第1話 祭りのあと
「ミランダ。おとなしくして下さい。傷に障りますよ」
「うるさいわね。ジェネット。あんたの施しは受けないって言ってんのよ。何で闇の魔女たるこの私が神の祝福なんて受けないとなんないのよ」
「神は何者にも等しくその御力をお与え下さいます。それがたとえあなたのように腹黒い邪悪な魔女であっても」
「余計なお世話だっつうの!」
激しい戦いの終わったオアシスのほとりに建つレストランのテラス席では、ジェネットが傷ついたミランダに回復魔法・神の息吹をかけてあげようとしていたけれど、ミランダは顔をしかめてそれを突っぱねようとしていた。
やれやれ。
こんな時くらい素直にジェネットに回復してもらえばいいのに。
結局、ジェネットに無理やり組み伏せられて回復魔法をかけられるミランダを尻目に、僕はさっきまで戦場となっていたオアシスを見やった。
そこには多くの永久凍土が戦いの痕跡となって残されている。
闇の魔女ミランダは魔道拳士アリアナとの一騎打ちに勝利したんだ。
そして敗れ去ったアリアナのコピーはゲームオーバーを迎え、先ほど光の粒子となって消え去った。
通常、このゲームではゲームオーバー後に所定の位置に戻されて再スタートすることになるんだけど、彼女の場合は違った。
【アリアナのコピーは運営本部のほうで身柄を預かった。オリジナルのアリアナが復活した際に、同じキャラクターが2体いることになってしまうからな。是正しなければならん】
走るのが速そうな中型の猟犬姿をした神様が僕にそうメッセージを送ってきた。
「ぜ、是正って?」
【……データクリアだ。抹消処分になる】
分かってはいたけれど、それは残酷な事実だった。
双子に生み出されて利用され、そして消されてしまうアリアナのコピー。
コピーとはいえ彼女だって1人のキャラクターなのに……。
僕は思わず悲しくなってしまった。
だけどそんな僕の表情を見た神様が処置なしといったように首を横に振る。
【まったく甘い奴め。おまえがそんな顔をするだろうことは予想していた。もし……もしアリアナのコピーからウイルスを除去することが出来たなら、抹消ではなくオリジナルと統合合体させる……という手もなくはない】
「ほ、本当ですか?」
【ああ。そうすればコピーの経験値をオリジナルと合算することが出来るし、アリアナにとってプラスになるだろう】
神様の言葉は僕の心を軽くしてくれた。
僕は救われた気持ちになり、感謝の念を持って神様に申し出た。
「ぜひ、そうしてあげて下さい。甘い考えかもしれないけれど、コピーのアリアナだって確かにそこに存在しているんです。それをいなかったことにされるなんて辛すぎますから」
【まあ、今回の功労者であるおまえにそんな顔をさせたままでは私もジェネットに怒られてしまうからな】
神様の提案に僕はホッと安堵した。
さっきまでミランダの敵だったアリアナのコピーだけど、コピーとはいってもアリアナそのものだからね。
抹消なんてしたくはないよ。
こうしてミランダの出張襲撃イベントは彼女の勝利で幕を閉じ、集まっていた観客たちはそれぞれの帰路についた。
そんな中、レストランには懺悔主党のメンバーたちが集まってきていた。
その中にはエマさんやブレイディの姿もある。
オリジナルのアリアナは予定通り救護班がこの街の病院に連れて行ってくれた。
そして双子は今、レストラン前の道に停まっている荷馬車の荷台に積まれた1人用の牢獄にそれぞれ捕らえられている。
魔力の込められた特別な鉄格子の中では、まだ凍り付いたままの双子が目を閉じて動作停止状態にあった。
彼女たちはこれから運営本部まで護送される。
僕はあることが気になって神様に尋ねた。
「この状況を見て黒幕は黙っていないんじゃないでしょうか」
【黒幕の奴は今、運営本部の会議で自身の勝手な行動を糾弾されている。ゲームどころではないさ】
「そ、そうなんですか? 神様は会議に参加しなくていいんですか?」
【参加しているぞ。今まさにな。ゲームをしながらだが】
コラッ!
会議中にゲームすんな!
犬姿の神様は余裕綽々でしっぽをブルンブルン振っている。
【双子については先日の事件におけるリードと同様にしばらくは謹慎処分だ。拘束されて取り調べを受けることになる】
そうか。
とにかくこれでもう双子も悪さは出来ないだろう。
さっき双子と戦っている時に思ったように、キーラにしてもアディソンにしても黒幕の手を離れて悪役として活躍したらきっとこのゲームの人気に一役買ってくれるんじゃないかな。
ま、あの2人も僕みたいな脇役にそんなこと言われたくないだろうけどね。
そんなことを考えていると、ジェネットの回復魔法によって嫌々ながらもライフを全回復させられたミランダが僕の隣に立った。
「ところでアル。私が戦っている間、あんたどこで何してたのよ。ちゃんと見てたんでしょうね。私の勇姿を。最初から最後まで」
「い、いや、あの。最初から最後までってわけには……」
い、色々と忙しかったから全部は見ていられなかったんだよなぁ。
僕がギクッとしてしどろもどろになっていると、僕の後ろにいたエマさんとブレイディが面白そうに身を乗り出してきた。
「オニーサンはわたしとイイコトしてたのよねぇ」
「アルフレッド君はワタシの実験体としてその身をささげてくれたんだよ」
ちょっ……。
ふ、2人とも何という余計なことを(泣)。
鬼が!
鬼が目覚めますから!
チラリとミランダを見やると、そこには怒りの形相を浮かべた鬼が立っていた。
「アァァァァァァ~ルゥゥゥゥゥゥ~」
鬼キター!
僕、即死確定!(涙)
「ひいっ! ち、違うんだミランダ」
「まだ死神の接吻一回分くらいの魔力が残ってるから、あんたも一度臨死体験してみる? 特別に無料でいいわよ」
「は、激しく遠慮します」
「ここで私と離れた後、どこで何をしていたか全部話しなさい。特にそこの女たちが絡んでいる部分は詳細まで包み隠さず赤裸々にね。分かった? 返事は!」
「は、はひっ!」
僕がミランダにいつものように厳しい詰問を受け、それを見たジェネットが困ったように眉間に手をやる。
それはいつもの光景だった。
ミランダは相変わらず怖かったけれど、でも僕はようやくいつもの日常を取り戻したように思えて何だか嬉しかったんだ。
あとはミランダとジェネットの体内に残るネオ・ウイルスを除去しないと。
僕の右腕もいよいよ4分の3までペールオレンジに変色を遂げている。
「なるほどね。この変な色のキモイ腕はそういうことか」
キモイとか言うなキモイとか。
でも僕の説明をひと通り聞いて納得したのか、ミランダは変色中の僕の右腕をペシッと叩いてフンッと鼻を鳴らす。
どうやら彼女の機嫌は戻ったようだ。
ホッ。
よかった。
「アル様の腕が完全に変色し終えたら、ネオ・ワクチンを試しますよ。ミランダと私の体内からネオ・ウイルスを除去しなければ」
そう言うジェネットが自分の手首に緑色の輪っかを引っ掛けているのを見て僕はアビーのことを思い返す。
消えてしまった彼女のことを。
その緑色の輪っかはアビーの首輪だった。
僕は神様の前にしゃがみ込む。
「神様。消えてしまったアビーを元に戻してもらえないでしょうか。彼女は自らを犠牲にしてまで僕らを守ってくれたんです」
僕はどうしてもアビーに戻ってきてもらいたかった。
彼女にはちゃんとお礼すら言えていないんだ。
僕の嘆願に神様は耳をヒクヒクとさせる。
【ふむ。キャラクターのデータは破損した時にすぐに修復できるよう、ホスト・システムの中にバックアップを残している。だからアビーのデータ修復も通常ならば難しくないんだが、妙な点がひとつあってな】
「妙な点?」
神様の話はミランダやジェネット、そしてその場にいる他のメンバー達にも伝わっている。
そこにいる一同が皆、神様の話に注目していた。
【ホスト・システムに保管されているアビーのバックアップ・データに何者かが侵入した形跡があるんだ。いや、何者かというのは正確じゃないな。何らかのプログラムというべきか】
「えっ?」
【そのせいで今はバックアップ・データを起動することが出来なくなっている。原因は調査中だ。だからアビーの復帰についてはもう少し待ってくれ】
その話に僕とジェネットは互いに顔を見合わせた。
「そうだったんですか……」
【一からプログラムを組み直すことも出来るが、その方法だと過去の記憶を持たないキャラクターになってしまい、正確には元通りのアビーとは言えないからな】
「分かりました。主よ。アビーの件、私からもお願いしたします」
そう言うとジェネットは自分の手首に引っ掛けているアビーの首輪を大事そうに撫でた。
その時だった。
大砲を放ったような轟音が鳴り響いたのは。
僕らは皆、反射的に身構えて腰を落とす。
「な、何だ?」
次の瞬間。
レストラン前に停車していた荷馬車から大きな火の手が上がったんだ。
機能停止中の双子を乗せた荷馬車は濛々《もうもう》と黒煙を立ち上らせながら激しく炎上し始めた。




