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夜の国の外

「僕はD-04904E2、ヨダカ・キサラギです」

 ユイさん、エレナさんに続いて僕も収入印紙とIDカードを出す。このお金は昼間の作業用に使われるというけど、実際のところはどうなんだろう。

 受付の人は印紙を確認した後、IDカードと僕の顔をしっかり見比べる。

 「はい。結構です。それでは三名の装備と行程表をお願いします」

 慣れたようにユイさんとエレナさんがどさりとカウンターに荷物を置くのをみて、遅れて僕もリュックを下ろす。受付の人はユイさんから行程表を受け取って、見比べるようにそれぞれの荷物の中を検めていく。

 「最大活動予定時間は六時間ですね」

 「はい。パッと行ってさっと帰ってくるので」

 そんな感じじゃないと思うんだけど。と思ってたらまたエレナさんに頭をガシガシされてる。受付の人も慣れてるのか、気にせずに鞄を確認している。

 最後に僕の鞄も調べるとゆっくりと頷いて鞄の口を閉じた。

 「はい。大丈夫ですね。それでは、現在午前9時ちょうどですから、午後3時までにはお戻りください」

 「はーい。お休みなさい。じゃ、行こっか」

 「あ、ヨダカさん」

 先走って出口に向かうユイさんに付いていこうとした僕を受付が呼び止める。振り返るとにっこりと笑って手を振っていた。

 「楽しんできてくださいね」

 「あ、はい」

 ちょっと照れくさくなって、小さく手を振り返してユイさんの方に向かう。


 受付のドアを抜けて、風除室に入る。ここはまだ冷房が効いているらしい。ユイさんとエレナさんは帽子に日傘をそれぞれ用意し始めている。

 「ほら、ヨダちゃんも日除けの準備して」

 なるほど、ここでそういうことをするのか。上着を羽織って帽子をかぶる。……三人でごそごそするにはちょっと狭いな。

 ともあれ用意は出来る。そうして準備万端になった頃に、ユイさんがぱんぱんと手を叩く。

 「よし!それじゃあ、今日は私がリーダーでお花を見に行きます!」

 「はい」

 「は、はい」

 エレナさんに続いて声を出す。なんだかちょっと緊張してきた。

 「行程的には休憩は片道三回を予定していますが、それでも充分時間に余裕があります。だから、途中気分が悪くなったらすぐに言ってください。」

 「はい」

 今度は声が合った。僕とエレナさんの様子を見て、ユイさんが頷いた。

 「よし!それじゃあ、出発ー!」

 ユイさんが触れてゆっくりと開く自動ドア。その向こうの光の中にユイさんが消えていった。

 「さ、私達も行きましょう」

 エレナさんに言われて、僕もその光の中に足を踏み入れる。


 一瞬。目の前が真っ暗になる。強烈な光で目がくらんだのだから本当は真っ白と言った方が正しいかもしれない。でも黒に思えた。

 そして体中にまとわりつくような感覚。肌が出ている手に刺さるような感覚。そして鼻から体に入ってくる空気の感覚。それらが僕に一つだけの情報を伝えてくる。

 「暑い!」

 ほぼ無意識に声が出た。ようやく戻ってきた視界に移ったのは、なぜか不満顔のユイさんと大笑いしているエレナさんだった。

 「ほ、ほらね。普通そうなるから」

 「むーん。だって……」

 「あの、なんの話ですか?」

 不思議、というか不安な気持ちで尋ねると、エレナさんが「ごめんなさい」と息を整えた。

 「えっと。ヨダカさんの初外出の最初の一言が何かをユイと予想してて。私は普通は『暑い』か『眩しい』のどちらかだって言ったんだけど」

 「でも、ヨダちゃんだったらきっと違うこと言ってくれると思ったんだもん。きれいとか」

 「それが最初に出るのはあなたくらいよ」

 それでユイさんが不満顔だったのか。

 「あの、なんというか、すみません」

 「謝らないで。むしろ怒ったっていいくらいですから。『なに人のこと勝手に言ってるんですか』って私達に」

 優しく、困ったようにはにかむエレナさん。そう言われるとよけいになんだか恐縮してしまう。

 気を取り直したらしいユイさんがパンと一つ手を打った。

 「さ!ともあれこんな所に立ち止まってたら焼きイカになっちゃう!早く歩こう!」

 止まってた原因はユイさんっだった気もするけど。まあいいか。


 暗いところに順応するのは大変なのに、明るいところはすぐに目が慣れてくる。とはいえ眩しいものは眩しいので、少し目を細めつつ、先導するユイさんの足を追いかける。夜の時はあまり意識していなかったけど、なんというか、むやみにカラフルな町だ。

 「なんでこんな色とりどりなんですかね」

 尋ねるとユイさんの足がくるんとこちらに向く。

 「それはね、夜でも輪郭がよく分かるようになってるんだよ」

 モノトーンだけだと、どうしても光量が足りなくなるところが出てくる夜には建物同士が溶けてくっついたように見えるらしい。言われてよく見ると、隣り合った建物の色がかぶっているところがない。計算された町並みということなんだな。

 「住んでる町でも意外と知らないことっていっぱいあるよね」

 ぐいっとユイさんが顔を近づけてくる。慌てて目を逸らすと太陽が目に入った。顔をそむける代わりに帽子を深くかぶろう。

 「そ、そうですね。目に入ってなかったというか。景色が違うみたいです」

 「『みたい』じゃなくて、『そう』なんだよ」

 ユイさんが指を振りながらにこやかに言う。

 「でもある物は同じですよね」

 「確かに物は基本的に同じ。でも、それを照らす光が違うから。赤色ランプの下では青色が見えないように、当てる光が違うのなら、色という意味ではぜんぜん違うように見えることもある」

 だから、顔色を見る時とかは気を付けないといけない。そういえば教本にも書いてあったことだったな。

 「だから、やっぱり実際に見てみないとね。どう?あなたの街」

 「え、そんな話でしたっけ?」

 「そんな話って、大事だと思うけどな。ほら、自分の街を知ると思って」

 やや不満げな顔。まあ確かにそうかもしれない。改めて街を見渡す。切りそろえられたみたいに高さが同じ建物だけど、色とりどりに塗られている。色は違うけど、奥に進むにつれてグラデーションのように変わっていって、不思議ととっちらかってない。そしてシャッターに描かれたお店のロゴや何かのキャラクターの絵。ふんわりと楽しげな雰囲気。

 「なんというか、きれいですね」

 ぼそりと口から出た言葉に、ユイさんが小さくガッツポーズをした。それでエレナさんは頭を抱える。

 「良いところを教えるのもいいけど、注意するべきことは?」

 「あ、わ、忘れてないから!ね、ヨダちゃん」

 「はい。えっと、時間によって日光の色が変わるから、顔色を見る時とかには錯覚しないようにというところですよね」

 「その通り!大丈夫だね。今日は時間的にそこまで変わったりはしないけど、一応どんな感じか見てみよっか」

 ユイさんが僕の顔をのぞき込んでくる。少し青みがかった目の中に、自分の顔が映った気がした。

 「……少し顔赤くない?大丈夫?」

 「だ、大丈夫です!暑いから!」

 「……暑いなら大丈夫じゃないと思うんだけど」

 「ち、違います!そういう意味じゃなくて、ほ、ほら。汗も出てますし」

 顔が近いせいで赤くなったって知られたらもっと恥ずかしい。下手なごまかしだったけど、ユイさんはちょっと心配しながらも納得したらしい。

 「無理はしないでね。あと、ちゃんと水を飲むこと。喉が渇く前に飲むのが鉄則!」

 「はい」

 言われるがまま水筒から水を飲む。チラリとエレナさんの方を見ると、優雅に扇子で扇いでいた。僕の視線に気付くと、こっちに風を送ってくれた。や、そういうつもりじゃなかったんですが、とりあえずお辞儀をしておく。

 ユイさんが自分にもとねだるように顔を突き出すと、扇子を閉じて叩く真似をした。それでまた口をとがらせるユイさん。

 「お仕事をしなさいな」

 「そうだ!それで、わたしの顔色はどう?」

 それでまたぐいと顔が近づく。なんだか恥ずかしくなって顔をそむけたくなるけど、我慢我慢……。

 少し肌が焼けてるのかな。口は閉じてると小さく見える。すらっと通った鼻筋。閉じた目から伸びる長いまつげ。

 「どう?」

 「きれいですね」

 「え?つまり、大丈夫そう?」

 「あ、はい!大丈夫だと思います!」

 また顔が赤くなる。変な返事をしてしまった。幸いユイさんはあまり気にしてなさそうだけど、エレナさんの方をチラリと見たら苦笑を浮かべてるし。穴があったら入りたい。

 ユイさんは気にせずうんうん勝手に頷いている。

 「まあ顔色は基本一度見ただけだとよく分からないから、見れるタイミングで見て、どう変わってるかを意識すること。特に熱中症の初期症状なんかはあまり自覚出来ないこともあるから、顔色悪かったりしたら積極的に声を掛ける感じで」

 「は、はい」

 「もちろん、のぞき込む必要はないですからね」

 エレナさんの言葉に少し救われた気分になる。毎回あれだったら恥ずかしさだけで出せる汗全部出してしまいそうだ。


 *****


 その後も1、2度立ち止まっては、座学で学んだことを復習したりした。日差しの上るなか頭を使うのは意外と大変だ。帽子も意味ないんじゃないかって思える。でも試しに外して直射日光を受けてみると、頭がほてる速度が全然違う。怒られるまでもなくすぐにかぶり直した。


 そんなこんなで、ようやく最初の休憩地点にたどり着いた。小さな広場になっていて、水飲み場に屋根のあるベンチがある。ここの水は今は止まっているけど、確か夜には流しっぱなしになっていたな。

 ユイさんはやや駆け足でベンチに突っ込んで行って、べしゃりと座った。そしてすぐに水筒を出して水を飲む。

 「っはー。生き返るぅ。……なにしてるの?」

 「あ、い、いえ」

 「あなたが突っ走るから呆れてたんでしょ」

 エレナさんにそっと肩を叩かれて、僕もベンチに座る。ただ暑いだけじゃなくて、体力的にも結構消耗していたみたいで、なんというか、溶けていく気分。思わず息が漏れる。

 「さ、休憩時には水分補給もね」

 「あ、は、はい」

 ベンチを守る屋根には蔓が巻き付けられていて、なんとなく視界的にも涼しげだ。

 「休憩は長めに取って、一緒に汗とかも拭いてね」

 ユイさんも腕まくりをして汗を拭いたりしている。汗を拭うとこざっぱりとしてリフレッシュした気分になる。ぺったりとくっつくのが結構気持ち悪かったんだよね。

 「当たり前ですけど、けっこう汗かきますね」

 「そりゃまあ、夜と比べるとね。日光のこと考えると温度も20℃以上違うはずだし」

 そう考えると本当に別世界という気持ちになる。

 ここは昼の世界。黙っていると、風の音とどこかで鳴っているモーター音しか聞こえない。人の声も、誰かの動く音なんかもない。誰もいない世界。

 みんな死んじゃった世界なんて、こんな感じなのかな。

 「そうだ、休憩もただ休むだけじゃなくてね」

 なんとなく浸っていたらユイさんに邪魔された。いや、いいんだけど。

 「……なんかダメだった?」

 「大丈夫です。休むだけじゃなくて、なんですか?」

 「そうそう、セルフチェックって言って、脈を測ったり、首筋を触ってみたり、あとは手をグーパーしてみたりして、体に違和感がないかを見てみるのも大事だよ」

 なるほど。見てみればエレナさんもリュックを下ろして肩をもんだりしている。いや、あれは単に凝ってるだけなのかな?

 「あまり激しいことしたら休憩の意味がないけど、でもこうやって落ち着いた時の方が異常に気付きやすかったりするからね」

 「たしかに、正直歩いてる時はそれで精一杯でした」

 実際のところリュックも割と重い。水だけでも数リットルあると考えたらまあ当然なんだけど。重い物を持ってるのだから体がしんどいのも当たり前、みたいにに思えてしまう。

 見よう見まねにユイさんと同じように体を動かしてみる。特に違和感はない……かな。少し体がだるいのと、肩や足がちょっと疲れてるけど、これはまあこんなものだろう。

 「大丈夫そう?」

 こっちを観察していたらしいユイさんに頷き返すと、ユイさんは一つ大きく息を吐いた。

 「よしっ、それじゃあそろそろ出発しよう!」

 エレナさんも頷いて荷物を背負う。それで僕も立ち上がり……。

 「どうしたの?」

 先に日向に出て日傘を広げたユイさんが首をかしげる。……一歩踏み出すと日陰ともお別れ、か。

 エレナさんが肩に手を置いて、諦めろと首を振る。……そうですよね。はい。諦めて日向に足を出す。刺すような日差しの熱が一気に体温を上げる。気がする。

 帰ったら日傘を買おう。うん。


 *****


 休憩を終えてからも相変わらず

 昼間外出中のやることといえば大体熱中症の対策だ。正確に言うなら、それに加えてそれぞれの目的に応じた活動を行う。つまり、今こうやって復習しているのは本当に基礎の基礎で、意識せずに行えるようにならないといけないものなのだ。

 「まあ、僕の場合外に出ることが目的だけど」

 「んー?」

 つぶやきがユイさんに聞かれたようだ。なんでもないと首を振る。ユイさんは「そう」とだけ言って、時間を確認している。下を見れば、ずいぶんと影が短くなっている。

 「もうすぐ一番暑い時間帯……なんですよね」

 「そうだねー」

 ……なんだか生返事。しきりに時計ばかり気にしているし、なんだか様子がおかしいような。

 いや、そうは言ってもユイさんは単独行動まで許されてるような人だし……。

 ――積極的に声かける感じで――

 ユイさんに言われたことを思い出す。ま、まあ別に間違えてたってきっと怒ったりする感じじゃないだろうし。

 「あ、あの」

 声を掛けると、ユイさんは頬を緩ませた。よかった。間違って――

 ユイさんはそのまま崩れるように倒れた。

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