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孤高の戦士

作者: ソルティ

 深夜二時頃、一人の白人男性が、物陰に潜んでいた。砂漠用迷彩服に身を包み、M16アサルトライフルのグリップを右手でグッと握り、銃身下部に装着しているM203(擲弾発射器)に左手をそえていた。


 体にチェストリグ(胸部装備ベスト)を装着し、無線機、小型双眼鏡、単眼暗視装置、水筒、ナイフ一本、手榴弾一個、シグP226ハンドガン、M203用擲弾を一発、M16用マガジンとシグ用マガジンが一本ずつ入れてある。さらに背中の小型リュックサックには、クレイモア対人地雷とリモコン式手持ち起爆装置が入っていた。


 黒髪と顔は、汗にまみれ薄汚れて、SAS特殊部隊隊員にしては整った顔立ちが台無しだ。首から下げているドッグタグ(個人認識票)から、彼の名前はクリスとわかった。


「こちらタンゴ。ゼロ応答願います」


 クリスは、無線機から伸びたヘッドセットを使い、司令部へ連絡を試みる。

 返事はない。空電雑音が続くだけだった。


「クソ」

 悪態をつき、スイッチを切る。

(せめて仲間が生きていれば……)

 イラクでのスカッドミサイル爆破任務は、失敗に終わった。情報が漏れていたのだ。クリスは、四人一組のパトロール隊の隊長を務めたが、イラク軍の絶妙な位置からの奇襲で、パトロール隊は混乱に陥った。


 彼の懸命の指揮もむなしく、四人中二名は死亡。もう一人の仲間のリプリーとは、はぐれてしまった。気になっているが、今は自分が生き残ることに集中している。


(そろそろ手持ちの物資もない)


 任務開始から、四日が経過していた。すでに戦闘糧食と水はなく、途中で追手のイラク軍と戦闘になり、弾薬は少ない。疲労もピークに達し、正確な判断力が鈍り、視界がぼやける始末だ。


 その影響で、情報部からもらった地図を頼りにシリア国境を目指していたが、紛失した。計画では、もう到達していなければならないはずだ。そこから、ヘリで回収してもらうことになっていた。


(どこかに奪える車はないか?)


 クリスは、単眼暗視装置を使い周囲を見渡す。狭い緑の視界には、車は見当たらなかった。あちこち放浪した先は、AK47を持ったフセイン大統領の姿が描かれた壁のある、不気味な浄水施設だった。


 彼が潜んでいる場所は、水ポンプが内部で動いている建物の近くだ。ブーンという音が聞こえる。水筒の水はわずかで欲するあまり、水のありそうな場所へ来てしまったようだ。クリスは苦い顔をした。


 深呼吸を一回した。今のところ誰もいない。


 言う事を聞かなくなりつつある足を叩き、M16の銃床(ストック)をしっかり肩に当て構えて、いつでも撃てる状態のまま前進を開始した。曲がり角。物陰。M16を左右に振り、脅威が出てきそうな場所へ断続的に銃口を向ける。


(あそこは……)


 警戒しながら進むと事務所のようなところに到達した。


 壁に寄り、入口らしきドアから、二メートル離れた位置に付く。近くの窓からは、淡い光がもれていた。そっと耳を澄まして、物音か声を確認すると、わずかだが人間の声が聞こえた。ここは危険と判断して、離れようとしたとき、聞き覚えのある声を聞いた気がした。


 もう一度、耳を澄ます。間違いない、英語だ。アラビア語ではない。


「はっはっは。何をおっしゃいます」


(……気のせいだ)


 早くここから離れたほうがいい。生存本能がささやく。


 確認したほうがいい。きっと重要なことだ。直感が止める。


 クリスは、直感を信じた。極力足音を立てないようにして移動し、事務所のドアへ近づいた。イギリス英語とアラビアなまりの英語が、はっきり聞こえてきた。ドアの隙間から、そっと様子をうかがう。


 二人の人間が、面と向かって話していた。そして、クリスは流暢なイギリス英語を話す白人の顔を見て驚愕した。


「それにしても見事な奇襲でしたなぁ。恐れ入りました」


 情報部のヘクターだ。


 サラリとした茶髪。端正な顔立ち。自信ありげな態度。整ったスーツ。


「フン。食えないヤツ。元はお前の仲間だろう。奴らの潜入座標は役に立ったがな」


 イラク軍のアシュー大佐だ。


 独特なパターンの砂漠用迷彩服。赤いベレー帽。多く蓄えた口ひげ。頬の大きな傷。腰のホルスターに入れた金色のコルト1911ハンドガン。


 アシュー大佐は、今回の任務ブリーフィングで説明のあった抹殺対象だ。クリスのボス。作戦担当将校のハモンド少佐が、口角泡を飛ばして厳命していたのが印象的だった。


「見返りの西側の最新兵器を用意する約束は、忘れていないだろうな?」


 アシュー大佐が、口ひげを撫でながら言った。


「ええもちろん。お望みの製品をご用意します。できれば、逃げたSAS隊員の残り二人を抹殺してくれれば、更に特典を付けます。お伝えした通り、融通の聞く武器商人とのコネクションがありますので」


 ヘクターは、営業スマイルで受け答えした。


(あの野郎……裏切っていたのか)


 いつからだったか、ヘクターとの縁が始まった。初めて顔合わせして、話をするようになってから、真面目なクリスをおちょくって、楽しむ傾向があった。クリスは、特に気にする事もないかと思いそのままにしていた。


 その後、クリスは偶然の縁で、サラという女性と付き合い始めた。美しくおしとやかで、面倒見が良く、将来が楽しみな娘だ。そこに女癖の悪さが露呈し始めたヘクターが、何度も機会をうかがっては、ちょっかいを出していたのだ。ついに腹に据えかねたクリスは、ヘクターを待ち伏せて殴り飛ばした。


 それ以降、ヘクターは、クリスと任務で一緒になる度に冷たい態度を崩さなくなった。クリスは、性格が合わなかったとしても、お互いにしっかり仕事をこなしていればいいと思っていた。だが、今この場面を見てしまった以上、許すわけにはいかない。


「私を利用しているつもりなのだろうが、常にお前の行動は把握している。忘れるなよ」


 アシュー大佐は、腰に下げたコルトのグリップを撫でながら言った。


「まさか。私は大佐のお力添えをしているだけです」


 ヘクターは、肩をすくめて営業スマイルを崩さず言う。

 腰に添えた手にわずかに力がこもり、スーツのズボンに皺を作った。


(ふざけやがって……武器の横流しか)


 死んだ仲間二人の顔が、フッと思い出された。クリスは、怒りで頭に血が上り、ヘクターとアシュー大佐へM203の擲弾を撃ち込もうかと考え、チェストリグに手を伸ばした。


(落ち着け。ここで撃てば全て台無しになる)


 偶然たどり着いたここは、間違いなく敵地だ。それも危険度の高い。アシュー大佐はともかく、ヘクターの裏切り行為は、司令部にいるハモンド少佐に伝えなければならない。一刻も早くこの場を離脱することが、先決なのは明白だ。


「ماذا تقول؟?」


 そう遠くない場所から、アラビア語で話声が聞こえてきた。距離二十五メートル。クリスの脳内に危険信号が響き渡る。事務所のドアからゆっくり離れて、近くのコンテナの影に陣取った。話し声がさらに近付いてくる。ほんのわずかに顔をコンテナの角から出して、確認する。


 イラク軍の兵士が二人。おそらく当番の巡回だ。

AK47を持ち、笑い声をあげながら話を続けて、歩いてくる。


 こちらにはまだ気づいていない。


 クリスの心臓の鼓動が、これでもかと跳ね上がる。ここで発砲はできない。コンテナの角から顔を離して、手に持ったM16をそっと地面に下ろした。チェストリグからナイフを抜きだす。


 距離十五メートル。

 ここで無駄死にはできない。


 距離十メートル。

 恋人のサラの顔が浮かんだ。その表情は、慈愛に満ちていた。絶対に生き残る。


 距離五メートル。

 巡回の兵士達の声が、はっきりと聞こえる距離だ。ナイフを握り直し、深呼吸をする。


 距離一メートル。

 孤高の戦士が、己の存在をかけて目の前の脅威に飛びかかった。


「シッ!」

 クリスは、気合を込めて息を吐き、一人目のイラク兵へナイフを繰り出した。


「ギッ……」

 ナイフは、首に見事に突き刺さり、大量の血をぶちまけた。何が起きたのか理解する暇もなく、一人目のイラク兵は、ゆっくりと膝をついて痙攣しはじめた。


「هذا نذل!」

二人目のイラク兵が、突然現れた侵入者へ向かい罵声を上げて、AK47の銃口をクリスへ向けた。


「フッ!」

 クリスは、ナイフから手を放して、銃口が自分へ向く前にAK47を蹴り飛ばした。敵が気を取られているうちに後ろに回り込み、鍛え上げた右腕で首をキメて締め上げ始めた。


「グギギギ……」

 両者は、地面に倒れその場で暴れた。クリスは、ひたすら右腕で首を締め上げ、足を敵の体に絡ませて、窒息死を狙う。対してイラク兵は、クリスの右腕を殴ってひっかき、肘打ちをくりだして脱出を試みる。


「くたばれ……」

 クリスは、筋肉に乳酸が溜まるのを感じた。イラク兵の動きが鈍ってきた。

勝負が決まる瞬間だった。


 イラク兵は、腰のホルスターからハンドガンを抜き、一発撃った。

 銃声は、派手に響き渡り、イラク兵は息絶えた。


「クソッタレ!」

 クリスは、悪態をつきながら立ち上がった。次々に周辺の建物の窓に光が灯り、ドアを開ける音が続いた。アラビア語の怒声が、数多く飛び交った。


「こちらタンゴ! ゼロ! 至急救援を要請する!」

 再度ヘッドセットで司令部に呼びかけるが、つながらない。


(ぐずぐずしていられない)


 首から血を流しているイラク兵から、ナイフを回収しチェストリグへ戻した。

まずは、この浄水施設から出来るだけ離れることだ。建物がない地点まで、全速力で走った。しばらく走って止まり、後ろを振り返った。およそ一キロ距離を稼いだ。まだ暗闇に包まれているから、どこかに身を隠していれば、追手に見つかる可能性を減らせる。


(隠れられそうな場所はないか?)


 単眼暗視装置を使い、周囲を見渡す。枯れた草地が広がり、西の方に山並みが見えた。小高い丘陵が続いている。


「あれは……」


 クリスは、気になるものを見つけて、単眼暗視装置をズームアップした。

 およそ一キロ先に一階建ての平屋があった。

 近くには、壊れた車と小さな倉庫らしき建物が併設されている。


(だめだ。偵察部隊は、まずそこを確認するだろう)


 すぐに身を隠したいが、どう考えても悪手だ。ここは、別の候補を探すべきだ。だが、しばらく探し続けたが見つからない。


(理想的なのは、排水溝なんだが)


 道路の近くに排水溝が、設置されている場合がある。そこならば、出入り口に雑草を積み上げて目立たなくして、息をひそめればいい。それで日中をやり過ごし、再び夜が来るのを待って、シリア国境を目指す。

肝心の地図は無い。


 懸念事項だが、今は時間が惜しく頭から締め出す。やはり身を隠す場所は、さっき見つけた平屋の建物しかない。


クリスは、覚悟を決めて走り出した。

 

 ☆☆☆

 

 ヘクターとアシュー大佐は、銃声がした後に口論していた。


「聞いてないぞ! この場所は安全だと言ってたろ?」


 先ほどまで自信に満ちていたヘクターは、慌てふためいていた。


「黙れ! キツネ野郎!」


 アシュー大佐は、怒声をヘクターへ浴びせた。


「だから、早くSAS隊員全員を抹殺しておけばよかったんだ。どうして私が、こんな危険な目に合わなければいけない……」


 ヘクターは、爪を噛みながらブツブツ言った。


「お前も来てもらうぞ。タヌキ狩りに」


 アシュー大佐は、コルトのグリップを握りゆっくりと引き抜き、ヘクターの顔へ銃口をピタリと合わせた。


「お、おい。落ち着いてくれ。私たちは、もう仲間じゃないか」


 ヘクターは、息を飲みコルトの銃口を見ながら言った。


「なら付き合ってくれよ。もう現場の一員だ。前線で体張るのは、当たり前だよな?」


 アシュー大佐は、ニヤリと笑い顎をしゃくって、ヘクターに外へ行くよう促した。

 

 ☆☆☆

 

 クリスは、平屋の屋上に陣取っていた。ここは空家のコンクリート造りで、二十五メートル四方の屋上は、周りを低い塀で囲まれていた。出入口のドアはひとつ。もし逃げることになったら、屋上から飛び降りるしかない。


(これで準備完了だ)


 平屋に到着してからしばらくして、籠城戦の準備を始めた。ただ隠れていればいいだけの状況ではない事がわかったからだ。


(ヘリが来たという事は、もうバレている)


 三十分前に平屋の上空をイラク軍の偵察ヘリが、しばらく旋回して浄水施設へと戻っていった。さらに数分後には、軍用車両と思われるヘッドライトの光が、まっすぐにクリスのいる平屋に向かってきたのだ。

単眼暗視装置で確認したが、間違いはない。


 ゆっくりと命の危機が迫っているのを感じた。

 しかし、タダであの世にはいかない。


(やるべきことをやってからだ)


 今持てる知恵と物資を投入し準備はした。クリスは、屋上の塀にM16の銃身を置き安定させて構える。


「きやがれ!」


 気合をいれる為に一声吠える。

 まぶしいヘッドライトを照らしながら、軍用車両二台が正面から近付いてくる。あと五十メートルで平屋の前に到着する。


 先頭は、車体後部をキャンパス地で覆っている大型トラック。その後ろに薄汚れたランドローバーが続いていた。


 大型トラックとランドローバーは、ゆっくりと平屋の前に止まった。クリスは、屋上の塀から出来る限り、体を出さないようにM16の構え位置を調整した。


 大型トラックの後部から、続々とイラク兵が降りてきた。その数は、十五名。すぐに散開して、平屋を取り囲んで包囲していく。


ランドローバーから、二名が追加で降りてきた。


(奴らが前線に出てくるとはな……)


 アシュー大佐とヘクターだった。アシュー大佐は、口元をゆがめながら平屋を見ていた。一方、ヘクターはどこか緊張した面持ちをしながら立っている。アシュー大佐は、ふと真顔になり、大声を出した。


「出て来い! タヌキ野郎! もう逃げられんぞ。それとも抵抗するか?」


 前線から離れつつあるが、鍛えられた肉体から発せられた声は、荒野を震わせるかと思うほど響いた。


「おとなしく出てくるなら、部下たちのヤキ入れはナシにしてやるぞ?」


 しかし、肝心の獲物からはなんの反応もなかった。苛立ったアシュー大佐は舌打ちして、ヘクターへ顎をしゃくって言った。


「お前が呼びかけてみろ」


 アシュー大佐は、腰のホルスターからコルトを抜いて、ヘクターへ銃口を向けながら言った。


「わ、わかった。あー。そこにいるんだろ? 我が友よ。私が、君の身柄を保証してもらえるように掛け合う。だから、投降してもらえると助かる」


 ヘクターは、冷や汗を額に垂らしながら言った。


「この裏切者が。まずは、お前を血祭りにあげてやる」


 クリスは、冷たく言った。ヘクターとアシュー大佐は、声の聞こえた平屋の屋上へ目をやった。M16の銃口を向けて、狙いを付けているのがわかった。


「その声……クリスか? リプリーじゃなく」


 ヘクターは、獲物がクリスと分かった瞬間に笑い出した。


「ハハハ! これはいい! ちょうどお前と話したかったんだ」


 笑いをこらえながら、ヘクターは続けた。


「なあ、落ち着けよ。いくら過酷な訓練を受けた身で慣れていても疲れているだろう。この人数相手に戦っても生き残れる可能性は低い。そこでどうだ。お前の悩みを解決してやろうか?」


 ヘクターは、手をすりあわせた。


「お前は、下半身不随の父親がいたよな。彼の世話が、充分できるように手配してやろう。もちろんカネも用意する。ハッキリ言ってSASの安月給で介護費用をまかないきれるとは到底思えないんだがな」


 話が進むにつれて、ヘクターの声が大きくなっていった。


(親父……)


 クリスの脳裏に父親の姿がよぎった。車椅子に座り、古いくたびれた実家の窓からぼんやりと外を見つめて、一日を過ごすことが多くなった。母親は健在だが、介護に疲れてストレスが溜まっている。なんとかしてやりたい。


「悪くない話だろ? だからおとなしく投降してくれ。それがお互いに穏便に済ませられるってもんだ」


 ヘクターからの提案にクリスの心は、大きく揺さぶられた。全て事実だ。彼とサラの件でもめる前に家庭事情を少し話した事があった。それで提案してきたのだろう。卑怯だとは思う。しかし、魅力にあふれている。


(本当にいいのか?)


 サラの顔が浮かんだ。付き合って一年が経つが、お互いに同棲を検討し始めている。その話をした時の笑顔が、忘れられない。


「さあ。返事をしてくれ」


 ヘクターは、気味の悪いぐらいの穏やかな声で言った。


「答えは……」


 クリスが返事をしようとした瞬間だった。

 耳をつんざく爆発が、平屋の屋上で突然起こった。

 ヘクターとアシュー大佐、その他イラク兵たちは、その影響で体が固まり、一瞬だがスキが生まれた。


「クソッタレだ!」


 クリスは、そう言い放つと眼下の敵達をチラ見して、クレイモア対人地雷のリモコン式起爆装置のスイッチを押した。平屋近くに廃棄してあった壊れた車付近に巧妙に隠されたクレイモア対人地雷が設置されていた。


 湾曲した凸面から、凶悪な殺傷能力を持った鉄球が扇状に飛び散った。

 有効加害距離にいたイラク兵五名たちは、鉄球をまともに食らいズタズタに引き裂かれて、血と臓物と脳ミソを撒き散らしながら、絶命していった。


「هذا نذل!」


 クリスの背後から、怒気を帯びたアラビア語が聞こえた。サッとM16の銃口をそちらに向ける。屋上の出入り口のドアが爆発で吹っ飛んでおり、イラク兵が三名ほど床に転がって死んでいた。先ほどの爆発は、イラク兵の裏取りを予測して設置した、ワイヤーと手榴弾を組み合わせたトラップだったのだ。


「残念だったな」


 クリスは、破壊されたドアから出てこようとしたイラク兵一名に向かって、M16を二発速射した。銃弾は、イラク兵の首に直撃した。敵は倒れて首から血を勢いよく流し、もだえ苦しみながら死んだ。


「何をしている! 撃て! 殺せ!」


 アシュー大佐は、怒声をあげて残ったイラク兵達へ指示を出す。彼は、キャンパス地の大型トラックの影に隠れながら、コルトを抜いて撃ち始めた。それに続いて、集まってきたイラク兵六名もAK47を屋上に向かって一斉射撃を開始した。


(甘いな)


 クリスは、M16の銃身下部に装着しているM203をスライドさせて開き、チェストリグからM203用擲弾を出して、装填する。眼下の敵達は、暗闇のせいでクリスのおおよその位置しかわからない。それを利用して、射撃位置を移動する。


(ここでいい)


 その塀裏は、ちょうど大型トラックを射線上にとらえるベストな位置だった。

 右手でM16のグリップを握り直し、引き金から指を離す。

 左手でM16のマガジンを握り、M203の安全装置を解除し、その引き金に触れる。

 専用のリーフサイトとフロントサイトをピタリと合わせて大型トラックを照準に捉える。


 AK47の絶え間ない銃声を意識から追い出し、深呼吸する。

 引き金を引いた。

 ポンッという小気味の良い音をさせて、擲弾が大型トラックへ向けて飛翔した。

 着弾。

 大爆発とオレンジ色の炎が大型トラックを包み破壊した。


「よし」


 見事に擲弾が命中し、クリスは結果に満足した。爆発に巻き込まれたイラク兵六名は、悲鳴を上げて、地面を転げ回って死んでいった。その時、燃え上がる大型トラックの背後から、全身血まみれのアシュー大佐が出てきた。


 明らかにこちらを見ている。その腕が、コルトを持ち上げて銃口を向けてきた。

 クリスは、照準を合わせてM16を二発速射した。

 銃弾は、アシュー大佐の額と片目を撃ち抜き、糸の切れた人形のようにして、あの世に送った。


「……これで全部か」


 アシュー大佐を除いて、イラク兵十五名は全て倒したはずだ。だが、何かを忘れている気がした。


「ヘクター」


 忌々しい情報部員を思い出し、周囲を見渡す。誰もいない。単眼暗視装置を覗き、さらに索敵する。いない。

「クソ!」


 悪態をついた時、強大な力を持った何かが頭をかすめた。その何かは、屋上の出入り口の側面を深々と抉り取り、大小さまざまな形のコンクリート片を派手にぶちまけた。

 さらに派手な銃撃音が連続して聞こえて、銃弾が連続してクリスに向かってきた。彼は、すぐさま伏せて、塀裏に身を隠す。


「テクニカル(改造武装車両)か」


 中東では、定番の軍用車両だ。日本製のピックアップトラックの後部荷台にM2五十口径重機関銃を搭載してできあがりだ。防弾性能は期待できないが、そのトラック由来の移動速度と小回りがウリだ。速やかに現場へ急行し、敵を牽制し掃討する。


「هذا نذل!」


 アラビア語の怒声が聞こえた。M2の銃撃は続き、屋上の塀をどんどん崩していく。このままいけば、隠れる場所がなくなる。テクニカルが、平屋の正面に止まった。耳をつんざく大口径の銃撃音は、恐怖以外の何物でもない。


(どうする)


 クリスは、考える。炸裂系の武器はすでに使いきった。後は、M16とシグ、それらのマガジンが一本ずつとナイフ一本のみ。


 M2の銃撃が止んだ。ガチャガチャという音が聞こえる。


(弾切れ。ボックスマガジンの交換)


 クリスは、伏せた状態から飛び起き塀から体を出し、M16をテクニカルへ向けて構える。見えたのは、テクニカルの運転手、ボックスマガジン交換中のM2の銃撃手、助手席から出てきたAK47を持った戦闘員。


 ちょうどその戦闘員と目が合った。

 クリスと戦闘員は、ほぼ同時にアサルトライフルを構えた。

 同時発砲。


 必殺の威力を持った銃弾は、お互いの命を奪おうと飛翔した。

 銃弾はクリスの側頭部をかすめて血飛沫を飛ばし、戦闘員のAK47の銃身を破壊した。

 クリスは、痛みを堪えて再度M16を構え直そうとした。


 その隙にM2の銃撃手は、ボックスマガジンを交換し終えた。重たいコッキングレバーが引かれ、凶悪な十二・七ミリ弾が薬室に送り込まれた。その銃口が、屋上のクリスへと向けれる。


「チッ!」


 舌打ちして、クリスは再び伏せた。ただでさえ低い塀が、また崩れ始めていった。位置バレした場所から、匍匐前進して離れる。体勢を立て直さなければいけない。


 クリスが、屋上の出入り口付近を這って移動していた時だった。不意に手に持っていたM16が蹴飛ばされた。M16は、手の届かない場所へ転がっていった。

「クソ!」


 クリスは、驚愕し起き上がろうとしたが、すぐにねじ伏せられマウントを取られた。さっき撃ちあった戦闘員だ。体重をかけられて身動きが取れない。全速力で平屋に入り、階段を駆け上がってきたのだ。


「هذا نذل!」


 目を血走らせた戦闘員は、ナイフをクリスに突き立てようと腕を振り下ろした。それを手でつかみ阻止するクリス。両者は獣のような呻き声をあげながら、膠着状態に陥った。それもすぐに状況が変わる。


 戦闘員のナイフが、徐々にクリスの顔へ近付いて行った。ナイフの切っ先が、眼前に迫ってきた。脂汗が額をつたい握力がなくなってくる。


 戦闘員の口の端が持ちあがり笑う。

 クリスは、ナイフの軌道を変えようと必死に抵抗を試みた。

 ふと何かの音が、両者の耳に入ってきた。

 耳朶を叩くような音だ。


 戦闘員が、そちらに気を取られ音のする方向を見た。

 クリスは、その瞬間を逃さなかった。

 チェストリグから、ナイフを抜き戦闘員の足に深々と突き刺した。

 刺した傷から、大量の血が噴き出した。


 戦闘員は激痛に襲われてナイフを落とし、マウントを解いた。

 乾いた銃声が二発聞こえた後、戦闘員の顔に穴が二つ穿たれた。

 荒い呼吸を繰り返しているクリスが、ハンドガンのシグをピタリと構えていた。

 日々の訓練通りの二発速射だ。


 クリスは、銃の構えを解いてその場に倒れる。もう体力も限界に近い。残りは、M2重機関銃を積んだテクニカルに乗った敵兵二人。銃撃が止んでいるが、今も聞こえ続けて大きくなっている音は、間違いなくヘリの音だ。増援の可能性が高い。


(万事休すか……)


 クリスが、諦めかけた時だった。

 不意に強力なサーチライトが、クリスへ向かって照らされた。

 眩しさでたまらず目を閉じて、手で覆う。


「助けに来たぜ! 相棒!」


 拡声器から発せられた聞き覚えのある声が、クリスの気持ちを奮い立たせた。


「その声は……リプリーか!」


 サーチライトを照らしているのは、二機のアパッチヘリコプターだった。地上から二十五メートル上空を飛行し、三十メートルの間隔を保ちながら、あっという間にクリスの頭上を通過した。


「هذا نذل!」


 予想外の新顔に泡を食ったテクニカルに乗った敵兵二人は、後ろへ急発進しながらM2の銃口をアパッチへ向けようとした。


 十二・七ミリの銃弾を撃つ機会は、永遠に訪れなかった。

 二機のアパッチ機首に据え付けられたミニガンが火を噴いた。


 六本の銃身がめまぐるしく回転し、七・六二ミリ弾をテクニカルへ向かって雨あられと浴びせかけた。ミニガンは、毎秒百発を発射可能で、装弾数は千五百発である。


 弾が切れるまでの十五秒間だった。

 テクニカルは、文字通り蜂の巣となり、敵兵二人は単なる肉塊と化した。

 掃射音が終わった瞬間、テクニカルは爆発した。

 暗くよどんだイラクの空へ再び派手なオレンジ色が加わった。


 クリスは、破片を避ける為両手で頭をかばい、屋上に伏せていた。アパッチがホバリングを始めて、周囲を警戒し始めた。すると三機目のヘリコプターが姿を現した。ブラックホークだ。ブラックホークが、小屋の屋上へ絶妙な位置に着陸すると見覚えのある兵士が、側面扉から降りてきた。


「早く乗りな! さっさと帰るぜ!」


 相棒のリプリーだ。砂漠用迷彩にチェストリグ。バランスの取れた筋肉。クリスと同じ黒髪で、ギリシャ彫刻のようなたくましい顔つき。


「遅いぞ」


 クリスは、疲れた顔をして言った。


「それは悪かったな。無線でお前の声は聞こえてはいたんだが、ヘリを用意するのに手こずったんだ」


 リプリーは、クリスに手を貸して立ち上がらせた。


「つーか、ボスのハモンド少佐に感謝しろよ? あくまでもシリア国境までしか行かない予定のヘリを無理矢理まわしてくれたんだからよ」


 リプリーは、ブラックホークの側面扉から乗り込みながら言った。


「ああ。本当に自分らは上司には恵まれてるよな」


 続いてクリスが乗り込むと乗組員が側面扉を閉めて、ブラックホークは上昇し始めた。内部を見回すと染みひとつなく清潔を保っているようだった。実用一辺倒の堅い椅子にゆっくりと座って緊張を解いた。


「傷を見せてください」


 待機していた衛生兵が、クリスの側頭部にできた銃創を消毒し始めた。消毒液が、傷に染みてクリスは顔をしかめた。


「そういえば、情報部のヘクターだがアイツは今どこに居るんだ?」


 クリスが、息を吐きながら言った。


「ん? まあ、情報部だから安全な場所だろ。作戦本部でパソコンとにらめっこしてるんじゃないか?」


 リプリーは、あまり関心がなさそうに言った。


「……そうか。そうだよな」


 ここにいる人間は、誰も知らない。すでにヘクターが裏切って、独自に行動を始めている事にだ。


(帰ってもやらなければならない事が多いな)


 本来の任務には失敗したが、どうにか無事に帰還中だ。それはいいが、別の懸念事項が出てきてしまった。それを解決するのには、情報の分析と時間、そして行動が必要になってくるだろう。


(親父やおふくろ。それにサラに会いたい)


 自らに課せられた仕事について考えるのを止めて、帰りを待っていてくれる人達を思い浮かべた。皆心配しているだろう。


「どーしたんだ? さては早く彼女と寝たいとか考えてんだろ。わかってんだぜ!」


 隣に座ったリプリーが、ニヤニヤしながら言って肘でクリスを小突いた。


「うるせーな。そんなの当たり前だろ?」


 クリスとリプリーのやり取りを見て、他の仲間達が苦笑した。

 信頼できる相棒と仲間たちが自分の周りにはいる。

 こんな幸せな事は無い。


 これからも困難が待ち受けているだろうが、彼らがいれば乗り越えていけるだろう。

 リプリーとのじゃれ合いが終わり、クリスは、側面扉から外を見た。

 うっすらと太陽が顔を見せて、空が明るくなりクリスを照らした。

 暖かい日差しを感じて、孤高の戦士は目を閉じてひと時の眠りへとついた。


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