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昼間の少女の話・前

 「私はD-03B48A5、ユイ・E・フィッシャーです!あ、こちらが昼間外出用の許可証と印紙」

 私は受付に諸々の書類を提出する。印紙は高いものではないけど、ただ外に出るだけで必要になると考えるとちょっともったいないように思える。

 受付の人は印紙と一緒に出した書類を眺め、私の装備を見せるよう促してくる。前には飲み物が足りないと言われて突き返されたこともあったけど、いまはもうそんなヘマはしない。

 「最大活動予定時間十二時間ですね」

 「はい」

 「低刺激の飲料は3リッター。塩分に非常食。……少し多いですね」

 「あ、そっちはお昼ご飯です」

 受付は納得したように頷いて、検分を続ける。

 「緊急連絡用の通信端末に保冷セット」

 「それに帽子に日傘と動物除け」

 言葉を先に取ると受付の人に睨まれた。おおこわ。自分のリズムを崩されたくない人らしい。

 「はい。大丈夫ですね。それじゃあ……今が午前六時ですから、午後六時には帰ってくるように」

 「はーい。たぶんそれよりは早く帰ると思います」

 受付は顎で出口の方を指し示す。早く行けってことらしい。嫌がらせにうやうやしく礼をする。

 「それじゃあ、お休みなさい」

 「はい、気を付けて」

 なんだかんだ悪い人じゃなさそう。まあいいか。風除室に入って日傘を開く。

 外への扉が開いたときに、目をやられないようにしないと。


 扉が開くと、むあっとした空気が体にまとわりつく。心地悪い雰囲気だけど、時々それが欲しくなる。そんなときは、こうやって目を刺すような光の世界に足を踏み出す。そうじゃなくても外に出ることあるけど。

 「あっつぅ……」

 分かっていてもついつい言葉に出てしまう。本当に暑い。日傘を差してこれなんだから、直射日光に当たったらどれだけのものか。

 目の前にあるのは、昇り始めた太陽が照らす誰もいない街。いろんな建物はあるけれど、そのどれにも今は誰もいない。もう見慣れたものだけど、そういう事実が私を不思議な気持ちにさせる。

 さて、日が高くなる前に広間まで行かないと。


 お茶を飲みながら日の高さを確認する。この感じだと……一時間は経っただろうか。今日は天気がよすぎる。あと一、二時間もしたら長い休憩を取らないといけなさそうだ。

 まだ建物に影がついている。光をよく反射する白い建物たち。こうやって立っていると、小さい頃にみた昔の人の絵の中に入ったみたいに思う。

 ……だめだ、ちょっと熱を持ち始めている。日陰はあまりないけれど、日傘を立ててちょっと休もう。


 看板掛けに日傘を掛けて、できた影の所に座り込む。

 タオルで汗を拭いたあと、冷感ジェルを首と肩、それと手首に塗る。誰もいないんだから体中に塗ってもいいかもしれないけど、なんだろう。それはなんだかちょっと恥ずかしい。

 保冷バッグに入れていたミントティーを口に含むように飲み、一息つきながら帽子を扇子代わりにして体を扇ぐ。冷感ジェルは体が冷えるわけではないから、しっかり扇がないと。

 休んでいると警備ロボットが巡回に来た。にこっと笑って手を振ってやると、くるりと一回転して去って行った。お茶目な奴だ。

 さ、そろそろ行こうかな。


 目的地の広間に出ると午前八時。ちょうどいい時間だ。

 この広間にはちょっとしたベンチがある。珍しくも屋根付きなのだ。なので、この辺で昼歩きをするときは、最初の長い休憩場所にしている。遠さもちょうどいい。

 私は間食用のケーキバーを取り出して、ひとかじりする。ちょっと混ぜてある塩が甘みを強調しておいしい。パサついてるのが玉に瑕だが、その分お茶を飲めると思えば悪くない。

「ふぅー」

 日陰に来てもまだ暑い。空をみれば、強いコントラストで雲が浮かんでいる。さて、今日はどこまで行こうか。


 *****


 このあたりはどうやら食事街のようだ。こういう人が集まって来るところだと、誰もいなくてもなんとなく熱気がある。もちろん太陽の暑さではない。

 なんというか、こういう場所の方がより静かなんだ。夜間の喧噪が聞こえそうな雰囲気なのに、本当に聞こえるのは自分の息くらい。たぶん、そういうのが静かに思わせるんだろう。

 ……うーん、熱がこもると変なこと考えちゃう。けどこの辺はどうも休めそうな所はないなぁ。

 地図を出して確認する。ここは二丁目か。たいてい食事街の近くには……あった。食事を買ったら食べる広間があったりするものだ。

 ここで、またちょっと休憩しよう。


 残念ながらここには屋根付きのベンチはないらしい。まあそれはしょうがない。また地べたに座るしかないな。これ以上荷物を増やすのもアレだけど、今度からレジャーシートを持ってこよう。

 傘をへりに引っかけて、壁にもたれかかりながら座る。もうかなり日が高くなってきた。こうなってくると影がどんどん無くなっていく。それと一緒に現実感もなくなっていく。

 いけない。額に手を当てるけど、よく分からない。鞄にある、溶けかけの氷を少し割って口に含む。ここまで来るともうジェルを塗っても意識もはっきりしないだろう。服を開いて首と腿にも保冷剤を巻いていたタオルを当てる。

 「んっ……」

 ぞくりとする。でも、それが体を冷やしてる。お茶を飲んで、生き返った心地になる。ついでに塩分も取っておこう。でも、目の前の風景に現実感は戻らない。

 「ふぅー。……ふふ」

 なんだか分からないけど、笑いがこみ上げてきた。余裕ができてきたのか、余裕がなくなったのか。まあ、どちらにしても悪くない。

 ちょっと、歌でも歌ってみようか。


 *****


 気付くと、警備ロボットが隣に一つ。こいつはひょっとすると……聞いてたのかな。そう思うとなんだか恥ずかしくなってきた。

 慌てて服を整えると、それに合わせるようにロボもどこかに去って行った。あるいは移動しないのをみて、安否確認をしていたのかもしれない。そうだろう。きっとそうに違いない。

 この警備ロボたちは全自動のはずだ。だから誰にも聞かれていない。もしかしたら録画とかしてるかもだけど……でもなにもなければ誰も見ないはずだ。

 「よし!」

 気にしない!忘れた!次に行こう!


 立ち上がって次の目的地を考える。そうだな……畑の方に行くのもいいかもしれない。この時期だと花が咲いているはずだ。太陽の下で見る花はどうだろう。きっときれいに違いない。

 地図を取り出して見ると、しばらく行ったところにひまわり畑を見つけた。よし、ここに行こう。

 ただ、どう見てもかなり時間がかかりそうだ。立ち上がっておいてなんだけど、やっぱりここで昼食にしよう。

 座り直して、位置を調整してからお弁当を広げる。

 それでは、いただきます。


 食べ終わった昼食を片付けて、もう一度地図を広げる。

 「さーって、ひまわり畑へのルートはーっと」

 うーん、正直なところこっちの方ってあまり来ないからマッピングが進んでないんだよね。ルート中に広場はいくつかあるけど、どこが休憩できるかが分からない。なるべく屋根とかベンチとかがあるところに行きたいんだけど。

 ……うん、分からないことをいつまで考えてもしょうがない。数打ちゃ当たる作戦で行こう。

 ルートにペンで印を付けて、曲がるポイントを頭に入れる。……よし。ひとまずはこれで出発だ。


 *****


 ふーんふふふーんふふーんふんふーん。

 鼻歌交じりに日傘を回しつつ歩いていると、また警備ロボットがこっちに寄ってきた。

 まあ、無害な観客と思って歌の披露をしてあげよう。今度は服もまともだし。

 「さあロボットさん、どんな曲がお好みですか?」

 返事はない。分かってたけど。首をかしげているように見えるのは、私の勝手な妄想だろう。そもそもこのロボットに首はない。

 「それじゃあ、私の十八番のやつを。歌います、『雪の女王』。あ、歩きながらだからついてきてね」

 それで私は歌いながら歩いた。幸せの国に住む雪の女王の孤独を。


 どうしてこの曲は陽気なテンポなんだろう。歌うときにいつも気になる。この寂しい曲を明るく歌い上げると、いつも目頭が熱くーー。

 「……ま、そりゃそうか」

 振り向いても、かすむ視界に例のロボットはいなかった。ま、アイツだって仕事の途中だったんだからしょうがない。

 私もそろそろ休む場所を見つけないと。お茶を口に含んで、次の曲がり角を思い出す。


 三つ目にたどり着いた広間には、うまいこと屋根付きのベンチがあった。よしよし。ここで一休みすることにしよう。

 「お、しかもちょうどいい位置だ」

 ベンチに腰を掛け、地図を広げて情報を書いていると、思ったより近くにひまわり畑があることに気がついた。まあ目指して歩いてるんだから近づいてるのは当たり前なんだけど、ルートに沿って歩くときは割と目的地までの距離を忘れがちになる。

 どちらかというと、帰還点の方が気になる。どれだけ離れてるのか。『万が一』には何分で救助が来るか。そんなことは、もう気がついたときには計算してるようになった。

 幸いまだそんな事態にはなったことはないけど、危ないところまでは行ったこともある。

 やっぱり、仲間が欲しいなぁ。でもただでさえ職場でも変わった子扱いされてるのに、「一緒に昼に歩かない?」なんて言ったら完全に変人認定されてしまう。

 「あー、もう。やめやめ!」

 帽子で扇ぐのをやめて、体を折りたたむとベンチの下に鉄パイプが落ちていた。日傘の半分くらいの長さのもので、思ったよりも軽い。

 そうだ。こういう暗い感情が来たときは体を動かすに限る。

 「たしか……こんな感じで」

 前にテレビで見たように、鉄パイプを回してみる。……ちょっと手首が硬いけど、うん、回せる。

 次は回しながら左手に持ち替えて。おっと。

 からんからんと乾いた音を鳴らして転がっていく。慌てて日傘を差しながら拾いに行く。

 「ふむ。要練習ですな」

 知った風な口をきいても一人。いやダメだダメだ。日陰に戻ってお茶を一口。

 「よし、早くひまわり畑に行こう!」

 誰に言うでなく宣言した。あ、独り言増えてきてしまった。まずいまずい。独り言は癖になるんだ。


 ******


 私は結構負けず嫌いだと思う。こうやって鉄パイプを振り回してると特にそう思う。

 「あっ」

 また落としては拾いに行く。

 「やっぱりさすがはプロといったところなのかな」

 いやいや。短時間とはいえ私も少しは上達してきている。それに日傘のハンデ付きだ。そう考えれば悪くはないだろう。

 ふと隣をみると、また警備ロボットが来ている。今日はよく見かける。

 どうやら進行方向が同じのようだ。

 「よし、キミの名前はロボくんだ。キミは裏切らないでよ?」

 そもそもさっきのロボにしたってちゃんと約束したわけじゃないから裏切るもなにもないけど、細かいことは気にしちゃダメだ。

 ともあれロボくんと一緒に歩きながら、バトントワリングの練習みたいなことをする。

 回転すると日傘に振り回されてついついバランスを崩してしまう。

 「()っ。っと、ゴメンね」

 ついついロボくんに手をついてしまう。気付いたけど、この子高さがちょうどいいな。

 「乗せてってくれたら助かるんだけど、やっぱりダメだよね?」

 それにちょっと……というか結構熱かった。まあ直射日光を受けてるんだから当然か。

 「それで、キミはどこまで行くのかな?」

 尋ねても当然反応はない。今度はこの子たちに着いていくのも面白いかもしれない。

 と、唐突にロボくんがビービー鳴り出した。

 「あ、ちょ、ちょっと!」

 ロボくんが駆けだして行ったので慌てて着いていく。方角的にひまわり畑の方だ。


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