第5話 ミランダの警告
闇の洞窟での戦いが終わった。
魔女ミランダが双子の姉妹キーラ&アディソンを圧倒し、見事な勝利を収めたんだ。
ミランダは余裕綽々で仁王立ちし、僕は戦いが終わったことで緊張が緩んだのか、急に体の傷が痛み始めてその場にガックリと膝をついた。
イタタタ。
高熱で蒸し焼きにされたり、鞭で縛られたり、首すじを噛みつかれたりと散々なことばかりだったけれど、アリアナを守れたことで僕の気持ちは晴れやかだった。
そのアリアナは闇の玉座の裏で身を起こすと、呆然とした表情で立ち上がった。
そしてライフを失いゲームオーバーとなった双子の亡骸は電子データとなって消えていく……ん?
その時、双子の身に起きた奇妙な現象に僕もミランダもアリアナも目を見張った。
いつもならばゲームオーバーを迎えたキャラクターは光の粒子となって消えていく。
だけど地面に横たわるキーラの体にノイズのような揺らぎが発生し、その姿が明滅し始めた。
それはガックリと頭を垂れて座ったままの妹のアディソンも同様だった。
その姿がユラユラと揺らぎ始めたかと思うと、次第に激しいノイズを発し始める。
「な、何だ?」
僕が戸惑いの声を上げる中、双子の姉妹は激しいノイズを巻き起こしながら、唐突に消えてしまった。
「ど、どういうこと?」
僕はワケが分からずにミランダを見やったけど、彼女も憮然とした表情のまま首を横に振った。
アリアナもムクリと身を起こして、この状況に目をパチクリさせている。
さっきまでアディソンの溶岩噴射によって高温化していた洞窟はいつしか元のヒンヤリとした温度に戻っていた。
「と、とりあえず当面の危機は去ったってこと?」
僕がそう言うとミランダがこちらに近付いてきて肩をすくめた。
「ま、そうなんじゃないの。何らかのシステムエラーでしょ」
そう言うとミランダはプンスカと鼻を鳴らして闇の玉座にドカッと腰を下ろした。
彼女にとっての補給装置でもある闇の玉座から供給されるエネルギーによってミランダのライフと魔力が見る見るうちに回復していく。
イマイチ釈然としない状況だったけれど、次にミランダが発した言葉によって僕の頭から双子の最後のことは吹き飛んでしまった。
「さて。お次はあんたの相手をしてあげないとね。魔道拳士。フルボッコにしてあげるからかかってきなさい」
……へっ?
ミランダはそう言うと闇の玉座から立ち上がり、玉座の裏に立ち尽くしているアリアナと対峙する。
僕は慌てて立ち上がると、玉座に駆け寄ってミランダとアリアナの間に割って入った。
「ちょ、ちょっとミランダ何言ってんの? アリアナは君と戦ったりしないよ」
「黙りなさい。アル」
ミランダは僕に一瞥をくれてピシャリとそう言うとアリアナに視線を戻す。
「アリアナとか言ったわね。あんた、以前も私に挑戦しに来たでしょ。この冴えない男が持ってる妙チクリンな剣で相手してあげたわね」
「きょ、今日はアリアナはただ僕のところに遊びに来ただけなんだ。別に君に……」
「黙れって言ってんのよ。アル。ここは闇の魔女たる私の縄張りよ。気安く遊びに来る場所じゃないわ。アリアナ。あんたがここに来たせいでこの馬鹿馬鹿しい騒動が起きた。違うかしら?」
そう言うとミランダは挑発的な眼差しでアリアナを見下ろした。
その刺すような視線を受けてアリアナの顔が緊張で引き締まる。
「ち、違うよミランダ。アリアナのせいじゃないんだ」
そう言う僕を制止したのはミランダじゃなくて当のアリアナだった。
彼女はこちらに歩み寄ってくると、ミランダの目の前に立った。
「いいのアル君。ミランダ。こんな私でよければ相手になるわ」
そう言うとアリアナはまだ先ほどの戦いで受けたダメージが残っているにもかかわらず、果敢にファイティングポーズをとって見せる。
ミランダは少しの間、そんな彼女を見据えていたけど、やがて再び玉座に腰を下ろして足を組むと、興味をなくしたように言った。
「やめとくわ。そんな状態のあんたを倒しても面白くも何ともないし。出直してきなさい」
そう言うとミランダはアリアナを追い払うようにシッシッと手を振り払った。
アリアナはそんなミランダの様子にファイティングポーズを解くと、疲労のにじむ顔で僕を見た。
「アル君。ミランダの言う通り。私が来なければ双子はここに来なかったと思う」
「アリアナ……」
「心配しないで。これからのことは自分で考えるから。私、もっとちゃんと自分のことを考えないといけない。あなたに甘えちゃいけなかったの」
そう言うとアリアナは踵を返して洞窟の出口へと歩き去っていく。
そして一度だけこちらを振り返ると、力なく手を振った。
「……ごめんね。色々ありがと。アル君。またね」
それからアリアナは振り返ることなく出て行ったんだ。
悄然とした彼女の背中を見送る僕は、ふいに刺すような視線を背中に感じて振り返った。
そこには玉座に座したまま、薄笑みを浮かべて手招きをするミランダの姿があった。
こ、怖ーッ!(涙)
「アル君。またね。ですって? なぁ〜にがアル君よ。あんた! どういうことなのか一からきちんと説明しなさい!」
「ヒエッ! あ、あの、その……」
雷鳴のようなミランダの怒声に僕はビクッと背すじを正すと、ここに至るまでのアリアナとの顛末をしどろもどろになりながら必死に話して聞かせた。
ミランダの不在時にアリアナがこの洞窟を訪れた理由。
そしてアリアナのために亡者の廃城を共に探検したこと。
アリアナがPCからNPCへと変更した経緯。
双子が突然この場所に現れてアリアナを強引に勧誘した成り行き。
そんな僕の説明を聞いたミランダはあからさまに不機嫌そうな顔で僕を叱りつけた。
「何よそれ。あの女にいいように使われただけじゃない。ヘラヘラしてんじゃないわよ!」
「い、いいように使われてなんていないよ。僕が自分の意思で勝手にやっただけだって」
そう。
僕は自分でアリアナを手助けするって決めたんだ。
気が弱くてちょっと冴えない感じのアリアナが自分に似ていて、そんな彼女をほっとけなかったから。
だけどミランダはそんなことを説明する僕をキッと睨みつけた。
「勝手にやった? 何であんたがそんなことする必要があるの? なに? あんたって正義の味方か何かだっけ? 困ってる奴なら誰でも助けるっての? やめなさいよ。あの忌々しい尼僧じゃあるまいし」
や、やばい。
ミランダがヒートアップしてきたぞ(汗)。
怒りで顔が真っ赤だし、声もちょっと上擦ってる。
感情的になった彼女は手に負えなくなってしまうんだ。
「そ、そんなつもりは……」
「まさか……あの女を気に入ったとか言わないでしょうね? 下心? キモッ!」
「ち、違うって。そんないやらしい気持ちはないよ。友達として彼女を助けたかったんだ」
「ハッ! 友達? 友達ねぇ。モテない男が女に言い寄られて舞い上がってるようにしか見えないけど」
「カンベンしてよミランダ。僕、本当にそんな変な気持ちはないんだ」
ミランダに責め立てられるうちに僕は自分でも何だか悪いことをしているような気になってしまい、必死に弁明の言葉を並べ立てた。
うぅ……何だこの罪人の取り調べのようなシチュエーションは(涙)。
それから一通り小言を僕に浴びせかけると、ふいにミランダが神妙な顔つきになって静かな口調で言ったんだ。
「……私、あんたの性分については分かってるつもりよ。だからこそ警告しておくわ」
「警告?」
「あんたって臆病で平和主義のくせして、イザとなると妙に向こう見ずの無鉄砲になる。ま、そのおかげで前回、私は助けられたんだけど。でもそうやって、人助けとかおせっかい焼いて他人事に安易に首を突っ込んでると、いつか痛い目見るわよ」
「ミランダ……」
彼女の言うことはもっともだった。
僕はアリアナの助けになりたいと思ったけれど、心のどこかで自分のことを過信していたのかもしれない。
必死にやれば何とかなる、と。
今にして思えば、それは驕りだ。
ましてや僕にはミランダのような優れた能力があるわけじゃない。
誰かを助けたいという思いと、誰かを助けられる力。
その両方を兼ね備えていない以上、僕はおいそれと人助けに首を突っ込むべきじゃない。
ミランダはそう言ってるんだ。
でも……それならあの時、困っているアリアナを僕は見て見ぬフリ出来たのか?
そう自問自答する僕だったけど、ミランダが次に発した言葉がそんな僕の葛藤を吹き飛ばした
「分をわきまえろって言ってんのよ。あの魔道拳士が来た段階でどうしてすぐに私に連絡しないわけ?」
え?
それって……。
「で、でもミランダ、メンテナンス中だったし」
「そんなもん関係ない。あんたが勝手なことしようとするなら私はどこにいてもあんたの頭を引っぱたきに戻るから」
「ミランダ……うん。そうだね」
僕は思わずまじまじとミランダを見つめた。
僕が困ってる時、ミランダは駆けつけてくれる。
ひねくれた言い方をしてるけど、彼女はそう言ってるんだ。
めずらしく真剣な表情でそんなことを言うミランダに僕は不思議と心が温まるのを感じた。
怒られてるのに嬉しいというか、とにかくそんな奇妙な心持ちだった。
「ごめん。心配かけて」
僕がそう言うと、途端にミランダは頬を膨らませて両目を吊り上げた。
「は? はぁー? し、心配なんてしてないし。バカなあんたを見かねて忠告してやっただけだから。哀れみよ哀れみ。調子に乗るな。バカ」
僕はそんなミランダを見て思わず笑ってしまった。
そしてアリアナのことを思い返す。
アリアナはこれからのことを考えると言って去っていった。
彼女がNPCとしてこれからどう過ごすか、それは彼女自身が決断することだし僕には見守ることくらいしか出来ないけど、アリアナの行く先に明るい光が差せばいいなと思う。
友達としてアリアナを見守る。
僕はその約束を守ろうと決めていたし、今もその気持ちに変わりはない。
でも、無力な僕ひとりでは出来ることに限度があるし、ミランダの言うように自分の力の無さを顧みずに感情に任せて突っ走ってしまえば手痛いしっぺ返しをもらうかもしれない。
そして結果的には誰のことも守れなくなってしまう。
そんなことにならないよう、僕は自分を戒めないといけないんだ。
ミランダは僕にそのことを自覚させてくれた。
理不尽で横暴な魔女だけど、ミランダは一本スジが通っていた。
やっぱりボスとしてこの洞窟に君臨しているのはダテじゃないんだね。
「ところで。私の出張襲撃サービスが明後日に控えてるわけだけど……」
ミランダはそう言うと僕をチラリと見る。
彼女が何を言わんとしているのか分からない僕じゃない。
「分かってますって。僕もお供するよ」
僕がそう言うとミランダは一瞬パッと顔を輝かせ、すぐに腕組みをして不遜な表情に戻る。
「と、当然よ。あんたは私の家来なんだから」
「いや、だから家来じゃないって」
「家来なのっ!」
「は、はい。分かったよ。一緒に行こうか」
そう言葉を交わし合う僕らの元に一通のメッセージが飛び込んできた。
それは今は不在にしているもう一人の僕の友達からだった。
「ジェネットからだ」
「フンッ。何の用よ」
そのメッセージによれば、どうやらジェネットは彼女のクラスタである『懺悔主党』のオフ会を終えたんだけど、その後すぐにメンテナンスの予定が入ってしまったため、まだこちらに戻れないそうだ。
それを聞いたミランダは意地悪そうな笑みを浮かべた。
「どうでもいいわよ。あんな尼僧。別に帰ってこなくていいって返信しときなさい」
「また、そんな意地の悪いことを言って。もしかしたら僕らが出張に行ってる間に彼女が戻ってくるかもしれないから、そのことを伝えておこう」
不満そうなミランダをよそに僕はジェネットにメッセージを返信しておいた。
ミランダと共に出張することと、その行き先が砂漠都市『ジェルスレイム』であることを。




