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夜の国と免許

 試験問題を解き終わって、時計を見ればもうあと五分しかない。こうなってくると自分の解答を見直したってしょうがない。一応穴の抜けたところが無いことだけ確認して、周りの様子を伺う。

 真白い四角い部屋に並んだいくつもの机。一つ一つに二人ずつ座って、みんなまだ問題を解いているみたいだ。あるいは僕みたいに諦めてないで見直してるか。

 年齢もいろいろだ。男の人、女の人。僕よりも年上の人が多いようにも見える。でも親ほど離れている人は少ないかな。たいていの人は、きっと仕事で必要になったから来たんだろうな。

 「時間です。手を止めてください」

 監督官の澄んだ声が試験会場いっぱいに響く。その声を合図に、息を吐く音や誰かと話す声が広がり始める。ざわざわ。がやがや。そういうことを話す人がいない僕としては、なんとなく居心地がよくない。

 提出確認が終わったようで、監督官が自分に注意を向けるために拍手を二度打った。

 「はい。解答の回収が完了しましたので、皆さんにはこれから退出いただきます。試験結果につきましては、しばらく後にロビーの方で発表しますので、今しばらくお待ちください」

 そう言って去って行く監督官についていくように、みんなで出て行った。


 廊下は、なんとなく試験会場よりも涼しい。空気が澄んでいるんだろう。とはいっても、今は会場から出てきた人でちょっとしたごった返しみたいになってるけど。でも、待ち合わせは廊下だった。あまり流れてもしょうがない。んだけど。人の圧が。

 人に押されてぐにっと伸びてしまった右手をはっしと掴まれる。そっちを見ると、ユイさんがいた。そのままぐいっと人混みから引っ張り出してもらった。

 ロビーと逆側の、ちょっと膨らんだ渡り廊下みたいなところに出て、二人して一息ついた後、改めてユイさんの方を見ると、思ったより近くて、少しドキリとした。慌てるようにユイさんが掴んでいた手を離した。

 「あ、えっと、その。ちょっと強かった。ごめんね?」

 「え、いえいえ。むしろこっちのがありがとうございます。それに、試験対策も」

 「そうそう。どうだった?試験」

 どうだったかと聞かれるとなんだか不安になってしまうのが試験というものだと思う。とはいえ、教えてもらった手前あまり自信なさそうのも失礼かな。

 「まあ、そこそこです」

 そこそこってなにとユイさんの笑う姿が窓に反射している。『昼にすむ少女』も、こうやって夜の世界に来てしまえば、僕たちと何にも変わらない。幽霊と違って鏡にも映るし。

 なんちゃって。どうでもいいけどここの窓はなんのためのものだろう。こうも反射してると外の景色も見えないし。

 「ヨダカちゃん、どうしたの?」

 ユイさんが心配そうに僕の顔を覗いてきた。なんてことないこと考えてたら、どうも心配されちゃったみたいだ。

 「だ、だいじょうぶです。あと、僕のことはヨダでいいです。仲のいい人はみんなそう呼びます」

 「仲が良い……」

 あれ、引っかかったみたいだ。口に手を当ててる。

 「あの、嫌なら別にそのままでも」

 「あ、ううん、違うの。じゃ、そろそろロビーに行こ、ヨダちゃん」

 まあ、いいならいいか。今なら廊下もすっかり空いている。


 ユイさんに付いてロビーに行くと、試験会場に人たちがみんな居るみたいでベンチはどこも埋まっていた。

 「……なんか心配になってきた」

 不安な顔になってるんだろう僕をみてユイさんは笑った。

 「大丈夫大丈夫。別に人が多いからって落ちる人が増えるわけじゃないし。それにB試験は落ちる人の方が珍しいんだから」

 「それってつまり、落ちたら凄い恥ずかしいってことなんじゃ」

 ダメだ、なんだかネガティブな方に進んでしまっている。結果発表のディスプレイから目を逸らしていたら、ユイさんにバンバンと背中を叩かれた。

 「だーいじょうぶ大丈夫。全試験一斉に番号振ってるから、誰が何の試験受けてるかなんて分からないから」

 「でも、B試験は最初の試験だから、年齢考えたらやっぱりバレるんじゃ。僕より若そうな人もそんなに居ませんでしたし」

 「それって、私が老けてるってこと?」

 そういえば、ユイさんも今日試験って話だった。

 「……いやいやそういう訳じゃないです!」

 慌てて否定すると、ユイさんが舌を出してから笑った。からかわれたのかな。まあいいか。

 そんなどうでもいい話をしていると、ポーンと音が鳴った。

 「あ、出るよ」

 周りもなんだかざわざわしてきた。いや、僕の心臓の音かな。ううん、どっちもか。

 長い。いったいどれだけ待たせるんだ。いや、本当はそんなに経ってないのかな。もう一度自分の番号を確かめる。315-051番。ユイさんが言うには後ろだけ気にすればいい。51番、51番。

 ぱっとディスプレイに数字が並ぶ。51番、51番、51番。

 「あっあった」

 ユイさんと声が合った。そして目を合わせる。

 「そっちもあったの?」

 「はい。ということは」

 「うん。私もあった」

 ユイさんが両手を上げてこっちに向けてくる。ハイタッチかな。パチンと合わせると、ユイさんがんふふと笑った。

 「ようこそ、『昼の世界』に」

 「はい。これからも色々教えてくださいね」

 こうして、僕は昼間外出許可を手に入れたのだ。


 *****


 話をちょっと前の頃に戻そう。『昼に住む少女』を探してる時に見つけた、切られたひまわりの花を持ち帰る途中、僕は女の子とすれ違った。もう夜が明けようというのに、まるで外に出ようとしているその子のことが気になって声を掛けようとすると、なんとその子の方も声を掛けてきた。どうもひまわりの花を切ったのはその子らしく、しかもこれから外に出ようと言うのだった。僕は僕で帰るところだったし、後日また話をしようということで連絡先だけ交換して、その日は別れた。


 そして次の週末。ついにその少女、ユイさんとちゃんと出会うことになった。でもよく考えたらなにを話せばいいんだろう。いやでも、どういう訳か向こうも会いたがってたみたいだし、あっちからなにか話題を振ってくれるかも。

 待ち合わせのお店に行くと、ユイさんがすでにカフェテラスのテーブルに座っていた。

 「すみません、お待たせしましたか」

 「え、あ。ううん?そんなことない。私もさっき来たとこだし」

 そう言うユイさんの手元にあるカップはすでに空になっていた。僕の視線を察したのか、そっと手のひらでカップにふたをした。目が合う。苦笑い。

 「あはは……。その、喉渇いちゃって。すぐ飲んじゃった」

 まあ、僕としてはあちらが気にしないならなんでもいいんだけど。ひとまず向かいの席に失礼させてもらおう。

 ……沈黙。ど、どうしよう。ユイさんも空っぽのカップに口付け始めちゃった。

 「そうだ注文。あの、メニューは」

 ユイさんに尋ねると店員さんの方を見た。店員さんを呼ぶとそっとメニューを渡してくれた。見てみると、思ったよりメニューが多い。気になってるお店だったからついでに待ち合わせ場所にしちゃったけど、どうもコーヒーに力を入れてるお店らしい。

 「えっと……ごめん、名前なんだっけ」

 「え、あ、ヨダカです。ヨダカ・キサラギ。そちらは、ユイさん、でしたよね」

 一応確認。ユイさんは嬉しそうなにっこり顔で何度か頷いた。

 「凄い、名前覚えるの得意なの?私はダメで……じゃなくて、このお店来たことある?」

 「いえ、初めてですけど」

 「じゃあ……コーヒーは好き?」

 普通に飲みはするけど、正直好きでも嫌いでもない。あんまり飲み過ぎるのもダメだって話だし。ユイさんはうんうんと頷く。それで、顔をこっちに寄せて、ひそひそ話を始める。

 「それならね、コーヒー以外にした方がいいよ。正直、ここのはあまりおいしくない」

 「こんなに種類があるのに?」

 「おいしくないから、種類があるのかも。どれか一つくらいおいしいかもって、確かめたくなるでしょ?」

 なるほど、妙な説得力がある。ここはアドバイスに従って、コーヒー以外にしてみよう。……と思ったら今度はあまり種類がない。今日は冷たいものがよかったので、オレンジジュースを頼むことにした。あとはサンドイッチでも頼もう。ユイさんも一緒にスープを頼んだ。


 二人の食事を終えると、また沈黙が始まってしまった。ううん、このままじゃいけないよね。

 「あの、」「えっと」

 声がかぶった。

 「どうぞ」「先に」

 またかぶる。このままだと一生続けることになりそう。意を決してこちらから話そう。

 「あの、あのひまわりを摘んだのって、ユイさん。なんですよね……」

 「うん。私が許可を取って手折った。熊が入ってきてて、たぶんそれでやられたんだと思う」

 「熊……」

 もう動物園の中にしか居ないものだと思ってた。

 「え、というか、もしかして会ったんですか?熊に」

 「あー、うん。まあ。何かしたわけじゃないけど」

 どこか言いよどんで頬をかいている様子を見ると、きっと本当は「何か」をしたんだろう。凄いなぁ。

 「そ、それより。聞きたいことは別にあるんじゃないの?」

 「そうでした。あの、なんで摘んだひまわりを残していったんですか?廃棄するのが決まりだったはずですけど」

 「え、そうなの」

 あ、別に理由があったわけじゃないみたいだ。ユイさんはまた目を逸らして頬をかき始める。たぶん癖なんだろうな。

 「いや、なんというか。せっかくきれいに咲いてたのに私だけ見るのもどうかなーと思って。というか、捨てる決まりなら持って帰ったのも良くなかったんじゃないの?」

 「あ、いやすみません、決まりというか原則ですね。だから、別に許可も取れますし、守らなくても罰則はなかったと思います。ただまあゴミとして扱われるので、普通は捨てるんです。」

 罰則がないというところで、ユイさんがあからさまに安堵した。分かりやすい人だ。

 「そっかー。じゃあそれで持って帰ったわけなんだ。でもなんで持って帰ったの?結構大きくて邪魔でしょ?」

 「まあ確かに大きかったですけど。でもきれいだったので。なんというか、他の花と違ったというか、昼間のエネルギーがそのまま残っていたというか……」

 しまった。また変なことを言ってしまった。ユイさんの方を見るとなにかうつむいて震えている。やっぱり引かれた

 「そう!そうなんだよね、やっぱり。ひまわりは昼に見るのが一番だよね。他の景色ももちろん全然違うんだけど特に花は別格でね、あ、もちろん夜の方がいい花もあるんだけど多くは昼間に咲くようになっててね、やっぱり太陽のパワーを欲しがってるんだと思うんだけど。そうそう、太陽のパワーといえばひまわりの花がなんでひまわりって言うか知ってる?って」

 急に早口でまくし立てたユイさんは、僕の様子を見てちょっと浮いた腰を椅子に戻した。

 「ご、ごめん。興味ないよね、こんな話」

 「い、いえ。ただちょっと、その。早口すぎて頭に入ってこなかったというか」

 引かれるかもと思ったら逆に引いてしまった。なんというか、気まずい。

 「つ、つまりですね。昼の話に興味はあるんですけど」

 顔を明るくして口を開いたユイさんを止める。このままだとさっきの二の舞になりそう。

 「とりあえず、何か飲みながらにしませんか?からっぽですし」

 「そ、そうだね。すみませーん」

 店員さんを呼んでお水を注いでもらった。たぶんこれでさっきよりは落ち着いて話ができるだろう。


 ユイさんは水を一口飲んで、ゆっくりと息を吐いた。

 「えっと、それで、なんの話だっけ」

 このままだとなんだか堂々巡りになりそうだ。話を進めよう。

 「あの、変なことを聞いても良いですか?」

 「変なこと?それって」

 「あ、えっと。突拍子もないことというか、そんな感じの意味で」

 ユイさんは少し怪しみながらも頷いたので、意を決して尋ねる。

 「あの、『昼に住む少女』って、ユイさんじゃないですよね」

 「『昼に住む少女?』」

 どうも知らない様子だったので、簡単に説明する。といっても言葉の通り、昼に起きて夜眠る、そんな少女の話だ。

 話を終えると、ユイさんは小さく笑った。

 「残念だけど、私じゃないと思う。確かに私も昼に起きて夜に眠ることは多いけど、ちゃんと夜に働いてる立派な夜の国の市民です」

 ……まあ、そうだよね。でもそうするともっと気になることが出てくる。

 「あの、それじゃあユイさんはどうしてわざわざ昼間に出かけるんですか?」

 尋ねると、さっきまでのテンションはどこへやら、ユイさんは途端にげんなりとした顔になった。

 「あ、いやその。いいとか悪いとかじゃなくて、単純に何かあるのかなーって」

 「そういえばさっきも興味あるって言ってたし……」

 ユイさんはぶつぶつなにかつぶやいたと思ったら、急に水を飲んでにっこりと笑った。

 「ごめんね、なんというか、そういう質問よくされてたことがあって。ちょっと思い出しちゃった」

 まあ正直理由もなく昼に外出する人が居たら僕だって変な人扱いしちゃうだろうな。あるいは、よく分からない理由だったら。

 ユイさんの方は機嫌を直したようで、どうもその理由を考えている様子。

 「うーん。楽しいから、かな」

 ……正直、よく分からない理由の方だ。たぶん、ユイさんにも伝わったんだろう。なんとなく慌てだした。

 「いや、楽しいんだよ?本当に」

 「でも暑いですよね。それこそ、死ぬほど」

 「そりゃまあ、暑いけど。でもたぶん分かってもらえると思うんだけど……そうだ!」

 ユイさんはがたんと立ち上がる。

 「ねぇ、取ってみない?ライセンス」

 「ライセンス、ですか?」

 「そう!分からないならやってみればいいと思う。だから、ね?」

 そうやってあのひまわりみたいににっこり笑って、テーブル越しに手を差し伸べた。その手を、僕はうっかり取ってしまった。

 だって気になってしまったんだ。どうしてわざわざ昼に出かけたりするのか。

 この人が、いったいどんな世界を見ているのか。

 なにをそんなに素敵に思っているのか。


 *****


 と、いうわけで。僕はどういう訳かユイさんとしばらく勉強をして、昼間外出の許可証を取得することになったのだ。というか、その為の試験を受け、そして合格したのだった。

 ついで、という訳ではないと思うけど、ユイさんも同じく昼間外出のインストラクターの資格試験を受け、こちらも合格した、というのが冒頭のあらましなのだった。


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