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名無しの友

今回、将斗たちの出番はほとんどありません。


「そこは危ないぞ」



 そう言ってきた少年は彫りの深い顔をしていた。

 この辺では見ない顔だ。学校には転校生なんていないし、近所の子ではないのだろう。



「なんでわかるんだよ」

「その先に行きたいんだろ? 昨日の雨で足元が緩くなってるんだ。だから今行くと転げ落ちてしまうぞ」

「お前は誰だよ。転校生なんかじゃないんだろ?」

「…………」



 そいつは黙ってしまった。



「なんだよ。自分の名前も言えないのかよ。そんな奴の言うことなんて信じられないね」



 そう言って俺はずんずんと進もうとした矢先、草に隠れていたぬかるみに足を奪われた。



「わっ‼」

「危ない!」



 この先は崖となっている。崖を落ちたらそこは海だ。この辺は波が荒いので落ちたらひとたまりもない。

 それでも落ちなかったのはそいつが腕を引いてくれたからだ。俺の体は崖に押し寄せる寸前で引き留められ、下では白波がうねっている。


 本当に間一髪だった。



「だから言ったのに……」



 そいつは呆れた様子で言った。



「な……たまたまだ‼」

「そのたまたまに負けたのは誰だよ?」



 そう言われて言い返せずにいると、そいつはもう一回力を入れて俺を茂みに引き戻してくれた。



「……ありがと」

「礼は言えるんだな……」

「なんだよ…………でも……本当にありがとな。俺、白鳥三門しらとりみかど。お前は?」



 そいつはまた黙ってしまった。名前なんて皆言えるんじゃないのか?

 いつまで待ってもそいつは答えない。こういうのって、煮えきらないんだよなぁ。



「よし、わかった」



 だから俺は提案する。



「なら俺が勝手に名前をつける。それでいいだろ?」

「は?」



 そいつの目が点になったが俺は気にしないで続ける。



「俺を守ってくれた人だから……守衛もりえ‼ お前は守衛な!」

「え……」

「なんだよ、じゃあ名前を教えろよ」

「それは……」

「言えないならいいだろ? あだ名だと思えば」



 そいつがオロオロしてる様子を見て、思わず笑ってしまう。大人しく無愛想だと思ってたけど、意外にわかりやすい。


 これが俺と、名無しの守衛との出会い。



 こいつは名前だけでなく住む場所、産まれた土地、どこの学校かもわからない奴だった。しかしいつもの時間に外に出ると待っていてくれて、外で釣りをしたりチャンバラしたりと一緒に遊んでくれる。

 最初は変なやつ、と思ったが命の恩人だし話してみたら良い奴だしで、俺は気にしなくなった。


 魚や草花の食べ方、含まれる毒についてやけに詳しいのが印象的だった。それだけではない。チャンバラでは勝てたことがないくらいに滅茶苦茶な強さだし、学校帰りには勉強を教えてくれる。同い年ぐらいなのになぜそこまでできるのか不思議なくらいだ。



「あーっ! また負けた!」



 新聞紙を丸めて出来た剣で空を切りながら俺は敗けを悔しむ。



「三門って負けず嫌い?」

「あぁ、負けるのは大嫌いだ。やっぱり男だし、強くなりたい」

「これからは力じゃない。頭の良さが勝ち負けを決めるんだ」

「わかってるよ。日本は戦争に負けた。これからは勉強が大事な世界だって」

「ならなんで……」

「……俺の両親、本当の親じゃないんだ」



 守衛は目を見張った。



「父さんは俺が産まれる前に死んだらしいし、母さんは……俺を産んだ後で旧家に嫁いだんだけど、家の権力者に苛められて、病気で死んだ。俺は追い出されて、今の親に拾ってもらえたんだぜ。

 だから俺はもっと強くなって、自分の力で歩いてかなくちゃいけないんだ」



 守衛はなにも言わず、ただ黙って話を聞いてくれている。



「なんか俺ばっかり話しちゃったな、守衛は?」

「ん?」

「親だよ。どんな両親?」



 すると表情を曇らせ、自嘲気味に言った。



「いないよ」

「は?」

「俺も両親がいないんだ。名前も顔もわからない。だから……」

「……」



 今度はこっちが言葉に詰まった。

 両親がいない。わからない。その気持ちは俺の境遇に似ているような気もするし、なにより守衛が自ら名乗らなかった理由のひとつであるように思えたから。



「……なら、俺たちは似た者同士だな」

「…………」

「よしっ‼」



 暗い空気になったがそういうときほど明るくしなくちゃいけない。そう思った俺は話を切り替えることにする。



「湿気た話はあまり好きじゃねぇし、もう一本相手してくれよ‼」

「またチャンバラか?」

「勝つまでやめないからな‼」



 45戦45敗。俺が挑んで負けた数。

 3年間もの時を経ても、俺の家が北海道に移るまで、俺が守衛に一本も勝てたことはなかった。


 それからも手紙で守衛とのやり取りは続いた。マメな奴で、手紙を送ればすぐに綺麗な字で返事をくれた。

 あいつの引取り手は東雲という家で、あだ名にも関わらず守衛と書いたらきちんと手紙が渡されるらしい。

 俺が就職してからも手紙を寄越してくる。



 次に守衛と会えたのは北海道の札幌でだった。銀行で働いていると、客の一人が声をかけてきたのだ。



「三門。久しぶり」



 髪を整えスーツを纏う姿はそこらのサラリーマンと大差ない。だが彫りの深いその顔立ちは鮮明に覚えていた。



「守衛‼」



 本土の貿易会社にいると彼は言っていた。その日は俺の部屋に泊めて、土産に持ってきてくれた酒を飲みながら語り明かす。

 俺にとって守衛は数少ない旧知の存在だった。


 成人を越えたからか守衛はタバコを吸うようになっていた。ドイツのメーカーらしいがタバコに興味はないので断ると、今度はコーヒーを勧めてくる。

 苦くてそれでいて香りの良い飲み物だ。守衛は淹れ方を熟知しているのか、俺でもすんなりと飲むことができた。



「喫茶店のより美味しいな……」

「今の会社は客人が多くてな。誰に出しても良いよう学んだんだ」

「ほう……」



 …………やっぱり俺は負けず嫌いらしい。なぜかこいつと同じくらいに美味しいコーヒーを淹れようとして失敗したが。



「……蒸らす時間が短いんじゃないか?」

「そうか? 同じくらいのはずだが……」

「じゃあお湯の温度……って、お前また張り合うつもりかよ」

「当然。守衛に勝つまで何度でも練習してやる」

「……相変わらずだな」



 そう笑う守衛は楽しそうだ。



「チャンバラで俺に勝てたこともないくせに」

「言ったな?」



 実は俺は北海道に来てからというもの、勉学は勿論剣術にも力を入れた。居合いと剣道の道場に通い、居合いに関しては師範代も任されている。

 翌日も休みだというので守衛を道場まで引っ張って手合わせを願い、俺は人生初、あいつから一本取ることができた。



「強くなったな……」



 竹刀を置いて守衛は笑う。



「おう。お前に勝つために腕を磨いてきたんだからな」



 初の白星はなかなか気持ちいいものだった。

 その日の夜、守衛は本土に帰った。札幌駅で挨拶を交わし、俺は気になっていたことを尋ねる。



「そういえばお前は結婚はしないのか?」



 お互い良い歳だし、いつ結婚してもおかしくはなかった。

 だが守衛は悲しそうに首を振る。



「俺が結婚しても相手は不幸になるだけだよ」

「なんで。お前ならいくらでも相手は出来そうだろ」



 顔も良いし勉強も武道もできる。なにより職も安定しているらしいし、不幸になる要因なんて微塵もないはずだ。だがなぜか、結婚は出来ないと言う。



「仕事もカツカツでな。三門。お前はきちんと結婚しろよ」



 そう言い残し、守衛はバスに乗り込んでいった。

 文通はまだ続いた。職場が忙しいらしく、なかなか休みをもらえないそうだがマメな性格は変わることなく手紙を送ってくれる。

 文章に絵をつけてコーヒーの淹れ方を送ってくれたときは早速実践した。俺が淹れたコーヒーを上司が飲んで誉められたとき、すぐさま俺はお礼の手紙を送ったくらいだ。



 その翌年、以前より交際していた女性と俺は結婚した。わざわざ休みをもらってまで守衛は結婚式に来てくれた。



「おめでとう」



 俺と花嫁にそう祝言を延べ、笑いかける守衛の顔は我が子を見る親のとそっくりだ。



「三門が結婚してくれて嬉しいよ」

「お前は俺の親かよ」



 嫁は守衛という得体の知れない人物を疑うことなく受け入れてくれた。親友として俺も嬉しいし、何より話しやすい。冗談混じりな会話をしていると、思い出したように彼は言ってきた。



「俺も会社で地位をもらったんだ。あと数年すれば、北海道への転勤も出来るようになるかもしれない」

「本当に!」



 正直に嬉しかった。また親友と頻繁に会えるかもしれないのだから。



「ああ。そうなったら遊びに行くよ……そうだ、三門」

「ん?」

「本当におめでとう……これでお前にも、血を分けた家族が出来るぞ」



 そう、本当の親を失った俺にとって、これから産まれる命は本当に血の繋がった存在となる。

 それを同じく親のいない彼は祝福してくれる。なによりの祝言だった。



「ああ……子供が出来たら顔を見に来てくれ」

「……必ず」



 だがそれから数年、彼はぷっつりと音信不通になった。



 東雲の家に手紙を送っても返事はなく、思いきって守衛について尋ねる文を送ると東雲の当主と名乗る人物からは「彼は海外に出張に行っております」としか来ない。あいつが今、どこで、何をしているのか。俺は一生知ることはなかった。


 ようやく会えたのは産まれた娘が10歳になる年だった。長かった海外出張を終え、日本に戻ってきたと言ってひょっこり顔を見せたのだ。アメリカで買ってきたクッキーをお土産に娘と初の対面を遂げる。



「あまり心配かけるなよ。外国でくたばったんじゃないかって心配したぞ」

「悪い、トラブルが起きてな……なかなか帰れなかったんだ」

「でも守衛さん、お変りなくて安心しました。結婚式でお会いしたときとまったく変わってないのですね」



 茶を用意しながら妻が話しかける。確かに守衛はあの頃と大差なく、10年もくって少しだけ老けた俺たちよりもずっと若々しかった。



「三門に勝ちたいがために仕事の合間を縫って剣の稽古をしてますからね。今なら三門に勝てる自信があります」

「言ったな‼」



 俺も鍛練を欠かさなかったのだ。易々と勝たれては困る。というか、娘に格好悪い姿なんて見せたくない。


 接戦の末、俺は守衛から一本とった。



「お前……剣道で居合いを使ったろ‼」

「勝てば良いんじゃい‼」

「お父さん、大人げな~い」

「ぐぬぬ……」



 やはり堂々と剣道で勝つべきだったか。


 北海道に住んでからも守衛は娘にも良くしてくれた。物知りなのは相変わらずで、娘が星に興味を持つと図鑑を買ってきてあげたりもした。娘も、彼を父のような存在と認識したらしい。10歳に会ったにも関わらずすぐなついている。



「おじさん! この星は何て言うの?」

「ん? この位置なら……ベガだな」

「守衛」

「どうした?」

「俺にも星を教えてくれるか」

「……娘の気を引きたいのか」

「当然」

「清々しいくらいの負けず嫌いだな、本当に……」



 そう苦笑いしながらも教えてくれるのが守衛だが。


 そんな日常の中、守衛は時々考え込むような様子を見せることがある。仕事で忙しい身ならよくあることかもしれないが、そういうとき俺は教わった淹れ方でコーヒーを用意するのだ。



「……俺が淹れた方がまだうまいな」

「聞き捨てならないぞ。さてはまだ技を隠してるな? 隠すんでない‼」

「なんですぐ張り合うのやら……」



 娘が成人してからというもの、学生運動が活発になってきた。英語のできるの守衛は出張先の大学で英語と世界情勢について講演をするようになったが、その学生にも運動に関与する人物がいるらしい。



「俺は学生運動に賛成してる訳じゃないんだが……なにせ日本を真剣に思ってるし、年も俺達の世代の子みたいなもんだ。邪険には出来なくてな」

「なんだ、子供が欲しいのか」

「違うよ。だが俺を真似てタバコを始めるくらいだぜ。こう……愛着みたいのが湧いてな」

「おーおー、守衛もついにこどもの良さに気付いたか」

「だから違うって……ところで娘さんは息災かな?」

「あー、最近付き合ってる人がいるらしいぞ……」

「そこまで落ち込まなくても……」



 ふん、子供のいないお前にはわからんよ。我が子が知らない誰かのものになるなんて苦しみを。



「にしてもお前の会社もすごいな。副業だろ? 大学の講演なんて……」

「融通が利くんだよ」



 そういってウィンクしてみせる姿は昔と変わらない。しかし急に真顔になり、俺に尋ねてきた。



「三門……今は幸せか?」

「ん?……そうだな、家庭もあるし肉親も出来た」



 俺には勿体無いくらいの幸せだ。そう話すと守衛は



「……そうか……」



 と言うだけだった。







「まさかこんなに早くじいちゃんになるとは思わなかったなぁ」

「明恵ちゃん、っていうんだったか」

「そうそう、抱っこしてみるか? 養子には出さんが」

「なんでお父さんが明恵の行く末を決めるのよ……」



 娘が早くに出産し、俺には孫が出来た。目に入れても痛くないとはこのことで、俺は孫娘に完全に心を奪われていた。


 守衛も孫を抱っこしてみて、顔を綻ばせている。どうだ、可愛いだろう。



「何年も三門と知り合ってから経つが……ここまで気持ち悪い顔は見たことがないな」

「なにっ‼」



 それは家族を持たないお前のひがみか⁉



「孫には何か教えるつもりか?」

「んにゃ、明恵は可愛いからなぁ。可愛い女の子に剣を教えるのも酷だし」

「……それは俺に勝つためのか?」

「当然。もし明恵が男の子を産んだら俺は剣を教えてお前以上に強くする」

「ひ孫に親友をいじめさせる気か」



 何をバカなことを。俺はひ孫に強くなってほしいだけだ。

 だが守衛は不思議と、歳は俺と変わらないのに見た目は若く体もかなり引き締まっている。30代と言っても通じそうな体つきだ。ひ孫と戦わせても無事で済みそうである。

 ……うん、試してみる価値はありそうだ。



「む、さては本気で……」

「違うぞ? 多分……」



 やっぱりばれてたか。





 それからしばらくしてひ孫が産まれた。男2人、女の子1人の三兄妹。そのころから守衛と会う回数はめっきり減り、文通のみのやり取りが続いた。

 守衛は最近忙しいのか、滅多に顔を見せない。最期に会えたのは夜のこと。よくひ孫をつれて行く展望台でだった。



「………ずいぶん老けたな」



 開口早々随分失礼な言い方だが、俺たちはそれが可能な仲である。



「お前が若すぎるだけだよ」

「………お前もひ孫がいる歳にしては若いほうだが?」

「まさか。最近はガタがきてるよ」



 相変わらず若々しい体つきの守衛に反し、俺は杖がないともう歩けない。



「俺のひ孫に一本取られるまでお前には生きてもらわなくちゃな」

「………まさか本気に剣を?」

「ああ。覚えの良いひ孫でな。剣だけじゃない。長男は勉強もできるしコーヒーも俺仕込み。末っ子の千晶には星を教えたよ。


 なにより将斗は俺よりも剣が上達しそうだ」



 コロコロと笑う俺を守衛はじっと見つめている。



「……なぁ、守衛」

「どうした」

「お前が京香にあげた本に、架空の星もあったんだ。名前は……そう、ネメシス」



 復讐の神の名前に因んだ星名。

 存在しないとされるが、文書にはよくその星の名前を見かける。



「………有り得ない星だろう? それがどうかしたのか」

「千晶にな、この星について聞かれたんだ。存在はしないと言ってるのに、ひ孫3人揃って見てみたい、って……

 ひ孫達は俺によくにてる。本当に些細なことで、すぐムキになる。

 まるで小さい頃の俺を見てるみたいで、本当に楽しいよ」


「………」


「俺がお前に会った時がつい昨日のように思える。


 俺には肉親がいなかった。あの頃は家族なんて一生手に入らないとさえ思っていた。


 それがどうだ。子が出来て、ひ孫さえいる。文化の進展に伴い、欲しかったものは手に入った。今じゃ、前まで有り得ないと思ってたものが実現する」



 胸を張って言える。

 俺は幸せ者だ、と。



「ネメシス……存在が有り得ないと言われる星だが、俺にはその星が……あの子達と重なって見えるんだよ」



 有り得ないと思ってきた肉親と


 有り得ないとされる星



「俺にとってはあの子たちが幻の星だ。前まで手に入れることさえ叶わなかった存在だ。


 そう考えると…………希望の象徴のように思えないか?」



 有り得ないからこそ求める。求めて、見つけ出した時の喜びに感動できる。


 俺が孫に、そしてひ孫に。

 家族というものを見出だせたときの嬉しさのように。



「………随分ロマンチストになったな」

「ばか野郎、夢があると言え」






 翌年、白鳥三門は天寿を全うしてこの世を去る。多くの者が涙を流す中、そこに守衛の姿はなかった。


 葬儀で外出をしている彼の孫の家に、男が立っている。黒服に身を包んでいるが参列者ではない。

 男はポストに白い封筒を入れると、その場を去っていった。

 港駅に出る下り坂を歩いていると胸ポケットから振動が伝わってくる。既に携帯電話は皆が持つ世の中となっていた。



「………もしもし」

『用事は済みましたか』



 若い男の声だ。



「ええ。式には出るつもりもありませんでしたから」

『冷たいのですね。それとも、言わずも知れた仲だから、でしょうか』



 守衛はキッパリ言い切る。



「彼のひ孫の一人が……そっくりすぎるのですよ。初めてあいつと会ったときのまま……」

『……わかりました。それではお戻りください。会長も貴方の帰りを待ってるでしょう』



 守衛は顎に手を引っ掻け、そのまま上に引き抜く。バリバリと音をたてて出てきたのは、20代の若者の顔。白鳥三門が札幌で再会したときとそのままの顔だった。



『お待ちしております。天田悠生様……』














「これ?」



 頼まれた古いアルバムを昴は画面向こうの母に見せる。明恵は手を叩いた。



『そうよ。それ。おじいちゃんの友人に見せるには丁度良いかしら』

「良いと思うよ?」

「なぁ。これは?」



 将斗が持ってきたのは、アルバムに挟まれていた黄ばんだ封筒だった。明恵はすぐそれに気付く。



『それね、葬式の日におじいちゃんの友人だって人がポストに入れてたみたい』

「葬式の時?」

『ええ。おばあちゃんが言うには、昔からの親友らしいのだけど……中に写真があるわ』



 千晶が封筒に指を入れて取り出す。モノクロの写真が1枚、姿を見せた。

 裏面には「親友より」の一文だけ。若き曾祖父が見知らぬ男性と肩を並べ、こちらを向いている写真だった。


 わぁ、と息をのみ、紫音は写真を覗き込む。



「ひいお爺さん、将斗とそっくりです」

『でしょ? やっぱり将斗はおじいちゃん似なのよ』

「良かったね、将斗。じいさんになっても君はハンサム確定だ」

「なんだよそれ」

「ひいおじいちゃん、歳に合わず若かったし」

「千晶まで……」



 橘家でどっと笑いが起きる。しかし誰も、曾祖父の隣にいる親友の面影が誰かと似ていることにまだ気付いてなかった。







 その夜天田は、いつものようにタバコをふかしていた。ゲルベゾルテの箱にちらりと目をやり、ふぅっと息を吐く。



「………あいつは……最期までタバコを吸うことはなかったな……」



 友を見るような温かいまなざしで、天田はタバコに火をつける。

ネメシスのタイトルを6割ほど回収しちゃいました。

じつは今回のSS編、思うところがあって投稿まで時間を要したり長文だったりしますが、その分、かなりの伏線を回収したりあれしたり(どれ?)してます

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