表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
83/103

財閥が語るもの

財閥とようやくご対面です。




 アクアフォレスト・カンパニー


 戦後、創始者の水森忠重が立ち上げ貿易業から海外企業への出資などでめきめきと勢力を上げ、今では日本の経済の殆どにその息がかかっている。


 札幌に支社があり、今回の対談で利用するのもそこだ。大通りのビルの並びに建ち、基本的にはガラス張りの外装であるが最上階だけは黒い壁に固められているのが特徴である。

 その最上階で来客用のソファに腰を下ろし、将斗達は目的の人物が来るのを静かに待っていた。

 最初に応対したのは獅童というスーツ姿の女性だった。財閥の現社長である水森総司の秘書を名乗り、将斗たちを案内したのも彼女である。見た目から昴と同じくらいの歳か。だが落ち着いた物腰でテキパキと動く姿はベテランの様な印象を与える。


「天田さまもお掛けになってください」


 茶を差し出し、天田に席を勧める。柔らかい笑顔が彼女の人間性を物語っているように感じられた。

 しかし天田はそれを断る。


「………いえ。獅童さまの前で座るなど失礼です」


 これには将斗達も驚いた。歳を見ても明らかに天田が上なのだが、彼は獅童に対して敬意を見せているのだ。


「そうは仰有っても今日は天田さまも客人です。あなた様ももてなさないと私が社長に怒られてしまいます」


「………ですが…………」


「なら上司として命じます。座ってください」


 笑顔で獅童はそう命じてくる。天田もそれで了承したのか、渋々と将斗達と同じソファに腰を下ろしたのを見て将斗達は顔を見合わせてしまった。


 あの天田を言いくるめた。それだけでもかなりの腕前だが、彼女は優しく柔らかな態度で上司としての権限を案配よく振りかざしたのだ。

 昴と同じくらいの歳で簡単に身に付くような技術と度胸ではない。将斗達の中で獅童という女性に新たな印象がプットインされる。


 天田よりも強い人物、と……


 だがそれはこれから訪れる驚愕の数々のプロローグに過ぎなかった。


「ただいま社長の水森と幹部数名、こちらに参ります。もう少しお待ちくださいね」


 軽く腰を折った姿勢で獅童が笑いかけてくる。その目は主に将斗に向けられていた。慌ててお辞儀を返す将斗の肘を、昴が小突く。


「彼女は君が気になる様子だね」


「……なわけあるか」


「でも将斗」


 これは千晶だ。


「さっきからあの人、将斗見てるよ?」

「え」


 思わず将斗は獅童を見た。3兄妹のやり取りに気付いていたのか獅童はニッコリと笑って見せる。


「すいません、将斗様が私の婚約者と《フィアンセ》と歳が近いようですので、つい」


「婚約者が?」


 視線は獅童の左手に向けられた。確かに薬指に銀色の指輪が嵌められている。


「ええ。私より若いのですがとても優しい方です」


「ですが弟は17歳。それなのに婚約を?」


「昔では当たり前だったそうですよ。特に戦時中は未成年でも兵士に取られた殿方に許嫁がいるケースなんてよく見られたそうですし」


「………確かに、そう聞く」


 あんぐりと口を開ける将斗。戦争から長い月日を経た世代の彼には、そんな歳から結婚をするのが当たり前の世界など未知なる領域であった。

 紫音がそんな将斗の横顔を見て、すぐに目を背ける。異変に気付いた千晶がなにかを言おうと口を開きかけたが、それより先に将斗達のいる客室に二人の男が入ってきた。


 室内を一気に緊張が走る。


 それは入ってきた男の一人と、将斗達3兄妹によるものだった。将斗達の姿を確認した男が異様なまでに敵意を放ったのだ。それに気付いた3兄妹……特に千晶が、その場を震わせるようなほどの殺気を放ち、皆の背に冷たいものを走らせる。


 敵意を見せる男は黒いスーツを身に纏っていた。厳つい顔つきはかたぎのそれではなく、締まった体はその男の役割を物語っていた。


 おそらく、人を殺したことがあるのだろう。


 だが千晶も負けてはいない。将斗や昴も反射的に戦闘体制になってしまうくらいの激しい殺意をもってそれを迎え撃つ。

 あまりの緊迫した場面に紫音は体を強張らせ、天田はあきれたように目に手をやる。

 獅童さえ、顔をひきつらせた。


「宗形。そう身構えるなって」


 そう言って黒服の男を叩いたのは一緒に入ってきた、グレーのジャケットを着た男だった。ビジネスマンのような柔らかな物腰に清楚な身なり。髪は丁寧にまとめられ、男性なのに華奢な体格と僅かに垂れた目は男の軟弱さを象徴しているようだった。


「天田さまの部下とその仲間だ。血の臭いが染み付いても当たり前さ」


「……だが東雲」


「ここで騒ぎを起こしてみろ。客人の前で恥をかくのは社長だ」


 それでようやく納得したのか、黒服の男は敵意の炎を鎮火させた。習って千晶も殺意を鞘に収める。


「すいません、宗形さんは社長のボディーガードを勤めているもので、人を殺したことのある方に敏感なんですよ」


 獅童が代弁する。宗形は頭を下げるも言葉を放つことなく彼女の隣に立った。天田が将斗達にそっと耳打ちする。


「………千晶同様、血の気の多い方だ。………気を付けろよ」


「だって、千晶」


「私はなりふりかまわず暴力しない」


 言い切る千晶だが。 紫音たち身内に何か危害が及ぶと判断すれば真っ先に動くのは彼女だった。殺気をみなぎらせ、それでも手を伸ばす誰かを迷わず力でねじ伏せる。

 自覚がないのか感覚がずれているのか。多分両方であろう。


(((説得力がない……)))


 将斗、昴、紫音の心の声は間違いなく同調していた。


「すみません、橘様」


 獅童が頭を下げてきたので将斗は手を振って「気にしてない」との意を示した。それにしても、と獅童、東雲、宗形を見る。3人の服にはいずれも金のバッジがつけられていた。デザインまでは詳しく見ることは出来ないが、いずれも同じものだろう。

 このビルに入ってからバッジを着けていたのはこの3人だけだ。特別な役職の者が着けているのだろうか?


「ほら、お前のせいで獅童が謝ってるんだぞ」


「む…すまない、獅童」


「私は気にしてませんから。それより東雲さん、お客様へのお菓子は…」


「もちろん。用意してるよ。出すから器をお願いしてもいいかい?宗形も頼むよ」


「わかった」


 3人は打ち解けたような話し方でコミュニケーションを取っている。それは会社の同僚としてではなく、まるで長年寄り添った家族のようなやり取りだった。


(似てる……)


 紫音は思わずそんな印象を抱いていた。

 今の3人と、隣にいる兄妹。

 彼らは血こそ繋がってないだろうけど、話し合うときの様子はどこか兄妹と被っていた。

 3人が連携して茶菓子を差し出した後、後ろの扉が開いて複数名の男女が入ってきた。いずれもスーツ姿で、同じく金のバッジを着けている。その先頭を歩くのは50ぐらいの白髪が混じった頭をした男だった。

 一気にピリッとした緊張が走る。仏頂面の宗形はともかく、東雲と獅童でさえも表情が凍りついていた。

 将斗達の視線が先頭の男に釘付けになる。ごつごつとした顔立ちと矢尻によく似た鋭い目は数々の修羅場を潜り抜けてきた強者の威厳を放っており、それと相反するも整った身なりはごく普通の会社員のソレに近い。それでいて堂々とした態度は神々しささえ感じさせた。


 名乗らなくともわかる。


 これがアクアフォレスト・カンパニーのトップ。


 天田の上司であり、財閥でありパンドラやテロ国家に精通した人物。


 水森総司。


 昴がゴクリと唾をのむのが聞こえた。見ると冷や汗を流している。

 己の仮面を外さない事が得意な道化師らしからぬ異変に、将斗は水森の放つオーラが只の財閥の社長が纏うようなものではないと再認識した。


 昴は小声で伝える。


「人殺しとは違う匂いだ…でも…」


「ああ……」


 将斗も千晶も同意する。


「流石ジジイの上司だ」


 技術や力といった強さで人を殺すのは簡単だ。それは将斗達がよく知っている。

 だが水森から感じられるのはそれとは違った強さだ。社長としてのカリスマ性だけでも人殺しに長けただけのものでもない。自分達とは一線引いた、何とも不思議な空気を彼は常に放っている。


 今回の対談はひと筋縄ではいかなそうだ。


「九家揃ったな」


 歳に似合わずよく通った声で水森総司は皆に呼び掛ける。獅童、宗形、東雲は彼の後ろに立った。将斗達と九家が向かい合う。


「はじめまして。橘の3兄妹と日下部紫音。今回のために時間をくれたことを感謝する」


 水森に合わせて後ろの8人が頭を下げた。全員、あの金色のバッジをつけている。なるほど、あれは九家の証というわけか。


「………お久しぶりです、社長」


 天田が立ちあがり、水森に頭を下げた。それを彼は片手で制した。


「頭を下げないでほしい。立場はあるかもしれないが、私達は貴方を兄のように思っているのだから……悠生」


「………」


「社長」


 獅童ではない女性が水森に声をかけた。


「こちらの用意は出来てます」


「そうか、遊佐。ありがとう」


 水森が獅童になにかを指示する。うなずいた獅童が窓に近づいてスイッチを押すと、シャッターのようなブラインドが降りて外の視界を遮った。

 同時に、ホログラムのモニターが頭上に浮かび上がる。


「さぁ、対談を始めよう」


 口もとに笑みを浮かべ、水森は将斗達を見た。声に出していたわけでもないのに将斗は水森がこちらに呼び掛けている声が聞こえたような錯覚を覚える。


 君たちが我々に抱いてるだろう疑問を。疑惑を解いて見せようと。


 水森総司の笑みは語りかけていた。






「あなた達が手引きしたと思われる暴力団に妹や彼女が拐われたことがある。それについてはどうお思いです?」


 切り出したのは昴だった。


「それについては完全にこちらの落度だ。否定もしないし申し訳ないと思っている。だが我々は君たちを危険にさらすつもりはなかったと信じてほしい」


 水森はあっさりと頭を下げた。彼らが何かを企み、そのためにわざと家族を危機にさらしていたのだと信じていた将斗は肩透かしをくらったような気分に陥った。

 もし何か目的があったのなら、彼らは否定をしてくる。そう踏んでいたのだ。


「去年から財閥の内部に、独断でテロ国家と繋がっていた者がいるとの情報がありました」


 水森の後ろに立っていた獅童が続ける。


「まだ洗い出してはいませんが……私達が知らないうちにその者はテロ国家に有益な情報、場所、人員の援助をしていたそうです」


「大それたことをしておきながら証拠も残さなかったと?」


 昴の非難じみた眼差しを受けるもうろたえることはせず、獅童は淡々と返した。


「そうです。資金や場所の提供……それらはすべて財閥の抱える企業家の名義に差し替えられていました。

 それだけならまだしも、全ての名義が無断で使用された上に管理の甘い小企業を上手く突いての差し換え。おそらく幹部クラスの仕業とは判断できますが、それ以外は只今調査中です」


「幹部なら……」


 千晶が顔をあげる。その目はいつでも戦闘体勢に入れるといわんばかりに爛々と輝いていた。


「社長の後ろの人達……貴方達も容疑者になる」


 確かに。水森と同じバッジを着けている時点で彼らは幹部クラスの人物だと予想できた。そう言われるのを覚悟していたのか幹部達は何も言わない。

 ただ一人。宗形を除いて。


「……千晶!」


 将斗が叫んだのは宗形が疾風のような速さでこちらへ、千晶へ向かって突進してきたからだった。最初から千晶に良くない感情を抱いていた様子だったし、仲間を侮辱するような発言も後押しになったのだろう。


 力で脅すつもりだったのか、その手は千晶の首を掴もうとしていた。


 だがそう簡単に負けを許す狂犬でもない。宗形の伸ばした腕を上へ弾き、胸ぐらを掴んでそのまま後ろへと投げたのだ。

 身体が床に叩きつけられる音。なおも体勢を立て直そうとする宗形の頭を掠めるように、千晶は床に膝を撃ち込む。宗形からすれば頭スレスレに砲弾を撃たれたような錯覚に陥っただろう。彼の頭の隣ではボーリングのようなサイズの穴が穿っていた。


「まじかよ……あの宗形を……」


「あの床を易々と壊すなんて……」


 称賛とも呆れともとれる声が、九家のほうから聞こえてきた。

 将斗達だって同じ気持ちである。敵かもしれない奴らに堂々と喧嘩を売るだけではなく力で圧迫までするなんて。

 やっぱりなりふり構わず暴力に走ってるじゃないか、この妹は。


 それでも宗形はまだ諦めてないのか、すぐとなりのクレーターに冷や汗を流しつつも千晶の動きを観察するかのように鋭い目で睨んでいる。

 だがそれを制したのは水森だった。


「よせ、宗形。お前では勝てない」


「社長……ですが」


「なによりこちらの不備は否定のしようもない事実だ。彼らが疑うのも無理はない。

 それをお前は棚にあげると言うのか」


 諭すような言い方だが声は鋭く、聞いた者の背筋から嫌な汗が流れてしまうほど冷ややかであった。彼の独特なオーラも相まってか、それは蛇にらみによく似た緊張感を与えてくる。


「おぉ怖い……」


 小さな声で冗談を口にする昴だが、口は緊張感からかひきつっていた。

 怖い。なるほどと、将斗と紫音は水森の放つ未知のプレッシャーに肩を震わせながら同意した。


 純粋な殺気ならまだ良かった。だが水森は殺気だけではなく威厳といったものが入り交じった怒りを向けてくる。それは人殺しだけでは決して身につける事の出来ないものだった。

 千晶がそれに気づかないはずがない。対抗するように水森に向かって狂犬としての殺意を身体中から溢れさせた。


 広い室内に異なる類いの殺気が充満する。将斗の鼻が曲がってしまいそうなくらいに死の匂いが漂ってきた。

 

 まずい。このままでは対談どころではなくなる。


 危険を感じたのは将斗だけではなかった。九家の方からも焦りの気配が感じられるし、あの天田でさえ腰を浮かしている。紫音に至っては血の気が失せた真っ青な顔で、将斗の服の裾をつかんでいた。肝心の千晶は未だに水森に対して、敵意を向けようものならこちらも迷わないと意思表示を示している。


「将斗……」


 紫音の小さな声。一触即発なこの空気を打開すべく、将斗は妹に落ち着くよう言い聞かせようとした。


「千晶……」


「部下が無礼を働いた。許してほしい」


 だが先に水森が遮るように言葉を発する。水森が折れてくれたおかげで千晶も気を鎮めた。


「……こっちこそ……イズヴィニーチェ」


「そちらが我々を疑うのも道理だ。敵意を向けるのも納得は出来る。

 だが我々は敵ではない。それを信じてほしくてこの場を設けたのだ」


 水森の真っ直ぐな言葉に千晶は将斗達へ目をやり、渋々とだが宗形から離れた。叩きつけられた体をさすりながら宗形は千晶を一瞥し、しかし何も言わず水森達の元へと戻っていった。


 水森が手を組み、将斗達を見る。


「この九家に、君達に危害を加える意思の者はいない。それを今日、証明したくて招いたのだが……天田」


 いきなり話題を振られ、天田は目元をきつくした。


「………私が、ですか」


「当然だ。そこの将斗は貴方の弟子だろう。師として本当のことを話すべきではないか?」


「………ですが」


「まだ彼らに言ってないこともあるのだろう。この際だ。包み隠さず言うべきだと思う」


 水森は天田へ、暖かくも厳しい口調で言う。根負けした天田はため息と長い沈黙の後、水森達の方へ歩き、そして将斗達と向き合った。


「………そうだな。いずれは解ってしまうことだ」


「ジジイ……やっぱりまだ隠し事してたな」


「………将斗。そう睨むな。………そうだな。では九家の目的から話すか。そうすればお前達の敵ではないとわかるはずだ」


 将斗は視線を天田一人から全員へと移す。それを確認した天田は小さく息を吸って


「………俺は戦後に財閥が立ち上げた中野学校を出て、財閥の抱えるスパイとなった。財閥の目的はひとつ。この世に強大な影響を与える科学者、OOの抹殺。そして俺はそのために必要な力を得るべくして、パンドラとその使い手であるお前達の傍に居続けてきた」



突然ですが、九家では既に姓が判明したものが何人かいます。

獅童、東雲、宗形、水森。

他の5人は名前を伏せてますが、キーパーソンではあります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ