昼間の少女の話・後
急に駆け出したロボくんを追いかけてたどり着いた場所には、ずんぐりむっくりした毛むくじゃらが警備ロボットに囲まれていた。ロボくんもその輪の中に入っていく。
「あれは……熊?」
珍しい。というか。これって、結構危ない?
「あ、動物除け動物除け」
いや、もう気付かれてるなら無駄なんだっけ。というか、でかい。
あ、目が合った。
蛇に睨まれたカエルって、こんな感じなのか。
「あ、えと」
ぎゅっと手に持った鉄パイプを握る。
そうだ、今の私には武器がある。
鉄パイプと日傘を構え直して、熊に正対する。
――やらなきゃ、やられる。
つばを飲んでじりじりと距離を詰める。
警備ロボを挟んで鉄パイプの間合いに入ったところで大きく振りかぶり、横薙ぎに殴ろうとする。。
「えいやあああああああーーー!!!」
しかし、振りかぶったのが災いしたか、開いた日傘が抵抗になって大きくバランスを崩した。そして私の攻撃は空転し、勢いそのままに意図せぬ所に向かってしまう。
そう、私の一番近くににいた警備ロボット、これまで一緒に歩いてきたロボくんに直撃してしまったのだ。
軽い金属音とが鳴り響く。殴られたところがへこんだロボくんは横転し、だんだんと周波数が落ちていくような機械音を出してそのまま動きを止めてしまった。
「ろ、ロボくーーー――ーーーん!!!!!」
その場に崩れ落ちてロボくんをなでようと触る。
「あつっ」
思いの他の熱さに怯んでる内に、稼働中であることを表していたロボくんの光る目もやがて小さくなっていき、そして消えた。
「そんな……」
私のせいで、ロボくんが……。
ってそういえば熊!
顔を上げると、他の警備ロボットが音を立てながら熊を追い立てていた。それはそうか。これがこの子たちの仕事だもんね。
「私が余計なことしちゃったからだよね……」
そうして私はため息をついた。このこと、報告しないと……だよね。
*****
「……事情は分かりました」
警備部に電話すると、さっきの受付の人が出たみたいで、無愛想ながらも頭ごなしに怒るようなことはなかった。
「あの、弁償とかって……」
「まあ……今回の場合は対動物との事故で済ませられると思います」
そっちもよかった。正直、警備ロボットの修理費用なんて払える気がしない。
「ただ、野生の動物に近づくのは大変危険ですから、以後ぜっっったいにしないよう」
「はい……」
「最悪の場合、昼間外出許可の取消しですから」
「はい!気を付けます!」
それは嫌だ。なんでまた貴重な休みを講習とかに割かなきゃいけないのか。いやそうなったとしても自分が悪いんだけど。
「それじゃあ、反省しておいてください」
「はい。すみませんでした」
電話が切れる。はぁー。なんとなく張っていた気が解けた。その場にへたり込んでしまう。それで喉が渇いているのに気がついて、お茶を口に含む。
「キミもゴメンね」
もう撫でようとはしないけど、ロボくんにも申し訳ないことをしたものだ。まあ、でも過ぎたことはしょうがない。
それよりも今日の目的地だ。
立ち上がって前を見ると、もうひまわり畑は目の前だった。小走りに近寄る。
「うわぁ……!」
私よりも背の高い、黄色が鮮やかな花々が一斉に空を見上げている。身に刺さるような日の光を全身に浴びて、そのエネルギーを使ってきらめくように輝いている。
「きれい……」
思った通り、ううん、思った以上だった。なんだったか、無理矢理連れられてひまわり畑を夜に見たことはある。でも、でもその時とは全然違う。
「何よりも着飾っているのは野に咲く花、か。……うん」
昔なにかで聞いた話を思い出した。でも、確かにそう思わせるほどにこのひまわりはきれいだった。
何よりも鮮やかな黄色。どこまでも深い緑。覗いても終わりが見えないほどの茂みが作る闇。アクセントに時折見える茶色。その全てが彼女たちのドレス。それを照らすスポットライトが日光。
なんという贅沢だろう。付け足すことも、無理矢理捨てることもしない。それでいてこれ程までに調和している。
「……ん?」
よく見ると一つ、すこし違うものがある。近寄って見ると、種のできるところに傷があった。
「ひどい……」
三の字を書くように、三つの筋が入れられている。さっきの熊にやられたんだろうか。でもこんな丁寧に?
まあ何でかは分からないけれど、これでは種も作れないだろう。たしか、こういうときは切り捨てるんだっけ。
可哀想だけど、他の子達に栄養を与えるためだから、仕方がない。一応連絡はしておこう。
状態を見せた上で許可をもらい、花を手折る。でも、この花はどうしようか。傷がついてはいても、きれいに咲いている。
「とはいえ地味に大きいから持って帰るのも難しいし……」
うん、飾るしかないな。
そうはいってもこれはこれで難しい。なんせさっき付け足さないのがいいと思ったばっかりだ。
「ここ……いやここかな」
いろいろ置いてみるが、なかなかしっくりこない。
ちょっと喉が渇いてきた。あまりよくない傾向だ。
「よし、ここ!これで良し!」
結局もとあった茎の根元において、水を口に含む。
「……ん。まあ悪くないんじゃない?」
飾らない、と言う意味では自然な位置取りになったように思う。
……まぁ、誰が見る訳でもないんだけど。
「……よし、帰ろう」
もう日もてっぺんを過ぎ、これから傾こうとしている。帰るにはいい時間だ。
今日の収穫はなかなか悪くなかった。……まあ、持って帰れるものじゃないけど。それでもいい思い出だ。
本当は誰かと……いや、それは今じゃ過ぎた願いだろう。それに、私しか知らないっていうのも悪くない。きっと。
結局あのあとマークからもらったひまわりの花を持ったまま、こうやって地下の通路を歩いている。考えてみればカバンとかなんて持ってきてなかったのだった。
「――だったんだけど、ヤバくない?」
「うーん、でもまあそんなものだと思うけど。」
「そうかなぁ。」
相変わらずマークは他愛もない話をしている。他愛もない話においてはマークの右に出る者はいないんじゃないかとさえ思える。
ひまわりの花を手で遊ばせながら適当に相づちを返していると、前から歩いている人が見えた。
その人は、昨日にも見たあの女の子だった。昨日は気付かなかったけど、リュックを背負っている。
もしかしたらこの人が、この花を摘んだのかもしれない。
……どうしよう、聞いてみようかな。
*****
よし、準備OK。今日もばっちし。
今日は警備ロボについて行ってみよう。まだ見たことない所に行けるかもしれないし。
赤い光が照らす地下通路を通り、受付へと向かう。ちょっと早く出すぎたかな。まあ受付前で休めばいいか。
こうやっていろんな人とすれ違っていると、複雑な気持ちになる。この人たちはまだあの景色を知らないんだよね。
その中の二人組……というか、一人に目が行った。あれ、あの花って。
*****
「ねぇ!」
「あ、あの。」
すれ違いざま、思わず声を掛けた。
声がかぶって、ちょっとだけドキドキした。