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だって僕はNPCだから 2nd GAME  作者: 枕崎 純之助
最終章 『世界調律師アルフレッド・シュヴァルトシュタイン』
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第4話 世界を壊す者

「ひ、ひどい……」


 大勢の人たちが避難していき、人の気配が遠くなっていく中、僕はひとり建物の陰に身を隠してそこから前方の様子を眺めながらそううめき声を漏らした。

 僕の見つめる先ではセクメトのモザイク攻撃を必死に避けるミランダとジェネットの姿があった。

 戦いの舞台となっているオアシス・サイドのレストラン・テラスはセクメトのモザイクによってほとんど無残に消え去り、砂の地面はえぐり取られたかのような穴がいくつも穿うがたれている。


 その様子に僕は戦慄せんりつを抑えられなかった。

 このままセクメトを止められなかったら、このジェルスレイムは間違いなくすぐに壊滅してしまうだろう。

 建物もオアシスも人々の姿も失われた砂の大地だけが……いや、それすらも失われた無の空間となってしまう。

 どうして彼女は破壊するのか。

 その目的すら分からない。

 ただ破壊のみがセクメトの行動原理のように思えて仕方なかった。

 そんなセクメトのような存在を運営本部が許すはずがない。

 そう思っていると、僕のメイン・システムにメッセージが飛び込んできた。


【アルフレッド。私だ。よく聞いてくれ】


 か、神様だ。

 僕はすぐにメッセージに注目してその続きを読む。


【セクメトの存在をおまえとジェネットからあらかじめ聞いていたおかげで、運営本部として速やかに初動を起こすことが出来た。ジェルスレイムからおまえとミランダ、ジェネットの3人以外のキャラクターたちをすべて退避させる】


 そうか。

 僕にも神様の意図はすぐに分かった。


【建物やオアシス等、地形プログラムはモザイクで消されても修復は容易だ。だがこのゲームにおけるNPCとなるとそうもいかない】


 神様の言うことは分かる。

 NPCたちが消されてしまえば被害が甚大じんだいになるだろう。

 アビーのケースのようにバックアップ・データにアクセス出来ない場合、NPCを一から作り直さないといけなくなるからだ。

 その作業にかかる手間や費用は建物や自然地形などの比じゃないだろう。

 しかも記憶や経験を蓄積するこのゲームのNPCを完全に元通りにすることは困難なはずだ。


【これ以上の人的被害を拡大させないために、このジェルスレイムを丸々犠牲にしてでもキャラクターたちが避難するための時間を稼ぐ。とにかくおまえは当初の計画通り、ネオ・ワクチンを生成してあの2人を正常な状態に戻すことに集中してくれ。そろそろ右腕の変色も終わる頃だろう?】


 確かにそうだけど……僕はどうしても不安をぬぐい去れずに自分の右腕をじっと見つめる。

 いよいよ変色は手首まで及び、後は手を残すのみとなった。

 それにもしネオ・ワクチンを生成できてミランダとジェネットを正常化できたとしても、セクメトとの戦いが有利に運ぶ保証はない。


「……セクメトに有効な対処法は見つからないんでしょうか?」

【様々な可能性を検討中だが、これといった確たる答えはまだ見えていない。だが、黒幕の奴を会議で締め上げていくつか分かったことがある。セクメトは、黒幕が開発中のキャラクターだった】


 え?

 な、何のために?

 セクメトの凶行を身をもって体験した僕は、こんな無軌道で危険極まりないキャラクターを開発する黒幕の意図がまったく分からなかった。


「く、黒幕はこのゲームを破壊するつもりなんですか?」

【まさか。奴は野心に駆られた男だが、そんな無益なことをするほど愚かでも破滅主義者でもないさ。それに私は今、開発中と言ったぞ。つまりセクメトはまだロールアウトされていない開発段階のキャラクターなんだ。だというのにこの場にいるのはなぜだ?】


 そうか。

 正式稼動していないはずのセクメトがここにいるってことは……。


「ウ、ウイルスに感染したんだ!」

【つながったな。黒幕の奴は自ら作り出したウイルスをとうとう制御できなくなり、開発段階のセクメトを乗っ取られてしまったんだ】


 それから神様はセクメトが生み出された経緯について僕に詳しく話してくれた。

 破滅の女神セクメト。

 彼女は元々、キーラとアディソンの共同特殊スキルとして開発中だった。

 要するに双子が共同で使う第4のスキルということだ。

 発動条件はあの2人が誤差1分以内に共にゲームオーバーになることだった。

 そうなると双子は1つの存在に融合し、セクメトとなる。

 そこまではさっきの現象と同じだった。


【しかし黒幕が開発していたセクメトはあのようなモザイクを操るキャラクターではなかった。双子に感染させていたウイルスが、セクメトを変異させてしまったんだ。事態はすでに黒幕の手に負えなくなっている。ウイルスは完全に暴走状態で、もはやウイルスそのものが自我を持っていると言っても過言ではないだろう】

「ウイルス自身が自我を?」

【そうだ。セクメトはすでにウイルスの権化ごんげと化し、状況は切迫している。運営本部としても危急の策を取らざるを得ない。アルフレッド。おまえだけには伝えておく。ギリギリの戦いを続けているジェネットやミランダには伝えたくないことを】


 その深刻な文面に僕は思わず息を飲んだ。


「な、何でしょうか?」

【運営本部はセクメトへの効果的な対処法を模索中だが、同時に最悪のケースを想定して最終手段も用意していたんだ】

「最終……手段?」


 自分で発したその言葉の響きが何だか不吉なものに思えて、僕はすがるような思いで神様の次のメッセージを待つ。


【ジェルスレイムはあと数分で、このゲーム世界から切り離される】

「切り離される? どういうことですか?」

【完全隔離だ。街ごとゲームの中から切り離して別の領域に移されるんだ。もうすぐこのゲームではジェルスレイムに足を踏み入れることは出来なくなるだろう。ということはおまえたちも街の外に出ることは出来なくなる】


 それはすなわち僕とミランダとジェネットは、セクメトと共にこの街に閉じ込められることになる。


「そ、そうですか。でもゲームの安全のためなら仕方な……」

【もしおまえたちが敗れた場合、我々はジェルスレイムのプログラムを完全分解して消去する。セクメトをここで葬り去るためにな。そうなればおまえたち3人もそこで運命を共にすることになる。つまり……死ぬ。すまないが援軍や救助は期待しないでくれ】


 事務的で冷たいとも思えるその文面から神様の決意を読み取った僕は思わず拳を握り締めた。


「僕らは……切り捨てられるってことですか?」

【……最悪の場合はな】

「最悪の場合って……セクメトを止める手立てが見つからない以上、最悪の手段が選択される可能性は限りなく高いんじゃないですか?」


 神様を問いただす僕の声は震えていた。

 最も簡単で最も安全と思える手段があれば誰だってそれを選択する。

 運営本部の思惑は明白だった。

 僕らは……ジェルスレイムと共に終焉しゅうえんを迎えることになる。


【そうだ。敗れた場合と言ったが、運営本部はおまえたちの敗北を織り込み済みで事を進めようとしている。中には今すぐにジェルスレイムごと消去すべきだという声も少なくない】

「そんな! そんなのって……」

【だが……私はおまえたちが勝利する可能性を捨てていない。いや、おまえたちが負けることなど微塵みじんも考えていない】


 神様はそう告げた。

 その言葉に僕はしばし黙り込んでから再び口を開く。


「そんなの……根拠は何もないですよね?」

【ない。だが今までとて根拠などあったか?】

「えっ……?」

【これまでのおまえの戦いに、必ず勝てるという根拠や確証があった試しなど一度でもあったか?】


 そんなものは一度だってなかった。

 だって僕はヘタレで弱くて何の取りえもないNPCだったんだから。


【おまえがそれでも戦い、幾多の難局を乗り越えられたのは、おまえに成長因子グロス・ファクターが搭載されていたからなどではない】

「えっ?」

【NPCのくせにおまえが友のために身を投げ打つことをいとわぬ無鉄砲な男だったからだ】

「神様……」


 神様の言葉を聞き、僕は今までのことに思いを馳せた。

 僕がいくつかの困難な戦いを乗り越えてこられたのは、ミランダやジェネットなど周りの人たちの助けがあったからだ。

 だけど……そうした助けを得られたのは僕が必死にもがいてきたからなのかもしれない。

 僕自身が動こうとしなければ、きっと僕は今この場所に立っていなかったはずだ。

 それは分かる。


【私は今、期待している。無鉄砲なおまえが絶望的な窮地きゅうちをひっくり返してしまうことをな】


 はぁ……やれやれ。

 神様の口ぶりに僕は内心でため息をついた。


「神様……うまく僕を言いくるめようとしてますね」

【う……】

「相変わらず口八丁ですね。やっぱり上に立つ人は人心掌握術に長けているんでしょうね。僕なんか言いくるめるのはチョロいんでしょうね」

【ぐぬぬ……】


 恨みがましく神様に文句を言う僕だったけれど、心は決まっていた。


「……恨みますからね」

【なに?】

「これでジェネットやミランダが消えるようなことがあれば僕は神様を恨みながら消えていきますから。そして電子データの亡霊になって毎晩神様の枕元に立ちますから」


 僕は半ばヤケクソになりながらそう言った。


「でも、あの2人を助けることが出来るなら、僕は消えても構いませんから」


 それは綺麗きれいごとに聞こえるだろう。

 でも決してそうではないんだ。


【……一度聞きたかった。なぜおまえはそこまで他人に肩入れできる? 自らを犠牲にしてまで】


 神様の問いかけに、僕は自分でも驚くほどよどみなく答えることが出来た。

 

「以前の僕には何もなかったんです。大事なものは何も。でもあの2人に出会ってそれが変わった。誰かを大事だと思えることはとても尊いことで、僕はそんな今の自分が結構気に入ってるんです。だから友達を守るためなら、僕は変われるんだ」


 僕は静かな決意を込めてそう言った。


【そうか。不思議なものだな。ただのプログラムであるはずのNPCが自我を持つというのは。おまえのような考えを持つ者が現れるとは。分かった。こちらも出来る限りのことをする。ギリギリまであきらめずにやってくれ。あの2人を助けてやってほしい。頼む】


 そう言う神様の言葉にうなづいたその時、唐突に不思議な声が僕の耳に飛び込んできたんだ。

 辺りに漂うその声は節をつけて旋律を奏でる……歌だった。

 僕は前方の戦いの様子に視線を戻し、驚きに目を見開く。

 その歌を歌っているのはセクメトだったんだ。

 彼女がその口を大きく開けて歌っている。

 そしてその歌が鳴り響くと、途端にミランダとジェネットがガックリとその場に膝をついて苦しみ出したんだ。


「ミランダ! ジェネット!」


 僕はたまらずに建物の陰から立ち上がると、後先考えずに駆け出していた。

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