第7話 逆襲の一太刀
アリアナとセクメトの攻防は続いている。
セクメトが容赦なく乱射するモザイクによってオアシスの付近はすでに多くの建物が消え去り、無味乾燥な砂の地面がむき出しになっていた。
アリアナはセクメトが放つモザイクを身軽にかわし、避けきれないものは永久凍土を発生させて防ぐ。
持ち前の敏捷性を発揮して彼女はセクメトの攻撃を避けながら無傷のままがんばっていた。
ミランダとジェネットの治療を終えて駆け込んできた僕は、アリアナと十数メートルの距離を挟んだところで立ち止まる。
アリアナに比べて敏捷性が劣る僕は、これ以上近づくとセクメトにモザイクを放たれた時に自分が避けられるギリギリのラインを突破してしまうからだ。
「アリアナ! もう少しだけ持ちこたえて!」
僕がそう叫ぶと彼女は頷いて永久凍土を放出し続ける。
僕は黒蛇に念を送ってその口からステルス・ナイフを吐き出させた。
現れたペールオレンジ色のナイフを右手で握ると、セクメト目掛けて不可視のそれを投げつける。
これなら……きっとこれならセクメトに対して有効打になるはずだ。
だけどセクメトは宙に浮いたまま滑るようにして後退し、そのナイフを避けてしまう。
「えっ? よ、避けた?」
不可視のはずのナイフが見えているのか?
いや、見えているというより感じ取っているのかもしれない。
セクメトにとっては自分を排除し得る唯一の天敵のようなものなんだろう。
相手には見えない、というアドバンテージを失った僕だけど、こんなところで怯んでいられない。
避けたってことは、当たりたくないってことなんだ。
ミランダやジェネットの魔法を避けようともせず平気な顔で浴びていたセクメトが、確かに脅威を感じているという何よりの証拠だった。
僕はメイン・システムを起動し、アリアナのシステムとリンクさせて近距離通信によるメッセージを送った。
【アリアナ。あとどれくらい永久凍土を出せる?】
アリアナは防戦を続けながらも、すぐに返答をくれた。
【15〜16個くらいかな。私の魔力がもっと多ければよかったんだけど……】
セクメトの放つモザイクの連続攻撃から僕を守るために、さっきアリアナはかなりのハイペースで永久凍土を使ってしまったんだ。
だから彼女の魔力は大幅に減っていて、もう残り4分の1ほどにまでなってしまっている。
【魔力回復アイテムは?】
【残念だけど持ってないの】
もうミランダもジェネットも魔力回復アイテムは使い切り、僕自身も持っていない。
現時点でアリアナの魔力を回復する手段はなく、もうそれほど長くは防戦一方のこの状況を続けてはいられないだろう。
状況を変えなくちゃならない。
この距離から僕がセクメトにステルス・ナイフを投げつけても、さっきみたいに避けられてしまうだろう。
セクメトの間合いに踏み込むことになるけれど、相手に一撃を浴びせるためにはもっと距離を詰めなくちゃならない。
何か……何か手はないのか……。
僕は前方に広がるクレーターだらけのデコボコとした地面を見据えた。
セクメトのモザイクに消されて荒れ果てた砂地はだいぶ地盤も緩くなっている箇所がところどころに見受けられる。
そしてそうした地面の中でもまだ平坦さを保っている場所にいくつかの永久凍土がモザイクに消されずに残されていた。
そうした凍土が僕とセクメトの間にはいくつか点在している。
さっきのセクメトの猛攻を受けてアリアナが発生させたものの残りだった。
そうした光景を見ているうちに僕はハッとひらめいたんだ。
【アリアナ。今から僕がセクメトに突っ込むから、僕の前方に防壁として永久凍土を配置してほしい】
僕の発言に驚くアリアナに、凍土の配置方法を手短かに説明した。
【今、話した通りにしてほしい。新しく生み出す凍土は全部で5、6個で済むと思うから】
全てを詳しく話す余裕もなく端的な説明だったため、アリアナは顔を曇らせている。
【そ、それって無茶でしょ。アル君が狙い撃ちにされちゃうよ】
【そのほうがいいんだ。セクメトが僕を狙い撃つのに躍起になってくれればくれるほどいい。とにかくアリアナは永久凍土を配置したら後は自分がモザイクを浴びないように用心してて】
僕はそう言うと躊躇せずに駆け出した。
目指すはセクメト……じゃなくて、その途中にまだ消えずに残されている永久凍土だった。
僕が射程圏内に入ったことを即座に察知したセクメトは、容赦なくモザイクを僕に向かって撃ち放つ。
くっ!
この距離だと撃たれてから回避行動に入ったんじゃ間に合わない。
そう思っていた僕は少し早めに身を投げ出していた。
地面に転がる僕のすぐ脇をモザイクがすり抜けていく。
わずかでも当たれば腕や足を持っていかれるし、最悪なら一発で即死だ。
その恐怖たるやゲームオーバーの比ではなかった。
ゲームオーバーの先にはコンティニューがあるけれど、消滅の先には死が待つのみなのだから。
だけど僕は勢いを殺さずに地面を転がりながら最初の凍土の陰に入った。
【うあああああ~! アル君もう~ヒヤヒヤするよ~!】
アリアナがそうしたメッセージを送ってくる中、僕は即座に黒蛇に一本のステルス・ナイフを吐き出させ、それを右手で握ると左手でタリオを足元の砂に突き刺した。
うまくいってくれよ。
そんなことを考えているうちにセクメトの放ったモザイクが僕の隠れている凍土を直撃した。
凍土に押し付けていた背中に感じるゾワゾワッとした感覚に僕は思わず声を上げる。
「うひいっ!」
僕は慌てて凍土から飛び出ようとしたけれど、直感的な危険を感じて咄嗟にフェイントをかけた。
一度、右から出るフリをして左側に飛び出したんだ。
それも滑り込むような低い姿勢で。
狙いすましたようにセクメトのモザイクが右側、左側と立て続けに飛来する。
滑り込んだ僕の頭のすぐ上をモザイクが高速で通り抜けていく。
あ、危なぁぁぁぁっ!
右に出たり、立ったまま左に出たりしていたら、今ごろ僕の頭はモザイクに消し去られていただろう。
腕や足と違い、頭を消されたら一発でアウトだ(泣)。
それでも僕は足を止めなかった。
立ち止まったら本当に狙い撃ちされる。
すぐに次の凍土を目指して走った。
セクメトはそんな僕を確実に狙撃するために逆に距離を縮めて来ようとする。
そうはいくもんか。
僕はIRリングに念を送り、次々と不可視妖精を生み出した。
さっきは一度に2体の妖精を呼び出せたけど、今度は一挙に5体の妖精を呼び出すことが出来た僕は、妖精たちに念じる。
セクメトに襲い掛かれ!
僕の求めに応じてくれた妖精たちは次々と宙を舞ってセクメトに突っ込んでいく。
ミランダとジェネットの体からネオ・ウイルスを消し去った妖精たちは、ウイルスの権化たるセクメトにとっては何よりの脅威となるだろう。
見えないはずのそれらをやはり視認したようで、セクメトがカッと目を見開き、怒声にも似た叫び声を上げた。
「キァァァァァァッ!」
セクメトは足を止めて、迫り来る妖精たちを打ち落とそうとモザイクを乱れ撃った。
妖精たちは不規則な動きで宙を舞い、幾度となくモザイクを避けるけれど、やがてモザイクに接触して飲み込まれ、消えていく。
だけど僕はその隙に次の凍土の陰に隠れることが出来た。
セクメトとの距離が近づいてきたぞ。
僕は間髪入れずに白蛇にステルス・ナイフを吐き出させ、それを自分の口に咥えると、左手でもう一度タリオを砂の地面に突き刺した。
さあ行けっ!
心の中でそう念じていると、再び僕の背中がゾワッと粟立ち、モザイクによって凍土が消されていく。
僕も今度は右にも左にも出ずにその場に留まって凍土が消えるのを待つ。
さっきと同じ動きをすればセクメトに読まれてしまうからだ。
だけどセクメトはすぐに僕を狙撃はしなかった。
彼女は僕の狙いを悟り、僕と彼女の間にいくつか点在している凍土を先んじて全てモザイクで狙ったんだ。
前方の凍土がすべてモザイクによって消されていく。
だけど僕はタリオを鞘に戻すと、咥えていたステルス・ナイフを左手で持ち、恐れずにまっすぐ駆け出した。
後方で僕を見守ってくれている仲間を信じているから。
【いくよ! アル君!】
後方で待機するアリアナのメッセージを受け取り、僕は右斜め前に身を投げ出す。
頭上をモザイクが通り過ぎていくのを感じながら、僕はそのままクレーターの縁に飛び込んで斜面を転げ落ちた。
クレーターの中に入ったことで僕の視界からセクメトの姿が見えなくなり、同様に彼女からも僕が見えなくなっただろう。
僕は落ちた斜面とは対角線上の逆斜面に腰を落として背中を押し付け、IRリングからありったけの不可視妖精を呼び出した。
現れた妖精はさっきと同じく5体。
どうやら一度に呼び出せるのは現状では5体が限界みたいだ。
そしてIRリングは度重なる酷使によって再び一部が黒ずみ始めた。
このまま使い続ければまた以前のように使用不可になってしまうことは目に見えている。
だけど今ここで力を惜しむわけにはいかない。
5体の妖精たちは僕の求めに応じて上空へとグングン舞い上がっていく。
それを撃墜しようとセクメトのモザイクが宙を飛来するのが見えた。
意を決して僕はクレーターを駆け上がる。
十数メートル先にセクメトの姿が視界に入り、同時に僕の眼前に3つの永久凍土が1メートル感覚で横並びに発生した。
アリアナが作ってくれた新たな凍土だ。
僕はそのうちの一つに身を隠す。
すぐにセクメトがモザイクを放って、その凍土を消し去ってしまう。
僕はサッと隣の凍土の陰に飛び移る。
【アリアナ! ここだ!】
僕がそうメッセージを送ると、アリアナの反応は早かった。
セクメトの頭上に発生した3つの凍土が重力に従って落下する。
計画通り、アリアナの放った第2弾の凍土だ。
セクメトは両手を上に向けてモザイクを放射し、3つの凍土を次々と消し去っていく。
だけどその凍土の陰から先ほど僕が放った5体の不可視妖精たちが現れてセクメトに次々と襲い掛かった。
凍土を消し去ったセクメトはさらに3体の妖精をモザイクで消し去ったけれど、それ以上の放射が間に合わず、たまらずその場から逃れようとした。
「今だ! 捕らえろ!」
僕がそう叫ぶとセクメトの足元の砂の中から、白と黒の蛇が飛び出してきたんだ。
二匹の蛇はセクメトの左右の足に絡み付き、彼女の自由を奪う。
それはタリオの蛇たちだった。
僕が先ほど二度に渡って凍土の陰に隠れた際に仕込んでおいた罠だ。
タリオを砂に突き刺したのはこのためだった。
地盤が緩くなっているために柔らかい砂の地面の中を白と黒の蛇は移動し、地下からセクメトに迫っていたんだ。
白と黒の蛇はセクメトの足に絡みついたまま、そのふくらはぎに容赦なく牙を立てて噛み付いた。
「キィィィィィアアアアアアッ!」
苦しげに声を上げて身もだえするセクメトは、それでも頭上から迫る2体の妖精を両手で叩き落とした。
モザイクに包まれた両手で直接叩かれて妖精たちは消えてしまう。
だけどその代償に、セクメトの両手からもモザイクは消え去った。
今だ!
僕は凍土の裏から飛び出して、迷うことなくセクメトに向かって砂の大地を駆ける。
セクメトまで十メートル。
ほんの一息で到達できる距離だ。
もうこの距離でモザイクを撃たれたら避けられない。
覚悟はとっくに出来ていた。
僕はセクメトに向かって全力で走りながら右手でステルス・ナイフを投げつける。
それは次のモザイクを放とうとしたセクメトの右手の平を貫いた。
間髪入れずに僕は左手のステルス・ナイフを投げつけ、同じようにモザイクを放とうとしていたセクメトの左手の平を貫いた。
「キアアアアアッ!」
左右の手を貫かれたセクメトは、それでも大きく口を開けてそこからモザイクを放射しようとする。
だけど僕は全速力のまま地面を大きく蹴って、空中でタリオを抜き放った。
「うわあああああああっ!」
僕は大声を上げながらありったけの力を込めてタリオを振り下ろした。
タリオの刃がセクメトの左の肩口に届き、そこから彼女の右の脇腹にかけて斬り裂く。
僕はその手ごたえに思わず身を震わせた。
捨て身で振るった逆襲の一太刀が、ついにセクメトをとらえたんだ。




