第3話 死をもたらす毒針
ラクダの背に揺られて砂漠を進み続ける。
ジェネットと別れてから10分ほどが経った。
僕の背中ではミランダが眠っている。
ジェネットに手伝ってもらって、眠っているミランダを背負い、落ちないように紐で固定してもらったんだ。
そんな僕とミランダを乗せたラクダは急ぎ足で砂漠を渡っていく。
途中で僕のメイン・システムに【IRリングをご使用のお客様へ】というメッセージが送られてきた。
そのメッセージにはこう書かれていた。
【本製品をご使用時にお客様の装備アイテムとの組み合わせが原因で誤作動が起きておりましたが、システム修繕により一部の障害につきましては改善が見られました。視覚機能障害などの副作用につきましては解消しております。ただし本製品の機能が使用可能となるまでには、さらなる修繕が必要となりますので、誠に恐れ入りますが正常なご使用開始までにはもう少々のお時間をいただきたく、よろしくお願い申し上げます】
そのメッセージを読んで僕はホッと安堵の息をついた。
よかった。
これなら聖岩山の時のようにタリオを装備しても目が見えなくなることはないんだ。
あの時はいきなり視界がブラックアウトして大変だったからな。
僕は試しにタリオを装備してみた。
同時にIRリングが僕の手首に装備されるという点やリングがいまだに真っ黒という点こそ変わりなかったけれど、装備しても視界は閉ざされることなくクリアーだった。
「よし。これなら戦えるぞ」
僕はタリオを握る確かな手ごたえを感じながら先を急いだ。
そしてついに前方に砂漠都市ジェルスレイムの建物群の影が見え始めたんだ。
時刻はすでに8時40分を過ぎていたけれども、もうここからなら5分ほどで到着できるはずだ。
僕は湧き上がる希望を胸に抱きつつ、焦ってラクダを走らせないように気をつけた。
ラクダにもライフゲージがあって、人や荷物を運ぶと少しずつライフが減少する。
実はラクダも短時間だったらかなり早く走れるんだけど、馬のように持久力があるわけじゃないから、走ると大幅にライフが減少しちゃうんだ。
だから僕は焦る気持ちを抑えてラクダを一定のペースで進ませていった。
もう街がだいぶ近いのに、砂漠にはほとんど人影がない。
砂嵐で街道が埋もれてしまったせいかもしれないな。
僕がそんなことを思っているとふいに背中のほうから「ゴゥゥゥゥン」と世にも恐ろしげな羽音が聞こえてきた。
途端にラクダがビクッとして動きを止める。
ハッとして僕が背後を振り返ると、そこには赤と黒のまだら模様をした巨大な蜂がウンウンと唸りを上げて空中に浮かんでいた。
「ひっ!」
僕は思わず恐怖で固まってしまった。
それは人の握り拳ほどもある巨大な蜂だった。
雷蜂と呼ばれる危険極まりないモンスターで、人の小指ほどもある毒針で相手を刺し貫く凶暴な性質を持っている。
この毒針に刺されると手痛いダメージを受けるだけじゃなく、16分の1の確率で即死してしまう。
しかも二度目に刺されると、アナフィラキシー・ショックによって即死の確率が4分の1に跳ね上がるんだ(泣)。
雷蜂が放つ野太い羽音と、顎を打ち鳴らすガチッガチッという警告音が恐ろしくて僕は思わず声を上げそうになった。
さらに悪いことに、雷蜂を恐れたラクダが声にならない声を上げ、大きく前足を振り上げたんだ。
僕は声を上げる間もなく、ミランダを背負ったまま振り落とされて砂の上に身を打ちつけた。
「うわっ! イテッ!」
幸いにして下が柔らかな砂だったからさほどダメージはないけれど、雷蜂のせいで狂乱状態に陥ったラクダは、振り落とした僕らを振り返ることもなく一目散に逃走していく。
「えええっ? ラ、ラクダ! ラクダァァァァ、カムバァァァァック!(必死)」
僕は叫び声を上げたけれど、ラクダは全速力でスタコラサッサと逃げ去ってしまった。
そ、そんな……ここで離脱ですか(涙)。
だけど僕にはいつまでもラクダの姿を目で追う余裕はない。
頭上では一匹の雷蜂が何やら8の字を描くように飛び回り、連続でガチガチッと顎を鳴らし続けている。
な、何だ?
何をしているのかよく分からないけれど、やばい感じがする。
頭上に響く羽音が増え始め、僕はハッとして顔を上げる。
一匹の雷蜂のもとにもう一匹、さらに一匹と雷蜂が飛び寄ってきた。
ふ、増えてる。
仲間を呼んだのか。
遠方から飛来する雷蜂の数はどんどん増え、羽音が轟音となって共鳴していた。
あ、悪夢のような光景だ。
僕は少しでも早くその場から離れたくて、ミランダを背負ったまま全力で駆け出した。
とにかくもう時間がないんだ。
ラクダもいなくなっちゃったし、走ってギリギリ間に合うかどうかも分からない。
僕は後ろを振り返らずに走り続けた。
「追いかけてくるな、追いかけてくるなよ~!」
僕は念仏のようにそう唱えながら、恐怖心から死に物狂いで走り続けるけど、背後に感じる羽音は一向に遠ざかっていこうとはしない。
ぜ、絶対に追いかけてきてるでしょコレ(涙)。
僕は恐怖を振り切るように力を込めて砂を蹴り、走り続けた。
だけどそれは長くは続かなかった。
「うぐっ!」
突然ふくらはぎに刺すような激痛が走り、僕はバランスを崩して転倒した。
転んだはずみで、ミランダを僕の体に縛りつけていた紐がちぎれてしまい、ミランダは砂の上に身を横たえることになった。
ううっ。
左のふくらはぎが焼けるように痛い。
僕は倒れ込んだまま、自分の左足を見た。
するとふくらはぎが赤黒く腫れて、右のそれよりも二回りほど大きくなってしまっている。
や、やっぱり雷蜂に刺されたのか。
僕のすぐ隣には投げ出されたミランダの姿がある。
そしてそのすぐ近くに一匹の雷蜂が落下して動かなくなった。
た、多分を僕を刺した奴だ。
タリオの報復ダメージで僕と同じだけのダメージを負ったその雷蜂はライフがゼロになって消滅した。
そうか。
毒針の攻撃は恐ろしいけど、個体としてはそんなに強くないんだ。
だけどそれが十数匹となればどれほどの脅威なのか僕にも分かる。
僕らの頭上では雷蜂の群れが獲物を仕留めようと群がってきた。
ま、まずい。
第一撃で即死しなかったのは16分の1の確率だからまあ十分にあり得ることだけど、次に刺されれば4分の1の確率でゲームオーバーだ。
左のふくらはぎを苛む激しい痛みに顔をしかめながら僕は自分が置かれている苦境に唇を噛んだ。
ミランダはまだ目を覚まさない。
ジェネットもいない。
そして今の僕は右腕を失っている。
絶体絶命だった。
頭上を飛び交う雷蜂は十数匹はいて、あれに一斉に刺されたら僕だけじゃなくミランダも間違いなくゲームオーバーだろう。
そうなれば僕らは闇の洞窟に戻され、時間までにジェルスレイムにたどり着くことは不可能となる。
どうにもならないような危機を前にして、僕の頭の中にワラにもすがるように希望的観測が湧き上がる。
後から追いついてきたジェネットが颯爽と雷蜂たちを退治してくれてこのピンチを脱する。
あるいは隣で眠っているミランダがついに目を覚まし、猛然と雷蜂たちを蹴散らして苦境から逃れる。
そんな想像が頭の中をよぎり、僕は自嘲気味に言葉を漏らした。
「いつもいつもそんな都合よくいくわけあるもんか」
現実は残酷だ。
今この場で助けてくれる人はいない。
ミランダと自分を守れるのは、この僕自身をおいて他にいなかった。
僕は砂の大地を拳でドンッと叩いて身を起こすと、足を引きずりながらミランダの前で立ち上がった。
そしてタリオを握りしめる。
僕の決意に反応してくれたみたいで、白と黒の蛇たちがウネウネと蠢き出した。
蛇たちは頭上の雷蜂たちに牙をむいてシャーッと威嚇の声を上げる。
「ステルス・ナイフや桃色吐息は……」
僕は蛇たちに自分の意思を送り届けたけど、僕の左腕に装備されているIRリングはまだ黒く染まったまま、その機能は停止状態だった。
おそらくそのせいか黒蛇は昨日のように口からステルス・ナイフを出してくれる気配がない。
たぶん桃色吐息も使えないだろう。
「それでも……やるしかない!」
恐ろしい雷蜂たちを前にして僕の体に震えが走る。
それでも僕は懸命に気持ちを奮い立たせた。
そんな僕の戦意を感じ取ったのか、ついに雷蜂たちは僕に襲いかかってきたんだ。
恐怖心を抑え込み、僕はタリオを振るって先頭の雷蜂を斬り捨てた。
戦えるぞ。
タリオのおかげでステータス・アップしている僕は一撃で雷蜂を葬り去った。
だけど仲間がやられたことなど構わずに他の雷蜂は続々とこっちに向かってくる。
何かを考えている余裕なんて1ミリもない。
僕は夢中でタリオを幾度も振るい、雷蜂を次々と斬り捨てる。
蛇たちもが素早く手近な雷蜂に噛み付いて僕を援護してくれる。
噛み付かれた雷蜂は 眠りの効果によって飛ぶ力を失い、砂の上に落ちる。
だけど……敵の数の前に、とても手が足りなかった。
右腕を失っている僕は腕が2本ないことの不便さに唇を噛み締める。
そして頭上から襲い掛かってくる一匹をタリオの刀身で必死に斬り捨てたその時、僕の背中に激痛が走ったんだ。
「うぎぃっ!」
瞬時に刺されたことが分かった。
僕は歯を食いしばって痛みを堪えるけど、刺された背中は焼けた杭を押し当てられたように熱い。
僕を刺した雷蜂は報復ダメージによってすぐに命を失った。
砂に落下し、動かなくなったその雷蜂を見て僕はゾッとする。
二度目の毒針は4分の1の確率で……なら僕もこいつのように……。
灼熱の砂漠の中にあって、僕は背すじに冷たい悪寒が這い登るのを抑えられなかった。




