第4話 急転直下! ウイルスの秘密
黒幕の書き残した報告書のうち前半はアリアナのことを主題としていたけれど、後半はウイルスについて書かれていた。
双子が使うステルス・ウイルスは黒幕の意思で自由に発動させられる。
これに感染したキャラクターは普段は変わりないけれど、黒幕がここぞという時にウイルス・プログラムを発動して相手のキャラクターの動きを一時的に停止させたり異常な行動に走らせてしまうんだ。
このウイルスを開発したのも当然、黒幕だった。
大事な局面でゲームの流れをコントロールするために。
もちろんこの一件は秘密裏に行われていて、運営本部の他のメンバーには絶対に知られてはいけない事項とされていた。
でも……。
「このことが運営本部の他のメンバーにバレたら黒幕は完全にアウトだ。それなのにどうしてこんな証拠となる文書を残す必要があったのかな。そもそもこれは誰に対しての報告書なんだろうか……」
ウイルスについて書かれた報告書の後半を読み続けるうちに、そうした疑問が湧いてくる。
そしてその他にも黒幕の背景について窺い知れる記述が各所に見られた。
運営本部には神様の派閥とそれに対抗する反対派閥があって、黒幕は反対派閥に所属しているんだけど、ウイルスの件を知る人は黒幕だけだった。
それはそうだろう。
反対派閥の人たちだって神様とは考えが違うだけで、自分たちが運営するゲームの発展を望んでいるはずだ。
ゲームを破壊する恐れのあるウイルスの存在を許しはしない。
即ちこれは黒幕の独断で行われていることだと思う。
でもこうした報告書を残しているってことは黒幕には仲間がいるはずだ。
それも運営本部以外に……。
そこまで考えて僕は大きく息をついた。
胸の中に積もり溜まったストレスを吐き出すように。
アリアナやミランダを傷つけた黒幕のその野望を描く報告書の内容は、僕にとって当然気持ちのいいものではなかった。
読むだけでムカムカとした不快感が胸を詰まらせる。
だけど一つだけいいことも分かった。
「アリアナは……ウイルス感染してないんだ」
そう。
オリジナルのアリアナはウイルスに感染していないとそこには明記されていた。
なぜならオリジナルはコピーを作り出す原本であり、オリジナルが感染しているとそこから生み出されるコピーもすべてウイルス感染していることになってしまうためだ。
そうすると監査用に使われるまっさらなコピーが生み出せなくなってしまう。
そのため、黒幕はオリジナルのアリアナから生み出したコピーの方をウイルス実験の被験体に選んだようだ。
だから僕のすぐ近くで横たわるアリアナは、ウイルスに感染していないってことだ。
僕は必死にアリアナにワクチンを投与しようとしていたけれど、それはまったく的外れだった。
ということは……地底湖でミランダと戦ったあのアリアナはすでにコピーだったってことか。
でもあの時のアリアナは今のアリアナとは明らかに違う。
あの時はコピーとは分からないほど、性格や言動もアリアナそのものだった。
でもその後のアリアナは水着姿で宣伝放送を行うなど、まったく彼女とは似ても似つかない性格になっていたし、今のアリアナに至ってはまったく感情というものを感じさせない機械的な雰囲気を漂わせている。
僕はそのことが気にかかったけれど、そんな僕の疑問に答えるように、報告書の中に【ウイルスの副作用について】という項目が記されていた。
それによるとウイルスの感染期間が長くなると、僕らNPCに備え付けられている自発的感情表現の機能に障害が生じて、感情表現が出来なくなることがアリアナの事例によって判明したとのことだった。
自発的感情表現ってのは僕らNPCが嬉しい時は喜びの感情を、悲しい時は悲しみの感情を表すことの出来る機能のことなんだ。
だからウイルスによってその機能が障害を受けてしまうと、感情表現が思うように出来なくなり、やがて元々そのキャラクターが持っていた性格が消えてしまう。
だから応急処置的に他の性格を植えつけて急場をしのいだんだけど、それもやがて効果を失い、アリアナのコピーは無感情のキャラクターになってしまった。
それゆえにその都度、感情プログラムを投与して性格付けをしなければならいないのが難点である、と報告書のその箇所には記されていた。
「そうか。黒幕もウイルスを完全にコントロール出来ているわけじゃないんだ」
制御できないウイルスをそれでも使うのは無謀なんじゃないだろうか。
そのことが気にかかったけれど、僕はページをスクロールして出てきた次の項目に目を奪われた。
そこに掲載されていたのは【アルフレッド・シュヴァルトシュタインの危険性について】という題名だったんだ。
……へっ?
ぼ、僕?
いきなり自分の名前が登場したため、僕は思わず目をしばたかせた。
そして僕は惹きつけられるようにその内容に目を走らせていった。
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【アルフレッド・シュヴァルトシュタインの危険性について】
闇の洞窟に配属されている下級兵士アルフレッドはその体内に危険な因子を含んでいる。
魔女退治の褒章の一部でしかなかった呪いの蛇剣タリオは、アルフレッドが装備することによって新たな能力を開花させた。
各種ステータスの天地逆転と報復ダメージがタリオ本来の能力であったにも関わらず、アルフレッドが装備後は白と黒の蛇を操る能力を発露させ、その蛇たちは相手に毒や眠りを与える能力を持つようになった。
そして砂漠都市ジェルスレイムにおいて入手したIRリングを装備してからは蛇たちの能力をさらに発展させ、眠りの煙やステルス・ナイフなどの武器を得るに至っている。
これらは皆、運営本部があらかじめ用意したプログラムではなく、アルフレッドの自我から自然発生的に発露したものだ。
結論を言えばアルフレッドはその身につけた装備品の機能を発展させたり新たな機能を付与させる【性能開発能力】を備えていると言える。
このままいくとアルフレッドの自我はさらにエスカレートし、このゲームを脅かす危険な存在になりえるかもしれない。
アルフレッド・シュヴァルトシュタインは危険分子として監視すべき要注意人物である。
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ぼ、僕が危険分子?
その項目はそう締めくくられていた。
黒幕が神様のことを敵視していて、ジェネットやミランダのことをしきりに排除したがっていることは分かるけど、僕のことにまで言及しているとは思わなかった。
双子も僕なんて取るに足らない相手と見下していたのに。
聖岩山で僕が使ったステルス・ナイフや桃色吐息のことまで知っているなんて、双子はやっぱり何らかの手段を用いて僕らの動向をずっと探っていたんだな。
それにしても僕がタリオやIRリングに新たな能力を開花させたという話は驚くどころか、にわかには信じられないことだった。
そりゃそうでしょ。
だって僕はただの平凡な下級兵士だよ。
ミランダやジェネットのように作り込まれた設定なんて僕には皆無だし、自他ともに認めるモブキャラ中のモブキャラでしかない。
今までそれなりに戦ってこられたのは、タリオやIRリングが元々秘めていた力が解放されて僕を助けてくれたからだと思ってるし。
それがまさか自分の力だなんて……ちょっとありえないでしょ。
この報告書に書かれていることは、僕の記述に関しては誇張が過ぎるんじゃないだろうか。
そう訝しみながら次のページへと進むと、そこでいよいよ報告書も最後の項目となっていた。
最後の項目の題名は【ウイルスに対抗するワクチンについて】と記されている。
ワクチン……そうか。
万が一ウイルスが暴走した時のための防止策として、黒幕もワクチンを用意していたんだ。
そうじゃなければウイルスを制御出来ずに黒幕の計画に支障が出る恐れがあるもんね。
そこにはワクチンの作り方について技術的な話が掲載されていたけれど、専門知識のない僕にはサッパリ分からない内容だった。
だからカメラで撮影しながらそこは適当に読み飛ばしていったんだけど、その項目の最後の一文に思わず僕は眉を潜めた。
【ウイルスがワクチンと結合した時の動きについては……】
報告書の最後はそこで途切れていた。
な、何だ?
ずいぶん尻切れトンボだな。
もしかしてこの報告書はまだ完成していないのか?
ウイルスがワクチンと結合?
どういうことだ?
僕はその文書の続きが気になったけれど、報告書はそれ以降まったくの白紙だった。
ここまで書いて中断したのかな。
僕がそんなことを考えていたその時だった。
モニターから大きなどよめきが響き渡り、僕は弾かれたように顔を上げる。
そして驚愕に目を見開いた。
オアシスを映したモニターの中では、アリアナがミランダの腹を拳で突き上げ、体をくの字に折ったミランダの顎を膝で蹴り上げた。
ああっ!
ミランダはたまらずに後退していこうとするが、その動きはひどく鈍い。
アリアナはこれを逃がすことなく追撃を仕掛ける。
アリアナの拳が二発三発とミランダの頬を打ち、ミランダの頭が激しく揺れる。
ミランダはまるで抵抗することが出来ずに、アリアナの攻撃を受け続けている。
ど、どうしたんだ?
ミランダの動きが悪い……い、いや。
ミランダはほとんど動けなくなっていた。
アリアナはそんなミランダに容赦なく攻撃を仕掛けていく。
そしてついにミランダはアリアナの踵落としを右肩に受けて、うつ伏せで地面に倒れこんでしまった。
アリアナはそんなミランダの背中を無表情のまま踏みつける。
苦痛と悔しさに表情を歪めながら、それでも歯を食いしばってミランダは顔を上げ、アリアナを睨みつけていた。
ミランダが苦しめられているその隣のモニターでも異変が起きていた。
さっきまで双子を圧倒しつつあったジェネットも、ミランダと同様に身動きが取れなくなっていたんだ。
ここぞとばかりに双子はそんなジェネットを攻撃し、二人がかりで追い詰めていく。
「ミ、ミランダ。ジェネット。二人ともどうしちゃったんだ」
僕は唇を震わせながらそう声を漏らした。
2人の様子は、まるでウイルスに感染した時の症状みたいだった。
2人は確かにウイルスに感染したけれど、ミランダもジェネットもアビーの治療やワクチン接種によってウイルスを除去できたし、これ以上のウイルス感染は防止できるはずだ。
それなのに……。
「ま、まさか……」
僕は愕然として報告書の最後のページに再び目を落とす。
【ウイルスがワクチンと結合した時の動きについては……】
それは報告書の最後を締めくくるにはあまりにも不自然で中途半端な一文だった。
だけどミランダとジェネットが唐突な苦境に陥った今、僕にはその一文がひどく不吉なものに思えて仕方なかったんだ。




