第一話
いつもは別の連載小説を書いてるのですが今週はお休みということでこんなのを書いてみました。
他の小説を知らないというかたは是非そちらもご一読下さい。
「本条君! こことここに記入漏れ! 合計金額も数が合わない! それから……」
私の名前は本条紗良、某中小企業でしゃち……ゴホン!OLやってます。
現在、上司に見せた書類の不備を叱られてる真っ最中。
ちゃんと見直したはずなんだけどなー。
でも仕方ないじゃん?
今日で十五連勤なうえ三徹ですよ?
そら頭だって働かないさ。
働き方改革はどこ行った!
まったく、こんなんじゃできる仕事だって……
「聞いているのかね!」
「はい!」
聞いてませんでした。
つーか聞いてらんないっす。
*****
「ただいまぁ~」
久しぶりに自宅マンションに帰ってきて一言、もちろん返事なんてない。
もう半年近く寝るためだけに自宅に帰ってる気がする。
でも明日は休み!
誰が何と言おうと休み!
日曜くらい休ませろや!!
でも今日はとりあえずゆっくり休んで……
ぐぅ~
はいられないらしい。
私の身体が栄養を欲している。
重たい体を起こし冷蔵庫を見れば……何もない。
仕方ない、カップ麺でも買ってくるか……
暗がりの中、満月に照らされた道を歩く。
すると、止めどなくため息が漏れる。
高校生とかの頃はこんなんじゃなかった。
友達……は少なかったけど、アニメ、マンガ、ラノベ、非現実の世界に魅せられ、もしも自分がこのお話のキャラだったら、なんて考えたりして……
……当時のわたしそこそこやべぇな。
中学二年からほぼ成長がない。
でも。
それでも願ってしまう。
どこか別の世界がないのがと。
あわよくば転生とかできないのかと。
あ、乙女ゲームの悪役令嬢系は勘弁。
うまく立ち回る自信がないし、あんなイケメンばっか相手にしてたら身が持たないわ。
どうせなら魔法が使えて、チートがあって無双できたりとか……
「ま、実際あり得ないけどね」
その時だった。
目の前の道路が光りだした。
その光の中に魔法陣のように模様と文字が浮かびあがり、空気のうねりを作り出す。
そんな強烈な光を前にして頭がふらつく、そして私は意識を手放してしまった。
疲れてたせいだ、きっと……
こんなことなら……カーペット変えとけばよかった……
家にカーペットないけど……
「……!! ……ですか!!」
誰かが叫ぶ声に起こされ重たい瞼を開ける。
開けて最初に飛び込んできたのは初対面の少女の心配そうな顔だった。
色白で金髪碧眼、どうやら外国の少女らしい。
「あなたは……」
その問いかけに、もう大丈夫そうだと判断したらしい少女は安心した顔を浮かべつつ、流ちょうな日本語で。
「わたくしは、フローラ王国、第三王女、アリス=フォン=フローラです。 よかったです。 意識が戻ったようで」
フローラ王国、そんな国あったか?
「あの…… ちょっと聞いたことないです。 お顔から察するに欧米系ですよね? っていうか日本語お上手ですね?」
「にほんご? わたくしが話しているのは人類語のはずですが……?」
「ジンルイ語? そんな言語ありましたっけ?」
そもそも日本語はほかの国の言語と比べて複雑で特殊だと聞いたことがある。
似ている言語なんてあるのだろうか……?
「あるも何も、人間はみな人類語で話しているではありませんか? 正確に言えばエルフや獣人といった亜人もですが……」
いまなんて言った?
エルフや獣人?
「エルフや獣人がいるの?」
「もちろんです。 フローラ王国は亜人種も多くいますよ?」
「そうか…… なるほどなるほど……」
わかった。
わかってしまった。
よもやこんなところで厨二病時代の知識が生かされようとは!
さっき道に浮かんだ魔法陣、あれで私は異世界に飛ばされたようだ。
それなら聞いたことない国の名前も、亜人の存在も納得がいく。
呼び出されたのか、勝手に来てしまったのかわからないが、きっと私の異世界ライフが始まるんだ!
「なんだかわかりませんが元気になっていただけたようでよかったです」
どうやらアリスちゃんに膝枕をさせてしまっていたらしく、ずっとそのままも申し訳ないので体を起こした。
早く見てみたかった。
異世界とはどんな世界なのかこの目で……!!
「あっれー? 近くの公園と似てる……」
周りをどう見ても近所の公園と景色が一緒だ。
魔法陣が現れたのもその近く。
アリスちゃんが膝枕したのも公園のベンチだった。
これは一体どういうこと?
「あの…… 元気になられたのでしたら一つお聞きしても?」
「ん? なに?」
「ここはどこなのでしょう? 王都にいたはずなのですけど、マップが出なくて……」
マップ?
地図のことだろうけど、そう言う彼女は空中でタッチパネルを操作するように指をスワイプさせている。
「ねえ……アリスさん…… でしたっけ? なんで、こんなところに?」
「それが…… とてもお恥ずかしい話なのですが、わたくし兄弟の中で一番、魔法に関する才能がなくて初級しか使えなかったんです。 それで王宮に引きこもりに……」
なんだかどっかで聞いた気がするぞ……
いや、まだ偶然である可能性も捨て切れない。
「それでは駄目だとこっそり町に出たところ、馬車に轢かれそうになっている男の子を助けようとして私が馬車に……」
「アウトー!!」
「!?」
「なんでだよー! そっちが異世界転移してくんのかよー!」
「異世界転移!? 聞いたことあります! 私がいる世界でも読み物がたくさんありました! 特に作家ではない一般の方がよくお話を書いていて……」
「そっちにもそのジャンルあるんかーい!」
「異世界転移というとあれですよね? 科学と銃が広まっている、未来の世界に行くという! 信じられません! 私がそうなるだなんて!! てっきり物語だけのお話だけだと思ってました!」
「あー、こっちが魔法と剣の世界に行くのが異世界転移なら、そっちの異世界は科学と銃の世界か……」
「なるほど! マップもステータス画面も出ないはずですね。 その代わりに名と身分を示す小さな紙があるとか」
「ひょっとして…… これ?」
私が取り出したのは会社の名刺だ。
営業職じゃないから使うことはあまりないけど。
「すごいです! あなたは『名刺持ち』だったのですね!」
「そんなスキル持ちみたいに言わないでくんない? 私、ただの会社員だよ?」
「そうなのですか! すごいです! よく主人公が転移した先で『会社』で働く展開が多いんです!」
「なんだそれ! 異世界から来ておいて就職とかロマンなさすぎだろ!! ねえ、そういう話ってどういう展開になるの?」
「そうですね…… 主人公は大体、馬車に轢かれるか、何者かに殺されるかして異世界に転移します。 異世界の人とは言葉が通じないという話もあるんですが大体、このくらいの薄い板を介して会話はできるようになります」
「そのサイズってことは、スマホじゃん! 翻訳アプリじゃん!」
「で、大体そのあと行き先がなく、困るのですが何らかのきっかけで会社の面接と試験を受けることになります」
「もうただの就職活動だね」
「そのあとは元の世界では役に立たなかったはずの能力がうまく発揮されて昇進したり結婚して家庭を持ったりします」
「なにそれ、サラリーマンの出世物語じゃん」
「元の世界では最低クラスだったり、一属性しか使えない魔法も異世界では唯一使えるのでそれを生かして成り上がったり、会社を興したり」
「聞けば聞くほど夢がない……」
「その途中、修行編もあります」
「あ、一応そういうのもあるんだ」
「はい、二週間からひと月にも及ぶ修行の末、移動アイテムを扱うライセンスを手に入れます。 で、商人から移動アイテムを手に入れます。 馬の要らない乗り物です」
「免許講習じゃん。 車買ってんじゃん! なんだか夢ないな~」
「あの…… ちなみに異世界に戻る方法って……」
「ない、と思う」
「ですよね……」
ああ、目に見えてがっかりしてしまった。
そうだよね。
前にいた世界でどんなにうだつの上がらない人生を送っててもそりゃ元の世界に帰りたいよね……
実際に一人っきりで異世界に来たら寂しいし、不安なんだよね……
きっとそのことは、どのお話でも教えてくれないんじゃないだろうか。
きっとどの主人公でも……強くて、前向きで……
でも現実ってそうじゃない。
だから
「私の家でよかったら泊まってく? あんまり広くないけど」
そう提案すると、彼女はにぱっとして
「いいのですか!? よろしくお願いします!」
そう言って私の手を両手で強く握った。
うれしいときの反応は、どこも同じか?
私はその手を取って家路につくのだった。
「夕飯買い忘れたー!!」
トラック→馬車
翻訳系のスキル→翻訳アプリ
ステータス→名刺
冒険者→サラリーマン
領主になる→会社を興す
etc……