真実への序章
不穏な空気が流れる回です。
「………参ったな」
吸いかけのタバコを灰皿に擦り付け、天田は表情を険しくする。
「………まさか光石の令嬢にそんな力があったとは」
「面識は?」
「ある。………しかしそういうのを匂わせない子だったし、何より白鷺さんの腹心だ。
………逆に紫音はよくそこに気付いたな」
「情報の提供者がいたそうですよ」
昴と天田の視線が五木・山縣に向けられる。2人はそれには答えず、端末を差し出してきた。
「紫音さんが調べてくれた記録です。光石琴禰の過去の連絡内容・不正の詳細が記されてます」
「………お前達は光石の令嬢が裏切り者だと知ってたのか?」
「………どうでしょう」
普段ならなに食わぬ顔ではぐらかす2人だが、この時ばかりは意気消沈しているのか目を伏せていた。
「紫音ちゃんは?」
昴は幼なじみの容態を尋ねた。
「ただの気絶です………が、目の前で将斗さんが撃たれたショックが大きかったのでしょう。まだ起きる様子がありません。
上で寝かせてますが……」
「そっか……」
昴はモルゲンの天井を眺めた。
そんな昴の前で天田は端末を見ながら苦々しく歯を噛み締めている。
「………紫音を任務から外すべきではなかったか」
「……いえ、最初は紫音ちゃんも迷ってましたから。無理に組み込んだら僕みたいに自滅していたかもしれません」
「………やけに冷静だな」
昴はため息を吐いた。
千晶は既に負っていた怪我と刀傷、さらにシュプリンゲンの副作用でボロボロだ。今回の任務にはもう動かせない
頼れる仲間が戦線離脱し、今闘えるのは昴1人。それも昨晩の負傷が完治していない状態だ。
もう怒る気力すらない。
昴から視線を逸らすためか、天田は端末の情報に目をやった。
~~~~~~
その人は前触れもなく目の前に現れていた。
黒いドレスに黒いヴェール。
表情は見えないのにこちらを見て笑っているのだけがわかった。
今立っているこの場所が現実ではないことを知っている。
ここは意識の世界だ。保有者が持つ、果てしない地平線。
――悔しいですよね?――
突然、心が伝わってきた。
――目の前で大切な人達を傷つけられて、奪われたんだから――
………貴女は誰ですか。
――私?私は………――
嘲笑うかのように動く唇。
――信じられないでしょう?でも良いんです。やっと私は目覚めることができた――
その人はこちらの脇を通りすぎ、背後の光へと突き進んで行く。
――ちょっとだけ、体をお借りしますね。
会いたい人もいるので――
…………………
…………
……。
~~~~~~
「お目覚めですか」
ソファーから体を起こした紫音に飲み水を運んできた山縣。紫音はというと眠そうに瞼をこすっている。
「ここは……モルゲン?」
「そうです。光石琴禰の能力にやられ、将斗さんは誘拐、千晶さんは重傷になりました」
「………」
「申し訳ありません」
山縣は深く頭を下げる。
さっきまで昴達に見せていた態度とは違う、誠心誠意の謝罪だった。
「彼女の能力を完全に理解していなかった私達の責任です……
こんなこと……あってはならなかった」
「仕方無いことです。あの人は能力を上手に隠してきました。
私達だって把握しきれていなかったのだから」
「…………え……………?」
責めてこないのは予想外だった。彼女が怒りに任せて多少の暴力をふるってくることがあっても、山縣にはそれを受け入れる覚悟があった。
だが紫音は許すどころか、琴禰の能力について把握しきれなかったと言い始めたのだ。
様子がおかしい。ショックで言葉選びがおかしくなっている訳でもなさそうだ。それどころか、大切な幼なじみ達が傷付いたというのにその口にはわずかな笑みが浮かんでいる。
息をのむ山縣の後ろに、五木か階段を登ってきて紫音の目覚めに気がついた。
「紫音さん。目が覚めて………」
「待て、五木」
近づこうとするする五木を山縣は制する。五木は「え?」と声をあげた。
「どうして?だって紫音さんが……」
「久しぶりですね。コハク」
紫音が口にした名前に五木は顔色を変えた。
山縣にも同じように電撃が走る。
「その呼び方……!」
「名前で呼ばれるのは久しぶりみたいですね」
「まさか貴女は……!」
紫音であってそうでない人物が、絹のように柔らかい声で命じる。
口調は丁寧だが反抗を許さない声で
「小夜に連絡を入れてください。
あと、天田悠生に動いてもらって光石琴禰の会社のパソコンのアクセス権を」
日下部紫音はおとなしく内気な少女だ。しかし今の彼女の顔には自信が満ち溢れ、不敵に笑う様子には妖艶ささえ感じさせる。
「悲惨な未来を防ぐために」
光石琴禰は3年ほど前に水森財閥に仲間入りした。
父の営む会社がこのままでは潰れることを予測し、財閥の庇護下に入ることでそれを防ごうとした、というのが表向きの理由だ。
そして彼女は隠れた商才を発揮することになる。父の会社の経営を、財閥のバックアップを利用したとはいえ好調に傾けた。
財閥仲間入りの貢献者である娘の指示には逆らえず、最初は口出しに苦い顔をしていた父も経営が良くなるにつれて彼女の言いなりになった。
財閥は彼女の才能を高く評価した。
そんな彼女は九家の1人である白鷺にスカウトされ、情報部門に引き抜かれるも父の会社の手助けを怠ることなく頭角を現していくことになる。
まだ学生でありながら2つの会社で活躍する彼女は尊敬の的であった。
財閥から見合いの話を持ちかけられる事も多々あったが彼女はそれを断っている。
とはいえ優秀な人材でもあるし、まだ学生という身分を考慮して財閥もその辺りを無理に押し付けるようなことはしなかったのだが。
「………確かに、光石琴禰の過去のデータからはこれまでのシュプリンゲンや兵器の輸入、土地・建物の借用、保有者の違法取引等、テロ国家の入国手引きの記録がありました。
………いずれも証拠は隠滅された様子ですが、日下部紫音がわずかなデータを基に復元しました 」
「………そうか………」
天田からの報告を受け、水森は天井を仰いだ。
「…まさかあんな子が黒幕だったとは、な…」
「………また、これは断片的なデータですが………機密事項を彼女は知っていたそうです」
「らしいが……まさか彼女は……使徒なのか?」
探るような視線が天田に向けられる。しかし天田はそれを否定した。
「………それは無いでしょう………これは勘ですがね」
「話題を変えよう。
彼女の使用パソコンのアクセス権限だが、日下部紫音がデータをかき集めて復元したのだろう?
なぜ今必要か」
「………詳しくはまだわかりませんが………」
水森は「ふぅむ……」と考えた後、思い切った様にうなずいてみせた。
「こちらの監督不届きもある。光石のみならず白鷺の会社のアクセス権を与えよう」
天田からその連絡を受けた五木が、すぐさま紫音に知らせる。
彼女は満足げに笑うと山縣にパソコンの準備を命じた。
「そちらの準備が終わったらそのまま待機していてくださいね」
「一体何を……?」
不安そうに尋ねる五木へ、紫音は笑いかけた。
「ちょっとだけ……私の心残りを解消してきます」
立て続けに目立つ自分達の失敗。
そもそものきっかけは自分が出過ぎた真似をしたからだ。
仮にあの場でATCを2台使えていたら。白夜を万全にしていたなら。
「…………」
頭を抱えてテーブルに目を落とす。昴に差し出されたコーヒーは冷めきっていた。
「僕のせいだ……」
もし将斗が死んだら。そう思うと自分に腹立たしさを覚える。
「僕が……」
「昴さんらしくないですね」
不意に馴染みのある声をかけられ、昴はあわてて背後に目をやった。モルゲンの階段下で紫音がこちらを見ている。
いつもの優しい微笑みを昴に向けて……
いつもの………
いつもの?
「え……?」
「昴さんはどんな時も笑顔を絶やさない…少なくとも私はそう記憶していましたよ?」
「紫音……ちゃん?」
今目の前にいるのは紛れもなく彼が愛する幼なじみ。
だというのに謎の違和感が胸にじんわりとにじんでくる。
いや、紫音で間違いはない。
だというのに彼女の笑みに何か深意があるのではと疑ってしまうのはなぜか。
「こんな時こそ貴方は笑うべきです。いつもの自信満々な顔で、私達を引っ張ってください」
「自信って、ねぇ……」
違和感のせいか、自然と身構えそうになる。しかし紫音はそれも包み込むかのように昴の胸に抱きついてきた。
「っ?!」
「………やっと………会えた……昴さん……」
胸元から聞こえてくる声に昴の頭には高揚と共に冷静な警戒意識が芽生えてきた。
紫音を振り払う事もできず、ただ抱きつかれるがままに彼は問いかける。
「君は……紫音ちゃんなのか……?」
紫音は顔をあげると
「一応は日下部紫音です。
昴さん。千晶ちゃんに会わせてください」
「っはぁっ!!」
目を覚ますと白い壁一色の部屋にいた。見覚えのない部屋だ。
起き上がろうとすると脇腹と四肢に圧迫感を覚えた。
動かせる首だけで確認してみると上半身は裸で、四肢はベッドから伸びた鎖に固定されている。
脇腹には包帯が巻かれていた。
裸でベッドなんて、俺、普段しねーぞ!なんて考えたのもつかの間。
ベッドの隅に上半身を預けている琴禰の姿に気がついた。
「っ?!」
そうだ。記憶がフラッシュバックして甦る。
琴禰が財閥の裏切り者だと知り、戦闘になり、そして紫音を庇って彼女の銃弾に倒れたのだ。
将斗の視線に気がついたのか、まどろみにいた琴禰が目を覚ます。
「将斗!!よかった……ナノマシンで治療したのに、全然目を覚まさないから……」
その目に光る涙を見て、敵だというのに胸が締め付けられる。
確かに将斗の知る琴禰だ。裏切り者なんて言葉が似合わない、よく知った人物。
「琴禰……っ!」
「痛みはない?ナノマシンが安定するまで動かないで」
「ここは……」
「私の別荘よ。どこかは今は話せないけど……」
すると将斗達のいる部屋の扉が開いた。
そこに目をやり、将斗は戦慄する。入ってきたのは琴禰のボディーガードである双子だった。
「真冬!雪見……!」
「気がついたのですね。よかった……」
「将斗。腹は平気か?」
あんな戦闘の後というのに双子の態度も今までと同じ、良き友人のそれだ。
焦りが将斗の頭を支配する。今は普段通りの態度をとってもすぐに殺しにかかってくるのではないかとの恐怖があった。
「琴禰様。あんな規模の能力を使った後です。将斗も目を覚ましたのですし」
「私は平気よ」
「ですが……」
「雪見はしつこいな。しつこい女は嫌われるって教わらなかったのか?」
「真冬が適当過ぎるだけでしょう」
「あん?何か言ったか?」
「はぁ?言いましたよ?貴方はめんどくさがりやでずぼらで、女性にモテる要素は皆無だと」
「てめっ!最後のは余計だろ!!男いないくせに!」
「女性がいないのは誰ですか!!」
「「バーカ、バーカ!!」」
……混乱してしまいそうだ。
なぜあんな後でいつも通りのやり取りを始める?
反応に困ってると温かく手が将斗の手に添えられる。琴禰だった。
「将斗。ごめんなさい、何も知らない将斗にこんなことをして……」
「琴禰……?」
「今、全部話すから」
手が強く握られる。琴禰は真剣な表情で将斗に訴えかける。
「将斗にはわかってほしいの。
真実も、なにもかも。
総てを失う前に」
白夜を使う千晶は戦闘不能。紫電を使える将斗は拉致状態。
そんな中で紫音に異変があります。
実はこの異変、以前にフラグを建てたことがあるんです。どの回かはナイショです。
次回、琴禰の目的の背景を描きます。




