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だって僕はNPCだから 2nd GAME  作者: 枕崎 純之助
終幕 5つのアザ
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後編 少女3人そろったら

「アリアナ!」


 やみ洞窟どうくつに現れたのは魔道拳士アリアナだった。

 驚いて椅子いすから立ち上がる僕の目の前に立ち止まると、アリアナは息を弾ませながら笑顔を見せてくれた。


「数日ぶりだね。アル君。元気にしてた?」

「うん。アリアナこそ体はもう大丈夫なの?」


 運営本部によるメンテナンスを受けていたアリアナについて、僕らには一切の情報が下りてこなかったから、彼女がどんな扱いを受けていたのか分からず心配だったんだ。


「うん。おかげさまでもう完全にクリーニングも終わって、ウイルスの影響も無くなったって」

「よかった。これでもう安心だね」


 そこでアリアナは僕のすぐ隣の席に座っているジェネットに気付き、慌ててペコリと頭を下げた。


「あ、ジェネットさん。こんにちは。そ、その節はお世話になりました」


 そうか。

 アリアナとジェネットはほとんど接点がなかったもんね。

 緊張で身を堅くするアリアナにジェネットは柔和な笑みを浮かべた。


「ごきげんよう。アリアナ。ジェネットとお呼びいただいていいですよ。今お茶をれますから、どうぞ座って下さい」


 そう言ってジェネットが椅子いすを勧めると、アリアナも少し表情を柔らかくした。

 さすがジェネット。

 相手の心を開かせるこの社交性はシスターならではだね。

 アリアナとジェネットか。

 何だかこの2人の組み合わせも新鮮だな。


「ありがとう。ジェネット。運営本部では懺悔主党ザンゲストの人達にもよくしてもらったの。アビーちゃんにブレイディにエマさん。みんな優しかった」

「そうなんですか。みんな我が主のお手伝いをしていたんですね」


 僕らがそうして談笑していると、奥のほうからミランダがズカズカとやって来て声を荒げた。


「ちょっと! 呼び鈴が鳴ったのに、いつまで経っても客が来ない……ん? アリアナじゃない。客ってあんただったの」

「こ、こんにちは。ミランダ」


 ミランダが現れた途端、再びアリアナは緊張で身を堅くしながらオドオドとし始めた。

 ジェネットのおかげでせっかく和らいだ空気がミランダのせいで台無しだ(汗)。

 雰囲気を殺伐さつばつとさせることにかけては、ミランダの右に出る者はいないな。

 ミランダはツカツカとこちらに歩み寄ると、テーブルにバンッと手をついてアリアナをにらみつける。

 

「何こんなところでノンキにお茶なんか飲んでるのよ。私と戦いに来たんでしょ? さっさとかかってきなさいよ」

「ちょ、ちょっとミランダ。アリアナは遊びに来てくれただけなんだよ。そうだよね?」


 僕が慌てて間に割って入ると、アリアナはビクビクしながら首を横に振った。


「きょ、今日は……ひっ、引っ越して……来たの」


 ……ん?

 何ですと?

 唐突なアリアナの言葉に僕もミランダもジェネットもポカンと口を開けたまま、少しの間、言葉を失っていた。

 

「ひ、引っ越し? 引っ越しって?」


 僕が恐る恐るそうたずねると、アリアナはミランダの刺すような視線を避けるように僕の陰に隠れながらボソッと言った。

 

「私……NPCになってから拠点が無かったから、神様が迷惑かけたお詫びに好きな場所を拠点にしていいよって言ってくれて」


 拠点というのはそのキャラクターの本拠地のことで、ゲームオーバーになったら必ずそこからリスタートする場所のことだ。

 ミランダならやみの玉座、ジェネットなら運営本部、僕は兵舎の部屋なんだけど……。

 

「それで拠点をこの洞窟どうくつにすることにしたの?」

洞窟どうくつっていうか……アル君の兵舎」


 それを聞いた途端、僕が驚く間もなく、ミランダが雷のような大声を張り上げた。


「はぁぁぁぁぁぁぁ? そんなのダメに決まってんでしょうが!」


 ミランダが今にもアリアナにつかみかかりそうになるのを僕は必死に止める。

 

「お、落ち着いてよミランダ。ね、ねえアリアナ。拠点を決めるのはいいけど、僕の兵舎はもう一人住めるスペースはないんだ」


 兵舎は元々、僕が一人で住む狭い部屋だったんだけど、ジェネットがこの洞窟どうくつに常駐するようになってから、すぐ隣に彼女の部屋を増築したんだ。

 でもこれ以上、誰かが住もうと思ったらさらに増築するしかないんだけど、ただの一キャラクターに過ぎない僕らが勝手にそんなことをすることは出来ない。


「……大丈夫。増築許可証と増築資材はもらってるから」


 そう言うとアリアナはアイテム・ストックから増築許可証と増築用の資材データが入ったメモリーカードを差し出してきた。

 じゅ、準備万端だ(汗)。


「ほ、本当にここに住むの?」


 僕がそうたずねると、アリアナは逆に問いかけるような眼差しを僕に向けた。


「アル君が迷惑じゃなければ」


 ううっ。

 迷惑なんかじゃないけれど……。


「迷惑よ! アル! はっきり言ってやんなさい! ここにあんたの居場所は無いってね!」


 そ、そんなアリアナを傷つけるようなことは言えません。

 今にも噛みつきそうな勢いで僕に詰め寄るミランダと、今にも泣きそうな顔で僕をじっと見つめるアリアナ。

 ミランダに怒られるのは嫌だし、アリアナにも泣かれたくない。

 ど、どうすれば……ハッ!

 こんな時はジェネットだ!


 光の聖女様。

 どうかこの迷える子羊をお救い下さい。

 すがるような目でジェネットを見ると、彼女はニコリと微笑んだ。


「我が主が決めたことならば是非もありません。増築してお住みになればいいのでは?」


 ア、アッサリだなぁ。

 でも、そう言うジェネットの持つティーカップにピシッとヒビが入る。

 ジェ、ジェネット?

 カップを強く握り過ぎですよ(汗)。

 顔は笑ってるのに、ジェネットからものすごい圧を感じるのは気のせいだろうか。


「コラッ! ジェネット! 勝手に決めないでよ!」

「ミランダ。洞窟どうくつの中とはいえ兵舎はあくまでもアル様の所有地ですよ。あなた

こそ勝手に決める権利はありません」

「う、うぐぐ……」


 ……ううむ。

 仕方ない。

 ここまで来てアリアナを追い出すわけにもいかないし。

 僕は腹をくくった。


「わ、分かった。分かったよ。増築しよう。アリアナの部屋を」

「本当? やったぁ! ありがとうアル君」


 そう言ったアリアナは弾かれたように立ち上がる。

 それは電光石火だった。

 目にも止まらぬ動きで彼女は僕のほほに口づけをしたんだ。

 ……ファッ?

 柔らかなアリアナのくちびるの感触と、少し甘いにおい。

 

「ア、アリナナ? な、何を……」


 あまりのことに僕は凍りつき、腰が抜けたようにその場にヘナヘナと座り込んでしまった。

 するとガタガタッと椅子いすが倒れて、ジェネットが立ち上がる。


「ア、アリアナ! は、は、はしたないですよ!」


 いつもは冷静沈着なジェネットが裏返った声でアリアナをとがめたてる。

 そんな彼女にアリアナは何か間違ったことをしたのかと、オロオロとし始めた。


「え? で、でも懺悔主党ザンゲストのエマさんが……引っ越しをアル君が許してくれたら、こうするといいわよって教えてくれて。友達として引っ越しの挨拶あいさつだって。ち、違うの?」

「と、友達はそんなことしません! 引っ越しの挨拶あいさつでキ、キ、キスするなんて。エマさんの言うことを真に受けないで下さい!」


 エマさんの入れ知恵か!

 NPCになったばかりで世間のことにうといアリアナをからかったんだな。

 あ、あのセクシー・シスターめ(怒)。

 でも、そんなことを考えている場合ではなかった。

 顔を真っ赤にして金切り声を上げるジェネットの隣では、目に殺気を宿らせたミランダが僕をにらみつけていたんだ。


「アァァァァ~ルゥゥゥゥ~!」


 鬼出たぁぁぁぁ!(泣)

 地獄から誘いかける声!(怖)

 ミランダは僕の顔に指先を付きつけて、引きつったような笑みを浮かべる。


「ふ、ふ、ふふふ。アル。その女の唾液だえきで顔が汚れちゃったわね。闇閃光ヘル・レイザーで雑菌をふっ飛ばしてあげる。消毒よ。まあ、ついでに頭もふっ飛ぶけどね」


 怖すぎるわ!(涙)

 僕はジェネットに助けを求めて視線を移すけれど、今度はジェネットの様子がおかしくなっている。

 彼女はブツブツと何やら独り言を言い始めた。

 

「ジェ、ジェネット?」

「こ、これが引っ越しの挨拶あいさつ? さ、最近はそういうしきたりなんでしょうか。そうなのかもれません。私が時代についていけてないのかも」

「ジェ、ジェネット! 気を確かに!(泣)」

「ハッ! そ、そう言えば私もここに引っ越した時にアル様に挨拶あいさつをするのを忘れていました」


 そう言うとジェネットは僕に視線を向ける。

 ひっ!

 聖女様!

 目が、目が据わってますよ!

 ジェネットが錯乱し始めてカバディカバディ言いながら僕ににじり寄ってくる。

 そしてその隣ではアリアナが目に涙をためてフルフルと震えていた。


「ア、アル君。ごめん。私、なんてハレンチなことを……恥ずかしくてもう死んじゃいたい。一緒に死んでくれる?」

「アリアナまで錯乱しないでぇ!(泣)」

 

 身の危険を察した僕はその場から逃げ出した。

 そんな僕を追って3人の少女たちが追いかけてくる。


「待ちなさい! アル! 顔を! 顔を消毒するのよ!」

「アル様! 挨拶あいさつを! 引っ越しの挨拶あいさつをしなければ! カバディカバディ……」

「一緒に死んでアル君~!」


 

 もうカンベンして!(涙)

 女性が3人そろったらにぎやかになるって言うけれど、にぎやかどころじゃない騒ぎだ。

 まあ、どこまで走っても僕はこの洞窟どうくつから出られないんだけどね。

 

 え?

 そんな窮屈きゅうくつな暮らしに満足できるのかって?

 いいんだよ。

 窮屈きゅうくつかもしれないけれど、退屈ではないから。

 下級兵士としてこの洞窟どうくつで魔女の見張り役をまっとうすること。

 それこそが僕の望みなんだ。


 どうしてそう思えるのかって?

 もう分かってるよね?

 そう。

 だって僕はNPCだから。

                                      【完】























 この時、僕の左手首のアザに変化があったんだ。

 左から黒、白と続く5つのアザのうち、3つ目のアザが青く染まっていた。

 そのことに僕が気付くのはもう少し先のことだった。

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