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覚醒・白夜

闘いだけは今回で終わります




 チョーカーは確かに取り上げた。いくら自律式とはいえ千晶の命令を受信できないATC が主を守るためにやってくるなんて。

 汗が額から落ちる。

 彼女とATC 同士で向き合うなど初めてのことだった。



『ティーナ……』



 だが同時に思う。その姿の美しさよ。


 白銀の機体が彼女の清らかさを体現しているようで、その美しさに感動さえ覚えてしまう。

 そうだ。ただ自分に血を提供するだけでもかなり魅力的だが。

 自分が勝ちたいと願ったのは、目の前にいる美しい狂犬である。

 今ここで彼女を下せば、彼女の全ては自分のものとなる。


 放たれるプレッシャーに身を震わせながら、ルスランは愛しき女性を見る。



『嬉しいよ。その姿を見せてくれるなんて。さぁ……』



 殺し合おう。


 その言葉をきっかけに狂犬は飛びかかってきた。

 睨み合うだけでもかなりの圧力というのに、迫ってくるとその力はさっきまでの比じゃない。

 まるで解体用のクレーンの鉄球。それくらいの壮大な力を狂犬は放つのだ。


 わずかばかりその迫力に怖じ気づくも、ルスランはナイフでその攻撃を受け止める。

 2つの対甲ブレードが重なり、押し合い、つばぜり合いになる。

 普段ならここから千晶は空いた片手を使うか頭突きをするのだが、今回はわざと後ろに跳ね、ルスランの姿勢を前のめりにさせた。



『なっ……!』



 その首を片手で掴み、巴投げの要領で後ろに飛ばす。グレーの機体は壁に叩きつけられ、いくらか天井が崩壊した。

 ルスランも負けてはいない。ホバリングで勢いを殺し、ダメージを軽減させる。しかしそんなルスランの胸を狙い、ブレードを構えた狂犬が突進してきた。



(なんて柔軟な動き……流石ティーナだ!)



 自分の命が危機に瀕してもルスランは笑う。

 今までクレムリンにおいてパンドラ搭載のATCを扱うのは彼女しかいなかった。だから誰もがATCを含め、彼女の立つ頂点を見上げていた。


 しかし今は違う。自分は今、彼女の本気を受け止めている! 彼女のいる頂きへ、自分は挑めている‼


 狂犬の放つプレッシャーを快楽にさえ思い、ルスランは笑う。

 いつからこんな気味悪い笑い方をするようになったのか、わからない。

 けれども笑う。歪んだ愛を、愛すべき人に向けて笑う。



『凄いよ……流石だよ‼』



 吠える。笑う。喜ぶ。愛する。


 そんなルスランの狂気に感化され、機体の背中は大きく開いた。



 ――ハスキー・パンドラ起動――



 赤い光が背中から溢れ、不思議な力がその場に溢れる。



 途端、チェーンソーのような耳をつんざく不快音が発生した。手の甲の剣の周りの空間が歪み始める。ルスランの振り上げた剣は白夜の胸の装甲を切り裂いた。


 紫音は息を飲む。剣は本来、胸を掠めた程度でしか触れていなかった。しかしパックリと割れた装甲の損傷は激しく、中の千晶の皮膚まではいかなくても服をも裂いている。

 リーチが長くなった? 違う。剣を纏うあの歪みがそうしたのだ。

 ただの歪みではない。あれは……



「高周波……!」



 高周波により硬いものを切り裂き、加工する技術がある。それにより掠めた程度の傷が深くまで届いたのだ。

 これこそルスランのパンドラの能力。武器に高周波を与え、威力を増大させるのだ。

 いくら千晶でも迂闊には近づけない。ATC の装甲を切り裂く対甲ブレードだけでなく、さらにリーチを伸ばしたように高周波が存在する以上、白夜の薄目の装甲は弱点であった。



『さて、ティーナ!どう来るんだい⁉』

『……!』



 剣を振り回し、千晶を襲う。後ろに跳び、猛スピードで回避しながら千晶は迫り来る剣撃を避ける。

 直ぐ様壁に退路を絶たれ、2人の距離は縮まってしまった。



『‼』



 白夜の腰からワイヤーが射出された。天井や壁に先端部の対甲ブレードを突き刺し、宙に舞って距離を取ろうとする。

 このワイヤーは丈夫で、対甲ブレードでも切断は難しい素材だ。

 しかし高周波を纏っている以上、ワイヤーは糸のように脆くて。



『甘いよ……‼』

『……‼』



 バターのごとく軽々と切られ、宙にあった機体はたちまち地へと落とされてしまった。

 切り捨てたワイヤーをルスランは引抜き、千晶に向かって投げつける。既に深手を負っていた千晶は起き上がるタイミングに遅れ、先端のナイフはルスランに噛み千切られた肩に深々と突き刺さった。



『っあああっ‼‼』



 千晶が叫ぶと同時にルスランはワイヤーを握る手に力を込める。すると突き刺さっているブレードが歪んだ空間を纏い始めた。



(いけない‼)


『ああああああああああああああああ!!』



 肉体から高周波で切り刻まれているのだ。白夜は直ぐ様飛び退き、ブレードは肩から抜けたが白銀の装甲を鮮血が染め上げる。


 着地した白夜は膝から崩れ落ちる。千晶が受けてきたダメージを考えれば当然の結果だった。


 高らかに笑うルスランの声。いまだ止まない高周波の音。血まみれの白夜。


 勝敗は目に見えていた。



「シオン!」



 なんとか起き上がったマキシムが紫音へ駆け寄る。腹の血が見ていて痛々しい。



「マキシムさん! 怪我は……」

「今はなんとか……な。君の仲間はまだ来ないのか?」



 離れた箇所から爆撃の音が聞こえてくる。まだ敵の群れに苦戦しているのだろう。首を横に振るとマキシムは顔色を変えた。



「ここにいる者でルスランに対抗できるのはティーナだけだ。だが……」

「何か方法は……」

「………………」


 

 だがそののやり取りに気付いたルスランがそれを見逃すはずもなかった。千晶への意識は逸れ、2人に死神の鎌が向けられる。



『……悪いけどティーナ。ちょっと待ってね』



 コンビニへ行くようなノリでルスランはワイヤーを引いた。



『あの邪魔な2人を片付けてくるから』



 彼にはもう勝利しか見えてなかった。自分はこのままロシアに帰り、栄えある1位として君臨するのだというヴィジョンさえ浮かべていたのだ。


 しかしその発言を受け、熱を帯びた千晶の頭にどす黒い感情が芽生える。

 


 本当の死に神を蘇らせる呪文をルスランは唱えていた。










 ……何て言った?


 殺す?


 マキシムに、紫音ちゃんを?




 ドクン。心臓が大きく鳴る。



 仲間を裏切っただけでなく、私の大切な人達まで奪おうと言うの?



 もう一度、大きな拍動。


 仲間だと思っていたのに。いつも決闘を申し込んでくる奴だとは思っていたけど、クレムリンではマキシムよりもムードメーカーで、良い奴だった。


 そんなルスランが、自分をモノにしたい。クレムリンの頂点に立ちたいからと暴挙に暴挙を重ね、大事な人達を奪おうとしている。


 許さない。


 紫音ちゃんとマキシムの命まで欲する彼が憎い。


 許さない。


 許さない。許さない。


 許さない許さない許さない許さないユルサナイ。



 紫音ちゃんの……長年かかってようやく取り戻せた家族の命を手にかけようというなら。








 星空の綺麗な湖の上でワンピース姿の女性が微笑みかける。優しげで、どこかで見たような顔をしていた。



「こうして話すのは……初めてよね」



 鈴のように透き通った声。

 星空は綺麗だ。



「覚悟は出来てるみたいね、ティーナ……」



 千晶は星空を眺めた。



「時々、あなたと同じ世界を見ることがある。自分が自分じゃなくなってくる」

「…………」

「怖くて力を使えなかった。ロシアにいた頃は特に、使うほど世界を共有する回数が増えていったから」

「……ティーナ……」

「でも、だからって恨んだことはない。あなたは私の大事なパートナー」



 淡々と話すときほど、千晶の本音は語られる。それを知る彼女は嬉しそうに微笑み、千晶を後ろから抱き締めた。千晶よりも背が高く170はあるだろう。



「……もし私が沈んだら……」

「大丈夫……私はずっとここにいるから……」



 女性の声は震えていた。



「ティーナが沈んで、眠ってしまっても……ここにいるから……」



 千晶は瞼を閉じ、頷いた。



「うん……ありがとう……白夜……」














     ――認証・確認――


     ――承認・完了――


   ――セカンドセーフティ・解除――


     ――オールコネクト――



「行ってらっしゃい、ティーナ」



 白夜は静かに頬笑む。



「きちんと…………守りなさい。大切な人達を」



   ――白夜ビェルィノーチ・パンドラ起動――










『なっ……?‼』



 手をあげようとしたとき、すでに白夜はルスランの体に体当たりをして地に組伏せていた。

 負傷した千晶のとは思えない力がギリギリと、押さえつけた肩に食い込まれる。


 あんな大怪我をして、まだここまでの力を残してるなんて。

 歓喜に口を開きかけるが白夜の様子が違うことに気付き、ルスランは唖然とする。



『……え……?』



 溢れているはずの血が肩から出てきていない。重さも、さっきよりどこか軽く感じられる。


 そして腹の装甲が開き、ルスランのよりも強い赤の光が輝いていた。


 彼は千晶がパンドラを解放できたという情報を耳にしていなかった。だからこれは、その驚きだった。



『ティーナ……まさかパンドラを……?』



 千晶によって難を逃れたマキシムと紫音は、その様子を驚いた面持ちで見ていた。



「まさか……いきなり解放するなんてな……」

「…………」

「……シオン?」



 眩しいくらいに強い赤い光はこちらまで届いている。温かささえ感じさせるそれを受け、紫音は白夜の意思に触れていた。

 干渉。まさかそれが白夜にも通じるとは思ってもいなかったが。


 しかし


 白夜が吠える。機械で作られたような咆哮は、千晶のものではなかった。









 高周波ブレードで斬りつけるが、それより早く白夜は離れて避ける。手を動かそうとしたときに既に先回りして難なく避けて見せるのだ。



(速い……!)



 ルスランはその動きを見極めようとするが、さっきとは比にならないくらいの速さで狂犬は姿を消し、急に現れてルスランの手の甲に対甲ブレードを突き刺した。

 激痛に顔を歪めるが、今がチャンス。動きが止まった一瞬をついて斬りつける。

 しかしまた、白夜の姿は光のような速さで消えた。



『バカな……!』



 いくら速い千晶でも、今のを完全にかわせるはずがないと思っていたのだ。手の甲に千晶のブレードを突き刺したまま、ルスランはレーダーを見る。隠れているなら反応があるはずだ。

 しかし映っているのはありえないものだった。



『……?!!』



 この空間をATCの反応を表す光が埋め尽くしている!

 なぜだ⁉ 今ここにいるATCは自分達だけのはずなのに⁉



(システムハッキング? それともジャミング⁉ いや、それだけではあの動きは説明できない!)



 その背後に狂犬は現れた。目にも止まらぬスピードで脚にローキックを入れてくる。

 今までになく速い蹴りが装甲をへこませ、関節をあらぬ方向に曲げた。


 ルスランの悲鳴が響く。手の甲のナイフを抜き、白夜はルスランを蹴り伏せた。

 倒れたその肩の関節目掛けて勢いよく踏みつける。ベキベキっと装甲が砕け、中の筋肉が千切れ、関節が砕かれた。


 何てむごい。そのやり方に紫音の顔から血の気が失われる。


 しかし圧倒的な力を白夜が発揮しているのも確かだった。あれほど怖れた高周波ブレードを軽々とかわし、ありえない速さで駆逐する姿。

 そして怒り狂ったようなこの闘い。


 怒りに満ちた獰猛な獣



「ティーナのパンドラの能力は……単なる高速移動ではない」



 マキシムが説明してくれた。



「只のブーストならどのパンドラでも出来る。ティーナの場合……野性として闘うための本能が異常なまでに発達するんだ」



 例えば勘と呼ばれるもの。


 例えば動体視力。


 これらが爆発的に上昇するため、千晶にとっての時間感覚と他者の時間感覚に狂いが生じる。自分達が1秒と思っても、千晶にとっては3秒以上もの感覚的差があるのだ。

 だからパンドラで強化された機体が許す限り、いくらでも速く動き回れる。先読みまがいなことをして動けば、それは姿を消してまた現したようにしか見えない。


 他者より遅れを許さない、野性的な本能。


 これが白夜の、千晶のパンドラの力だ。


 あまりに速く動き回るため、レーダーの処理速度が遅れこの空間をATC が埋め尽くしているようなバグが発生していたのだ。



『……なら!』



 倒れていたルスランは足を白夜のに絡め、動きを封じた。高周波ブレードは今なお発生している。



『動けなければ、意味は無いんだろう⁉』



 ブレードが腹に向けられる…… 


 直前に、ルスランの胸から腹にかけて血が吹き出した。


 白夜の手には血に濡れたナイフ。


 ルスランより先に対甲ブレードで刺していたのか



『あああああああっ!』



 しかしルスランもしぶとかった。足を砕かれ、肩を踏み千切られても息絶えることはなく、ひたすら千晶との戦いを望んでいる。


 強い。ルスランから見ても今の千晶は圧倒的な強さを誇っていた。


 まず、速さですら追い付けない。まるで光のように動くその姿をとらえることができない。

 何度も刺された腹や胸からは血が溢れている。もうすぐ意識も朦朧とするだろう。


 だが諦めない。


 ルスランにはプライドがある。

 好きな人を手に入れたい願望がある。

 そのためにパンドラに手を出した。仲間を裏切ることも飲み込んだ。

 

 きっかけは些細な愛情と幼いプライドで。


 それがいつしか手に負えないくらい増幅し。


 いまではこんな膨大な力に目がくらみ、この手を鬼畜に染め上げてきた。


 そこまでして手に入れたい。本気なのだ。

 だから最後の最後まで、ルスランは敗けを認めない。

 認めたらここまで大事にしてきたプライドが全て、音をあげて瓦解しそうだから。

 いくら負けそうでも、この強い意思があるかぎり。


 しかしその燃え盛る意思とは裏腹に、彼のモニターには警告エマージェンシーの文字が並べられた。



「因子不足。限界時間。19秒」



 因子を持たない者がパンドラを扱おうとすれば、触れるかの寸前に暴走して怪我をするか、扱ってから暴走を始め死ぬかのどちらかでしかない。既に機体に乗り込んでいる以上、ルスランの生存は不可能であった。


 今すぐ機体を降りても、彼らに殺される。


 このまま中にいても機体に殺される。



「……はは……」



 口の端に血の泡を作りながら笑う。

 どう見ても自業自得。友を裏切り、友の大事な人を奪い。

 しかし、そこまでしてでも手に入れたかった。

 その意思に命を燃やしてきたのだから。

 今までの苦労をこんな形で終わらせない。


 目の前に。愛する人に自分の力を示すことができる。

 長年申し込んでは惨敗を繰り返してきた、ティーナへの決闘はまだ続いている。


 勝ちたい。


 それはあまりにちっぽけな願いだった。しかしそれを糧に生きてきたルスランにとっては命よりも重い。


 彼女を自分のものにすること。

 そして彼女達よりも上であると証明すること。

 たった一時でもかまわない。


 願いのためにルスランは命を燃やす。



『ティーナァアアアアッッ‼』



 空間を取り囲むようにワイヤーが走る。千晶がワイヤーを自在に操れるように。マキシムに千晶の真似事が出来るように。ルスランもまた、似たような事が出来るのだ。


 口から血を吐く。ドロドロとした気持ち悪い何かがルスランを蝕む。パンドラによる暴走はもう始まっているのだ。


 空間に歪みが生じる。外側のマキシムや紫音には、ワイヤーで作られた球状の箱と、その中が歪みでよく見えない、なんとも不気味な光景でしかないだろう。



『逃げられなければ……意味はないだろう‼』



 歪みの正体はワイヤーに高周波を付与したせいだ。囲まれている白夜はというと逃げ出すチャンスを窺っているのか、微動だにしていない。



『これで終わりだ……!』



 当たれば即死だろう。千晶を欲しがっているにしては本末転倒である。

 だがルスランにはもう生きていられる時間はなかった。このワイヤーは千晶を殺してでも連れ去ろうとする彼の執念なのである。


 ルスランが引くと、ワイヤーは一点を目掛けて収束した。死が束となって白夜の機体を切り刻み……

 そして消えた。



『?‼』



 驚いて息を飲む。当たればバラバラになり、死体が転がるはずだ。だが血ひとつ流さず消えるなんて。

 いや、そもそも切り刻んだ手応えすら……


(まさか⁉)


 残像


 その言葉が頭に浮かんだとき、ルスランの遥か上から実体をもつ白夜が流星のように落ちてきて。


 ルスランの心臓にブレードを深々と突き刺した。










「ありがとう、白夜……」

「おやすみなさい、ティーナ……でも」



 千晶の頭を膝に載せ、湖のほとりで白夜は夜空を見上げる。



「もう少しだけ……傍に居させてね」












「千晶ちゃん⁉」



 ルスランが死んだのは目に見えてるのに、白夜は手を止めず、その機体の背中にブレードを突きつけ、無理矢理こじ開けた。

 赤い光の中に手を入れ、ブチブチっと音をたてて中の物を引っ張り出す。


 手の中にあるそれは黒いキューブだった。ダイヤのようにどこか透明感もある。


 それを取り出したとたんルスランの機体は赤い光を喪い、逆に白夜の光が強くなる。

 目も眩むような光が消えてから、白夜の手にあったキューブは姿を消す。


 後には静けさが残り、オーバーヒートを迎えた2つの機体はハッチを開いた。

 それを見た紫音とマキシムは恐怖に顔をひきつらせ、白夜のもとへ走り出した。



「千晶ちゃん?! 千晶ちゃん‼」

「ティーナ‼」



 驚くのも無理はなかった。


 そこにあるはずのルスランの遺体も、千晶の身体も。


 機体の中には無かったのだから。



 悲鳴混じりにその名前を呼ぶ。しかし返事は返ってこなかった。

補足

千晶は以前から白夜と視界をリンクしているようなシーンがありました。それは今回消えるためのフラグであり、白夜と意識が同一化してしまう時があったからです。

また、最後はルスランの攻撃をあらかじめ予測し、残像を残すほどの早さで既に上空にいました。

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