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100夏目漱石『夢十夜』

大分以前から100話目は『夢十夜』に使用と思っていたので、ようやく書けて良かったです。

ネタ本自体は決めていたけれど、内容自体は全然考えていなかったので、書き始めてどうするかとなりましたが、とりあえず計画より大分遅れはした物の念願の100話目です。

「ちょっと聞いてくださいよ栞さんや」


「何ですか藪から棒に」


 図書室のいつもの二人の指定席で、いつも通り先に来ていた栞がなんかまたムツカシソウな本を読んでいる隣に、よいしょと座りながら声をかけた。


「いやですね、昨日おじさんが家に来てね、お小遣いくれるっていうんでおじさんに言われたとおり三回回ってワンっていってお手したんですよ」


「……え? やったんですか? そんなこと言い出すおじさんも何者なのか分からないですが応じる方もどうかと……」


 いわれて初めて自分でもややドン引いたけれど、それは顔には出さず涼しい表情を保ちつつ、栞のその言葉を無視して続ける。


「で、ですね。わたしも花の女子コーセーですから一万円ぐらいくれるんじゃないかと思った訳ですよ。福沢諭吉大先生をね! そしたらなんかニヤニヤしながら、ほーれお小遣いだよーってお札をひらひらさせながらたかーく持ち上げているわけよ。できゃんきゃん鳴きながらお札奪い取ったらなんと千円一枚! 正直ないわーと思ったのよね」


「……わたしもないわーって今思っていますけれど……」


 とりあえずここも無視して続ける。


「で、なんかいいものだぞーっていうから、千円ぐらいで何偉ぶってんだ! ありがたく貰うけれど! って思いつつ見てみたらなんか凄く違和感ある訳ですよ。一瞬おもちゃのお札かなって思ったんだけれど、なんと野口英世じゃなくて夏目漱石のお札なの! 昔のお札の肖像画だったっていうのは何となく知っていたけれど、初めて見たわー。これってなんかプレミアムとか着いてたりするのかな?」


「珍しい人間関係構築していますね……。ま、それはそうと確か夏目漱石がお札になったのって一九八四年から二〇〇七年までの間だったと思うので、そこまで古いお札でもないし、今でも普通に額面通りのお札として使えるから、特に付加価値とかはエラー紙幣とか、番号がぞろ目だったり、順番だったりしない限りはないと思いますねぇ……」


「えー……あんなに張り切って芸までしたのに本当にただの千円札なの……」


「……張り切ってたんですか」


 「これこれ」といいながら財布から夏目漱石のお札を取り出して、栞の目の前でひらひらとさせる。


「ほーら珍しい千円札だよー」


「……私は芸とかしませんよ」


「えー。栞が犬の真似してくれたら可愛いと思うのになあー」


「どこの文化圏に所属していたらそんな感想が浮かぶんですか」


「まあいいけどさ。とりあえずピン札だし珍しいには珍しいんで、使うのも何となくためらわれるから、どっかに保管しておこうと思うんだけれど、野口英世のお札に比べるとなんだか模様もちょっと荒い感じするね。技術の発達なのかなぁ」


「そうですね。次の新札がでるのが、確か二〇二四年からだったと思うんですけれど、凄い印刷技術使われているみたいですね」


「なんかニュースでやってたの見たなあー。一万円が渋沢栄一なのは知っているけれど他だれだっけか? まあ渋沢栄一が何した人なのかもよく分かってないんだけれど……」


「五千円札が津田塾大学の創設者の津田梅子で、千円札が細菌学者でノーベル賞候補にもなっていた北里柴三郎ですね。北里大学ってありますよね」


「へー、三人とも何となく名前は知ってるけれど何やった人なのかはよく分かってないや。なんか遠い昔に子供向けの偉人伝記みたいなので読んだことあるかもだけれど……」


「そうですねぇ、私も詳しい訳ではないんですが、みんなそれぞれ凄い人なのは確かですよね。一〇〇年後とかにはノーベル賞医学賞の山中教授とかがお札になってそうかななんて考えてみると楽しいかも」


「一〇〇年後ねえー。夏目漱石って『こゝろ』ぐらいしか読んだことないけれど、お札になるほどの人だったんだなあ」


「前にもちょっとだけお話ししたことあると思いますけれど、日本で初めて印税の仕組みを導入したり、言文一致で文学的に価値のある大衆小説書いた人ですから、凄い人ではあるんですよね。聞いた話ですけれど夏目漱石のお孫さんで漫画家・評論家の夏目房之助にお札から外れることに対してインタビューしたら。夏目漱石も早くお役御免になりたかっただろうねなんて話していたらしいので、お札になる人も内心複雑なのかも知れませんね」


「ふうん。夏目漱石ってあとは『吾輩は猫である』とか『坊っちゃん』とかタイトルとあらすじパッと出てくるのそのぐらいかなあー。あ、でも読んだことないのにあらすじ何となく知ってるって結構凄いのかも」


「結構凄いことだとおもいますよ。私も全作品読んだ訳ではないですけれど『草枕』とかが好きですね。グレン・グールドっていうまあ変わり者のピアニストがいるんですが、この人が熱心な『草枕』のファンで、ラジオ番組で朗読していたりしたそうですね。夏目漱石も韓国とか中国辺りだと割と知られている作家ではあるみたいですが、国際的な認知度はそうでもないみたいですね。最近になってラテンアメリカ文学者の寺尾隆吉先生という方が、スペイン語圏に向けて漱石とか芥川とかの明治の文豪の作品熱心に翻訳していて、それなりに知られるようにはなってきたみたいですが……」


「ふぅーん。夏目漱石読んでみようかなあ。あれでしょ? 青空文庫に入ってるでしょ?」


「はいってますねぇー。あ、じゃあオススメの作品ご紹介しましょう。連作短編で全部で一万八千字ぐらいなので一時間かからないぐらいで読めて物凄く面白い作品があるんですねえ。さっきちょっと話題にしてた百年後の話みたいな所にも丁度かかってくるし……」


「はやくはやく! もったいぶらずに教えてちょー」


 はいはいといいながら栞が本棚に向かい、一冊の薄い本を手にして戻ってくる。

 わたしは単純なので、もう薄い本ってだけで期待度が上がる。


「じゃじゃーん! 比較的写実描写の多い夏目漱石にしては異質なゲンソウ小説といって良い内容の『夢十夜』ですー!」


「へー。となると短編が十本ぐらい入ってるの?」


「その通りです!」


「じゃあ単純計算で一話一八〇〇文字ぐらいなのかな? それだったらするするいけそう!」


「するするいけますね!」


「読む前になんか他に気分がアガる情報ないの?」


 ふーん、といって口元に手をやり栞が視線を空中に漂わせる。

 考えるときの栞の癖だけれど、なんだかこの仕草は何度見ても飽きない。


「まずですね。この小説は、百年後の人に向けられて書いてあるなんて話ししているんですね。朝日新聞で一九〇八年に連載されていたんですが、その百年後にアンサーとして、短編オムニバス映画として『ユメ十夜』という作品が作られています。たしか無料で動画サイトに上がってたかな? それからタイトル通りに第九夜以外は夏目漱石が見た夢の話なんですが、《こんな夢を見た》から始まって、色々バラエティに富んだ話を展開するのですが、感動ものだったりホラーだったり嫌な話だったりオモチャ箱ひっくり返したような感じになっていて、色んな人に影響を与えています。映画でいうと黒澤明が『夢』っていう自分が見た夢を映像化した、まんま漱石インスパイアの映画を撮っていて、私も大好きなんですよね。シナリオまで書いていたのに映像化しなかった幻の話があったりとか……まあ話長くなりそうなんでとにかく第一夜だけでも読んでみてください!」


 と、栞大先生に勧められるがままに読み始めていくと、なんだか奇妙な話が並んでいる。

 とにかく読めといわれた第一夜は、病気で死にそうな女の人が百年待ってくださいといって埋められた後に、凄い勢いで太陽がくるくる回って、お墓から百合の花が生えてきたときに、主人公が百年経ったのだと悟る話だったり。

 なんか夜中雨の降る中背負っていた息子が、昔殺した男の生まれ変わりだったとか、崖っぷちで豚の群れに襲われて、ステッキで頭ぽこぽこ叩いて何とか助かろうとする話だったり、なんだか正体の掴めない話が多い。

 でも、なんだかわたしの頭でも簡単に読めて不思議な感じがして面白い!

 気がついたら第十夜まで読み切っていた。


「あれ? 一時間もしない内に読み終わっちゃった……もしかしてわたしって本読むスピード速い系女子だったりする?」


「まあ青空文庫の読書目安時間って結構長くとってありますからね。それはそうと珍しく集中して読んでいましたね。良いと思います!」


「うーん。全部なんだかふわふわした話だったけれど最初の話が一番好きかな!」


「そうなんですよ! 第一夜が一番素敵なんですよね! 芥川龍之介も最初の話が一番完成度高いって評価していたんですね。確かに誰に聞いても第一夜が一番っていいます。まあ唯一のハッピーエンドというか良い感じの、感動もの風の終わり方しているからというのもあるんでしょうけれど、やっぱり私はこの話が好きですね!」


「うんうん。わかるわかる! わたしブンガクの事とか全然分からないけれど、この話は凄い良いなって思った! なんだか上手く言葉に出来ないけれど、なんかいいよなぁーっておもった!」


「小説の感想なんてそんなもので良いんですよ。よく分からない話はよく分からないまま楽しめば良いんです。それに私はこうして同じ本を読んで、同じ読書体験をした人と感想を語り合うことが出来るというのが本当に嬉しいんです!」


 そういうと、栞は両手でわたしの手を力強くぎゅっと握って、顔を桜色に若干上気させながら、珍しく興奮しながら、嬉しそうに語る。

 ああ、わたしも栞のこの顔が見たくて、いつまで経っても慣れない読書に踏み込んだのかなと、何となく頭の隅で思った。


「読書は素晴らしいことなんですけれど、その体験を共有出来るのはもっと素晴らしいことなんです! 今の時代はインターネットで感想を書き込みあったり、動画配信で読書会が開かれたりもしますけれど、大好きな人と現実世界でこうやって直接お話ししあうことが出来る興奮や楽しさって本当に貴重なんですよね!」


「えっ? いま大好きな人っていいました?」


 栞は、あっというような表情を浮かべると、顔を更に赤らめて恥ずかしそうにする。

 なんだよ、可愛いじゃん……。

 そう思ってわたしも両手で栞の手をぎゅっと握り返して、栞の顔を見つめているとなんだか恥ずかしくなってきた。


「わたしも栞と一緒に本読めて本当に楽しいよ! わたしはほら、読書大好き人間になりきれないけれど、それでも栞がいった本の感想を言い合うことが出来るのって楽しいなって段々分かってきたからさ……」


「私も……嬉しいです」


 そういって栞は視線が交わるのが恥ずかしくなったのか、手を握ったまま頭をぐっと下げる。

 そうだね、こんな日がいつまでも続くと良いね……と何となく口に出すのが恥ずかしかったので、わたしは栞に体を寄せて、夢見るようにいつまでもいつまでも手を握りあったままそうして立っていた。

100話目まで来たからと言って特に何か区切りになるような話でもないのですが、とりあえず細く長くつづけていこうと思っています。

別に終わりが来ないといけないタイプの話でもないので、面白い本があればそれをご紹介するような形で描き続けていけたらなと思っています。

『夢十夜』は超有名作なので読んだ方も多いと思うのですが、これを機に再読して頂けたら紹介者としては嬉しく思います。

そんなこんなで、またご感想や、突っ込み、要望など有ればお気軽に書き込んで頂ければ励みになります。

感想いちいちいうのは面倒だけれどまあいいんじゃないの?

と思ったら「いいね」ぼたんぽちっと押して頂けるとふふってなります。

しばらく更新していないうちに読んだ本のストックはまだ有りますので、比較的テンポ良く更新できるようにしたいなと思っておりますので、思い出したときにでも読んで頂ければ幸いです。

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― 新着の感想 ―
[一言] 100話おめでとうございます~&更新お疲れ様です。 二人にはこれからもずっと、本の感想を語り合いながらイチャイチャしていてほしいですね。 それこそ、100年後には一緒の墓に百合の花が咲くく…
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