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上位三人の闘い

グロ注意


 拳銃で撃ち合いながら 距離を詰めてゆく。ルスランがナイフを投げつけ、マキシムはそれをかわす。ルスランはもう一本ナイフを抜き、一気に距離を詰めるとマキシムの喉を狙った。

 ギィンッ‼と金属音がこだまする。ナイフの刃は拳銃の銃身で防がれていた。

 空いた手でマキシムは腹を抉るように拳を入れる。しかし拳に伝わってきたのは科学合成の衣類の感触。防弾チョッキを着ているらしい。



「なっ……!」



 離れようとするが遅かった。ルスランの銃がマキシムの腹の前で炸裂する。



「がぁっ……!」



 マキシムの体は1メートルほど吹き飛んだ。飛んだ、ということは彼も同じく防弾チョッキを着ている証拠。

 ルスランは迷わず頭を狙い、銃を撃つ。すぐさま避けて逃げるが、弾は頬と腕を掠めた。



「第2位にしては無様な格好だね」



 嘲笑うかのようにゆっくりと歩くルスランから、マキシムは息を切らして離れようとする。



「もしかして弱くなった?」

「……お前こそいつもの威勢はどうした!」



 叫ぶマキシムは、先まで千晶に繋げられていた機械を投げつける。それを難なく避けるルスランだが、今度はチューブが飛んできて銃を持つ手に巻き付いた。



「?‼」



 流石に驚いたルスランだが、狼狽えることなくナイフでそれを切る。チューブを手放したマキシムは正面ではなく横から回り込んだ。


 速い。ルスランでさえ気付くのに遅れたくらいだ。



(2位は伊達じゃない……みたいだな)



 声に出さない称賛を唱える。マキシムの銃はルスランの頭に向けられ……



「ルスラン‼」

「マキシム……」



 ルスランは小さく笑う。



「残・念・でした♪」



 蛇のように毒々しく、泥沼のように薄汚い笑顔に変貌し、口にくわえているものを見せつける。

 それは閃光弾のピンだった。


 不意に目を潰すくらいの強い光に襲われ、マキシムは僅かだが躊躇してしまう。

 その横っ面を肘が。腹を銃弾が襲い、マキシムの体は再び飛んでしまった。



「近接戦闘だけはマキシムより上だしね。癖とかそういうの、結構理解しているつもりなんだよ」



 光が収まらないなか、突然の目眩ましで両手を眼にあてていた紫音の隣で、不気味な気配が動く。

 突如、ズチャッという生々しい音をたて、同時に女の子の悲鳴が耳を痛くする。



 まだ回復していない視界の中で動いた時、打撃が腹を貫いた。

 息が詰まる。痛みのあまり、思考が停止する。腹を抱え膝から倒れる紫音の上で、声が聞こえてきた。



「ティーナ……ああ……ティーナ……」



 うっとりとしている声はルスランのだった。時々、千晶の荒い呼吸が聞こえてくる。

 水が落ちるような音と、それをすするような音。その音がするたび、千晶の喘ぐような呼吸は繰り返される。


 背筋からゾクゾクッと嫌な寒さが走った。今、近くで何が起きているのだろう。


 戻ってきた眼には、2人分の立っている脚が見えた。しかし片方は無理矢理立たされているのか、力が入ってるように見えない。



「誰にも渡さない……」



 ルスランの声は何かをくわえているのか、少しくぐもったものだった。

 しかしあまりに粘着質で、おぞましいくらいに心酔しているようなしゃべり方。


 ようやく回復した目が捉えたのは。


 背後から千晶を抱くように支え、その肩に歯を突き立て、バンパイアのように彼女の生き血を啜る、ルスランの姿だった。

 手は腰にかたく巻き付き、千晶の肩に顔を埋めるルスランの眼はギラギラと光り、時々肩から離れる口にはベットリと血がこびりつく。


 なんて残虐な。なんておぞましい。


 人とは思えない行いに紫音は身震いをした。

 千晶の肩から血が流れ、服を汚して行く。彼女の顔色はさっきよりもさらに白くなっていた。

 これ以上は危険だ。ただでさえ今、血の少ない千晶が更に失血してしまったら……



「ティーナ……俺に血を捧げてくれるなら……俺は闘える。いつまでも……そうなればトップに立つのは俺だ」



 狂気に満ちたネットリとした声で、ルスランは千晶の肩にもう一度口を当てた。

 怪我をしている千晶にとってそれは痛みでしかない。反抗しようとルスランの手を掴もうとするが、力の無い手では振りほどくことなど叶わなかった。



「やめて……」



 かすれた声しか出せなかった。

 幼馴染みが受けている仕打ちに、今にも千晶の命が摘み取られてしまいそうな状況に体は震えていた。



「このままじゃ……‼」



 突如、銃声と共にルスランの頬が裂けた。ボロボロになって地に伏しながらもルスランに向かって銃を突き付け、マキシムは唸る。



「ティーナを放せ……!」



 しかし満足に立ち上がることの出来ないマキシムへ鼻を鳴らしてみせ、ルスランは照明を銃で破壊する。一気に周囲は暗くなった。



「な……っ!」

「ルスラン‼ どこだ!」



 暗がりの中、ルスランの嘲笑うような声が響き渡った。



「丁度試したいと思ってたんだ。せっかくだし俺の実験に付き合ってよ」



 その場を離れる足音が。

 暗闇の中で端末のライトを着けるが千晶とルスランの姿はなかった。


 マキシムの呻き声が近付く。



「シオン……無事か?」

「あ……はい……私は……」



 大丈夫です、と言いかけて急に胸を不快感が襲う。腹を蹴られた衝撃と、さっきまで人ならざる行為を見てしまったがために吐き気が込み上げてきたのだ。



「……照明を破壊されたのはこの一画だけ。あとはまだ灯りがある……ティーナの血痕があるはずだ。辿ればすぐに……」

「……歩けますか」

「ああ……これくらいの大怪我は久しいが……」



 彼の口からは血が流れている。


 まだ痛みの残る体に鞭を打ち込み、2人は血痕をたどり始めた。







~~~数分後……~~~


 倒しても葬っても、次から次へと敵は波のように押し寄せる。



『流石にパンドラの連発はキツいかな……』



 兄の声には疲れが見えていた。

 エネルギーを適度に調整し、処理し、撃つ。この作業を繰り返しているうちに体力と精神をガリガリと削られたらしい。パンドラの使用は心身に負担を与えるが、通常に一工夫くわえ、連発する昴への負荷は重い一撃を放つよりもかなり大きなものだった。



『キリがねぇ……早く千晶の所に行きたいのに……!』

『こういうとき……妹が居てくれたらなぁ……』

『だからその妹が捕まってンだろ』

『いやいや、「お兄ちゃん、頑張って」って言ってくれる存在が……』

『くたばれ‼』

『……試しに将斗、言ってみてくれる? さっきのお礼と思って』



 その礼は先程のパンドラでチャラでは? そう思いながらも試しに………



『……頑張ってくれよ、兄貴……』

『……ちょっと元気になったかも』


 まじか。


 呆れている将斗のレーダーに、高速で接近する機体の反応が出たのはその時だった。



『兄貴‼』

『?‼ 速い……まさか敵のパンドラか……!』



 さらにはりつめた緊張が。敵のパンドラなら分が悪い。

 しかし機体が近付くにつれ、2人は確かにその姿を確認した。

 白銀の装甲。自分達のより少し小さめのフォルム。滑らかに動く一つ眼のそれは……



『……嘘だろ?』

『あんな距離から、千晶の制御なしに……』



 敵の隙間を巧みにすり抜け、兄弟の脇を通過するのは、今誰も載っていないはずの千晶の機体。


 白夜だった。



~~~~~~





 血痕を辿るにつれて、声は大きくなってゆく。



「いつも3番目。好きな人にも、負けたくない人よりも下を行く日々が俺は嫌だった。


 ティーナを仲間として認めても、俺にはプライドがある。だから勝ちたかった


 ほしかった。お前達より上である何かが。

 お前達以上の名誉と力が」



 地下通路の血痕は上へ、かつて食堂として使われていた広間へと続いていた。

 テーブルなんて一切取り除かれた空間に佇むひとつの影。それを見たとき紫音とマキシムは絶望によく似た、腹の底が重たくなる感覚を覚えた。


 大柄な人に近いシルエットだが、そのあちこちには装飾のようなゴツい出っ張りがうかがえる。灰色の装甲。両手の甲からは剣が延び、暗闇の中で光る赤いひとつ眼はこちらを見据え。


 そこには悪魔が立っていた。肘で胸元を締め上げるようにして千晶をぶら下げている悪魔。


 1つ眼の魔神。


 ATC ……それもパンドラを使用したタイプの。


 マキシムが歯軋りをする。紫音は逃げられないと悟る。



『ティーナの血にはパンドラを起動する因子がある。俺はその血を飲んだ。だから俺は今……』


 ルスランの声はATCから聞こえてきた。


『パンドラを操れる』








 駄目だ。このままでは皆殺しだ。

 そう悟ったマキシムは迷わず紫音の手を引いた。



「君達の仲間に合流するぞ! パンドラ相手なら同じパンドラをぶつけるしか手がない!」

『させないよ』



 声はすぐ後ろから聞こえてきた。一気に迫ってきたのか。マキシムは歯軋りをし、かがみ込むようにしてルスランへとスライディング。


 ATCの死角に入った。



「シオン! 今のうちに逃げろ‼」



 マキシムは膝の裏を脚で刈る。いくら新型のATCの装甲が硬くても、中の人体に強い衝撃が来ればただではすまない。

 ましてや膝のような関節部は弱く出来ていて……


 だがルスランの機体は上空へ浮き、足払いを避けていた。



『ティーナへの被害を考慮しているマキシムなら、彼女に攻撃があたらないようにする……そうくると踏んでいたよ』


「くっ……っあああああっ!」



 今度は両手を振る。するとマキシムとルスランを取り巻くようにあちこちに太めのワイヤーが張り巡らされていた。

 ナイフや真鍮を端に取付け、投げて飛ばすこの技。千晶が大勢相手に使うのと全く同じだった。



(まるで千晶ちゃんの……!)



 しかしルスランはフンと笑った。



『ティーナが普段できる技……本気を出してその6割程度……それでパンドラに勝てるとでも?』



 ワイヤーはルスランの機体の自由を奪っていた。四肢の隙間をワイヤーが突き抜け、一部は巻き付いてもいる。

 見事な投擲能力。空間把握、処理能力。

 彼がクレムリンのトップに輝くのも頷ける。


 しかしルスランの言葉に紫音は不安を抱いた。



「マキシムさん駄目ですっ!」

「な……? っうああっ!!」



 ルスランはワイヤーを片手で強引に引き抜き、鞭のようにしてマキシムの肩を叩いた。マキシムの体は勢いよく地面に打ち付けられる。

 内臓をやられてもおかしくない衝撃だ。そんなマキシムの頭を目掛けてルスランは手の甲から突き出る剣を走らせる。



『せっかくだから切れ味を確かめさせてくれよ、マキシム』



 しかしマキシムも負けてはいない。倒れながらも剣の腹を蹴りあげる。鋭く突き上げられた膝は剣をまっぷたつにした。



『むっ……!』



 弾けた勢いに姿勢を崩す。その片手で抱き上げていた千晶が地へと滑り落ちていった。



「!」



 紫音はそれを見逃さない。自分の体をクッションのようにして千晶の体を抱き止めた。勢い余って肩の傷が口に当り、血の味が広がるが気にしない。着ているシャツで簡単に傷を塞いだ。



『返せ……!』



 千晶を奪還されルスランは紫音へ手を伸ばす。しかしその後頭部をマキシムの脚が蹴りあげた。



『がっ……!』



 ここにきてようやくルスランがよろける。千晶を引きずるように、紫音は歩き始める。



『マキシムっ……!』

「ルスラン……!」



 もう片手の剣を振る。しかしマキシムはそれをかわし、今度は胸に一発入れる。



『ぐぅっ‼』



 殴る。殴る。蹴る。撃つ。


 マキシムの猛攻を前にあのATC は受けの姿勢となっている。

 強靭な体を持った戦闘のプロがATCを殴れば、中の人物はダメージを受ける。衝撃緩和材は限られているし、場合によっては脳震盪や内臓の破裂を引き起こす。

 そしてクレムリンのナンバー2であるマキシムは近接戦こそ三人の中では苦手なものの、状況把握や瞬時の判断はずば抜けていた。苦手なものをこれで補っていたのだ。

 だから近接戦でも有利に引き込めば、それを無限大に活かすための判断を下すことができる。そして


「終わらせる……!今ここで……!」


 装甲を殴り続け拳の皮膚は裂け、骨は痛い。

 でも構わない。ここで手を止めたら確実に負けるのだから。


「くたばれ……ルスラン……っ!」


 顎に一発。これで脳震盪を引き起こせる。

 はずだった。


 拳は寸でのところで止まり、



「っう……!」



 その腹を、剣が貫く。



『意外と楽しかったよ。マキシム。ありがとう、いい実験台になってくれて』




 世界が止まって感じる現象がある。


 まさに今がそれだった。


 静かで、物音ひとつしない中、マキシムは驚いたように目を見開いている。


 千晶もその様子を目の当たりにしてしまった。


 目の当たりにし、口もとをひきつらせる。

 マキシムの腹から血が溢れるのを見て


 紫音がすべてを理解するより早く。ルスランが自分達の姿を探そうとするより早く。



 狂犬は叫んだ。



「白夜ぁああああああああああああああああっっ‼‼」


『そこか!』



 ルスランが銃口を2人に向けた。鉛の弾が一直線に飛んで行く

───


 しかし銃弾が千晶や紫音に当たる事は無かった。



「千晶ちゃん……」



 紫音を背に守るようにして、白夜は拳を開く。バラバラと落ちた銃弾は地面に飛びはね、そして転がる。


 肩で息をし、狂犬は怒りを、殺意を。


 かつての戦友ともに向けた。

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