夜の国の話・前
ドーン、という大きな音がドーム中に鳴り響く。
その音を合図にみんな帰り支度を始めている。
「おい、早く帰るぞ。ちんたらしてっと寝る前に夜が明けちまう」
「……分かってます」
ドームは朝支度のためにどんどん窓にシャッターがかかっていく。
その音に囃されるように、僕たちはドームを後にした。
赤色灯に照らされた地下通路を歩きながら、途中で合流したマークと他愛もない話をする。
疲れているから、正直なところ黙って歩きたいけど、マークは僕が黙ってても話し続けるから、適当に相づちを打っていた方が精神衛生上良い。
「んでさ、畑にこーんなでっかい虫がいたの。信じられる?」
「まああの辺は電灯も近いから育ちやすいんでしょ?」
「でも虫だぜ?突然変異だって」
ふと通路を逆走するように歩く人とすれ違う。どうも女の子のようだった。
「ねえ今の」
「ん?地下の国の奴じゃないの?」
確かに、あっちには地下の国に続く分かれ道はあった。でも、それだと僕らと似た服だったのが気になる。あっちの服はまた違う雰囲気だと聞いたことがある。
「そう……なのかな」
少し考えながら歩いてると、ニヤニヤ顔でマークがこちらを見ていた。
「……なに」
「いーや?あそだ、こんな噂知ってる?」
マークはわざとらしく一呼吸置く。
「昼に住む少女」
「ダウト。そんな噂信じられるわけないじゃん」
「いやでも昼に歩いてる少女がいるって話はけっこうあったんだよ」
「それならまああるだろうけど、でも昼なんて暑いし体内時計狂うしで良いことないじゃん」
「だから噂になるんだって」
「昼勤のやつだったんじゃないの?」
僕の否定的な態度にマークはため息をついた。
「分かってねぇな。一見無意味なことをしている不思議な少女。そこに浪漫を感じないでお前はどこに娯楽を求めるんだよ」
くだらないことを話しながら分かれ道を付いてくるマークを止め、正しい方に帰してやった。いつまで同じ地区に住んでるつもりになってるんだか。
食事を済まして部屋に帰ると、もうブラインドも閉じて寝る準備もバッチリになっていた。このまま眠ってもいいけど、その前に日記を書かないと。
いつもとあまり変わらない日々を過ごしてるから、その分違ったことを書かないと本当に同じになってしまう。
例えば仕事中のエラー。例えばマークの与太話の内容。例えばすれ違った女の子。なんでもいいからこうやって文字にすると、一日一日を刻んでいる気持ちになる。
さ、書くこと書いたんだからもう寝よう。明日はせっかくの休みだ。
*****
強い照明の光とスピーカーの音で無理矢理に起こされる。時々、こういうのが無かったときのことを妄想する。いつまでも眠れる。そんな無駄な生活。
ともあれ体を起こして今日の予定を確認する。今日はお休み。特に予定もなし。窓から夜景を眺めると、どうも天気はよさそうだ。久しぶりに街の方に出てみよう。
街への通路を歩いていると、マークとぶつかってしまった。
「おーっすヨダ。お前も休みか」
「マークが越してからは同じシフトだったじゃん」
「ま、そうだけどさ。街だろ?一緒に行くか?」
なんで休みの日にこいつと一緒に行かなきゃいけないのかと思ったが、まあいいか。頷いて、またマークの与太話を聞き流す。
街に出ると、日暮れ特有のむあっとした暑さが体を包む。道はもう人で賑わっていた。みんな夕食くらいはお店で食べたいという人たちだろう。
空を見上げれば星がポツポツと見える。やっぱり今日は晴れているみたいだ。
「で、どこに行く?」
「確か二丁目においしいスープ屋があったと思う」
「スープね。まあたまにはいいか」
そう言うならたまには自分で提案してみろ。
スープ屋でスープを二つ買って、マークの取っていた席に向かう。
温かいスープが起きたところの体に染みる。うん、うまい。種の食感がまた次の一口を誘う。
「どうでもいいけどさ、こんな暑いのによく熱いスープなんか飲む気になるよな」
「うるさいなー。逆に言うけど、冷たいスープなら別に配給でも飲めるじゃん」
「ま、それはそれ」
確かにスープをすするたびに汗が出る。でも、これも一つの贅沢かもしれない。
「んで、今日はなんか用事があるのか?」
「いや、そういうわけじゃないけど」
晴れていそうだから出てきたというと、怪訝そうな顔でこちらをのぞき込んできた。
「お前って、変わり者だよな」
「マークに言われたくない」
「そうかぁ?」
自分で言うのも変だが、こんな僕に付き合ってくるマークはかなりの変わり者だと思う。
「まあいいや。用事がないってんなら付き合えよ」
「何するの?」
尋ねると、マークはにやっと笑った。
「『昼に住む少女』探し」
*****
マークの言う『昼に住む少女』探しは、思ったよりもまともなものだった。お店を構えている人に話を聞いたり、日陰になりそうなところに何かが落ちてないか見たりと、動きに迷いがない。
「どうした?」
「いや、なんというか。僕がついて来てる意味ってあるのかなって」
「あるある。俺一人より警戒心を与えないで済むんだよ」
まあ確かにマークの見た目はちょっとキツい。何より大きいから、初対面だと威圧感がすごい。
「それにしては知ってる人ばっかりみたいだったけど」
「ま、この辺りはよく来るからな。それにしても手がかり無し、かぁ」
「やっぱりただの噂話なんでしょ」
「いーや何かはある。待ってろ。ぜってーなんか見つけるから」
別に探して欲しいと言った記憶は無いが、まあ本当に仕事でもないのに昼歩きをしている人がいるんだったら、話を聞いてみてもいいかもしれない。
広場に着くと、子供たちがなにかを探しているようだった。
「おいどうした?」
マークがしゃがみ込んでそのうちの一人に話を聞く。
「パイプがなくなった」
「パイプ?」
子供はこくりと頷く。どうも鉄パイプのことらしい。
「ベンチの下に置いてたのが無くなっちゃったの。ちょうどいい長さだったんだけど」
そもそもなんだって鉄パイプなんか隠してたんだ?子供のすることはよく分からない。
「で、それはいつ隠したんだ?」
「昨日の暁のころ。すぐにここに来たんだけど」
マークと目を合わせる。これは、手がかりなのかもしれない。
「その鉄パイプってどんなの?」
「うん?普通の鉄パイプだけど……こんくらいの」
子供が言うには、傘よりもちょっと短いくらいのものらしい。
もっと聞こうとする僕をマークが遮る。
「そっか。ありがとな。見つけたら教えるよ」
それでマークは子供達と別れた。
「いいの?手がかりだったと思うんだけど」
「まあそうといえばそうだ。けど、これだけだと『誰かが昼にいたこと』の証明でしかないし、それに子供達はあれ以上は知らないさ」
マークの言うことは正しそうだ。
「そう落ち込むなって。ま、落ちていた鉄パイプが見つかったら行動範囲は分かるかもな」
落ち込んだつもりはないけど、まあそれはいいか。