020横光利一『機械』
新感覚派
『機械』
横光利一の実験で時々現れる。
(海外で先行者はいるが)日本で初めて紹介されたのが『機械』
人称を語るとき一人称、二人称、三人称と
「僕、私の視点」
「あなた(読者が)読者に向けて、語るメタフィクション的な虚構の虚構であり、細かく書こうとすると
エッシャーの絵のようにどこまでも際限なく細かくなっていくという特徴が有る」
イタロ・カルヴィーノカルヴィーノ『冬の夜一人の旅人が』が有名
三人称はカメラの視点物語を俯瞰して見ることが出来る
横光の四人称視点は、外山滋比古のいうとおり一~三人称までのどこでもないところにある
それらの外にあるふわふわとしたよりどころのない視点であり「神の視点」といわれる
ある春の日、学校のすぐ近くの公園で「春に因んだ短い奴ない?」と、ちょっと読書に興味が出てきたことをアピールしてみた。
公園の近くには図書館もあるのでお誂え向きだ。
桜の花びらがパラパラと落ちている中人差し指を唇の下に置くいつものポーズでちょっとばかり考え込むと。
「二つ折りの恋文が、花の番地を飛んでいく」
唐突に乙女な単語が飛び出てくる。
「えーなにそれメッチャいいじゃん、恋愛している感じ。そういうタイトルの本なの?」
「ジュール・ルナールという人の詩ですよ、春を題材にした作品だと一番好きな作品ですね、とはいえポエムなので、一応短編を紹介しないと駄目ですね。横光利一なんてどうでしょう?」
「ヨコミツリイチ?」
「はい、川端康成の一つ年上で、川端康成と良く比べられますが二人とも新感覚派のリーダー的存在ですね。ちなみに日本文学好きにアンケートとった人によると川端康成より横光利一の方が人気あるようです」
「ふーん」
「横光利一は文豪にありがちな不遇な生涯を遂げます。戦後は戦争賞賛の発言をしたといって、社会的に抹殺されかかったり、例の『春は馬車に乗って』はそのまま奥さんを結核で亡くした話ですし、私小説的作品が結構多いんですね。小さい頃の話や、貴重な家族団らんの話とかとても面白い話が多いです。新感覚派の母体がダダイスムやアヴァンギャルド運動やドイツ表現主義を取り入れ言語感覚の新鮮さを前に打ち出しているのですね」
「うーんなんだか分からないけれど、フレッシュ文学ってこと?」
やや苦笑い気味に笑うと「まあそんなもんですよ、間違ってはいないですかね?」
と、いう。
「よっしゃ! 栞に認められた」
はははと楽しそうに笑うと、栞は続けた。
「あと大学の先生とかで組んでいる『横光利一研究会』なる怪しげな組織は、朝から日光とか観光地のお宿で朝からずっと自分がどれだけ横光作品を好きか自慢し合って、夜は温泉に入った後、ずっと朝まで飲んでいるとかいうなんだか楽しげな会だそうで、教えてくれたお世話になっている大学の先生も、いつも時期が合わないから入っていないけれど入りたいとかいっていましたね」
「へー楽しそう……いや、春に関係あるの?」
そういうと、栞はびっくりしたように背筋を伸ばして、すいませんいつも余計なおしゃべりを! といって頭を下げる。
「いいからいいから、そんなに気にせんで、栞ちゃん」
「さん付けも、ちゃん付けもいけません」
ベンチの上で並んで座っているところに私の右側に手をついて身を乗り出し、顔をこんなにと驚くほど近づけてくる。
思わず啜っていたコーヒー味の豆乳をブッと吹き出しそうになる、というか少し鼻に入った。
「まあ許しますが……とまあそんなことでですね横光利一は面白い! ということなんです」 顔が近いままいわれる。
口からはなんだか甘やかでフレッシュな香りがする。
目玉がぐるぐるまわり、あわわと口をついて出る。
「あっ! すいません、私ちょっと興奮して……」
と、いってそっぽを向く恥ずかしいのだろう。
無防備なその横っ腹を人差し指で突っついて、反撃してやろうかと思ったけれど、なんだかお互い恥ずかしくなるだけの気になる予感がビシバシしてやめておいた。
「パブリックドメインになっているので青空文庫でも読めるのですが、あえて挙げるとすると新潮社文庫『春は馬車に乗って・機械』ですね」
「へーなんかファンタジーそう」
「で、ですね『春は馬車に乗って』は凄い話なんです。全体を暗い影が覆っているのですが最後の最後で救われるというか……でも今回私がお勧めしたいのは『機械』ですね」
「ありゃ、注文と違うのがでて来るのは珍しい」
「まあまあ聞いてくださいよ『機械』は恐らく横光利一の最高傑作です。登場人物がみんなおかしい。ちょっとしたことがきっかけで職の世話をしてもらった『私』がネームプレート工場で働くところから始まります。社長は四十代にして子供のような無邪気な性格のいい人なんですが、なぜか財布を持たせると必ず落とすという不思議な癖を持っているため、普段は奥さんが財布を握っています。そして先輩の軽部。この男は『私』をこの会社が持つ赤い色にネームプレートを鍍金する技術を盗もうとしている間者、つまり『私』をスパイだと思い込んでいるのですね。その特許を売ろうかどうか軽部ではなく『私』に相談するのですね。更に社長しか入れなかった暗室にも入れるようになり、今まで散々嫌がらせをしてきた軽部もこれで火がついて暗室に乗り込みお前は間者だなと剣呑な雰囲気になりますが、そのとき実験していた『私』の有機化合物に関する化学式が書かれたメモ帳を見せられ参ってしまい無視するようになります」
「軽部ださいな!」
「まあまあ」
そこまで言うとチルドコーヒーを飲んで喉を潤す。
なんか豆乳と差があるなあ……。
「失礼。で、ですねそのときに仕事が急増するのです。市役所から五万枚もプレートを作れと言われるんですね」
「そんなに……」
「そのときに別の工場から屋敷という男が助っ人に来ます、このとき『私』も屋敷のことを間者だと思い込みます、でここで面白いのが『四人称視点』という実験が行われます。一人称、二人称、そして俯瞰の三人称です。四人称というのは、外山滋比古のいうところのその外側にある神の視点です」
「うーん難しい」
「まあまあ、最終的にみんな仲良く殴り合って、まあここが筒井康隆が激賞していた所なんですがもうメチャクチャに殴り合いますそして、最後に酒を飲んでみんな仲良く寝てしまうのですが……」
「ですが!」
「短いので、ちゃんと読んでください。青空文庫で最後だけ読むのは駄目ですよ。私そう言うのは分かるんですから」
なんか本当に見破るぞという感じがしたので黙っておくことにした。
「じゃあ女の子らしくわたしたちもポカポカ殴り合いましょうか?」
「え、突然なんですか?」
「うりゃ!」
「やめて! おなかとか脇とか……そんなに上の方は駄目です! あははあはは!」
「そーれそーれそーれ、あっ脇腹突っつかないで! わははは!」
乙女達、私も乙女というカテゴリーに入れていいはずだ、いろんな本紹介してもらって読書少女になっている……気がする。
たまには図書室じゃなくて、帰りに図書館にでも寄ってみようか。
横でぐったりと両脇を抱え、ハアハアと息を荒げている様子を見ながら、結構エロいなあと思ってみたり、じゃなくて、この本物の読書好きのお嬢様に近づけるかなあとぼんやり考えてみた物の、やっぱりかなわないなあと思い、雲一つ無い大快晴の空に向かって、荒ぶる活字の海を切り裂きながら乙女らしく豪快に、わははははと笑ってみたら、ムクドリが何羽か飛んでいって、それと同時に私の声も空に消えていった。
「もう、詩織さんったら私のこといじめて非道いじゃないですか! しかも笑うなんて……」「ごめんごめん、そういう理由で笑ったんじゃないの」
「じゃあ何なんですか?」
栞の真似をして下唇に指を当てると。
今思いついたばかりのように振る舞って。
「たまには、図書室じゃなくて、図書館に行ってみよっか? ほらすぐそこだし読書に集中出来るでしょ、私もたまには一冊まるごと平らげておきたいし……」
栞の表情がパァッと光り「行きましょう行きましょう」と行った後、ぽつりと。
「まあ予想はしていましたが、やっぱり拾い読みしかしてなかったんですね……」
と、妖怪みたいな視線で眺めてくる。
黒髪の美少女にそんなことをされると、本気で怖いので視線を泳がせつつ、右腕を虚空に振り上げ。
「乙女達よ、本を求めて町に出でよ!」
「何ですかそれ」
といって栞もクツクツと笑っていたのが堰を切ったように、あははははと空に向かって笑い立ち上がり。
「乙女二号ついて参ります」
「いや、一号はどう考えても栞だよ、ままさっさと行きましょ」
といってなんとなく不満げな栞の背中を押すと図書館に向かい本をもとるに最強り読書乙女二人冒険に出た。
イラスト提供:
赤井きつね/QZO。様
https://twitter.com/QZO_
次回
『物語論・ナラトロジー』




