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再会と力。あと告白



 将斗と紫音に与えられたのは気持ちに整理をつけるための休養だった。調査関連で紫音が抜けることはその調査が遅れることを意味する。

 だからこそ休暇はいらないと紫音は言い張ったし、将斗も納得はしていないのだが決定事項を覆すことは出来なかった。


「ったく……」


 木刀で何回も素振りをする将斗の後ろ姿を紫音は眺めていた。暇をもて余した彼は今、無理矢理にでも身体を動かさないと落ち着けないでいるのだ。

 土曜日。学校も休みで、なにもすることが無い。


「何も協力しないとまでは言ってないだろ」


「……そうですね……」


「兄貴と千晶は天田に呼ばれて居ないし……」


「ええ……」


「ひいじいさんの件は……確かにショックだったさ」


 一回。また一回と振る度に将斗は言葉を紡ぐ。


「あんなに優しかったひいじいさんが因子の持ち主だった……パンドラを使えるって聞いたときは……」


「……」


「財閥はそんなひいじいさんに目をつけて、それで子孫である俺達にも目をつけた……俺は最初から、くそジジイの操り人形だったわけだ」


「……」


「確かに復讐のチャンスは貰えたし、力も身に付けた。ジジイには感謝してはいる。いるけどよ……」


「将斗……」


 振る力が徐々に強くなってゆく。悪い傾向だ。剣を知らない紫音にもそれはわかっている。


「なんでひいじいさんの事を黙ってたのか。理由はわかってても納得出来ねぇよ……

 なんで……あんな奴らのいいなりになってきたのか……」


 ああ、彼は裏切られたと思っているのだ。

 将斗にとって天田は師匠であった。悪態はついても情は確かに存在していた。

 それがあんな、子に復讐を押し付ける面々の飼い犬でショックを受けたと同時に曾祖父のことを黙っていた。


 しかも最初から自分達を利用するつもりだった。

 将斗からすれば師匠になにもかも裏切られたと思えてしまうのだろう。

 だがそれは紫音も同じだった。

 幼馴染みの秘密を隠されたまま、天田からハッキングの知識を学び、それを信じて一緒にいたのだから。


 言い様のない失意を感じているのは同じだった。


「やっぱり……兄貴や千晶はすげえよ」


 将斗はただ木刀を振る。


「あんなこと言われても狼狽えないで、自分を保っている。守りたい存在が俺なんかよりも多いから迷いがない。

 俺なんかよりもずっと……」


 言いたいことはわかる。2人には守りたい人、目的が将斗より遥かに多い。

 だから将斗よりもぶれずにいられる。将斗よりも強くいられる。

 それが情けないのだ。

 将斗が感じているのは自身の弱さへの失望でしかない。


 そして紫音もそんな将斗を見ることで自身の無力さを。将斗を支えることも出来ない自分を恥じている。

 昴のような冷静な判断も、千晶のようにすべてをねじ伏せる力もない。


 自分達は小さすぎる。弱すぎる。


 財閥を見て未來の自分達を想像していたが彼らは自分を殺すことに慣れていた。

 だが自分達は?こうして一時の感情に流され、立ち止まっているだけだ。

 彼らみたいになりたくないと願うだけでなにも出来ないのだから。


 何て言えば彼は納得するだろ。


 どんな言葉で将斗の気は落ち着くのだろう。


 かける言葉が見つからない。

 

 そんなときだった。


「あ」


 紫音は脇におかれていた将斗の携帯が鳴ったことに気づいたのは。

 将斗に伝えようとして携帯を取り、そして硬直してしまう。


 電話は琴禰からだった。





 その日、将斗と紫音は琴禰と会った。

 琴禰は一人ではなかった。スーツ姿の男女2人をつれてきて、嬉しそうに顔を綻ばせている。理由は明確だ。

 真冬と雪見。彼女のボディーガードにして友達であり、そして将斗とも遊んだ仲である。

 将斗も再会が出来てうれしい相手だし、なによりあの頃の面子が揃ったのは喜ばしいことだった。


「来週来るんじゃなかったのか」


「用事が早く片付いたんで来れた。久しいな。将斗」


 真冬は背の高い、ガッチリとした体格になっていた。互いの胸の前で固く手を握り合う。


「おう。真冬も……雪見も」


「お久しぶりです」


 雪見は相変わらずの堅物なのか、握手こそしなかったものの頭を下げて再会を喜ぶ意を示した。背は真冬より低いものの女子としてはかなり高い方だ。


「真冬、随分背ぇ高くなったなぁ」


「背ばっかりで中身は成長してませんよ、彼は」


「あぁ?雪見、なんでそうやって水を差すのかな?」


「ここに来る前だけで、何回も道行く不良にガンつけて、返されて、口論して……その度に私が止めている苦労を思えば当然でしょう」


「はぁ?ならお前が止めなけりゃ済むだろ」


「止めなきゃ怪我人が出て、琴寢様にご迷惑おかけするのが関の山」


「わかってねぇなあ、琴寢様に色目使ってたんだぞあいつら?止めない方が琴寢様の迷惑だろこの石頭」


「はぁ?何か言いました鳥頭」


「やんのか?」


「やるの?」


 うわ、この感じ久しぶり。


「そこまでだ……2人とも」


 苦笑いしながら将斗が止めると双子は互いの顔を見合せ、次に将斗の顔を見て、最後に琴寢、紫音を見た。


「確かに……ここでもめたら琴寢様の迷惑だな」


「将斗のお友だちもおられるし……」


「相変わらずだな2人とも……」


 そんなやり取りを見て琴禰は笑う。


「やっぱりこうしてると、昔に戻ったみたいだね」


「昔からこんな感じだったんですね……」


 紫音が呟くと雪見が反応した。


「ええ。この真冬バカにふりまわされて」


「ああ?バカは雪見オマエだ。いつも騒ぎのきっかけを作ってるのはそっちだろう」


真冬バカがバカなことをするから」


「バカバカ言ってる方がバカなんだよいい加減気づけバーカ」


「バカと言ったそっちこそバカのくせに」


「やるのか?」


「やるの?」


 また再発した。2人は「バカ」を連呼し、挙げ句のはてには幼稚園児レベルの言い争いを始めた。

 とどめには


「オマエの方がバカなんだよバーカ!」


「バカにバカ呼ばわりされたくありませんバーカ!」


「はぁ?オマエの母ちゃん出べそ!」


「親の顔が見たいくらい!」


 とまぁ、自分の母さえもディスる有り様である。間に立つ将斗は「お前らいい加減にしろ!」と怒鳴っている。


「……大変そうですね」


「そう?慣れると楽しいわよ?」


 紫音は琴禰の心臓の強さに驚くばかりだった。


「楽しい?」


「ええ。だって私の回りには人がいなかったから、2人がいると明るいもの」


「……人がいない?」


 そうだよと琴禰は笑う。


「私は昔病弱であまり外に出られなかったからね。2人がボディーガードにきて、初めて同世代の子と話したの。

 軽井沢では将斗もそんな私と遊んでくれたんだよ?」


 ガツンと頭を殴られた気分だった。

 将斗によって世界を知った。そんな人物が自分以外にもいたなんて。

 

「将斗ったら、いきなり部屋の窓に小石を投げつけてきたのよ?思えばおかしいわよね」


 面白そうに話す琴禰だが紫音はそれをぼんやりとした頭で聞いていた。

 確かに将斗は昔、好奇心で紫音の部屋に侵入してきた。彼の行動力を思えばおかしくはない。

 だがそうやって救われた人物が自分以外にもいたなんて……


 しかも琴禰はこんな明るくて親しみやすく、そして積極的な子だ。将斗に救われたのは同じなのに、紫音は人見知りで人付き合いも良いほうではない。


 彼女みたいな積極性が自分にもあれば将斗との関係にもなにかしら変化はあったのだろうか?


「そういや将斗はまだ剣術はやってるのか?」


 琴禰達とは離れた場所で話していた真冬は、将斗に尋ねた。


「まぁ、少しくらいな」


「お!じゃあまた剣で勝負したいな」


 話を聞いていた琴禰がくいつく。真冬はケラケラと笑いながら返すのだった。


「ちゃんばらは子供の遊びですよ。れっきとした男の真剣勝負!」


「真冬?私の性別をどう思ってるの?」


「はぁ?女であんなに強いなんてありえねぇ。お前も立派な男さ!」


「よしわかったわ。ちょっと顔貸しなさい」


「いや、じゃあちゃんと場所もうけるから2人とも落ち着けよ!」


 明るく振る舞うも将斗は内心ドキッとした。

 雪見も強い。真冬は体格からして強そうだとは思っていたが、もし雪見も同じくらい強いのだとしたら?


(俺……勝てるのかな)


 そんな将斗を遠目に見ながら紫音は胸を片手で押さえていた。




 港駅近くの公園で木刀を握りながら将斗と真冬は向かい合っていた。

 ルールは簡単。敗けを認めるか一本取るかで勝敗が決まる。ちゃんばらとどう違うのか、聞きたいものではあったが。


「真冬、ちゃんと考えなさいよ」


 雪見が声を張り上げる。彼は小さいとき、ちゃんばらではがむしゃらな闘いしかしてこなかったのを将斗は思い出した。


「わーってるよ!将斗。手加減すんなよ」


「ああ。お前相手に手加減なんかしたら失礼だもんな」


「おー、わかってるねぇ流石将斗」


「手加減なんかしたら殺されそうだ」


 口では軽く言ってるが本音である。

 いざ向かい合ってみると真冬の立ち姿からは隙らしい隙というものが見当たらないのだ。

 片手はだらりと下げてるし一見すれば無防備な体勢なのだが、攻撃するタイミングを見つけることが出来ない。

 将斗の額を汗が流れた。


「はじめっ!」


 雪見が合図する。真冬は相変わらずの無防備な姿勢のままだ。


「?なんだ、将斗?来ないのか?」


「……下手に入り込めるわけねぇだろ」


 将斗は両手でしっかりと木刀を握ったまま小さくうなった。

 そんな隙のない空間にどうやって入り込めば良い?


「なんだ。まさかわかってんのか」


「…………」


「腕を上げたのはお互い様みたいだな。だがそのままじゃ試合は……終わらねぇよ」


 瞬間、ぶわっと背中から汗が吹き出る。真冬の口調は一切変わってないというのになぜか殺意のこもったもののように思えたのだ。

 瞬きするかしないかの狭間で真冬が踏み込み、一気に将斗の射程範囲に突入してくる。千晶ほどとまではいかないが、並みの人間が出せるようなスピードではなかった。


「っ?‼」


 咄嗟に木刀で守りの姿勢を取る。真冬の木刀が叩きつけられ、手に痺れるような痛みが広がった。


(重てえ……っ!)


「ほうらよっ……と!」


 堅いものが折れる音が響いた。離れた場所から眺めていた紫音は目を見張る。


 将斗の木刀は柄の上部からポッキリと折れ、刀身の部分が上空でクルクルと舞い踊っていた。一方の真冬の木刀はそのままだ。

 将斗には今までの任務で培った体術や動体視力、そして勘がある。剣道の達人でも初手から一本取るのは難しい部類だ。


 そんな経験も無意味と嘲笑うかのように、真冬の木刀は将斗の剣をへし折っていた。

 呆気に取られる将斗と紫音。雪見は「あちゃー……」と頭を抱え、琴禰はただ試合を見れたのが嬉しかったのか拍手をしていた。


「嘘だろ……」


「いや、お前もすげえよ将斗。大抵のバカは俺の射程範囲に知らず知らず突っ込んでくるからな。それにさっきの一撃も防げただけ流石だぜ」


 真冬は爽やかに握手を求めてくる。将斗はそれを力なく握り返した。


「真冬っ!よそ様の木刀を簡単にへし折って!」


「あああっ!」


 雪見に言われて真冬は初めて狼狽した。


「悪い将斗!これでもセーブはしたんだ!」


 ミシィッ……

 そんな音が頭に鳴り響いた。


 セーブした?

 あれだけの技術があって?

 

「い、いや……別に木刀はまだあるからな……」


「悪い……弁償はするから……!」


 木刀を折った罪の意識はあるのか、真冬は慌てて謝罪する。弁償の件はここではしたくないらしい。まぁ、雪見がチクチク言ってきそうだからだろうけど。


「将斗が……一発で……」


 紫音は愕然としていた。だが琴禰は不思議とは思ってないらしい。


「真冬はパワー有り余ってるからねぇ……最近も似たような事案で道場をクビになりかけたのよ」


「相手の剣を折って?」


「剣はもちろん……頭蓋骨」


「頭蓋骨?!」


 紫音は息をのんだ。真冬の剣は将斗に追撃を与えるような事はなかったが、それはつまりよほどの力を押さえてだろう。

 それなのに将斗の木刀をへし折るなんて………

 もし当たっていたら将斗も大ケガをしていたというのか。


「でも真冬なら……まぁ当然よねぇ……」


「?力が……ですか?」


「……まぁ、ね」


 琴禰は寂しそうに笑った。


「おかげで思う存分闘う相手が限られてるのよ……かわいそうな話だけど」


「確かにあんな強さなら……難なく勝ててしまいそうですよね」


「まぁ、私のボディーガードだからって頑張って腕を磨いてくれたから…嬉しいんだけどね」


「ボディーガード?」


「そうよ」


 誇らしそうに琴禰は笑う。


「親が大企業なせいか私も狙われることがあるの。だから二人は私を守るために頑張ってくれるの」


 琴禰を守るため。そのために双子は剣の腕をを磨いてきた。

 おそらく今まで彼女を守ってきた実績もあるだろう。真冬の腕がそれを物語っている。

 将斗は柄の部分から折れた木刀を見て眉をひそめた。

 琴禰を守るためにここまで強くなった真冬。

 今、守る力に悩みを抱き始めた彼としてはその差をまざまざと見せつけられたような気分だった。


「将斗も強いですよ」


 そんな彼の心境に気づいた雪見が話しかける。


「真冬の一撃に反応できただけでもかなりのものです。師範でさえ難しいのですよ。胸を張ってください」


「…そう言ってくれるのはうれしいが…」


「大丈夫、将斗」


 琴禰はガッツポーズを取ってみせた。


「これから手合わせする機会はあるんだから。真冬に追いつくのはきっと遠くないよ。

 私が保証する!私の好きな将斗ならできるよ!」


 ……………………ん?


 今さらりとすごいことを言われたぞ?


 将斗と紫音がぽかんと口を開く中。



 琴禰は明るい笑顔を撒き散らすのだった。


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