夜の国の話・後
広場の子ども達の一件以降、とくに『昼に住む少女』の手がかりらしいものにも出会えず、夜食を済ませて午前にはマークと別れた。マークは別に一緒でもいいと言うけど、きっと一人の方が探しやすいところもあるだろう。一応見つかったら話くらいは聞くと伝えた。
さて、一人になって何をしようか。
することがないのでベンチに座って空を見上げる。さっき見上げたよりも星が減っている。もちろん見える量の話だ。
昔は今よりももっともっと星が見えていたという。暑くなりすぎた昼を捨て、活動しやすい夜か、時間の関係ない地下でしか生きられなくなった人々は、夜に地下に灯りをともし、代わりに星を失った。
なんて、ちょっとクサすぎかな。でも昔の本で見る星座なんかがほとんど見えないのは時々ちょっと残念に思う。
……もしかしたら『昼に住む少女』は何か知っているのだろうか。昔の人と同じように暮らしている彼女は、もしかしたら昔の人と同じ実感を持っているのかもしれない。
なんてそんなのあり得ないか。もしも仮に本当に昼をまだ捨てていない人間がいたとしても、街にいるんだったらその人だって見上げる夜空は同じなはずだ。
このままベンチに座ってると突拍子もないことに考えが行きそうだ。それで、またマークに馬鹿にされる。別に嫌っていうほどのことじゃないけど、誰だって好きで馬鹿にされる人はいないだろう。
「……よし」
勢いをつけてベンチから立ち上がる。特に行くあてもないし、もうちょっと散歩でもしてみよう。
*****
花の匂いが香ってくるころ、人だまりを見つけた。このあたりの畑に人が寄ってるなんて珍しい。
「あれ、マーク」
「お、ヨダ。寂しくなったのか?」
「バカ」
適当にいなしながら様子をうかがうが、人の壁が厚くて何があったのかよく分からない。
「何があったの?」
「いや、なんでも警備ロボがボコボコにされたとか」
警備ロボットが!?
「動物にやられたんじゃないの?」
「そんなんじゃなくて……なんというか、金属同士が当たった感じらしい」
警備ロボットは昼間にしか出ていない。つまり、本当に誰かが昼間に出ている……。
生唾を飲み込む。しかしマークは思ったより乗り気ではない。
「どうしたの?例の少女の証拠じゃん」
「いや、昼間に外に出るのは届け出さえ出せば誰だってできる。これだけじゃ昼に住んでることの証明にはならん。これも鉄パイプのと一緒さ」
思ったより冷静。なんか悔しい。
「じゃあどういうのが証拠になる?」
「うーん、例えば野営跡とか?あとは盗難の形跡なんかもそうなると思う」
「盗難?」
「なんせ昼間はどこも閉まってるからな。食事を手に入れるのに一番手っ取り早いのが盗みだろ?届け出を出した人間だったら帰ってくるときに持ち物検査を受けるしな」
言えてる。しかし、マークは何でも知ってるみたいに話すな。
「ちなみに人間が昼間を捨てたのはいつ?」
「俺は歴史を捨てた」
あ、はい。
しばらくすると人がはけてきて、ロープで覆われたところに倒された警備ロボットが見えてきた。
「あ……」
確かに、動物がやったとは思えない。円筒形のボディに、バットで横殴りされたみたいなへこみが付いている。
「これだと暴走してどっかにぶつかったって感じでもないな。それこそ鉄パイプで殴られたみたいな……そうか鉄パイプ!」
マークはにわかにテンションを上げた。
「子供達の鉄パイプを使ったんだ!この細さだったら十分あり得る」
「でも、少女って感じでもなさそうじゃない?こんなのを一撃で倒すって」
「いや、こいつらって意外と中身はないから、後は強度と体の使い方だな。それにへこみの角度からいって、俺みたいな身長はなさそうだろ」
僕としてはできるできない、というよりも信じたくないって気持ちだけど。
しかし、どうしてこんなことを。
「うーん……ストレス発散とか?でも一発分しかないし、どっちかというと事故っぽいよな」
「まあ、追われて対処したとかかもしれないけど、だったらもっとたくさんロボが落ちてるだろうし」
推測はたつものの、結論は出ない。
「……帰るか」
「……そうだね」
名残惜しいが、どう考えても材料不足だった。それで帰ろうとしたところで、
「うん?」
ロープで囲まれた先、ひまわり畑の手前になにかが落ちているのを見つけた。
「どうした?」
「あれ」
近づいてみると、それはひまわりの花だった。花の部分だけ切り落とされ、まるでそれに気付いていないように無邪気に咲き誇るひまわり。
「同じ人がやったのかな」
「さあ……。だが、それならまあ説明は付くな」
曰く、ひまわりを盗もうとしたが、警備ロボットに見つかりそうになり、慌てて倒して逃げていった。
「でも、種のないひまわりなんか盗むかな」
「ま、そこだよなぁ」
マークもそこが気になっていたらしく、頭をガシガシと掻いてごまかしている。
「けど、これは勝手に落ちたものじゃない。明らかに誰かにちぎり取られた跡がある」
マークが花を持ち上げる。他の花々と同じような高さに上げられたそれは、不思議と他の花よりも美しく見えた。
「あー、なるほど。ちぎり取るのも当然だな。中が傷ついている」
実を成さない花はちぎるのが決まりだ。でも、それでも。
「きれい……」
「は?なんだ気持ち悪い」
言葉に出てしまっていたようだ。
「い、いや、なんか他の花よりエネルギッシュというか。まさしく昼から切り取られた花というか」
「普通に考えて今咲いてる花の方が元気だろ」
マークはいぶかしみながらも手に持つ花と、いまだ咲き誇る畑の花々を見比べる。
「……分からん!」
「そ、そうだよな。ごめん変なこと言って」
と、乱暴にひまわりをこっちに投げてきた。落としそうになりつつもキャッチする。
「やるよ。どうせ落ちた花には誰も興味持たないだろうし」
「でも、例の少女の手がかりかも」
その言葉を聞いて、マークは自嘲気味に笑った。
「そうだとしたら、その子もその価値が分かる奴に持ってて欲しいだろうよ」
「そう……そうかも。じゃ、遠慮無く」
とはいえ、これはどうしようか。見つかったときの言い訳が面倒だ。と思ってたらマークが何やら電話している。
「ん、事情話して許可も取れた。これで何ら隠す必要なし」
何から何までやってもらってなんだか申し訳ない。
「あ、ありがとう」
「なに、代わりに明日も付き合えよ」
「それくらいなら」
喜んで。
帰り際の地下通路で、ひまわりの花の匂いを嗅ぐ。昼間の世界から切り取られた匂い。
この花が最後に見た世界はどんなだっただろうか。美しい花が見たものなのだから、きっとそれは美しいのだろう。