170ブラム・ストーカー『ドラキュラ』
知ってても読んだことある人は少なさそうな
ブラム・ストーカーの『ドラキュラ』です。
書簡体小説でこの資料が後々になってドラキュラ退治の重要な情報になってきます。
空がどんよりと曇りめいている。
なんだかさえない一日だなあと思いつつ、図書室に忍び寄る仄かな寒さに震えている。
「ちょっと詩織さん! ボンヤリ外眺めていないでストーブの準備手伝ってくださいよ!」
栞が珍しく大きな声で抗議の声を上げる。
「いやぁごめんごめん、ちょっと外見てアンニュイな気分に? 浸って? いたわけ?」
「なんで疑問調なんですか! とりあえずセッティッングは終わったので灯油持ってきてください。なんか寒いのに汗まみれになってしまいましたよ……風邪ひいたら詩織さんのせいですからね!」
栞が珍しくプンスコ怒っているので一階まで行って一人で先生から灯油を貰ってきたら、もうヒイヒイと汗をかいてしまった。
「これで風邪ひいたら栞のせいだからね!」
「んま!」
等というやりとりをしながら、下着が汗でべっしょりとなってきたので灯油をストーブにぽっぺんぽっぺんと入れた後、マッチで火をつけてやると勢いよく火が燃えだした。
「図書室の暖房だけだと暖まるまでに時間かかるんですね、下着全部脱いでストーブで乾かしたいぐらいですね……」
「わたしはあっち向いているからどうぞどうぞ……ぐふふ」
「絶対に嫌です……」
「えーそんなに嫌?」
「何か下心がもろだしになっているんですよ詩織さんの場合は……!」
わたしは小さくチッと舌打ちをしつつストーブからの熱波をスカートの裾から腹の奥に送り込む。
ジワリと濡れた下着からもんやりとした湯気がもわもわと立ち上る。
「おー温泉みたい」といいながら今度は首から熱波を受ける。
「ふいー蒸される」
「んま! はしたない!」
「でも本当に乾かしておかないと、雪も降りそうだし本当に風邪ひいて死んじゃうよ」
「死にはしないかと思いますけれど、風邪ひいたら事ですね」
「なんかこう、冷たい死人なって歩き回りそうなイメージあるね」
「アンデッドってヤツですね。吸血鬼とかゾンビとか……」
「ゾンビは腐るからなるなら吸血鬼の方がいいかな……」
「吸血鬼といえばブラム・ストーカーの『ドラキュラ』ですかね」
「へへへ、馬鹿にしないでくれるー? ドラキュラとブラム・ストーカーの名前ぐらいは知ってますぅ」
「では読んだことは……?」
「……読んだこと多分あるよ、漫画かなんかで……」
「因みに『ドラキュラ』は文庫本で八〇〇ページぐらいあります」
「そんなに」
「あと、ここら辺『フランケンシュタイン』と同じで面白いのですが事実を書いた手紙や新聞紙なんかの資料を事が起こった順番に並び替えて語っている一種の書簡体小説なんですよね」
「へぇ。偶然の一致なのかな?」
「まあ趣や切り口が違うのでなんともいえませんが、あまり関係ないと思いますね。果たして『ドラキュラ』ってどういう話だと思います?」
「えーと、白黒の映画でたまにテレビでやっているの見るけれど、女の人をドラキュラが抱えて血を飲んでいるシーン……ぐらいしか思い浮かばない……」
「ベラ・ルゴシの『ドラキュラ』ですね。あのイメージが一番強いのは確かに分かります」
「でしょでしょ? 吸血する鬼なんだから血を吸わないとね」
「では簡単に『ドラキュラ』の内容をさらってみましょうか」
「お願いいたしますぅ」
「舞台は一九世紀から二〇世紀の初頭の科学万能の時代です。主人公の一人で新米弁護士のジョナサン・ハーカーはルーマニアの奥地にあるドラキュラの居城へと、ロンドンの土地の売買に関するビジネスで訪れます。周囲の村の人たちからは、聖ゲオルギウスの日の前の夜には悪霊が活発になるからせめてそれを避けて……一番いいのは城になど向かわず帰った方がよいと止められるのですが、ビジネスのことだからと一歩も引きません。村娘からはお守りなんか貰ったりして迷信深い人たちだなと思うのですが、城からの迎えに来た馬車に乗っている内に、狼に囲まれたり鬼火を見たりと心胆寒からしめる事が起こる訳なんですよね。で、城に着いたら顔が真っ白で額が広く犬歯が飛び出たドラキュラ伯爵が出迎えてくれる訳なんですよ」
「いきなりラスボス登場しちゃうの?」
「しちゃいます。贅沢な食事の用意や寝室の準備は召使いにやらせてあるからゆっくりどうぞ、私は先に食べましたので……といいながらロンドンの話をよーく聞き出すんですね。この城を出てイギリスへと渡る準備をしているんです。で、土地の売買に関するあれこれの手続きのためにジョナサン・ハーカーが呼ばれたんですね。ドラキュラ伯爵はイギリスで恥をかかないようにちゃんとした発音を教えてくれとか、細かいマナーに関することなどを熱心に聞いてくるんですが、夜明けが来るとこれから休みますとふいーっと消えてしまうんですね。ハーカーも城の蔵書を好きにしていいといわれ昼間は本を読んでいるんですが正直不気味なので早いところ帰りたいのですが、ドラキュラ伯爵は帰してくれません。ある時寝室のベッドメイキングを伯爵がしているところを見てこの城に召使いなんかいない、あの馬車の御者もドラキュラ伯爵だったんだと悟ってしまいます」
「ベッドメイキングしたりお料理する伯爵ってちょっと可愛いかも……」
「それは私も思いました。さて、ある夜伯爵が三人の女と会話していて、ハーカーの血を吸いたいんだけれども……何度も言わせるな用事が済んでから好きにしろというやりとりを見てしまうんですね。実際夜寝ている時何かに襲われている感覚があって日に日に精力を失っていくんです。それで昼間に城を探検すると崩れかかった地下聖堂の中に棺桶があってドラキュラ伯爵がいるのを見つけてナイフでグサリとやるのですが、ナイフはポッキン折れてしまいます。ドラキュラ伯爵は目を見開いたまま寝ています。さてどうにかして逃げないと……といったところでジョナサン・ハーカーの話はいったん終わりになります」
「ええ、そんなところで終わるの……?」
「まあ最終的に助かるんですが長くなりすぎるので飛ばします。ここからは駆け足で行きますね」
「ふぁい」
「ミーナとルーシーという女性が出てきます。最初のジョナサンの書き付けは婚約者であるミーナに向けられたものなですね。この手紙が最後になって重要な意味を持ってきますがそれは読んでいただくとして、ミーナの親友にして家庭教師の生徒でもあったルーシーがここから先のメイン人物になってきます」
「舞台が変わる訳ね」
「そうです。ヴァンパイアの基本設定である流れる水を渡れないとか鏡に映らないとかニンニクに弱いとかコウモリに変身したり狼を操ったり、招かれないと家に入れないという設定はブラム・ストーカーのオリジナルの部分と中央ヨーロッパの伝承を色々と資料をあさったストーカーが後の世のヴァンパイア設定の基礎を作ったようなものなんですが、ドラキュラ伯爵は霧に化けて船を乗っ取りロンドンまでやってきます。乗組員は全員死亡するのですが、意外と大きな被害はここだけなんですよね」
「船の乗組員全滅って結構な被害っぽいけれど……まあ天下のドラキュラにしたら地味かも……」
「そしてまず最初にルーシーが虜にされて血を吸われます。彼女に結婚を申し出たもののフラれてしまったスワード医師が全力で助けると友人でありルーシーを射止めたアーサー・ホームウッド、後のゴダルミング卿に請け合います。しかし日に日に衰えていくルーシーに手も足も出せず、古い付き合いで自分の恩師であるオランダのヴァン・ヘルシング教授に助けを求めます」
「あーはいはい。ヘルシング教授ね、漫画とか映画とかで見た見た」
「最初は意味の分からないことをするだろうけれど黙ってみててくれといって、輸血をしたり、部屋中に大量のニンニクの花を持ってきたりするんですが、ルーシーの母親が部屋が臭いといって全部捨ててしまうんですね、これが元で親子共に亡くなってしまうわけですが、その後ルーシーは吸血鬼になってしまい夕暮れの墓場付近にいた子供達を襲ってしまうんです。そしてヴァン・ヘルシングはルーシーの墓の入り口をホスチア……聖餅ですね、キリスト教徒がキリストの肉体ということで口にする。あれで墓の入り口を密閉して大量のニンニクを用意してルーシーを完全に閉じ込めます。そしてルーシーの心臓にアーサーが杭を打ち付け口にニンニクを詰め、スワード医師とヘルシング教授が首を切断します」
「こわーサイコ殺人犯みたい……」
「まあまあ。そして恐ろしいことに今度はミーナが似たような症状を引き起こすんですね」
「的にされちゃったんだ」
「されちゃいました……後半はロンドンに持ち込まれたドラキュラの城の不浄な土を清めてドラキュラの行動範囲を絞り込み、イギリスから追い出した後城に逃げ帰るまでに殺害するという冒険譚になってくるのですがまあ読んでみてください。物語のクラシックですから楽しめると思いますよ?」
「八〇〇ページ……八〇〇ページかあ……」
「まあまあ書簡体小説で切れ目はたっぷりあるのでテンポよく読めますよ!」
「しょうがないにゃあ読んでみるか……」
「その意気ですよ詩織さん! 結構今だと普通に取られているヴァンパイア像がブラム・ストーカーによって塗り替えられているところが多いんですね。元々は死んだ農民が血膿を垂らしながらやってくるゾンビみたいなものだったのが、一見紳士然とした貴族にされていたり、ノスフェラトゥという言葉がストーカーの完全オリジナルだったりと驚きポイントが結構あります。あと同性を襲う吸血鬼というのは今だと珍しくないですが、この頃は徹底的に男性は女性に、女性は男性にという矢印が出来ているんですねぇ。ここら辺面白いのでまた機会があれば掘り下げてみましょうか」
「栞は何でも知ってるなあ……」
「なんでもは知りませんけれど、薄く広く知っている感じはありますね……ヴァンパイアに襲われた時は豆をまくといいらしいですよ」
「あ、節分と一緒?」
「いえ。バンパイアは凄く几帳面なので豆とかゴマとか撒かれると数が気になって数え上げちゃうらしいです」
「バンパイアって実はひ弱なのでは?」
「漫画ですぐ灰になっちゃう吸血鬼のお話ありますけれど『ドラキュラ』に出てくるドラキュラ伯爵は男性二〇人分の力を持っているとされます。単純な暴力は強い……」
「確かに暴力は全てを解決するというしね……」
「まあ他にも死ぬ時にこの世のしがらみから解放されて救われた顔をして灰になるとかちょっと可愛いエピソードもあるので要チェックです!」
「よーし読んでみましょうかね『ドラキュラ』」
「いいと思います!」
「それはそうとお互い頭から湯気が出てきたね……服からもオーラのように湯気が……」
「あら、やっぱり汗のかきすぎでしたね」
わたしは栞から出ている湯気を集めて肺いっぱいに吸い込んだ後頭にかけた。
「何してるんですか!」
「ほら、お寺とかで線香の煙悪いところにかけるとよくなるって……」
「それで私の湯気頭からかぶっている時点で頭悪いですよ!」
「まあまあ……栞の湯気なんかフルーツみたいな甘い香りがしていいねぇ……」
「いいねぇじゃないですよ! 私も詩織さんの湯気吸ってやりますよ……うううん、甘っぽい香りの中にちょっと酸っぱい香りが混じっています!」
「なんだとー! こうしてくれるわ!」
ストーブを挟んで向かいにいる栞に向かってスカートをバサバサとして空気を押し込める。これでわたしのフローラルな香りが伝わるはずである。
「もうやめてくださいってばあー!」
「ほら栞も、カモンカモン!」
「そんなことしません!」
相変わらず湯気のオーラを出しながらストーブを囲んで馬鹿な遊びをしている。
わたしが吸血鬼なら真っ先に栞の血を吸いに行くのになあとボンヤリ考えながらキャッキャウフフと馬鹿な遊びに興じていた。
無駄に長くなってしまって失敗したなといったところですが、大作『ドラキュラ』を紹介するにしてはこんな物なのかもと……。
まあ馬鹿話が1/3ぐらいしめていますがご愛敬というところで……。
ではネタは出来ているのでまた近い内に更新したいと思っておりますのでよろしくお願いいたします。




