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瓦解

ちょっと詰め込んだ回になります



 倉庫で紫音は1人、立っていた。片手の携帯はユウヤと繋がっている。五木と山縣はこちらに向かっているそうだ。来るまでもう少し時間がかかるだろう。


『……本当に来るのか?』


 ユウヤは五木と山縣を知らないからか不安げに尋ねてきた。


「来る……と思いますが……」


『あの言葉だけで来ると決意するのも不思議な話だがな』


 天秤の片割れ。五木は確かにその単語に反射していた。だが言われてみると不思議な話だ。


「あの……その人はどういう人なんです?」


『……変わった子でな……話せばわかるとは思うが……』


「変わった子……?」


『やけに達観した視点の持ち主だ。年不相応の落ち着いた物腰だし……』


「でも、どうしてユウヤさんはその子と?」


『……施設を襲撃して、保有者ホルダーを数名保護した中にいたんだ』


 え、と紫音は声をあげる。


「じゃあその子も?」


『少なくとも施設の保有者ホルダーではない。首に番号がふられてなかった。

 ……だが不思議なことにな。その子はオリジナルでもないんだ。なのに保有者ホルダーを知っていた』


「……どういうことです?」


 保有者ホルダーでないなら施設にいたというのはいささか不自然な話だった。

 オリジナルでもないならなおのこと。


『本当に……変わった子なんだよなぁ…』


 ユウヤもその人物についてはまだよくわかってないらしい。

 ここまで保有者ホルダーの話が出てきたところで紫音はふと、千晶を負傷させた能力のことを思い出した。


「あの……ユウヤさん」


 五木・山縣が来るまでもう少し時間はある。紫音は能力について尋ねてみることにした。

 時間をかけて相手の内部を破壊する能力のこと。それを聞いたユウヤは「ん?」と不思議そうに反応した。


『……シオン。本当にそいつは保有者ホルダーだったのか?』


「そうとしか考えられないので……」


『妙だな……』


「え…?」


『確かに能力を使うのにある程度の条件はある。だが、そいつはお前の仲間と同じビルの中にいたのだろう?その中で能力を使う機会ならいくらでもあったはずだ』


「それは……」


『能力を使うのにある程度の集中力が必要だった。とかならそれまでだが……やけに能力を使う場面が限定されているような気がする』


 限定されている。紫音の中で何か靄がたちこめようとしていた。


「条件といったら、どういうのが多いのでしょうか」


『そうだな……知る限りではお前のように対象との接触が必要だったり、媒介になるような物だったり、ある程度の体力が残っているのが条件ってケースが多い。

 施設の保有者ホルダーは能力を使うごとに身体のガタがくるのが速いから、それもある意味条件だが……』


 紫音は相手に触れる必要がある。

 愛花は自分で見聞きする必要がある。

 過去に会ったデヴィは、媒介となるピアスを相手に持たせることで会話が出来た。


『媒介となるものには保有者ホルダー本人に由来するものが必要だ。

 おそらく話してくれたデヴィとやらのピアスには…彼の血か何かが入っていたんじゃないのか?』


 あの赤いピアスの姿が頭の中でちらついた。

 だが千晶は男の血を浴びたわけでもないらしいし、その線は薄い。

 他に要因はないのだろうか?


『そうだな……あとは……一定以上視界に入るとか。だがそうなるとさっきの疑問が浮かぶんだ』


 千晶も昴も、例の男としばらく対峙していたはずだ。だがその時は能力を使うことはなかったらしい。

 異変が起きたのは千晶が男を追い詰めた時だ。窓際まで追い詰め、鍔迫り合いになっているときに男は「時間稼ぎ」と……



「お待たせしました。紫音さん」


 思考は途中で遮られる。五木と山縣が倉庫の扉を開けて入ってきたのだ。他に誰もいないのか辺りを見渡し、視線を紫音に止める。


「他には誰も連れてきてないようですね」


「当たり前です」


『……来たのか?』


 紫音が肯定するとユウヤは例の人物に代わると言った。

 その携帯を穴が空くほど2人は見てくる。

 最初に口を開いたのは山縣だった。


「紫音さん……なぜ連絡が来たのです?」

「えっと…… 」


 ブレーメンが襲撃した施設にいたと話すと、2人は納得したように息を吐いた。だがそのしぐさは親しい人に向けるような、肩の力の抜けたものだった。


「あの人なら……あり得ますね…ボーッとした人だし」

「ああ……有り得るな。ボーッとした人だし」


 どうやら「変わった人」とは「ボーッとした人」らしい。

 ……人物像がまだ浮かばない。


『シオン』


 ユウヤの声が聞こえてきた。


『テレビ電話に、あとスピーカー機能に切り替えてほしい』


 言われた通りに携帯をいじる。

 最初は通信が悪いのか、砂嵐しか写されなかった。だが時間が経つにつれ少しずつそれは薄れて行き、ぼんやりとだがシルエットが浮かび上がる。

 女の子だ。紫音が認識すると同時に画面はクリアーになる。


 出てきたのは長い髪をハーフツインにした、人形のように可愛らしい少女だった。


 歳は……紫音より3つくらい下だろうか。くっきりとした二重瞼が特徴的な目でこちらを見つめている。

 あまり物を食べていなかったのかやつれてはいたが、血色はよく、疲れているようにも見えなかった。


 だが気になったのはその雰囲気だ。

 成る程。ユウヤが「変わった」と表現するのもうなずける。


 黒い瞳は海の底のように暗く、だが心の病とは別の。そう、何もかも呑み込むかのような意思を感じさせるのだ。

 特に興奮も困ってる素振りもなく、当たり前のようにこちらを見つめてくる姿に大物という言葉を連想してしまう。


 ゴクリ、と唾を呑み込む。


 この少女が放つ無言の圧力。それは水森総司と対面したときに感じたあの不思議なオーラとよく似ていた。

 すべてを見透かし、呑み込んでしまいそうな眼差し。

 携帯を握る手が僅かに震え始めている。

 あのオーラを。こんな歳下の子が放っているとは到底思えなかった。


 少女は紫音の顔を画面越しに見据え、口を開く。


『……………はじめまして。日下部紫音。


 私は小夜さや。そこにいる2人の上司であり…………



 パンドラの忌み子です』











 


 学校の終わりを告げるチャイムが鳴り渡る。カバンに教材を詰め込み、将斗は窓の外を見た。茜色の夕陽が沈み始め、当たりは赤く染まっている。


「………」


 これから会う人はまだ小樽には着いてないのだろうか。それとももう着いていて、将斗を待っているのだろうか。


(きちんと返事しなきゃだよなぁ)


 わかってはいるものの向かおうとする脚は重く、自分はまだ何かに迷っている。


(迷い……か)


 昨夜昴に言われたことが記憶の中で反響していた。

 まだ何かに迷っている。

 そんな自分がいて、千晶が無事だったとは限らない。むしろ悪化していたのかもしれない。

 財閥のやり方に納得できない自分。

 弱く、真冬にさえも負けてしまう自分。

 琴禰からの告白にも未だ答えを見いだせない自分。


(……良いとこ、全くねーな……)


 情けない。愛花と紫音が好きなくせして、琴禰の告白には何も言えなかった。

 力も無い上に自身の気持ちがわからない今の自分を一言で言い表すなら……


 弱虫……だろうか。





 市民会館前の前に、小樽を一望できる公園がある。公園にはかき氷屋があるが、5時を過ぎた今となってはもう閉まってる。

 手すりに右手を添えるようにして、琴禰はこの風景を眺めていた。


「やっぱり良い所だね。小樽は」


 将斗が公園にやって来ても振り返る事はしなかった。琴禰も将斗と同じく、制服姿のままだった。


「空気も美味しいし、夜景は綺麗なんだよね」


「………」


「ねえ。小樽の海ではキャンプとか出来るんだよね」


「ああ。出来るよ。釣りも出来る」


「やっぱり良いなぁ……私がやりたいことがたくさん詰まってる」


 琴禰はそこでようやく振り返った。ただでさえ美術というのに夕陽をバックにしてるからか妖艶さが追加されて、将斗はついつい目を逸らしそうになった。


「将斗。返事、聞いて良い?」

「…………っ」


 本当に琴禰は真っ直ぐな奴だ。こうして急かしてくるにも関わらず緊張してる様子もない。だからこちらが狼狽えてしまう。


「…………」

「…………」


 なにも言わず、向かい合う2人。

 遠くで太陽が海に向かってゆっくりと移動していた。








 星空に照らし出される湖。そこで白夜は隣で体育座りしている相棒と話していた。


「あんなに死にかけたのはルスラン以来かも」


「スバルの暴走が敗因要因な気がするけど」


 2人は息をつく。

 

「本当男って……」


「自分勝手、よねぇ……」


「昴兄ぃといい将斗といい……」


「呆れるわねぇ……」


 白夜は千晶の頬に手を当てる。温かく、優しい手だ。


「でも、そんな兄達がほっとけないティーナも大概よねぇ」


「やっぱり見捨てていいかなぁ」


「見捨てたらティーナは後悔するでしょ?」


「……なんで日本に帰国したのか、迷うときはあるよ」


「ロシアにいたらレーナにあんなことやこんなことされてたかもよ?」

「……………やだ」


 四面楚歌だよとなげく千晶の頬から頭に手をずらし、撫でてくれた。


「白夜が昴兄ぃの無茶を教えてくれなかったら昴兄ぃは死んでた」


「そうかもね」


「なのに白夜が相手が保有者ホルダーだと教えてくれたのに、活かせなかった」


「あれは仕方無かったわ。まさかあの場に居たなんて予想外だし」


 そこで白夜は千晶の首に腕を回し、抱き寄せる。

 まるで母に抱かれる幼子のように千晶はその心地よさに目を閉じた。


「ティーナが……無事でよかった」


「……スパスィーバ。白夜」


「……行くのね?」


「うん……」


「私はまだ修理中だけど、どうするの?」


 千晶は顔を背けた。いたずらを見つかった子供のようなリアクションに、白夜は小さく笑う。


「……紫音ちゃんに殺されるけど……正当な判断ってことで」


「ああ…あれね……謝るのを忘れちゃだめよ」


「わかってる」


 白夜の腕を優しく外し、千晶は立ち上がった。白夜の腕を握ったままその顔を眺める。


「……白夜」

「うん?」


「やっぱり私、白夜と何処かで会ったことある?」


「会ったことはないわ……もう行きなさい」

 

 うなずき、遠ざかり始める千晶を見送る白夜の表情は悲しみに満ちていた。


 





 ナノマシンで骨折は回復したものの、安静のために1日休むことになった昴は病室の千晶を見守っていた。

 自分の我が儘のせいで死なせかけた妹はまだ目を覚まさない。

 心臓を破壊されかけたのだ。生きているだけで奇跡ではあるが……


「……将斗まで傷付けちゃったな……」


 昨日のあれは八つ当たりに等しかった。

 苦しんでいたのは自分だけではない。財閥のやり方に嫌悪感を抱きながらも昴は協力することを決めた。将斗も同じことで悩んでいたというのに……


「兄……失格だな。僕は」


 言葉はため息と共に出た。


「……本当に、そう」


 その時、か細い声が聞こえてきた。


「?!」


 聞き間違いを疑ってベッドを見る。

 幻聴なんかではなかった。千晶は目を開き、こちらを恨めしそうに見ていた。


「千晶?!!」


 いつもなら嬉しさのあまり抱きついたりとかする昴だが、自分のせいで傷付いた妹を目の当たりにし手を伸ばすことにためらいを覚えてしまう。

 代わりに身を乗り出すようにして尋ねた。


「目を覚ました?!」


「あまり大きい声出さないで」


 目覚めまもなくであまり具合はよろしくないらしい。

 起き上がるのを手伝いながら昴は謝罪の言葉を選ぼうとする。



「千晶……僕は……」


「昴兄ぃ……反省してる?」


「……ああ」


 兄を気遣ってか、千晶が先に聞いてきた。昴は頭を下げる。


「手伝ってくれる?」


「……それで君が許してくれるなら」


「じゃあ……協力して」


 いつもの感情の起伏を感じさせない言葉。

 それが何よりも温かく感じたのは、千晶が自分を恨んでいない証拠である。千晶のためなら自分は協力を惜しまない。

 千晶は近くに置かれたカバンを指差した。体の内側がズタズタにされた影響でその手は震えている。

 言われるがままにカバンを取り、中のものを取り出すと。

 ピンク色の液体を詰めたピストル型の注射器が出てきた。

 痛い記憶が甦る。


「…………いや、これって」


 記憶違いでなければこれは、あれじゃないだろうか?

 一時期兄妹で問題になった魔法の薬。


「ダー。シュプリンゲン 」


 サラッと答えられる。


 ……まじですか。


「バレたら怒られるやつだよね?」

「紫音ちゃんには特に」


 ですよねー。


 千晶が副作用で吐血したこともあり、紫音はこの薬に対して嫌悪感すら抱いてることを昴達は知っている。


 よーく知っている。


「いやいや。さすがにまだ、紫音ちゃんに嫌われたくはないなぁ……」

「私と一緒に怒られて」


 oh、マイシスター……


「僕はまだ死にたくないなぁ……」

「す・ば・る・にぃ?」

「…………」


 怪我の理由が自分&妹の殺意むき出しの眼差し。

 観念しないと後が怖い。


「………どれくらい注入すればいいの?」


「1ミリほど」


「効果は」


「いつも通りの働きができる」


「副作用」


「後でダルくなる。あと、紫音ちゃんに殺される」


「……今、必要な理由は?」

「…………」


 千晶のことだ。間違った判断や理由ではないかもしれないが、念のため確認は怠らない。

 それに対して千晶の答えは嘘偽りのないものだった。


「将斗を守る」


 答えは昴が期待していたものだ。

 注射器のグリップを力強く握り、千晶の隣に腰を下ろすと先端部をその細い首に押し付けた。


「……じゃあ仕方無いね」


 千晶の顔の血管が僅かに浮かび上がり、そして収まる。痛み止め程度の効果だろうが今はそれで十分だ。 


「一緒に紫音ちゃんに謝ろう」


 千晶はベッドから降りると、「ダー」と返すのだった。







「……やっぱり……決められないよね。将斗、優しいもん」


 お互い黙って5分は過ぎただろうか。先に口火を切ったのは琴禰の方だった。


「琴禰……その……」

「将斗が謝る必要なんてないよ」


 まるでこちらが言おうとしてるのを見透かしたかのように琴禰は遮る。


「仕方ないことだもの……私の告白は強引すぎたのだから」


「強引って……」


「今言いたいこと、当ててあげよっか?


『自覚はあったのか』でしょ?」


 いたずらっぽい笑みに何も言い返せずにいると、彼女は両手を後ろに組んで将斗の周りを歩き始めた。


「今のは意地悪だったかな。でもごめんね。正直なところ、将斗の優しさにつけこもうとしたの」


「?……何を……」


「昔々」


 口ずさむように語り始める琴禰。歩いている歩調も一定感覚である。

 


「病弱を理由に部屋から出ることが出来なかった少女の元へ、ある国の王子様がやって来ました。


 王子様は誰からも好かれる優しい心の持ち主で、少女はたちまち王子様に恋をします。


 少女は世界を知りません。そのため王子様が見せてくれる世界が全てでした」


 1人語りは続く。


「王子様と少女は離ればなれになりました。ですが少女はいつか王子様に振り向いてもらおうと努力します。


 すべては王子様にふさわしい相手になるためでした」


 会社を引き継ぐための学問。

 料理の腕。

 

 どれも琴禰の努力の証。


 将斗に振り向いてもらおうと頑張ってきた少女の物語だ。


「ある日、少女は魔法使いに会いました」


 お伽噺でよくある展開だ。


 魔法使いは少女に魔法をかけ、王子様に近付くチャンスを与える。


 よく聞く話だ。


 だが魔法使いは……


「魔法使いは言いました。

 王子様が近いうちに亡くなってしまうと」


 突如としてその場の空気が冷たくなる。

 言葉を放った琴禰と将斗の視線がぶつかり合った。

 

 自惚れなんかでなければ。

 その王子様とは自分だ。


 俺が、死ぬ……?


「なぁ……何言ってるんだよ……」


「少女は魔法使いにお願いしました。王子様を死なせないでほしい。

 魔法使いは、王子様を守るためには少女の力が必要だと言いました」


「死ぬって……嘘だろ?」


 信じられない。どこの詐欺師に騙されたのだと問いただしたくなる。

 だが琴禰の眼は「嘘じゃない」と語っていた。


「少女は喜んで魔法使いに協力します。より学び、力を蓄え、そして……


 再会した王子様が手を取ってくれることを願いました」


 そうして将斗に向かって手を差し出す。


「ごめんね……


 将斗が私を好きになってくれたらいいなって思ってた。


 将斗は優しいから……そうすれば一緒に来てくれる。そう考えてた」


 でも、そういうのはやっぱり嫌だ。王子様につけこむようなことはしたくない。

 いずれ知られてしまうなら、真正面から伝えたい。


 そう言う琴禰は半ばべそをかくような顔でこちらを見ている。

 正直、琴禰の言ってる言葉の意味はまだわからない。

 なぜ自分が死ぬなんて告げられたのかも、なぜ彼女がそれを信じるのかも。

 聞きたいこと、確認したいことが津波のように押し寄せてきて、将斗の喉でつっかえる。


「将斗が好き。これだけは変わらない。

 貴方も、貴方の大事な人も私が守る。絶対に………


 だから………」


 一緒に来て。


 私を見て。


 そう告げる瞳を涙が潤していた。

 彼女の本心だけはしっかりと伝わってきた。


 将斗を、好きな人を守りたい。


「っ………」


 返事なんてすぐに出せるはずがない。

 自分は今日、なにも決めれずにここに来たのだ。

 答えなんてまだ……………


「俺は………」


「琴禰様」


 その時、公園に男が入ってきた。スーツ姿の、背が高い男。

 真冬である。

 せっかくの告白を台無しにするかのような登場の仕方に勿論、琴禰は不機嫌そうに顔をしかめる。


「真冬……どうしてわきまえてくれないの」


「申し訳ありません」


 そのやり取りに将斗は違和感を覚えた。

 真冬は基本、砕けた話し方を保つ。だが今の彼の態度は雪見とよく似た事務的な話し方だし、琴禰もそれに何かを言うこともなく答えていた。


「何かあったのですか?」


 言い表すならそう。職場の上司と部下。

 もとからあの双子は琴禰のボディーガードだし、今みたいなやり取りの仕方も本来ならではの姿かもしれないがそれでも違和感は拭えなかった。

 目の前の将斗に挨拶をすることもなく真冬は主に対して真面目な顔で接している。


「……ハッキングされてました」


「そう………で?犯人は?」


「ダメです。特定することが出来ませんでした」


「………なんですって?」


 驚いているのか、眼は大きく見開かれていた。

 親の会社の話しらしいので将斗は口を出さないでいる。


「雪見がいるのに?」

「いるのに、です。それとハッキングは………」


 真冬はそこで苦虫を噛み潰したかのような表情になる。


「琴禰さまの……パソコンにまで及んでいました」


 その時の琴禰の異変はなんとも印象的だった。

 顔から血の気が完全に消え失せ、唇は震え、動揺を隠せずにいる。

 こんな琴禰を見るのは初めてだ。将斗の知る琴禰はもっと明るくて、大物で……

 今みたいに何かに怯える姿なんて見たことがなかった。


「雪見が逆探知を試みましたが、それも成果がありませんでした」


「そんな………魔術師ウィザード級でも簡単には突破できるセキュリティではないのに………

 ………もしかして、『奴ら』が雇った調査員……?でも………」


 ぶつぶつと独り言を始め、なにかを懸命に考えている。

 この場合、邪魔者は消えた方がいいだろう。


「……不味い話みたいだし、席を外すよ」


 真冬と琴禰。2人の視線が向けられた。


「すまない、将斗……頼む」「いいえ、その必要はないわ」


 ……………え?


「琴禰様?」


 真冬も困惑した様子で主を見る。

 なぜ将斗も?彼の表情はそう尋ねていた。


「こうなってしまっては仕方ありません。

 きっと、今すぐにでも追っ手がくるでしょう。そうなったら今後、将斗と会えなくなります」


「………」


「なぁ。何の話を………」


 混乱してしまう。教えてくれと懇願したかった。

 何か事情があるなら話してほしい。

 そう願う。


 願いはすぐに叶った。


 だが、琴禰や真冬の口からではなく、いとも残酷で残忍で残念なやり方で。


「っ?!琴禰様っ!!」


 真冬が声色を変えて主人に抱きつき、飛び退いた。将斗も同じタイミングにして伏せる。

 2人同時に殺気を感じていたのだ。

 

 さっきまで琴禰がいた場所が何度も小さく弾ける。土煙が舞い、真冬と琴禰に降りかかる。


 この弾けかたを将斗はよく知っている。


 間違いない。これは銃撃だ。


 誰かが琴禰の命を奪おうとしている。

 

「っ……!逃げろ!!」


 将斗が叫ぶが、それを遮るように第三者の声が響く。


『貴女を調べさせていただきました』


 機械を介したような、少しくぐもった女性の声だった。

 声の出所は将斗・琴禰の携帯。なにかを押したわけでもないのに通話機能が作動し、スピーカーモードで話しかけてくる。


(ハッキング?!!しかもこの声……)


 携帯に侵入し、勝手に操作してくるこの手口。何よりこの声が証拠だった。

 こんなことが出来る人物は将斗の知る限り、1人しかいない。


 ハッキングの腕。機械越しなので声質は若干変わっているが……


(紫音?!!なんで……!!)


『会社は実質、貴女が取り仕切っていたのですね』


 幼なじみの声は若干緊張している様子が伝わってきた。だがそれを振り払うかのように冷たい口調で語りかけてくる。


『貴女の親の会社は過去に倒産の危機を迎えていました。ですが経営の知識を得ていた貴女は生き残るためにある財団に吸収される道を提示して、会社を存続させたのですね』


「覗き見なんて、趣味が悪いですね」


 真冬に守られたまま琴禰が返す。

 今の紫音と同様に、その声は冷たくなっていた。


『貴女はうまく財団に取り入り、親の会社を売り渡すと同時に新しいポストを得ました。

 親とは別のポストを獲得して……そこで幹部の地位を得た貴女はいろいろ手を回していたそうですね』


「……あなたがハッキングの犯人だったのですね」


『新しいポストは財団の情報部。そして財団の名前は……水森財閥』


「え…………」


 背筋を嫌な汗が走った。

 自分の聞き間違いかと思った。


 だってその名前は………


『九家のひとつ、情報部門の白鷺家の腹心。そして役職を利用して、財閥の目を欺いてきた』


 胃にドスンと重い何かが落ちてくるのを将斗は感じていた。

 紫音がなぜ、こんなことをしているかがぼんやりとだが見えてきたからだ。


 だが、それを信じたくない。


 信じられない。


「嘘だ……」


「何者ですか。あなたは」


『……私は……』


 耳を塞ぎたくなった。

 嘘だと言ってほしい。


 だが紫音が意味なくこんなことをしないという理解力がそれを許さない。


『貴女と同じ保有者ホルダーです』


 将斗が、琴禰が、衝撃で顔をひきつらせる。


 琴禰が保有者ホルダー


 ばかな。そんなはずはない。


 だって琴禰は能力なんて………


 否定してほしくて琴禰を見た。だがそんな期待はすぐに裏切られる。

 琴禰によって。


「……どうして知ってるの?財閥も私の能力は知らないはずよ」


「琴禰!」


 将斗は琴禰に駆け寄ろうとした。

 しかし再び足元が弾け、行く手を遮られてしまう。

 わざと当たらないようにしている狙撃。

 間違いなく兄の仕業だ。


『ある人物から……情報をもらいました……』


「おい、嘘だろ?琴禰!」


 すがるような将斗に目をやり、琴禰は携帯に再び視線を戻す。


「……私の能力も知ってて?」


『……………』


 少しの沈黙を置いて紫音は告げる。


 やめろ。


 やめてくれ。


 どちらでもいい。嘘だと言ってくれ!!


 だって琴禰は………


『身体に沈着したナノマシンへの攻撃……そして破壊』


 琴禰はため息を吐いた。

 それを見て将斗の中で何かが音をたてて瓦解する。


 否定してほしかった。


 明るくてお喋りで真っ直ぐな彼女でいてほしかった。


 将斗が守りたい世界には、彼女も……琴禰

もいたのだから。


『貴女に攻撃された人はナノマシンが破壊されて、体内から死んで行くのですね』


「……そこまで知られましたか……」


「琴禰様」


 琴禰、真冬の背後にやって来たのは雪見だった。手に長いものを持っている。

 それは間違いなく刀だった。


 琴禰と


 真冬と


 雪見と


 視線が合う。



 誰も否定してくれない。



 それが将斗にとってなにより残酷な仕打ちだとも知らず。



「雪見。琴禰さまを連れて離れろ」


 真冬は刀を受け取り、鞘から抜いた。白銀の刀身が太陽に照らされ、その存在感をより強く放っている。

 その様子は昨日、昴から聞いた襲撃者の姿と同じだった。


「おそらく敵は俺達を生かしては帰さない。ここで始末をつける」


「将斗を連れて行く必要があります」


 もうあの笑顔は欠片もなかった。主として真冬に指示を出す琴禰の姿は自分達とよく似た、



 人殺しの世界を生き抜いてきた猛者



「……承知しました 」

「何でだよ琴禰……」


 人を手にかけることに迷いのない、冷酷な眼差し。

 かつて一緒に遊んだ記憶がよみがえる。


 笑う真冬。それを叱りつける雪見。


 そして、崩れ落ちる琴禰の笑顔


 財閥の裏切り者達との、楽しかった日々


「何でなんだ!!」


 叫んだのと同時だった。どこからともなく姿を表した千晶が襲いかかる。

 それを真冬が刀で防ぐ。


 千晶のナイフと真冬の刀がぶつかり合い、 衝撃で周囲を風が舞った。


 

琴禰が財閥の裏切り者と予想した方も多かったでしょう。

琴禰登場回からこの展開を練り上げてました。



おまけコーナー


昴「副作用は?」

千晶「ダルくなる。後で紫音ちゃんに怒られる。ひどく怒られる。こっぴどく……」


 言ってて千晶は恐怖で震えがっていた。



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