許す。守る。貫く。
少し遅れると言いましたが、なんとか書けました。
「やり直す……? 何をばかなこと」
「バカでも貴女達にはそれが出来た筈です。2人は確かに貴女を裏切りましたが……それでも貴女に尽くしてきたのは慕っていたからでしょう?」
「そうよ。だから利用した。ゼロ・ユートピアから将斗を守るために!!」
琴禰は敬語を崩し始めていた。
明らかに動揺している。紫音にはそれがわかる。
「貴女は守ろうとなんてしてない! ただ自分の気持ちを満たすために服従させようとしただけです!!」
「どこが悪いの!!」
唾を撒き散らさんばかりの気迫で琴禰は吠える。
「皆が私を独りにする! だから私はそうならないようにするために生きてきたのよ!
愛してくれる人が、家族が欲しかった! 独りの私にはそれが……!」
「違う! 貴女は独りなんかじゃなかった!!」
ハッとしたように琴禰がこちらを見る。
彼女は自分と同じだった。鳥籠の中しか知らず、将斗に救われた存在。
感情で声は震え、目の奥が熱くなりはじめる。
「貴女は独りなんかじゃない! 真冬さんや雪見さんが貴女の傍にはずっといた!
たとえ騙し、裏切っても……あの2人の気持ちは本当だった!!」
将斗と抱き合ったとき、彼に干渉して記憶を読み取ることが出来た。
将斗に琴禰を託した雪見
琴禰のために人殺しを繰り返した真冬
利用されるだけされても、2人の判断基準には必ず琴禰の存在がいた。
「何で貴女に利用されても2人が着いてきたか……それは罪を負ってでも貴女を守りたかったから!
どんなに嫌われても貴女が好きだったから!! 家族のように想ってたからじゃないんですか!!」
気付けば紫音の足元に涙が落ちていた。
◇
「ふんっ!!」
『らぁああああっ!!』
電流を身に纏い、斬りかかる。しかし真冬の身体にも同じように電気が走っていた。
『雪見の命を……そんな風に利用してお前はそれでいいのかよおぉっっ!!』
「黙れ…雪見の気持ちは双子の俺がよく理解している!
残りの命を琴禰様のために使う!! 俺達の意思は1つだ!」
『だから怒ってんだよ!!』
刀とブレードがぶつかり合い、電流は鋭い刃となって周りの木々を斬り倒して行く。
『なんて姉弟だ……! そんな事をして琴禰が1人ぼっちになるだけだってなんで気づかない!!』
「これが琴禰様の意思!! あの方は全てを失う覚悟を決めた!! 俺達はそれに従うまでだ!!」
『従うだけが従者の……役目じゃねえっ!!』
技とか先読みとか、そんなのは存在しない。ただ互いの爆発した感情が相手にぶつけられる。
電流で斬られた大木が2人の上に倒れてきた。それを互いの刃が切り裂く。
「俺達にはあの方を自由にすることなんて出来なかった!! 将斗!! それが出来たのはお前だけだったんだよ!!」
『なんでもかんでも押し付けやがって……!!』
「それだけお前を信じてたんだ!! 琴禰様も!! 俺達も!!」
『ふざけるな!! お前達は琴禰を守る事から逃げてただけだろ!! わからず屋が…!!』
「俺達はこんなやり方しか知らない!!」
真冬の太刀筋に歪みが生じる。グニャリと蛇のようにうねり、将斗の肩を裂いた。
電気メスと同じだ。熱の刃は装甲を断つ。
『っ!』
「俺達は俺達のやり方で琴禰様に従う!! それだけだ!!」
刀を鞭のようにしならせ、真冬は力の限り叫ぶ。
太刀筋は向こうが上だ。こうして押し合うだけでも対甲ブレードは悲鳴をあげ始めている。
とはいえ距離をとろうものなら真冬は追撃を喰らわしてくるだろう。
「もう……戻れないんだよ!!」
力の押し合いが続く。ブレードは徐々にヒビを広げ、モニターにdangerの文字が見える。
「戻れないから……最期まで突き進むしか手段が無いんだ!!」
ヒビは柄の近くで音をあげ。
そして弾けるようにして砕けた。
◇
「パンドラが?!!」
白夜が探知した巨大なエネルギー反応。千晶は大きくうなずく。
「将斗のブレードじゃ分が悪い……」
「……どうするべきか……」
こちらには刀のような長さの対甲ブレードは存在しない。昴はスコープから目を離さず、うなり声をあげた。
すると耳につけていた通信機に連絡が入る。
『千晶さん、昴さん!』
「五木さん……! まずい状況だ。相手がパンドラを使ってるらしい」
『そちらの通信機でわかります。それでお願いしたいのです』
五木の声には焦りが見られた。
『峠の麓に私達はいます。そこに……将斗さんの武器が!!』
「「?!!」」
2人は雷光の存在を知らなかった。
だが迷ってる場合ではない。
『将斗さんに……!』
「千晶…!!」
「ダー!!」
言われる前に千晶は森林を飛び出し、白夜を呼び寄せる。飛んだ白夜は千晶の体を包み込み、白銀の狂犬が峠を駆け降りた。
◇
『っっ!!』
ブースト、ホバリング、ワイヤー
すべてを使い、出来るだけ真冬から離れる。しかし真冬は木々の隙間を駆け抜けて将斗に斬りかかってくるのだ。
彼の刀は電気を纏い、将斗が避けた切っ先は辺りの木を斬り倒してゆく。
銃なんて彼には通用しない。
だが対甲ブレードもない。
自分の体術では真冬の隙をつくなんて出来そうもない。
「逃げてばかりか!! 将斗ぉっ!!」
真冬の足を電流が駆け抜けた。瞬間、彼の跳躍力がぐんと伸びて将斗の背後に回る。
『しまっ……!!』
「ぉぉおおおああああああああっっ!!」
切り返しが将斗を襲った。それをホバリングで回転するようにかわすが、避けた先には真冬の脚が。
蹴られた紫電は木々を突き抜け、崖へと飛ばされた。岩壁が落ちて大きな地鳴りを起こす。
◇
「……家族のように……? ふざけないでよ……」
ひきつった笑み。震える声。
目はまるで何かに絶望するかのように闇に覆われていた。
「騙してきた……私を裏切っていた…私達の関係に家族なんて絆は存在しない!!」
「そう思っていたのは貴女だけです!」
「嘘だ……嘘だ嘘だ!!」
突然として体に異変が起きる。体の内側から切り裂かれるような痛み。
だがそれは前回同様、痛みだけだ。
わざと抑えて……? いや………
琴禰が能力を……暴走させ始めている……?
『紫音ちゃん!』
「昴さん、だめです!!」
紫音は即座に拒んだ。
『だ、だが……』
「ただの痛みだけです……それより彼女には……伝えなきゃならないんです」
己の体を抱くようにして琴禰は能力を溢れさせる。紫音だけではない。波紋を広げるかの如く能力は広がって行く。
いつしか保有者の意識世界は崩壊していた。
「……何もない……何も残ってない!! 私は独りだった!!」
彼女はただ泣き叫ぶ。
裏切られ、否定したことをさらに否定された。
今の琴禰は自身の感情と理性の調和が崩れている。
体の内側からの痛みに耐えながら紫音は琴禰へと近づいていった。
「雪見さんも真冬さんも……貴女を将斗に託そうとしました。
例え駒として朽ちる未来であっても……貴女の幸せを願っていたんです」
琴禰に近づくにつれ、痛みは強くなってゆく。
だがここでやめるわけにはいかない。
彼女には伝えなくちゃならない。
叫び、もがき、苦しむ琴禰
「それって……誰よりも貴女を愛していたからじゃないんですか?」
「愛してなんていない。あの2人は……」
近くに来て気付く。琴禰の顔色が悪くなっていたのだ。
能力の暴走で体に何かしらの負担が?
「……私は裏切られてばかりだった……信頼する人にも、好きな人にも……
だから1人で生きてきた。常に自分から前に出た。
2人なんて……私に着いてくるだけだった……」
それは紫音に向けての言葉ではない。彼女自身に言い聞かせているのだ。
自身の人生を呪う、彼女の独白。
「……このままゼロ・ユートピアを生き延びても1人……もう……私の道に価値はない。
生きる理由も何もかも……」
「……琴禰さん……」
重たい足を引きずるようにして琴禰の前に立ち、紫音はその体を抱き締めた。
体が僅かに緊張を示したが、紫音はその手の力を緩めない。
「私は……貴女みたいに積極的にも自ら前にもいけない弱い人間です……
でも、そんな弱い私を将斗や昴さん、千晶ちゃんは支えてくれた……」
かつて裏切り合った仲
許し合えたからこそ、自分達は今ここにいる。
抱き締める手に精神を集中させる。
能力は干渉。
相手の意識と記憶を読み取る力
だが紫音はそれだけでないと確信がある。
下手をすれば命に関わるような賭けだ。
「裏切りを許せない気持ちはわかります……私も一度、それで家族を傷つけたことがありましたから……
それでもお互いを好きな気持ちは変わらなかった。一緒に痛みを負って、少しずつ受け入れて来て……
貴女はあの2人とやり直せたはずなんです。
私や将斗が家族を取り戻した時の様に、
私達に違いがあるとすれば、ただそのひとつだけです。
本当にそれだけだったんです」
歪み始める空間。体が何かに引っ張られるようなそれは、紫音と琴禰を包み込む。
喧嘩した記憶が。
泣いた思い出が。
許し合えた瞬間が。
紫音の腕を介して琴禰に流れ込んだ。
◇
地が揺れる。パンドラ同士がぶつかり合うような闘いでないとここまで揺れることはないだろう。
千晶は紫電への通信を確かめた。雑音しか聞こえず、兄が不利にいるのだとすぐにわかる。
「千晶さん。これを」
山縣に差し出されたデバイスを受け取り、千晶は兄のいる方角を見た。
たとえレーダーがあっても将斗が森林にいる今、迅速かつ的確に居場所をつきとめてデバイスを送り届けるのは困難である。視界を妨げる木々が多すぎるからだ。
方法を考える千晶の背中を、幻が抱き締めた。いざとなれば闘う意思を持つ千晶を引きとどめようとしているのだ。
心配性な相棒である。
(私は闘いはしないよ)
だから力を貸してほしいと念じる。
将斗に勝機を与えるために。
千晶は走りながら昴に連絡を入れた。
◇
瓦礫がのし掛かり、抜け出すのに苦戦している将斗の眼前に刀の切っ先が向けられた。
真冬の冷酷な殺意が静かにこちらの息の根を止めるタイミングをうかがっている。
その瞳には輝きがなかった。
まるで獲物を睨む蛇のように冷酷で、悲しい眼だった。
『……雪見は……自ら命を差し出したのかよ』
「そうだ」
真冬の声は聞く者に寒気を与えるほど落ち着いている。
「俺達はこれしか知らない。人間じゃなかった……最初から空の命だ」
『……真冬……悲しいよ……』
僅かに刀の先が揺れたような気がした。
悲しい。その一言に尽きる。
琴禰に従うことしか知らず、自分の心にさえも向き合う術を知らなかった友。
造られた身体。主に従うことしか出来ない思考。
彼は姉を兵器として利用する道を選ぶことしかできなかった。
『お前の選択は……悲しすぎる』
不憫の2文字が真っ先に浮かぶ。
あんなに笑い合った友が、最悪な選択しか選べなかったことが何よりも胸を痛みつける。
もう彼に、言葉は届かないのか。
「………かよ………」
『……?』
ATCの通信機がないと聞き取れないくらいの小さな声が、機械で出来上がった彼の口から溢れる。
「……俺が雪見を……死なせて平気でいると思っているのかよ」
『真冬……?』
明らかに彼には異変が見られた。
呼吸に合わせて刀は震え、装甲でしかない顔には苦痛の色が浮かんでいた。
「琴禰様と出会う前から一緒にいたんだ……俺を誰よりも理解してくれてた姉ちゃんをパンドラにして……
俺が楽しくてこんなことをしているように見えたのか!!」
それは彼が初めて見せた苦悶だった。
人造人間が初めて誰かに打ち明けた本音。握る刀には殺意と悲壮が込められている。
「俺達はこれしか知らない、出来ないから、雪見を止めたくても出来なかったんだよ!!」
大きく肘を引いて狙いを定める。胸の光は真冬の叫びに呼応するかのように悲しい輝きを放ち、震える刃は将斗の頭目掛けて直進した。
◇
『昴兄ぃ、へカートを!!』
妹からの要請に昴は面食らう。
「そんな……へカートなんか撃ったら紫音ちゃんまで木っ端微塵になる!!」
『コトネにじゃない!』
鼓膜を破りそうなボリュームの声に昴はハッとする。
『将斗に……届ける!!』
言葉足らずのコミュニケーション。しかし昴はそれですべて理解した。
今、峠を登っている千晶よりも高所にいる昴の方が見張らしは良い。夜の場合、逆に昴の位置の方が視界は悪くなるが弟達は赤い光を放っているのだ。
紫音が心配だが今、彼女達は動きが止まっている。
「オーケィ、千晶……」
擬装を振りほどき、膝から立ち上がって背後に置いていた銃を掲げる。
重く鈍い光沢を放つ対物ライフルは昴の動きに合わせて大きな銃口を見せた。
赤い光は今、彼の見える場所で強く輝いている。
うっかり弟に当てたりでもすれば大惨事だが昴には確実に弾丸を逸らす自信があった。
自分を誰だと思っている。
MI6随一の狙撃主。そして師匠の弟子、道化師。
この程度の仕事は朝飯前である。
なにより本当の狙いは真冬に当てることではないのだから!!
引き金に指をかけ、照準を合わせる。
「場所は僕が示す。千晶。しくじらないでよ!!」
今の兄妹の表情はそう。不敵な笑み。
『見えた!!』
峠を登る最中でもわかる。へカートが撃ち込まれた地点は大きく弾け、砕けた木々や抉られた土が高く噴き上がっていた。
場所はわかった。あとは兄が示した場所へ突き進むのみ。
最速、最短で、確実に行く!!
――オオオオオオオオオオッ!!!――
狂犬が雄叫びをあげて森林を駆けた。ローラーを激しく鳴らし、時にはワイヤーを使って木々の間を一気に抜けて矢の如く疾走する。
木の枝に巻き付けたワイヤーとブースト、遠心力を駆使し、白銀の狂犬は月夜を背に空へ跳んだ。
へカートにより破壊された自然の産物はまだ上空を浮いている。
狙うはその中心
『受け取って……将斗!!!』
ワイヤーに巻き付けられた雷光を、体を捻る勢いを加算させて投げ飛ばす。新たなデバイスは弧を描き、目にも止まらぬ速さで爆心地へと向かっていった。
◇
『ぉぉおおおっっ!!』
無理矢理左腕を瓦礫から引き出し、間一髪のところで刀を握るようにして押し止めた。まさか防がれるとは思わなかったのか真冬は驚いたように表情を険しくする。
そんな時、真冬の背後から爆発が起きた。激しい暴風に土煙が舞い、風に煽られて真冬の姿勢が崩れる。
将斗の手が刀から外れ、剣先が崖に突き刺さった。
瓦礫が崩れる音。見えない視界の中で動く気配。刀を抜き、その気配を追う。
「そこかっ!!」
気配さえわかればあとは簡単だと思っていた。将斗にはもう対甲ブレードがない。刀は紫電の装甲を切り裂き、これで全てが終わると。
ガィイイン!!
「?!!」
だが刀が装甲を斬ることはなかった。
対甲ブレード……いや、それよりも頑丈で鋭い太刀筋が真冬の一閃を受け止める。
腕に伝ってくる重み。真冬はその重みを知っているからこそ自身の記憶を疑った。
「嘘だ……!」
ありえない。
将斗にはもうまともな武器なんて残ってないはずだ!!
だが土煙が収まり、取り戻した視界の先には真冬がありえないと思っていたものがその姿を見せていた。
黒曜石を思わせる光沢。対甲ブレードによく似たデザインだがその造りは彼が知り尽くしている刀と寸分の違いも存在しない。
夜だというのに存在感を放つその黒い刀は……
――新たなデバイスの追加を確認――
――デバイス・雷光を認識――
『だったら……雪見も琴禰も守ってやれよ……』
雷光は真冬の銀月とぶつかり合う。その所有者は赤い瞳をギラつかせていた。
『大切だと思うなら使命なんて投げ捨ててでも貫き通せよ!!お前の力はそのためにあったんだろ?!!』
闘いもいよいよ終盤戦です。
昴と千晶が将斗に雷光を届けるシーンですが、実は書いてる最中に思い付いてやってしまいました。
ちなみに最初の予定では
将斗・真冬に敵わない→昴と千晶が隙を作る→五木と山縣到着→雷光げと
でした。




