第1話 アリアナという少女
ミランダとジェネットが出かけていった後の洞窟で、ひとり留守番をしていた僕の前にその少女は現れた。
来訪者を告げる警報が鳴り響く中で現れた彼女の頭上にはそのキャラクターの種類を表す三角形のマークがあり、緑色のそれは彼女がプレイヤーであることを示している。
「あれ? キミは確か……」
僕はその少女に見覚えがあったので、思わずそう言葉を漏らした。
透き通るように綺麗な青色のショートヘアーと群青色の瞳が特徴的なその少女は、魔法の道着の上に銀の胸当て等の比較的軽装な防具を身につけている。
そして両手には手甲を装備しているだけで武器は一切持っていない。
「やっぱりそうだ」
魔道拳士と記された彼女のステータス・ウインドウを見て僕は確信した。
彼女は拳や蹴りなどの格闘技で戦うタイプのキャラクターで、魔法も併用して使える魔道拳士というクラスだった。
ちなみに彼女の名前はアリアナというらしい。
僕がアリアナに見覚えがあるのは、彼女が以前にもこの洞窟を訪れてミランダに挑戦したことがあるからだ。
その時は見事なまでに返り討ちにあっていたけれど。
「こんにちは。アリアナさん。ぼ、僕のこと覚えてる?」
いや、安っぽいナンパとかじゃないからね(汗)。
やや緊張気味にそう声をかけると、アリアナは僕を見る。
その顔から彼女が僕に負けず劣らず緊張している様子が見て取れた。
アリアナは僕の顔を見ると強張った顔で頷く。
「うん。覚えてるよ。地味で特徴のない顔だから馴染み深かっ……ああっ! ゴメンなさい。私、余計なことを……。わ、私、イケメンの人って何だか苦手で。その点、あなたは全然イケメンじゃなくて平凡な顔……ああっ! またゴメンなさい。と、とにかくあなたって親しみやすい顔してるね」
ぐぬぬ(怒)。
ほ、褒め言葉と受け取っておこうか。
途中で気付いてハッとした表情で謝ってくれるってことは、きっと悪気はないはずだ(悲)。
僕はその場の雰囲気が悪くならないよう、目一杯の笑顔を取り繕った。
「き、気にしないで。僕、よく地味だって言われるから」
「そ、そう。ごめんね」
「アリアナさん。前に来た時、ミランダに挑戦したでしょ。あの時は残念だったね」
「アリアナでいいよ。あの時はレベルも低くてここにたどり着くのが精一杯だったから仕方ないわ」
この闇の洞窟には普段、モンスターがウジャウジャ出てきて、プレイヤー達の歩みを阻む。
レベルの低い人は途中でモンスターにやられてしまい、最深部であるこの闇の玉座までたどり着けない。
確かに前回、アリアナはこの場所にたどり着くまでに相当苦労したみたいで、ボスのミランダとの戦いにも実力差を見せ付けられるように負けてしまった。
でも僕、アリアナの戦いぶりはよく覚えてるんだ。
ミランダの魔法の集中砲火を浴びながら最後まで勇敢に戦ってたんだよね。
自分より強い相手に立ち向かっていくなんて、簡単なことじゃないよ。
「あの時は負けちゃったけど、でも武器も持たずに自分の拳や蹴りだけで戦うなんてすごくカッコイイよ」
「お世辞なんていいわ。私、ズタボロ負けだったし」
「お世辞なんかじゃないって。きっと次の対戦はもっといい結果になるよ。アリアナ、どんなにミランダに追い詰められても絶対に逃げなかったし、あきらめなかった。僕、尊敬しちゃうよ。まあ僕なんかに尊敬されても嬉しくないか。えへへ」
僕がそう言うとアリアナは少し驚いたように僕をじっと見つめた。
ん?
な、何だろう。
「何だかあなたってNPCなのにまるで人間みたいね」
「え? どういうこと?」
「いえ、何でもないわ。と、ところでミランダはどこ?」
硬い表情でそう言うとアリアナは怪訝そうに周囲を見回した。
本来なら僕がアリアナにかける第一声は「この先には恐ろしい魔女がいるから注意しろ」というNPCとしてのお決まりのセリフなんだけど、この日は違った。
恐ろしい魔女はお出かけ中だからね。
「せっかく来てもらったのにごめんね。今日、ミランダはメンテナンスで運営本部に行っているんだ。戻るのは明日になるから、申し訳ないけどまた来てもらえる?」
アリアナには悪いけれど、こればかりは仕方ない。
間の悪い訪問を気の毒に思いながら僕がそう言うと、彼女は明らかに困った顔で口を開いた。
「え? ミランダいないの? 私、今日中にミランダを倒さないといけないのに……」
今日中?
それはまたずいぶんと急な話だな。
どういうことだろう?
「あ、あの、アリアナ。洞窟に入った時に、ミランダ不在のお知らせを受け取らなかった?」
今日この洞窟に入ったプレイヤーには『ミランダ不在』の報告が漏れなく届くはずだ。
僕がそのことを尋ねると、どうやら彼女は緊張していて、お知らせの内容によく目を通していなかったらしい。
アリアナは肩を落として困惑の表情を浮かべている。
あまりにガッカリしたその様子に、僕は何だか彼女が少しかわいそうになってしまった。
「どうしても今日じゃないとダメなの?」
僕がそう尋ねるとアリアナは口をへの字に曲げてわずかに首を縦に振り、それっきりむっつりと黙り込んでしまう。
ううむ。
どうしたものか。
アリアナの表情には切迫した思いが滲んでいる。
一歩も引けない。
そんな雰囲気を漂わせる彼女を見かねて思わず僕は尋ねた。
「何か事情があるの? よかったら話だけでも聞くけど。ま、まあ僕なんかに話してもしょうがないかもしれないけど」
僕がそう問いかけるとアリアナは深刻な顔でしばらく黙っていたけど、やがてポツリポツリと自分が抱える事情を話し始めたんだ。