシャ・ローマ時代に雄弁術や演説の技術として教養人の必須科目でしたが今は文章の飾りみたいな意味ですね。まあレトリックというやつです。この修辞を明確にするという意味では起承転結は日本でも一定の意味合いはあるのですが、ポエム、しかも今では読める人も少ないような漢詩の技術を物語の形に整えるのはナンセンスですね。それなら日本人が作った理論を使った方がいいです」

「そんなのあるの?」

「歴史の授業で観阿弥と世阿弥は習いましたよね?」

「うん、流石に覚えている」

「能の理論体系であり観阿弥の理論を息子の世阿弥が、お能の戦いのために作り上げた秘伝中の秘伝であり必勝法が『風姿花伝・三道』です」

「え、能の戦いって何なの?」

「お能は、能楽師達のいわばバトルなんですよ。私はよく分かりませんがラップバトルとかそう言うのがあるじゃないですか。見ているものをどんどん盛り上げて、人気を高めて、最終的に権力者のお抱えになるのが唯一の食い扶持何ですね」

「そんな殺伐とした世界だったの……」

「『風姿花伝』の教えについては面白いので今度お話ししましょう『初心忘れるべからず』とか聞いた言葉が良く出てきます」

「へー伝統を守って最初の教えを守るべきとか?」

「逆です。勝つためにはどんどん伝統をアップデートしていけという考え方です。まあそこはおいておきましょう。『風姿花伝』は能を三幕構成にしています。まず『序』『破』『急』ですね、場合によっては『破』と『急』の間に『緩』が入ったりすることもありますが、そちらはまあいいでしょう。三幕構成なんですね。主題の提示から解決にむけて走り、最後にまた主題を展開するというのが基本でしょうか? 日本最古の演劇理論書ですね。ホラティウスやアリストテレス辺りが書いていたような気もしますが、彼らが書いたのは『詩学』というやつで、物語理論であり、ナラトロジーという奴です。今でも『比較詩学』なんて学問は盛んに行われていますが、ポエムの理論ではなくて物語の理論なんですね」

「えーと何だっけ? 能がラップバトルで……」

「あー余計なこと喋りすぎました、私の悪い癖です。とにかく『風姿花伝・三道』は能楽以外にもその思想が広げられ、日本人なら文章を含めた芸事は三幕構成で作るとそれっぽくなります。作り方は『序破急』を用いることと常に自分の情報をアップデートしていくことです。まずゆっくり始まり、拍子を乱し、最後は急加速するというものです。古典芸能のスーパーリファレンスですね。ちなみに『風姿花伝』は『flowerring spirit』なんて名前で訳されています。これの何がすごいかというとハリウッド流脚本術の基本に取り入れられていることですかね」


「能楽が? イヨーッポンって?」

「いえいえ三幕構成ですよ。現代劇も基本的に三幕構成ですね。ハリウッドの場合パラグラフ・ライツというのですが、全体をまず均等に四つに分けます。最初の一塊が第一章。次のパラグラフが第二章前半、この終わりにミッド・ポイントと呼ばれる、時間的、ページ枚数的中間地点の転換点を配置します。そして次が第二章後半、最後が第三幕になります」

「それって起承転結の四幕構成と同じじゃないの?」

「はい『風姿花伝』は均等な三幕構成ですが、現代の映画やエンタメに沿わせると第二幕が短すぎ、第三幕が長すぎるんですね。だからこそミッド・ポイントを設置して第二章を地続きのまま半分に折りたたみ、第三章を解決に向けて『語りの早さ』というものを意識します。観客をジェットコースターに乗せるようなものですね。テンスやアスペクトについては省きますが、とにもかくにも『風姿花伝』の構造というのは凄い役に立つので、三幕構成をある程度意識していればネタさえ拾えれば上手くいくと思いますよ、何より室町時代から江戸時代までずっと日本人の理想とする構成だったんですから。最後に似たような話なのですが『守破離』という言葉があります。千利休の『作法や伝統を完璧に守り尽くして破るとても離れるとても本を忘れるな』と大体こんな感じの言葉があります。まずは師匠から教えられたガチガチの伝統の型を完璧に『守り』他流派の作法なんかを取り入れて型を『破り』そして自分なりの型を生み出したら『離れ』ていくこと、ただし『風姿花伝』によれば『珍しきが花』といい芸は常に新しいものを取り入れるべきであり、更にいうと『初心忘れるべからず』といい最初の心を持ち続けることが肝要だと説いています。正確に言うと三歳頃は無邪気に舞うので『幽玄』であり、のびのびと舞わせる。十二、三歳では稽古をさせ自分なりの『花』を探させ、十七歳頃は最初の難関であり、子供の自然に纏う『花』を自分で作り出す、二十五では流派の基礎の稽古をた叩き込み、そろそろリーダーとしての教育を施し、己の『花』を見つけ出すこと、いくつか『初心忘れるべからず』という一番大切『初心』というのはここなんですね。四十になれば引退すべしというように年代毎にそのときそのときの自分の役割に応じた初心という物を持ち忘れるなということなんです。世阿弥はとんでもない先進的な理論家であり実践主義者だったのです。その証拠に引退をほのめかすと四十を過ぎたら枯れて花もほとんどつかないといいつつ、還暦を過ぎてから、自分を毛嫌いしていた足利義持の前で自ら舞い、見ていた者達を『幽玄』の世界に引きずり込んだといいます」


「凄いのは分かったんだけれども、あの難しくありませんこと?」

「簡単な本おすすめしましょう。お茶の水大学の現代中国文の専門家で物語論を研究されている橋本陽介先生の『物語論・基礎と応用』ですね。本人が各文章は硬くなりすぎるのでこれじゃ売れないといわれて、例えば『シン・ゴジラ』や『エヴァンゲリオン』なんかも取り込んで書いてらっしゃるのですが、本人は『編集に見に行けと言われた』とぼやいてましたね」

「何でそんなこと知っているの?」

「さあ? 何ででしょうかね?」

 すっとぼけられた。


「さて、ナラトロジー、つまり物語論の話をするならば『千の顔を持つ英雄』辺りを読んでいただき、ソシュールやプロップやバルト、トドロフ、ガダマーなどなどを読むといいと思います」

「まず何人か分からない!」

「ふふふ、これにも裏技がありまして、ちょっと古いですが筒井康隆先生が、若い頃適当な評論家にメタメタに貶されて激怒したことが何度もあるのですが、筒井康隆という人の凄いところは、その評論家よりも文章理論について詳しくなって言い返せばいいじゃないかということにしたのです。とんでもなく難しいハイデガー『存在と時間』をこれ以上ないほどかみ砕いた本を出したりもしたのですが、とりあえず勉強した文学ネタを『文学部唯野教授』と『唯野教授の補講ノート』という本にまとめて出したことなんですね。これはお話として面白いのと正確でわかりやすいのが最大の特徴で、一時期文学部の講義が『唯野教授』の引き写しばかりになったほどです。ピンチョンが最近の人扱いされていたりとなかなか古い部分はありますが、読んでて面白いのでお勧めです。あとはそうですね岩波文庫から出ている『物語論』とかありますがあれは難解ですしグレマスの『構造意味論』もハードル高いし……」


「いやいや、栞ちゃん。なんとなく聞き入っちゃったけれど、わたし作家になるわけでも何でもなくて原稿用紙何枚か分のお話を書けっていわれているだけだから難しいのはパスだよ! 締め切りに間に合わなくなるし……」

「あ! すいませんついついいつもの自分の話に夢中になって長々と……」

「それはいいのよ。わたしだって栞の話好きだから聞き入っちゃっているし。正直言うと難しくてほとんど理解してないんだけどね、ははは」

「それでも嬉しいです、私は」

「じゃあ文学少女栞さんにアドバイスいただきながらノーベル賞目指して物語を書きましょうか!」

「だから私はいうほど文学少女でもないですし、さんづけするのもなしです」

 久しぶりに冷たい指がわたしの唇に触れる。

 こうされるともうお手上げである。

 お伽噺の魔女に魅入られた子供達のように動けなくなり、反論できなくなる。


 私は何も考えつかなかったので自分の体験を元にして、図書室で女の子同士が出会う話を書くことにした。

 一人は見た目も行動も完璧な文学少女で、もう一人は本なんて読んだこともないようなちゃらんぽらんな娘で……なんだか全身こそばゆくなってきた、栞が肩口から覗いていて鼻息と呼気がふわっと首筋にかかる。

 なんだか花みたいな匂いがする。

 『風姿花伝』は花が重要らしい。

 とりあえず私は二人の世界に様々な色の花を生やすことにした。

次回

アーネスト・ヘミングウェイ

『老人と海』

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