017フリオ・コルタサル『悪魔の涎・追い求める男』
『悪魔の涎』はミケランジェロ・アントニオーニによって
『欲望』というタイトルで映画化されています
まあ詳しいことは伏せるけれど、血腥い事件がとある美少女二人の間に降り注ぎ、血の量以上に、そこまで怒らんでもという雷が両親から落とされた。
これだけの美少女が血まみれで帰ってきて、理由も誤魔化していたら、まあわたしでも一発蹴りでもくれてやるとは思う。
故に父上母上を恨まない。
心配の裏返しということは流石にジョシコウセイにもなれば分かるものだが、何で付き合ってくれているのか分からないけれど、我が親友で清楚なお嬢様を絵に描いたような東風栞お嬢様はどんなことになっていたのか、そればかりが心配だった。
次の日、図書室で会うと割とケロリとした顔で「こんにちは、昨日は大変でしたね」なんて人ごとのようにいってくる。
どれだけ心配していたのか、金髪に染めた頭頂部の髪の毛のカラメルソース部分が増えていくような怒りが沸いて、思わず怒り出しそうになったが、わたしの両親がキレ散らかしたのを思い出してぐっとこらえる。多分髪の毛は少々伸びてもさもさと逆立っていたかもしれない。
「特別に嘘なんてついてないですよ? いえ、少し話は変えましたけれど」
「はい?」
「いえ、私が急に鼻血を出したので、友達が介抱してくれたんだけれど、私がくらくらと倒れそうになったので、慌てて支えてくれたときに額がゴチーンと当たったので二人して鼻血出してこんな格好に……と。嘘も方便といいますが悟るためにはいい嘘、方便を使ってもよいと仏教でも教えてますし、誰も傷つかないいい解決方法だと思いました。父母にちょっとしたとはいえ嘘をつくのは、まあ若干の心苦しさはありましたが、大事になると詩織さんに迷惑が掛かるかなと……」
「うん、そのムーヴ勝てないわ」
「はい?」
「あ、気にしないで……それより、ほらなんか面白い本ない? わたしは短編みたいなのじゃないとなかなか読めないんだけれど、短編集なら少しずつきりのいいところで読めるかなって……」
栞は口に細くて白い指を当てると、しばし考えて。
「不思議なお話行ってみましょうか」
といって鞄の中から赤と白の本を出す。
「うわっ! それ岩波文庫じゃん、また難しそうなものを……」
「まあまあ、全部読めなくてもこの中から一本選んで読んで、面白かったら全部読んでみてください。詩織さんがそろそろまた短編なら読みたいかもと言い出すと思って持ってきました。私の勘は当たるんです」
「エスパーなの?」
「付き合いの深さですかね」
と、無表情で外を眺めた後突然顔を赤らめる。
「ま、そのあれですよねなんとなくですよ、なんとなく、あはは」
なんとなくこっちまでドギマギして、えっとかあっとか変な声しか出せない。
なんでこうも心臓に悪いのか?
「えーと、本の説明をしますね。これはアルゼンチンのラ・プラタ川近くに住んでいたフリオ・コルタサルの作品で、日本で出ている短編集の中では一番有名なんじゃないかと思うのですが『悪魔の涎・追い求める男』という本です。中でも『続いている公園』と『南部高速道路』がお勧めです。特に『南部高速道路』は、私の観測範囲内では最高傑作に推す人が多いようです。私も何度も読みました」
「どんな話なの?」
「短い話なのでネタバレにならない程度に設定をお伝えすると、アルゼンチンの灼熱の高速道路で大渋滞に巻き込まれ何日もそれが続き、至る所にコミュニティが出来るというお話です。例えば『世にも奇妙な物語』がお好きならばはまれるんじゃないかと……」
「へえ、ちよっと面白そう」
「ちょっとじゃなくて、とても面白いですよ」
私が興味を示したのがよっぽど嬉しかったのかやたらニコニコしている。
「例えばなんですが、SFで石川宗生という方の書いた『半分世界』という本に収録されている『バス停夜想曲』というお話は、完全にコルタサルのこの話と、タブッキというイタリアの作家の『インド夜想曲』にものすごく影響を受けているのが丸わかりです。パクリといわれないのは上手く換骨奪胎しているからでしょうね」
「かんこつ?」
「アレンジが上手いということです。さて、コルタサルですが以前ボルヘスのお話をしたときに出てきた『ラプラタ幻想文学』らしさはあるのですがなんだか違う。かといってイスパノアメリカ文学、ラテンアメリカ文学に特徴的な『マジック・リアリズム』とも違う。なんとも分類分けの所になると上手くいえないのですよね。これについてはイスパノアメリカ文学の先生で寺尾隆吉という方がおられるんですが水声社から出ている『魔術的リアリズム』という本にもこの点が言及されていて『まあどっちともとれるしコルタサルに関してはどちらに属するかわざわざ分類することにはあまり意味がない』というようなことをおっしゃっています。つまり新しい分野へ迫りつつある文学ということになりますね、ね。読みたくなってきたでしょ?」
「なんか死ぬほど難しそうに感じてきた……」
「ああ、すいません! ものとしては完全にエンタメになっているので『世にも奇妙な物語』感覚で読んでいただければ本当にそれだけで楽しめます。あとは『続いている公園』ですね、この二つを読んで気に入ったのなら全部読んでみてください。文学なんていってもエンタメであることがいかに重要か分かると思います。難しい本に挑戦するのは後でいいんですよ、私たち今は花の女子高生なんですから」
花の女子高生なんてらしくもないことをいった後、口元に手をやり下を向いてクツクツ笑っている、自分で言って自分でうけてしまったようだ。
「ニャー!」と叫び、なんだかからかいたくなって、栞に抱きつくと腹回りを揉み出した、ちょっと、もうちょっと上の方まで揉んでしまったかもしれない。
「ひゃあ! ははは、やめてください、他の方の迷惑になります!」
「何言ってんの、図書室なんてわたしたち以外いたためしないじゃないの!」
「そこ、だめ、やめて!」
胸を両腕で抱え込んで腰砕けになった栞がハアハアいいながら、涙目で訴えかけてくる。
「これはセクハラです! 詩織さんの意地悪!」
その声を聞いて逆に待て嗜虐心というのか意地悪というかちょっぴりイヤラシい感情が芽生えもうちょっと揉みしだきたくなるがそれはそれでまた怒られるどころではすまないので手を差し伸べて立たせてやると、膝がガクガクいっている。エッチ。
「もう信じられないです!」
「ごめんてばー許してよー」
「知りません!」
本格的に怒っているのか私に目も合わせずするりと背後に抜けてしまう。
あーまずったなあとおもい振り向こうとすると、背中を凄い勢いでスパーンと切り裂かれ、ブラのホックが外れる。
「今度は私の番です!」
「にゃはにゃはは、やめて、卑怯。なんでブラのホック一発で外せるの? お父さんにも揉まれたことないのに!」
「お父さんに揉まれてたらそれは犯罪です!」
「この変態お嬢様め!」
「私だって意地があります!」
そう言いながら二人してキャットファイトだか、そういう人向けのイヤラシいビデオだかのようにお互い一つの塊になってキャッキャと十分にスキンシップに動き出した。
これはちゃんと本読んで後で感想伝えないと怒られる奴だなあと、体の芯の中がカァット熱くなり今まで感じたことのない感情の高ぶりというか興奮が襲いかかりいつまでもキャッキャと二人してお互いもぞもぞとで繰り回していた。
冬だが酷く体は熱くなっており、汗みずくという状態になっていたのは確かであろうとお互いに推察していたのは間違いなかった。しかしお嬢様の必殺技には驚かさせられた。
どこかで練習したことでもあるのだろうか?
そんなわけはないか……。
イラスト提供:
赤井きつね/QZO。様
https://twitter.com/QZO_
次回
サンテグ・ジュペリ
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