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012アルトゥール・ショーペンハウアー『読書について』

光文社版を底本といたしました。

「栞はさあ、どうしてそんなに本読んでいるの?」

 家だと、お母さんがうるさいし、教室だとなんか駄弁っちゃうし、辿り着いたのが図書室だったわけなのだが、栞は着いたときからずっと本を読んでいる。

「ってかさ、一夜漬でも勉強しとかないとヤバくない? なんか勉強していなさそうって言われる私でも一応は中の上か上の下ぐらいはギリギリキープしているのに……」

「詩織さん、赤点にならないことは重要ですが、普段から教科書と授業の内容聞いていたらそこそこ点数とれるじゃ無いですか。あとの足りない分は家で勉強するだけの話です。テストで点数とるだけならそれで十分じゃ無いですか」

「へーへー、栞さんはおつむの出来が違ってよろしいですねー」

 ぶすーっとなって机にだらりとうつ伏せになると、もっとぶすーっとした気配がしたので「さん付けは禁止です、でしょー分かってますよーだ」といって栞の方を見ると確実に人を殺せる視線を眼鏡の奥から放射している。

「分かったってばぁ、ごめんごめん」

「それと図書室は勉強する場所じゃ有りません。読書をするところです!」

「いーじゃん別にぃ。それよりさっきもいったけれど栞は何でそんなに本ばかり読んでいるの?」


 うーん、と中空を見上げ人差し指をくちびるの下に当てて数秒考えて。

「娯楽です、楽しいからですね」とあっさり一言。

「趣味もそこまで極まると凄いよ、わたしなんかなんか始めてもすぐ飽きちゃって……」

「そうですね、読書を何故するのかっていう話はギリシャ時代から始まっていて、それから大分経った後、グーテンベルグ聖書から活版印刷が発明されて、本が大量生産された頃に遡ります。本ばかり集めて読まない人を揶揄した『阿呆舟』なんて本が当時既に出ていますね。因みに挿絵はドイツ絵画史上最高の画家のアルブレヒト・デューラーですね、一度お目に掛りたいです」

「みんな娯楽だったり、勉強だったり、あとは何だろう本を集めたいだけだったりってお話なの?」


 ニヤリと栞が笑い、持っていた薄い本を私の鼻先に突きつけてくる。

「ちょうど良い本がありますよ、これですアルトゥル・ショーペンハウアー『読書について』です、因みに『余録と補遺』という本の中から「自分の頭で考える」「著述と文体について」「読書について」の三本立てです。哲学書なんで難しそうですが割合平易な言葉で書かれているし、いっていることは一貫しているので読んでみてください」

「うあー勉強が進まなくなるぅー、ってか哲学書なんて読んだこと無いってかどこに売っているの……」


 栞が珍しくイラッとした様子を見せたが、まあ仕方ないといった感じで話を続ける。

「まあテスト期間中ですからね、分かりました。特別ですよ……」

 ややため息をつかれた気がするが、栞の話を聞くのは楽しい。

 思わず前のめりになる。

「まず要点を絞ると、何でもかんでも多読すればいいものでは無い。無闇に目的も無く本ばかり読んでいるとそれは毒になるってことですね」

「本一杯読んでいるの頭良さそうなんだけれどなあ」

「まあまあ、良書は著者本人が自分の頭の中で発見した事が書かれているし、読書をたしなむ方も、自分の頭で発見を得られないといけないということですね」

「ダメな読書っていうのは多く読むことなの?」

「無闇に読むと言うことです。多読の人が書いた本にはセネカなんかの言葉の引用ばかり使われてて、誰かの言葉の受け売りということなんですね。つまり自分の頭で考えていないから、無意味だし、ある意味纏まっていない思考を頭に入れることによって毒になってしまうということです」

「ふーん、まあ毒になる本についてはわたしには特に気にしないで大丈夫かなあ」上唇と鼻の間にボールペンを挟んで頭の後ろで手を組んで、ふにゃらふにゃらといってみる。

「またそう言って読まないつもりなんですね!」

 ボールペンを手に持ち替えて、くるくる回しながら「いや、栞が教えてくれる本なら全部OKでしょ!」

「それは……信頼してくれているということですか?」と、いいながらお下げに手をやる。

「あれ、もしかして信用しているっていったから照れてる?」

「もー詩織さんのそういう意地悪なところは嫌いです! それに私はまだまだそんなに本を読んでいる方ではありませんからね!」

「わたしからしたら、栞は自分の人生で間違いなく一番本を読んでいる人だよ。それにこうやって内容教えてくれるしね!」


 ニヤッと笑って、持っていたボールペンの頭で栞のほっぺを突っつく、突っつくと河豚みたいにぷくーっと膨れる。

「世の中は広いんです。まだまだ知らない本があって、一生かけても読むことは出来ないんです、伊弉冉が千人縊り殺す間に伊弉諾が千五百人生むみたいなもんですよ・私は出来ることなら良い本を選んで、と、友達と、大切な、大好きな友達と共有したいだけなんです。だからちゃんと読んで欲しいんです」

 わたしの顔が上気するのが分かる、心臓も鼓動を早めて、いやいやいやいやいやと何か心の中で言い訳を探している。

「まあでも、うん、栞に薦められた本はちゃんと読んでいるよ、多分……それなりに」

「まあ仕方ないですね、今度ヴォルフガング・イーザー『行為としての読書:美的作用の理論』は……難しいし手に入りにくいから、ピエール・バイヤール『読んでいない本について堂々と語る方法』辺りでもお勧めしてみましょうか」

「何それ! わたし向きじゃん!?」

「そういうだらけたところは素直に羨ましくなりますよ。でも図書室で読書以外のことをするのは禁止です、テストが終わったら喫茶店にでも行きましょう」

「行く行く! わたしも栞の解説聞きたいし、赤点はまあなんとか免れるぐらいの努力はしているつもりだし」

「ちゃんと勉強は上の方を目指してください! 人の能力を測る一つの物差しでしか無いですが、普通の社会生活を送るなら、私達の人生に直接関わることですからね!」

「分かってます、お母さんみたいなこと言わないでよー」

「私は詩織さんのママでもお母さんでもありません」

 と、いって背をそらす。

「ノリ悪いなあ、じゃあ金曜の放課後駅前の喫茶店でお話ししようよ、あのレモネード飲んだ所。女の子二人の秘密の話」

「二人の秘密……!」

 なんだか栞は衝撃を受けてカチカチに固まっていたが、ふうといきを吐き出し「いまならクリスマスセットとか有るはずですね」と呟く。

「いいねぇ栞も女子力アップさせなよ、頭良いし可愛いしモテモテになるよ」

「……!」

「ん? どうしたの」


 なんだか酷くもじもじしていたがとりあえず「分かりました、行きましょう私も決心が付きました!」

 と何の決心が付いたのか大仰に宣言すると「じゃあ今日は勉強ここまでにして、自宅でやりましょう」

「ん、そだね。よかったら家来て二人で勉強する? まあ散らかっているんだけれどさあ、栞ならお母さんも見た目で一発で気に入るだろうし、あはは」

「まだそういうのは早いのでは無いかと」と小声で呟く。

「もう二人ともシンユーでしょ、ほら家に来てよ、勉強教えてー」


 その後いくらか押し問答が続いたが結局栞は我が家にやってきてカチカチになりながらあわあわ言い続けていた。


 緊張しいなんだなあと思った。



挿絵(By みてみん)

イラスト提供:

赤井きつね/QZO。様

https://twitter.com/QZO_


次回

ピエール・バイヤール

『読んでいない本について堂々と語る方法』

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