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黒幕との対峙

某ブラック・ラ◯ーンのヤ◯ザなキャラが書けて楽しい最近



『明日、会えないかな?』


 そんな連絡が将斗に来たのは昼休みの時だった。

 前回告白されたこともあり将斗としては琴禰に会うのは気が引ける以外の何でもないのだが。


「将斗!」


 愛花が、携帯片手に弁当を食べる速度が遅くなってる将斗の背後に立った。


「…よう」


「何、熱心に携帯見てるの?」


「何でもねぇよ」


 ぶっきらぼうに返し、すぐさま携帯を隠す。愛花はその様子を不思議そうに眺めていた。




「千晶さん。どうしたんです?休みなのに急に…」


 モルゲンに入ってきた制服姿の千晶に五木と山縣は質問を投げ掛けた。

 山縣と五木を品定めするかのように眺めてから、千晶は小さな声で話した。


「調べてほしい人がいる。2人で調べてもらうことはできる?」


「可能ですが…」


 言葉を濁らせる五木を取り持つようにして、山縣が繋げた。


「財閥の裏切り者の調査でしたらおそらく、証拠を残してないかと」


「単に素性を知りたいだけ」


「個人的問題でしたか」


「悪い?」


「………わかりました。貴女の機嫌を損なうようなことはしたくありませんしね」


 千晶はメモを山縣に手渡した。やれやれと肩を落とし山縣は、目を通す。


 だが、メモを見た途端山縣の体に緊張が走る。


「……千晶さん……なぜこの名前を?」


 山縣の声は震えている。声だけでない。メモを握る手まで激しく震え、顔からは血が引いていた。

 異変に気付いた五木も山縣の手元を覗き込み、同様の反応を見せている。


「もしかしたら財閥の人間かと思っただけ……どうしたの?」


 千晶を見る2人の顔には恐怖と驚愕の暗い色が浮かんでいた。






 昴はパソコンにUSBメモリーを差し込む。

 今彼が調査しているのはすでに調査員が調べを終えた、財閥の抱える会社である。

 獅童からもらった調査員の調査結果。それを基に別の方向からアタックを仕掛けることにした。


(調査の入った企業は皆、シロと。ならば財閥の調査員の動きを察知した裏切り者が、先手を打って調査員を暗殺した……ありがちなパターンとしてはそれだ。

 ……が)


 昴はキャシーから様々なことを学んできた。それには常識にとらわれない発想を生み出す訓練も入っている。

 地道な調査では何も手がかりがないと判断された場合、そんな発想が状況を変える鍵となる。

 今がまさにその時だ。


(調査員が裏切り者の尻尾を掴んだがゆえに殺された場合。


 裏切り者の企業が次の調査対象になっていたがゆえに殺された場合……)


 だが、今回の相手は狡猾で、手がかりを得ようとしても上手に証拠を消してきた。


(おそらく、かなり頭が切れて、なおかつ用心深い)


 もしも自分が次の調査対象だからといって調査員を殺したらどうなる?真っ先に疑いの目が自身に向けられるだけだ。


 賢明な判断とは言いがたい。


(財閥から派遣された調査員。頭の良い裏切り者が取る手段となると、それは……)


 アクセスの履歴を調べる。

 画面に表示された履歴を一覧し、昴は小さな呻き声をあげた。

 暗殺された調査員によるアクセスの履歴を見つけることができた。上手く隠したつもりだろうが、昴の眼はごまかせない。アクセスの日付も獅童から受け取った記録と一致していた。


 だが問題はそれ以前とそれ以後の履歴だった。


 外部からアクセスしたと思われる2つの履歴。1つは調査員の調べが入った時のものでもう1つは……


(今も……見ているのか)


 どうやらこの会社は最初から裏切り者にマークされていたらしい。他にも複数の企業にあらかじめ根を張っていたのだろう。



「わかったよ。調査員はこうしてぼろを出したわけだ」


 昴はにんまりと笑い、迷いのない手つきでキーボードを叩いた。

 そしてUSBメモリーのソフトを素早く起動させる。


「紫音ちゃんほどの凄腕でない限り、逃げられないよ。これは」


 HOUND DOG起動。

 ここから先はこのソフトが逆探知を行ってくれる。


(おそらくこのパソコンの一定のシステムが起動したら向こうに通知が届く仕組みかな?)


 例えば会社の重鎮クラスでしか開けないページとか。裏切り者はあらかじめいくつかの会社にそういった根を張り、調査員はそれに気付かずパソコンを開く。

 会社のパソコンを使用するためには社員のIDが必要だが、調査員は会社や企業をまとめる財閥から直々に派遣された人物だ。マスターキーのように財閥の抱える複数企業に使えるIDを渡されていたのだろう。

 その結果、自身のIDを裏切り者に探知され、身元がばれてしまった。


 これが昴が導きだした推理だ。


 ちなみに昴は今、獅童に用意してもらったIDを使用している。とはいえ今回の調査は財閥の九家しか知らないものなので、彼個人の情報を特定されないよう架空の人物のIDを用意してもらった。


 逆探知のソフト、HOUND DOGは順調に相手のデータを読み込んでいる。進み具合からして相手は紫音のようなハッキングのプロというわけではないのだろうか。


(相手からの介入の対処に慣れてないだけか、こちらからの逆探知に気づいてない?)


 だとすれば好都合だ。相手の情報を読み取り、その姿を暴くことができるなら。



 途端、背筋がゾクリと不快感を訴えてきた。


(いや……そんなわけない)


 相手は頭の切れる奴だ。


 そんな奴がこんな容易く尻尾を掴ませるか?


(なにかを見落としてる……?)


 不快感は消えない。これは警告だ。

 本能が何かを告げているのだ。


 だが一体、何を…?


 その時、昴の携帯が小刻みに震えた。

 電話の着信。千晶からだった。

 そういえばここだけではなく他の数社にも当たってみたので、電話に出られなかったのだ。

 件数だけ見ると39件。


(げ。もしかして紫音ちゃんの一件がバレたとか?)


 もしそうなら厄介だ。が、無視しても電話はしつこく昴を呼ぶ。


(……やれやれ)


 HOUND DOGも機能しているのだし、昴は少しだけ電話に出るという選択肢を選んだ。


「なんだい?悪いけど急ぎじゃないなら…」

『決して名前は言わないで。あと小声で』


 千晶の声は昴もよく知る、あの狂犬としてのものだった。

 その異変に気付いた昴は小声で尋ねる。


「……どうかしたのかい?」


『そっちがいる場所は目星ついてるけど、一応教えて』


「わかった………で、どんな用かな?大事な話みたいだけど」


『確証ない。根拠もない。ただの推測』


「聞こう」


『財閥の調査員。その所属』


 昴は少しだけ考えた後、ハッと口を開いた。


「そうか…諜報の部門」


『ダー。そこなら、調査報告書の嘘の報告も出来る』


「辻褄はあってる。だけど情報源は?」


『……ヤマガタ、イツキの反応』

「はは…」


 前々から怪しかった2人だ。今回のことを少しは知っててもおかしくない。

 千晶もそれをよく理解している。2人の態度がソースだというのならこちらも納得できた。


『車で運んでもらってる。着いたらすぐ乗って』


「そこまで急ぐことかい?」


『調査員を暗殺した。昴兄ぃを狙わないとは限らない。それに早く、財閥に確認しないと』

「それは言えてるね。だがこちらもちょうど……。……っ?!!」


 パソコンの画面にエラーが表示されたのだ。


(ばかな……!!)


『昴兄ぃ?』


「そんなはずない……追跡は確かに上手くいってたはずなんだ!!」


『何があったの?』


「くっ……ソフトの不調か?それとも別の要因が……」


 だがいくらソフトを再起動させても、データの読み込みは行われない。


(何がいけなかった?だが確かにデータは読み込めていたはずだし、こちらからの探知に向こうが気づいてる様子なんて……)


 気付いた。

 そうだ。尻尾を出した場合にしろ、HOUND DOGの進捗具合にしろ、何もかもが出来すぎていたのだ。

 

 尻尾を見せられ、昴は敢えて掴みに行った。


 しかし本当は違った。


 本当の目的は昴が尻尾を掴んで離さない、その時間。逆探知に夢中になっていた昴は相手に時間を与えてしまったのである。


 とどめにエラーの文字。あんな財閥の諜報を担当する部門なら確かにガードは固いはずだ。さっきまで順調であったのはわざとでしかない。その気になればすぐにでも昴の介入を途絶えさせることが可能だった。

 それをすぐに実行しなかったのは、時間稼ぎのため。それが終わったと判断された今……


「…確認したいのだけど…もしかして今、黒いセダン?」


『?白い軽トラ」


「……オーケィ。じゃあ朗報だ」


 部屋を出て昴は会社の窓をチラリと見た。一台のセダンが会社の駐車場に停まっていた。


「おそらくその推理は正しい。そしてご本人登場のようだ」


 そう言って胸にある拳銃のホルスターに手を当てるのだった。





 黒いセダンから降りた1人の男はスーツに身を包んでいた。

 しっかりとした足取りで歩くが片手には長い棒状のものが握られている。それは男の腰から頭の上まで伸びていた。


 非常口の灯り以外に光のないビルを、特に急ぐようすもなく歩く。


 静かだ。人1人いる気配すらない。


 だが男は迷うことなく、最上階の社長室までの道のりを進んで行く。

 社長室の灯りは消えていた。スイッチを入れて電気を点けると、男は真っ先にパソコンを片手で操作する。

 起動した画面を確認し、男は再び通信機に連絡を入れた。


「間違いない。IDの逆探知を」



 その様子を隣の部屋から昴は窺っていた。小型カメラを仕込んできたのである。

 後ろ姿しか見えないが、かなり背の高い男だというのが第一印象だった。片手に握っている長い棒は若干反り返っており、形はまるで…


(刀……か)


 一昔前の極道じゃあるまいに。

 社長室と隔てる壁に背中をつけたまま、男の動きを盗み見る。



「…………」


 男はなにも言わず、パソコンの画面をスクロールしていた。

 だが、それをシャットダウンさせる。昴は息を潜めてその様子をカメラから眺めていた。


(僕の痕跡を探してたのか……)


「やはり、あのIDでは身元はわからないか。おそらく九家が用意したのだろう」


(……財閥のIDについて理解している。そして九家も……)


 間違いない。奴は財閥の諜報もしくはセキュリティに詳しい関係者だ。そして九家の動きも察知できている。

 九家に近しい人物だろうか。だとしたらかなりの幹部クラスである。


「なら仕方ないな」


 昴の素性を知れないことに落胆した様子を男は見せなかった。むしろ、どこか楽しんでる様にも見える。


「昨日、何社か調べられた様子だが手口から別の人物だろう。そいつとの関連とか諸々……


 ご本人様に聞いた方が早い」



 握っていた刀を肩に担ぐ。そして一気に後ろに突き出した。

 本棚に隠されていた昴のカメラはレンズ部分が砕け、機能を失ってしまう。昴が見ていたモニターには砂嵐だけが残された。


「っ!!」


 肩が震える。その場にいては危ないと昴の直感が叫んでいるのだ。

 それに従い昴は壁から離れるようにして跳ぶ。すると昴のいた壁がバターの様に軽々と切り刻まれ、人一人がそのまま通れそうなトンネルが出来上がる。いつの間に抜いたのだろう。鍔のない柄から下は白銀の刀身が緩やかなカーブを描き、三日月のように細くも鋭い存在感を放っている。


 立派な刀だ。刃溢れや錆びひとつない。


 しかしそれだけで建物の壁を軽々と斬るなど、不可能だった。

 昴の経験がそれを確信する。


「盗み見とは趣味が悪い」


 男が言い放つ。若い声だ。自分達と大差ないだろう。


「失礼。そうでもしないと問答無用で斬りかかられる予感がしていたので」


「なかなか良いカンをしてる。そういう人は嫌いじゃない」


 つまり最初から斬り殺す気だったわけだ。

 暗殺者にとってターゲットは問答無用で斬り殺すべき存在というわけか。


「嫌いじゃないなら情けを期待しても良いでしょうか?」


「いいぜ。死ぬ前にお祈りするくらいの時間は与えてやる」


「oh、神よ……これから死に逝く私をお許しください……」


 昴は無宗教である。


「よし。お祈りは終わったな。じゃあ……」


「ええ。終わりました。ですが簡単に殺されるつもりはありません」


 昴は2丁拳銃を構え、男に向かって引き金を引いた。






「……もしもし」


『あ、将斗。ごめんね、急に電話かけて』


「気にすんなって。それよりどうしたんだ」


 自室で急に電話が鳴ったので出てみれば琴禰だった。告白された興奮はまだ冷めてないが出来るだけ平然を装って将斗は尋ねる。


『うん。明日遊びに行く話、やっぱりどこかで合流出来ないかなって思って』

「あ、ああ……そういうこと」


 会いたがると言うことはおそらく告白の返事を聞きたいとか、その辺だろうか。


「そうだなぁ……会うならどこがいい?」


『出来るだけ静かな場所がいいな……将斗に告白の返事聞きたいから』


 おーぅ、電話で言ってきたよこの子。

 ムードを大事に面と向かって言ってくるかと思ってたが違いました。


「琴禰は、さ。……俺なんかのどこがいいの?」


 琴禰は最初、何も言わなかった。ただ黙って言葉を探しているようにも、将斗の次なる質問を待っているようにも思える。


『………』


「いや、ただ気になっただけだ。もし言いたくないなら…」


『……だから』


「へ?」


『私には将斗が見せてくれる世界が全てだったから…』


 少し恥ずかしげに、控えめに。琴禰はそう返す。

 電話を握りしめる手に力が入った。


『私は外にあまり出られなかった。だからそんな私に初めて外の遊び方を教えてくれた将斗が……外の世界そのものだったの』

「……」


 嘘を言ってる様子もないし、彼女が部屋に籠っていた生活を将斗は知っている。

 その言葉で思ったのは紫音の笑った顔だった。


 紫音の軟禁生活を終わらせたのは自分達3兄妹だ。彼女は琴禰と同じだ。外を知らない状態で、自分達に手を引かれるようにして部屋の外の世界に飛び出したのだから。


『将斗にとっては当たり前の事だったかもしれないけど……私にはそれが何より嬉しかったの』


「だが……それからもお前達は外へ出るようになったんだろ?」


『将斗はわかってないなぁ。女の子には王子様が助けに来てくれたようなそういうドキドキの体験は貴重なんだよ?』


 女の子がおとぎ話に胸をときめかせることがあると聞いたことはあるが、将斗にはいまいちピンとこない。


『だから私の初恋は将斗だし、数年経ってもそれは変わらなかった。ううん。むしろ強くなっていく。また将斗と一緒にどこかへ行きたい。また新しいわくわくを教えてほしい。


 将斗が見せてくれる世界は全部、私にとって眩しいものなの』


「……琴禰……」


 胸を締め付けるような痛みが将斗を襲う。

 ここまで自分を思ってくれるなんて。

 好きでいてくれるなんて。

 そんな彼女の真っ直ぐな気持ちに対して迷わず返答しない自分の不甲斐なさに苛立ちを覚えた。


『将斗……私は貴方が好きです。


 今は返事をくれなくていいんです。だから……


 明日、会ってくれませんか』


 あの時のナチュラルに言われたときとは違う。きちんと将斗も理解できる告白を、彼女は念を押すようにして伝えてきた。

 電話を握る手に汗が流れる。


 返事は難しいが、会うことなら出来る。


 それまでに答えを見つけなくては。



 そんな将斗の様子を、彼の部屋の前を通りかかっていた紫音は聞いていた。

 琴禰の声は聞こえないが、彼女が何を言っているのかは大体予想がつく。

 彼女は自分と同じだ。違いがあるなら自分なんかよりも積極的で、正直で、好きという気持ちを誰かに伝えれることか……


(敵わないですよね……)


 琴禰は自分なんかよりもずっと魅力的な少女だ。将斗の心も揺らいでる。


 将斗の視界に今、自分はいない。彼が琴禰にOKをしてしまったら、紫音は橘家の敷地を歩くことに負い目を感じてしまうだろう。

 自分に優しくしてくれた3人の笑顔。それが一気に遠退いたような気がして、紫音はため息をつくのだった。



『……ごめんね、少し用事があるから、今日はもう切るね』


「お……おう」


『将斗…………』


 電話を切る前、琴禰はなにかを呟いた。特にそれを追求するでもなく将斗は電話が切れるのを待つ。


 今度は私が将斗を救うから


 電話が切れても最後の言葉が耳にこびりついて離れなかった。








「……目を疑いたくなりますよ」


 昴は苦虫を噛み潰したように笑い、建物を走り回っていた。

 彼が撃った弾丸は男の頭と喉を的確に狙っていたのだが、男は刀でその弾丸を防ぐのだ。

 刀身を楯にしたとかならまだ昴もあきれたりしない。だが男は鋭利な剣先で見事に弾を真っ二つにするのだ。


 それも一回ではない。いくら撃っても弾丸は切り裂かれる。そんな芸当を繰り返すなんて、千晶でもしない。いや、千晶も出来るかわからない。

 男は一気に踏み込んで昴との距離を縮めた。懐に入って彼の息の根を止めようとしているのだ。


 なんだ。聞き出す気なんて毛頭もないじゃないか。


 ワイヤーを投げ、刀を握る左手に巻き付ける。そのまま引っ張り、刀の切っ先から自分を離れさせた。

 がら空きになった相手の体に銃弾をぶちこむ。


「甘い」


「………!!」


 だが男の空いた右手はその前に昴の腹を抉っていた。

 壁を切り裂いた技量から剣の達人故にそれ以外の得意分野はないと踏んでいたのだが、その拳はボクシング選手のよりも重く、深く、昴の体力を奪いとる。

 胃の中の全てを吐き出したくなるような衝撃。しかも腹を伝って全身を大きな波が襲い、昴の脳が揺れた。


「がっ…!!」

 

 ただの剣の達人がここまで強い突きを放てるはずがない。ありえるならそれは妹のように戦場を生き延びた者の技だ。

 だが、彼の場合は……


「人工の義手…フランケンシュタイン……!!」


「ほう。俺みたいのと戦ったことがあるのか」


 昴は同じような奴と戦ったことがある。それはATCを使わないと勝てない相手だった。

 しかし生身の今、昴には勝算がない!!


 その場に伏せるようにして倒れる。脳震盪を起こしたかもしれない今、昴にすぐ立ち上がるのは無理な話だった。

 そして男も、昴に立ち上がらせるつもりは毛頭もないらしい。


「っ!!あああっ!!」


「悪いな。やっぱり少し情報がほしくなった」


 男は地に伏せた昴の右肩に刀を突き立てた。昆虫標本のように昴の体は床に張り付けにされる。

 肩が熱い。痛みが頭を襲い、熱を帯びる。

 だが男は構わず尋問を始めた。


「確認する。お前は九家の差し金だな」


「……っ……」


「……痛みで何も言えないのか、それともそう演じているだけか」


 バレていた。男の片足が昴の左肩に載せられる。

 ゴギッ、と鈍い音と昴の悲鳴。肩の骨が砕かれたのだ。


「ぅっ…ああああああああああああ!!」


「次は脚だな。質問を変えよう。


 お前の目的はなんだ。仲間はいるのか」


 今度は素で答えることが出来なかった。両腕を潰され、のたうち回ろうにも体が張り付けにされてるのでままならない。



「……こればかりは演技でもなさそうか。じゃあ喋れるようになるまで待った方が良いかもしれんが……」


 朦朧とする頭では考えるのも億劫であったが、考えるのを放棄すれば全てが無駄になるだけだ。

 考えろ。この場を脱して生き延びる手段を。

 なんとしても情報は持ち帰らなくてはならない。


「……まぁ、お前は下っぱみたいだからあまり詳しい話は知らないのかもな」


「……なぜ……そう思う」


「そうだろう?核心に迫るような腕を見せながらも一人で来るような不用心さ。まるで手柄に急いでいるようじゃないか。


 手柄争いに躍起になるのは下の奴の定めなんだよ」


 その言葉は解熱剤のように昴の頭をクリアにした。

 手柄争い。そうだ。

 自分は将斗が復帰するよりもはやく真相を突き止めようと躍起になっていたのだ。

 千晶を遠ざけ、一人で解決することで紫音に自分を頼もしい存在だと認知させようとした。

 あの時、泣いている紫音を見て……

 将斗よりも自分の評価を上げようと画策していたのだ。



「下の奴が抱える情報なんてたかが知れてるよな。聞くだけ無駄か」


 昴の体から刀を抜き、男は首を狙って刀を振り下ろそうと構える。一思いに息の根を止めようとしているのだろう。

 だがこれは昴にとってもチャンスだった。右腕は思うように動かせないが、閃光弾を抜き取ることが出来た。


「オーケィ、じゃあ用済みの僕は…帰らせてもらうよ!!」


 用済みなら始末されるのがこの世界の鉄則だが、鉄則に縛られるほど堅物な人格でもない。

 たとえ不恰好でも足掻いてみせる。


 口でピンを抜き、男の足元に転がし……


 しかしその閃光弾も、刀に一刀両断されてしまった。

 信菅の途切れた閃光弾は破裂することなく廊下の向こうへと転がってゆく。


「悪いな」


 男の容赦のない声だ。いつの間に姿勢を直したのだろう。見上げた時には上段の構えでこちらを見下ろしていた。


「俺も修羅場を潜り抜けててな。そういう不意打ちには慣れてるんだ」


 男の刀が昴めがけて振り下ろされた。





「獅童。何を調べてる?」


「ああ、宗形さん。橘さんから依頼がありまして」


「俺たちの諜報部?それなら白鷺に聞いた方が早いだろう」


「それが橘さんは、白鷺さんの部門に裏切り者がいると踏んでるみたいなんです。だから白鷺さんには聞きづらくて……」

「………俺が白鷺に聞こうか」


 獅童は頭を上げて宗形を見た。そして柔らかな微笑みを浮かべる。


「……ありがとう。宗形さん」


「狂犬に手を貸すのも癪だがな」


「もう…負けたからって意地をはらないでください」





 頭の横すれすれに落ちた刀の刀身は鏡のように、昴の怯えた表情を映し出していた。

 男は昴を生かしておくつもりはなかった。間違いなく首を切り落とせるよう、狙って振り下ろしたはずだ。だが昴の首は繋がっている。

 逸れたのだ。横から刀身を流し、昴に当たらないよう介入したものがいる。

 そいつは白く、夜に浮かぶ白い月のような美しさで。そしてこの刀の様に猛々しく。


 ATC・白夜


 千晶は昴と男の間に立ち、その刀をナイフで流したのだった。

 予想外だったのだろう。男は驚いた表情で白夜を見据える。


「仲間か……!」


『………』


「ち……なんで……」


 妹の名前を危うく出しかけたが昴はすぐさま質問に切り替えた。



「ATC……しかも……パンドラ……!!」


『パンドラを知ってるなら間違いないね』


 九家の極秘情報であるパンドラを知ってる時点で奴はクロだ。


『説教は後。まずは排除を優先する』


 狂犬はナイフを抜き、二刀流となって男に切りかかった。

おまけコーナー


テイク1


男「祈る時間なら与えて……」

昴「感謝するよ!弟と妹が僕に振り向いてくれますように……」

千晶「……帰っていい?」



テイク2


昴のもとに駆けつけた千晶……


千晶『説教は後』

男「いや、その前にお前…」


男の振り下ろした刀を捌ききれず、切っ先は昴の頭に突き刺さっていた……


千晶『イズヴィニーチェ。加減を間違えた。でも問題ない』

男「大いにある!救護班!!救護班はどこだ!」


テイク3


宗形「狂犬に手を貸すのも癪だがな」

獅童「そういって、無惨に負けてあまつさえスレスレで床に穴を空けられたときはあんなにビビッてたじゃないですか。意地をはらないでください」

宗形「お前……台本に無いことを言ったな?」

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