第12話 最後の賭け
「これが本当に最後の賭けになる。成功すればセクメトが消え、失敗すれば僕らが消える」
僕はひと通りの説明を終えると、決意を込めてミランダとジェネットにそう告げた。
彼女らは僕に背を向けたまま、前方の入口を押し破って来ようとしているセクメトに警戒の目を向けながら僕の話を聞いていた。
けれど、2人とも肩越しに振り返って言ったんだ。
「……そうですか。悪くないと思います。それに賭けましょう」
「ま、最後だしね。白黒ハッキリしていいんじゃない?」
あれっ?
2人ともあっさりOKしたぞ。
無茶だ馬鹿だと諫められ罵られるかと思った僕は思わず拍子抜けした。
そんな僕の顔を見てミランダは唇を尖らせ、ジェネットは頬を膨らませる。
「何そんな顔してんのよ。ここまできたら無茶もへったくれもないわ。やらなきゃオシマイなんだから」
「そうですよ。アル様。このままセクメトに反撃も出来ずに終わるなんて私は嫌です」
そう言ってくれる2人の力強い言葉と強気な表情が僕を勇気付けてくれる。
いつだってそうなんだ。
ミランダもジェネットも時に厳しく、時に優しく僕を支えてくれる。
そんな彼女たちに感謝の念を強く抱きながら僕は頷いた。
「そうだね。僕らならきっとやれる。ここで必ずセクメトを仕留めよう。そしてみんなで元の世界に帰るんだ」
そう言う僕の言葉に頷くと、ミランダとジェネットは再び魔力と法力で浮かび上がった。
そして互いに目配せをすると、それぞれ右と左の窓から教会の外へと飛び出していく。
獲物が飛び出してきたことに反応したセクメトは、2人を追って教会の入口から離れて上昇し始めた。
僕はミランダとジェネットを追ってすぐにでも外に飛び出したい衝動に駆られたけれど、それをグッと堪えてしばらく教会を保持し続ける。
2人がいなくなって一人きりになった教会で僕は大きく息をついた。
「っくはぁぁぁぁ。イタタタタ……き、きっついなぁ」
我慢していた痛みを吐き出すように僕は大きく喘いだ。
胸の中が痛い。
内側から焼けるような、溶かされるようなそんな痛みだ。
そして僕は自分のステータスをあらためて確認してみた。
痛みに合わせて僕のライフゲージがジリジリと減り続けている。
ライフが減ってるんじゃない。
ライフゲージが溶けている……ライフの最大値が減り続けているんだ。
このままいけば問答無用で死が待つのみ。
魔法でもアイテムでも絶対に回復できない不可逆的な命の磨耗だった。
僕の復元能力はモザイクとアリアナの力を体内に取り込んで手に入れたものだ。
モザイクを体の中に取り込むなんて無謀なことをした報いがコレなんだろう。
便利な力を何の代償もなく自由に使える……なんてうまい話はないってことだ。
僕は唇を噛み締めた。
「でもまあ……ここまできてセクメト相手にライフの心配なんてする必要ないよな」
僕は痛みを堪えながら自嘲気味に笑うと、教会の入口から見える外の景色を見つめた。
ミランダとジェネットはこの教会からセクメトを引き離すためにグングン遠ざかっている。
セクメトの一番の狙いはこの僕のはずなんだけど、仕留めやすい獲物からその牙にかけようとセクメトは2人を追っていく。
その距離はここからどんどん離れていった。
「よし。最初の賭けは勝ったぞ」
僕が彼女たちに伝えた作戦の第一段階は、2人にセクメトを引き付けてもらい、一度この場所から離れさせることだった。
あの2人を追わずにセクメトがこの教会に固執し続けていたら、作戦は第一段階で頓挫していただろうから、僕はホッと安堵した。
だけど今この時にもミランダとジェネットがセクメトの脅威に晒されていると思うと、すぐに焦りと不安を伴う緊張感が僕の胸に広がっていく。
「2分でいい。踏ん張って2人とも。アリアナ、アビー。どうかミランダとジェネットを見守ってあげて」
僕は神に祈る気持ちで、消えてしまった2人の友達の顔を思い浮かべた。
ミランダとジェネットには一定時間、セクメトを引き付けておいてもらわないとならないから、これは彼女たちには大きな危険の伴う作戦だった。
そうして数十秒が経過し、セクメトが十分に教会から離れたことを確認すると、僕は床から手を離して立ち上がる。
そして教会の裏口へと駆け出し、裏手の扉から外に飛び出した。
ここからは時間勝負だ。
先ほどのモザイク雨によって、教会の外はモザイクの水たまりだらけになっている。
「邪魔だっ!」
僕は思い切りタリオで空を切る。
すると前方に広がるモザイクの水たまりが吹き飛んで消えた。
先ほどのように砂の道が開けたのを見た僕は、間髪入れずに走り出す。
目指す先は街のメイン・ストリートがあった場所だ。
そして僕は走りながら目を閉じる。
メイン・ストリートに建ち並ぶ多くの露店や店舗の姿が絵画のように浮かび上がった。
今は消失してしまっている街の本来の姿だ。
そしてその突き当たりには、オアシスと並んでこの街が誇る大神殿の荘厳な姿が見える。
僕はそこを目指して速度を緩めずに走り続けた。
だけど……。
「アルッ!」
背後でミランダの声が響くのを聞いて僕は思わず立ち止まった。
見ると後方数百メートルのところでミランダとジェネットを追っていたセクメトが反転してこちらに向かってきた。
僕が教会から飛び出したことを感じ取ったんだ。
「くそっ! 思ったより早い」
僕はすぐに踵を返すと懸命に走り続ける。
大神殿まではあと200メートルほどだ。
走りながら背後を振り返ると、ミランダとジェネットが全速力で引き返し、こちらに向かってくるセクメトの前に回りこんでその注意を引こうとしてくれている。
だけどセクメトの速度は一向に緩まらず、目の前で飛び回るミランダとジェネットに一切かまわずに一直線に僕に向かってくる。
ミランダやジェネットほど速くは飛べないセクメトだけど、僕が走る速度に比べれば遥かに速い。
くそっ!
このままだと、どんなに必死に走っても追いつかれてしまう。
まだ作戦決行ポイントに到達してないのに!
僕はとにかく全力以上の力を出すつもりで、ひたすら砂の地面を蹴って走り続ける。
だけど事態は僕の思い描くようにスムーズには運んでくれなかった。
「アル様!」
ジェネットの声が響き渡ると同時に背後から嫌な気配を感じて僕は立ち止まり、振り返った。
すると目の前に大量のモザイク液が襲いかかってきたんだ。
それはセクメトが僕に向けて吐き出した鉄砲水だった。
「うわああああっ!」
僕は反射的にタリオを振るい、迫り来る大量のモザイク液を上から下へと真っ二つに斬った。
僕の斬撃によって左右に分かれた鉄砲水は、僕の周囲と後方の砂地を削り取っていく。
即死は回避できたものの、セクメトの吐き出した鉄砲水は状況を悪化させた。
「くっ!」
僕は辺りをグルリと見回して思わず膝を叩く。
モザイク液の直撃だけは避けられたけど、僕の周りは完全にモザイク液だらけとなり、足の踏み場もない状態だ。
完全に足止めを食った。
セクメトは今も猛然と迫ってきている。
もう辺りのモザイク液を除去している時間がない。
「く、くそっ!」
とにかく少しでも足場を作らないと!
そう思った僕はタリオを振り上げた。
その時だった。
手に握ったタリオの柄に巻きついていた2匹の蛇たちが、僕の意思とは無関係に目的の方向へと素早く伸びたんだ。
その体は今まで見たことがないほど長く伸び、一瞬で100メートル以上先にまで射出された弾丸のように飛んだ蛇たちは、何もない空間に牙を向いた。
すると空気を噛んだかと思われた蛇たちが噛み付いた先に街路樹が現れたんだ。
あれは……さっき蛇たちが見えざる吐息で見せた復元能力だ!
蛇たちの牙は街路樹の幹に食い込んでしっかり固定される。
途端に長く伸びている蛇たちの体が急激な勢いで縮んでいく。
タリオを握りしめている僕は必然的に蛇たちに引っ張られ、そのあまりの勢いに体が宙に浮いた。
「うおああああっ!」
ワイヤーで引っ張られて無理やり走り幅飛びをさせられたような格好になった僕は、無数に点在するモザイクの水たまり群を飛び越えて一気に、メイン・ストリートの奥まで飛ばされた。
蛇たちの収縮が収まったみたいで、宙を舞う勢いは急激に弱まり、僕は砂の地面に転がった。
「ぶえええっ!」
顔面から砂に突っ込んで、僕の顔が砂だらけになった。
く、口の中がジャリジャリする。
だけど砂を吐き出しながら、僕は即座に立ち上がった。
そこで眼前に広がる光景に、目を閉じた僕は思わず声を漏らした。
「や、やった……」
砂漠都市ジェルスレイムにおいて、オアシスと並び二大中心地と称されるこの場所。
メイン・ストリートの突き当たりにあたるこの場所にはかつて、砂漠の神様を祭った大神殿が鎮座していたんだ。
そしてその勇壮な姿は、目を閉じた僕の視界の中にハッキリと見えていた。
予期せぬ行動で蛇たちが引っ張ってくれたおかげで、僕はとうとう大神殿のあった場所にたどり着いたんだ。
目を閉じたまま僕は足早にベストポジションに陣取った。
「アル!」
「アル様!」
前方からは宙を舞うミランダとジェネットがセクメトを引き連れるような格好で僕にまっすぐ向かっていた。
もうここまでの距離は数十メートルに縮まっている。
「ウグァァァァァァァオウ!」
セクメトは大きく吼えると再び口の中にモザイク液を溜め始める。
また鉄砲水か!
こっちに狙いを定めていることは明白だったけれど、僕はここから一歩も離れるつもりはなかった。
来るなら来い。
僕はタリオを構えて鉄砲水に備えた。
そんな僕の姿を見たセクメトは、鉄砲水を放射することなく、口の中にモザイク液を溜め込んだまま突っ込んでくる。
そうか……確実に僕を仕留めるつもりなんだ。
僕は静かに目を閉じ、周囲の状況をもう一度確認すると、再び目を開けた。
するとトップスピードでセクメトから逃げ続けていたミランダとジェネットが急に失速して、その高度が見る見るうちに下がっていく。
その原因は明白だった。
「ま、魔力と法力が底をついたんだ」
すでに飛ぶ力を失った2人は、慣性に従って落下しながら、それでも僕の方へ向かってくる。
僕は思わず彼女たちを受け止めようとしたけれど、すぐに動きを止めた。
なぜなら僕を見つめる2人の目が訴えかけていたんだ。
勝つんだ、と。
2人とももはや戦う術は残されていないのに、その目から戦意は失われていない。
それは僕を信じてくれているからなんだ。
僕がセクメトを倒す最後の一手を打つことを。
僕が今やるべきことは、2人の信頼に応えることだ。
2人を救出するのをあきらめ、僕は力を両手に集中させる。
墜落する2人は僕の両脇をすり抜け、後方に広がる砂地に落下して転がった。
だけど僕は見たんだ
すれ違い様に、ミランダとジェネットが笑顔を浮かべていたのを。
心に勇気が奮い立つのを感じながら僕は前方を見据える。
セクメトは口いっぱいにモザイク液を溜めたまま僕の目の前に迫った。
そしてそのまま僕を飲み込もうとする。
「今だ!」
僕は両手に力を込めて、大神殿を復元した。
途端に僕の目の前に白亜の建物が現れる。
正確に言うとそれは、大神殿の一部だった。
8本の太い柱で守られたエントランス。
今、僕の目の前1メートル先にはその8本のうちの1本の柱が屹立し、僕に突っ込んで来ようとしていたセクメトはその柱に激突した。
「グァァァァァァァァアッ!」
「させるかぁぁぁぁぁぁっ!」
押し通ろうとするセクメトと、押し留めようとする僕のせめぎ合いだった。
セクメトを8本の柱で囲まれた大神殿のエントランスに閉じ込める。
さながらそれはセクメトを閉じ込めるための檻だった。
その檻の中にセクメトを封じ込めることこそが、教会での防戦の中でヒントを得た僕のセクメト攻略法なんだ。
セクメトは口に溜まったモザイクで吐き出して柱を溶かそうとする。
僕は胸が張り裂けそうなほど痛み、ライフゲージが溶けていくのも構わずに全ての力を大神殿の維持に注ぎ込んだ。
ライフが溶けてしまってもいい。
ここで力尽きようとも……僕がセクメトを倒す!
守れなかった人たちのために。
守るべき人たちのために!




