第9話 再会 そして動き出した聖女の計画
喫茶店裏手の搬入口から店のバックヤードに運び込まれた大きなダンボール箱の中から現れたのは、砂漠で砂嵐に巻き込まれた後、消息が分からなくなっていた光の聖女ジェネットだった。
ジェ、ジェネット。
良かった。
無事だったんだ。
でも、どうしてダンボール箱に入っていたんだ?
僕が驚いて見上げていると、ジェネットは懺悔主党の科学者ブレイディの薬品によってフェレットになった僕に手を伸ばして抱き上げてくれた。
「アル様。かわいいお姿になられましたね。ご無事で何よりです。少々色合いが地味ですが、首輪もよくお似合いですよ」
こ、こんな姿なのに僕だって分かるんだね。
言われてみて初めて気が付いたんだけど、僕の首には黒く染まったままのIRリングが首輪としてはまっていた。
気が動転していたから全然気付かなかったよ。
僕を抱いたままのジェネットに白衣姿のブレイディが歩み寄る。
「やあシスター。箱に隠れて潜入とは難儀なことだね」
「お久しぶりです。ブレイディ。ここに来るまで誰にも見られないよう苦労しましたよ」
「わざわざ砂嵐に巻き込まれる演技をしてまで姿をくらませる必要が?」
「ええ。あの双子の姉妹を欺くには、一度彼女たちの目から逃れる必要がありましたから」
懺悔主党のメンバーであるブレイディはジェネットとも当然、親交があるんだろうね。
2人は慣れた調子で会話を交わしている。
そ、それにしてもまるで状況が見えない。
目を白黒させている僕を見下ろしたジェネットは片目をつぶってみせる。
「双子の監視の目をくぐり抜けてここまでくる必要がありましたので、荷物に紛れてこっそりと運んでもらったんです。あの砂嵐と遭遇したのは本当に偶然でしたが、あれは逆手に取って双子の目から逃れるチャンスでした」
そうだったのか。
さすがジェネットだな。
狡猾な双子を相手にしても見事に立ち回っている。
そんなジェネットは優しい目で僕を見下ろして言った。
「アル様。ご心配なく。ブレイディの薬品は時間がたてば効果が消えて元に戻りますから。後ほどご説明いたしますが、これも双子を追い詰める作戦の一環なのです。ご容赦下さいね」
なるほど。
ジェネットがそう言うんだから、そうなんだろうな。
僕なんかじゃ計り知れないような計画を練ってジェネットはこの場に臨んでいるんだろう。
彼女がいてくれると途端に安心できる自分を現金な奴だと思いつつ、彼女が砂嵐に巻き込まれても無事だったことが嬉しくて僕は声を上げた。
「コッコッコ」
むぅ。
フェレットの声しか出ないけど(涙)。
安堵する僕を抱きかかえたままジェネットはブレイディを振り返った。
「あちらの監視の目はいかがですか? アル様を見張っていたのでは?」
「ああ。連中、この店にまで入って来ようとしたから、満席ですって追い払ってやった。しばらく店の外でウロウロしてたけど、店内の客がモニターのミランダに釘付けでしばらく席を立たないと分かるとあきらめたよ。今は遠巻きにこの店を監視してんじゃないか? まさか連中も店内にいる客が全員、懺悔主党のメンバーだとは思わないだろうよ」
そう言うとブレイディはクククッと喉を鳴らして愉快そうに笑った。
ええっ?
あの満席のお客さん全員、懺悔主党から派遣されたサクラだったんですか!
驚く顔を見せた僕の心情を悟ったのか、ジェネットが笑顔で僕の背を優しくなでてくれた。
「今このお店にいるお客様とスタッフの皆様はすべて懺悔主党のメンバーです。それだけじゃなく、店の外の裏通りにもたくさんのメンバーの皆様に来ていただきました。アル様が双子の放った監視者たちに危害を加えられないよう、逆に監視し返すため人の目を増やしたんです。衆目の前では彼らも下手な動きは取れないでしょうから」
そ、そうか。
ここに来る途中、裏通りに急に人が増えたと思ったのはそういうわけだったのか。
「私やミランダと離れてアル様が一人になる瞬間を双子が狙うかもしれないと思いました。双子も私たちがウイルスに対抗するワクチンを持っていることを予想しているはずです。ですので私たちの中で最も捕らえやすいアル様を捕まえて、ワクチンを奪ったり情報を聞き出したりしようとするのではないかと、私は心配でした」
確かにあの双子ならそういうことをしそうだ。
懺悔主党の人たちの影ながらの支援のおかげで僕は無事にここにたどり着けたのか。
感謝の念を胸に抱く僕をそっと床に下ろすとジェネットはブレイディの前に立つ。
「さてブレイディ。ご自慢の薬液。私にもお願いします」
「了解した。遠慮なくいかせてもらうぞ」
えっ?
ジェネットも?
驚く僕がジェネットとブレイディを交互に見やる中、ブレイディは小さな瓶を取り出した。
その深い青色をした瓶の中身は見えない。
「無色透明、無味無臭だから案ずるな」
そう言うとブレイディは瓶の蓋を開けてその中に小さじを差し入れた。
そしてわずかな量をすくい取ると、それをジェネットに振りかけた。
すると液体を浴びたジェネットの体はみるみるうちに縮んでいき、彼女は真っ白な毛並みが綺麗な超絶かわいいフェレットに変身した。
その見事な変身ぶりに僕は思わず感嘆の息を漏らした。
すごい。
さっき僕もこうやって変身したのか。
それにしてもジェネットは動物に変身しても綺麗で凛々しいな。
ジェネットは自分がフェレットになったことを確認すると、僕の隣に並び立ち、挨拶をするように僕の背中に顔をこすりつけてきた。
うひっ!
こそばゆいよジェネット。
「アル様。同じフェレット同士、これで直接お話し出来ますよ」
本当だ。
相互コミュニケーションってすばらしい!
「ジェネット。エマさんからもらったSDカードの映像を見て心配だったんだ。砂嵐に巻き込まれてケガしなかったの?」
「ええ。この通り無事です。さてアル様。実はあまりゆっくりお喋りしている時間はありません。後ほど移動しながら事情はご説明いたしますので、とにかく今は私についてきて下さい」
そう言うとジェネットは慣れないはずの四足歩行で器用に歩き出した。
移動?
どこに行くのかな。
不思議に思いながら僕は彼女の後についていく。
そんな僕らのすぐ横に立つブレイディが、店のバックヤードの中にある一つの扉を開ける。
それは薄暗くて狭い部屋で、棚に色々な食料品やお酒なんかが置かれた貯蔵庫だった。
先頭に立って部屋に入るブレイディに続いてジェネットと僕も部屋の中に入った。
ブレイディは部屋の明かりをつけると、貯蔵庫の中でも一番奥に置かれた重そうな木箱を両手で持って移動させた。
すると木箱のあった場所の床に直径30センチほどの小さな穴が開いていた。
その穴からはわずかに冷たい風が吹き上がってきていて、どうも深そうな穴だった。
ブレイディは穴の横にしゃがみ込むと、風を感じ取るように穴の上に手をかざしながら言った。
「この店が出来る以前からこの場所にあった穴だ。おそらくこのゲームの製作時に偶然出来た穴だろう」
そう言うと彼女は眼鏡の奥でニヤリと笑みを浮かべ、僕とジェネットを見下ろす。
「この店はワタシのホームグラウンドでな。ま、君にとって闇の洞窟のようなものだよ。実はな、ワタシも自分の薬の効果を試すのに幾度もフェレットになったんだ。自分で作った薬はまず自分で試すのがワタシのポリシーだからな。で、前から気になっていたこの穴に入ってみたと」
そこまで言うとブレイディは大げさに眉を潜め、声を落としてささやくように言う。
「そこで見てしまったんだ。とんでもないものをな。ここは言ってみれば巣穴だ。……おっと。あまり話をしている時間はないんだったな。続きは道中、シスターに聞かせてもらうといい」
話の途中でジェネットが鼻先でブレイディの膝を突付いたため、彼女は話を切り上げる。
ジェネットはそれから振り返って僕を見た。
「アル様。あの穴の中に入りますよ。行き先は先日、ミランダとアリアナが対戦したあの地底湖よりさらに一層深い地下空洞です。決して離れないように私について来て下さい」
そう言ってジェネットは穴の中にスルスルッと入っていった。
こ、この穴がそんな地下まで続いているのか。
僕も彼女のすぐ後に続く。
穴に入るなんて緊張するかと思ったんだけど、フェレットの習性が身についているらしく、僕は妙にワクワクしていた。
そんな僕をブレイディが呼び止める。
「その状態でもメイン・システムは使えるよ。装備品はすべてアイテム・ストックに収納されている。ミランダのイベントの様子も見られるから時折チェックしてみるといい。では。よい探索を」
そう言うブレイディに軽く会釈して、僕は穴の中に頭から入っていったんだ。




