表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
88/103

明日のために

遅れましたが明けましておめでとうございます。


「……シオンを迎えにきたの?」


「ダー。…また会えたね。白夜」


「そうだね。ティーナ…何か聞きたいことはある?今なら出血大サービスでお答えするよ」


「………それは、白夜の正体も?」


「…ヴェス  プラブリェーム(もちろん)。

 今は……冗談を言える気分じゃないの……」


「…なら白夜が話したいときに言って。私は相棒に無理強いしたくない」


「ティーナは……優しいね」


「白夜が背伸びしてるだけじゃない?」


「…そうかも…ね。ティーナ。それじゃあ今日は…話さないでおくね」


「白夜がそうしたいならかまわない」


「でも、ちょっとしたアドバイスあげちゃう。ティーナが私を気遣ってくれたお礼に……」


 紫音の目の前でしゃがみこんで、白夜に耳を近付ける千晶。

 その耳元で白夜は…………


「………………夢?」


 千晶のベッドの上でまぶたを擦りながら紫音は寝ぼけた頭で、さっきまで見ていた情景を思い出そうとする。

 胸を刺す痛みは昨日よりは小さくなっていた。



 リビングに降りると将斗と千晶が朝食を用意していた。

 千晶の側に行き、昨日の白夜について聞こうとする。だがキッチンまで行って異変に気付いた。


「あれ?昴さんは?」


 普段なら朝食作りには必ず姿を見せる昴がキッチンにはいなかった。


「ああ。何か調べもの、って早くに出たよ」


 将斗の返事に相槌を返し、紫音は3人分の飲み物の用意を始めた。紅茶の葉が入った包みを取り出していると将斗が手を出してくる。


「手伝うよ」

「え?良いですよ、これくらいなら」


 だが将斗は既に紫音のすぐ近くまで来ていた。彼は昴から昨日、紫音が食器を割ってしまったとだけ聞いていたので心配しただけだが……


「…!!」


 紫音としては穏やかになれない。昨日、あの琴禰が将斗に告白した。

 告白した。告白した。告白……


 いつの間にか紫音は離れるように飛び退いていた。紫音の着地点には皿を運んでいた千晶がいたが、反射的に皿を紫音にはぶつけないように遠ざけたので大事には至らなかった。


「あっ…?!大丈夫?千晶ちゃん!」


 千晶は抜群の動体視力と鍛えた体幹でわざと体の向きを変えて、飛び込んできた紫音を胸と足で支えた。


「ん。平気」


 何事も無かったかのように千晶はそのまま皿を運びに行った。気まずさを覚えた紫音はそれについてゆく。キッチンには将斗1人残された。


(……ん?)


 今の紫音のリアクションが何度も脳内再生される。

 あれはまるで、避けるような…


(もしかして俺……嫌われた?!)


 昨日からのふわふわした気持ちは一変。そんな焦りが将斗の胸で芽生え始めた。






 店員に差し出されたコーヒーをすすり、昴は相手の顔を見た。

 札幌の喫茶店。学校をサボってまで彼が会っているのは水森財閥の重鎮にして社長の秘書。獅童であった。

 渡された資料のデータに目を通し、小さい声で尋ねる。


「これが調査員の調べたリストですね?」


「そうです。いずれもシロでしたが」


「だが調査員は始末された。それはいずれかの企業に何か秘め事があったから、と見るのは?」


「勿論、それは疑いました」


 獅童は大きくうなずく。

 だがそれでも証拠が見つからなかったというのは。

 今後調査に入る予定のいずれかの企業に先手を打たれからではないだろうか。そうなると調査の情報が漏洩している?


(いや、もしくは……)


「でも驚きました。貴方は私達を嫌っている。なのに1人で会いに来るなんて」


「仕事と私情は別ですよ。言ったでしょう。嫌悪はしても協力はすると」


「そうですね。私達は今の仕事と私情が混ざっている。そこが決定的な違いなのでしょう」


 昴は端末に目をやりながら問う。


「先祖の復讐……やはり貴女達は歪だ。先祖が亡くなったとき、まだ産まれていない筈なのに」


「おかしいですか?先祖から目をつけられた私達はまた狙われないとも限りません。今を守るために必死になる気持ちは貴方達も一緒でしょう?」


 昴端末のディスプレイをスライドさせながら尋ねる。


「…では本当のところ、復讐よりは今のために闘っていて?」


「それもあります。先祖の死を利用して私達の今を壊されるかもしれないってなれば…いくら先祖の顔を知らない子孫でも憤るものでしょう」


 そう言ってカップを持つ獅童。その指には指輪があった。


「今、私は幸せなんです。素敵な人との未来を約束され……未来が希望で満ちている。


 それを守りたいと願う気持ちは…そちらも同じでは?


 ましてやそれが先祖の無念をはらすことに繋がるのなら。私達はいくらでも墜ちてみせます」


 喫茶店にかかる音楽をBGMに、2人の視線はぶつかりあった。

 お互いなにかを言うでもなく、ただ黙って視線に隠された真意を探り合う。


 財閥の狙いは祖先を虐殺したOOへの復讐。子孫に受け継がれた思想は歪に写っていた昴だが。


(……?)


 だがなぜだろう。獅童と話した内容のどこかに、引っかかる何かが秘められている気がしてならなかった。







「どういうことですの……?」


 めんどくさいなぁと言わんばかりに壁に背中を着け肩を落とす千晶の両脇を、伊織と和泉は取り押さえるように立っている。頬を引き吊らせ、ものすごい剣幕で教室にやって来たときは「いつもの決闘かな」程度に思ったのだが、ふたを開けてみたら……


「貴女のお兄様が琴禰さんのお相手?!」

「聞いてないぞ!大体、将斗さんには日下部紫音が……」


 ああ、やっぱり昨日は琴禰と兄に何か進展があったのか。で、紫音はそれがショックで泣いていた、と……


(大体予想通り…)


「しかもお兄様のために今まで花嫁修業もしてきたですって?!」

「完全に嫁ぐ前提の話じゃないか?!」


 あの料理の事かな?将斗に食べてもらいたくてとか言ってたし。


(やっぱり将斗は…他の女の子に目移りして…)


「しかも昨日、告白したと!!今朝、幸せそうに話してきたぞ!!」


「ふーん………」


 しかし千晶は首を横に振って、自分には関係ない話だと否定する。

 将斗のことだ。その手の話にすぐさま返事をするような甲斐性なんて一ミリも…いや、マイクロやナノの規模でもありえないだろう(ひどい)。


「たしかにあの人のお家を考えたらこの歳で婚約とかはありえそうですが…」


 伊織は口に手をあてながら考えるしぐさをしていた。


「?そんな立派なおうちガラ?」

「おいえがら、ですわ」


 千晶の拙い日本語に修正を入れた後、伊織は軽い説明をしてくれた。


「お家が立派な財閥の傘下なのよ。だから私達のような歳の頃から政略結婚と隣り合わせの生活を送っていても珍しくはないわ」


 政略結婚の単語を聞いて千晶は「なるほど」と思った。戦場ばかり歩いてきた彼女にも、婚約等を利用したパイプ作りやコミュニケーションの幅を広げる重要性は理解している。クレムリンの戦闘員で見られないケースだが、教官が上層部の偉いさんと繋がって美味しい役職をもらったという噂は聞いたことがあったからだ。

 そんなのが当たり前の世界にいると、確かに自分らの年代で婚約とか言い出すのもおかしくはないのかもしれない。水森財閥の獅童だって婚約しているらしいし。


 って、ちょっと待て。


 獅童だって。


 そんな胸のうちで呟いた独り言に千晶はドキリとした。





 

 昴が店を後にして1人取り残された獅童は、返されたタブレットのとあるデータを開く。

 それは九家のみに送られたメールだった。


『長年解析が続いた………の正体判明。


 これを用いて………を計画。


 ただしこの計画にはリスクが存在し……………』


「……………」


 獅童は寂しそうに笑った。


(頼みましたよ。橘さん…私達がこの計画を実行しないことを願ってます…)







「将斗さんの早い段階でのパンドラ解放」


 喫茶店モルゲン。山縣はワイングラスを拭きながら歌うように呟いた。店には今、五木と山縣の2人しかいない。


「紫音さんをブレーメンから奪還」


 これは五木だ。山縣が続ける。


「そして千晶さんの救助」


「ここまでは順調ですね。そして彼らは財閥と接触した」


「ああ。少なくとも『あれ』について知るのは時間の問題だ」


「……でも……『あれ』の前にも1つ、トラブルあったそうですよね」


「………ああ。確か」


 山縣はグラスを掲げて汚れが無いかチェックしながら言った。



「昴さんの死」





次回は久々のアーカイブになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ