裏切り者と足手まとい
前回・紫音がマキシムに捕まってしまいました。
目隠しをされ連れてこられた部屋は狭くも整頓されており、水道管には手錠の片方が。そしてもう片方は紫音の右手に繋げられていた。
着いてからは目隠しを外され、マキシムはメイクを落とすと言ってシャワーを浴びていたのだが天田に連絡を入れた直後、戻ってきたマキシムに携帯を破壊されてしまったのだ。
「すまない。今は捕まるわけにはいかなくてな」
上半身は素っ裸。鍛えられた体は筋肉に覆われ、訓練で傷ついたのだろう傷だらけの腹や胸板をそのままにマキシムは平然とした表情で謝る。握っただけで携帯を粉々にしたというのに怪我を負うこともなく、体の丈夫さと屈強さをまざまざと見せつけられた。
「……私を殺すつもりですか」
精一杯の強がりで睨む紫音。しかしマキシムは両肩をすくめるだけでなにも言わず、腕時計を覗いた。
「千晶ちゃんを……どこにやったのですか」
もう一度問う。するとマキシムは意外そうに目を見開くのだった。
「ティーナが気になるのか?自分も殺されるかもしれないのに?」
「…………」
今度はこちらが黙っているとマキシムは手早く着替え始めた。
「安心してくれ。君を殺すつもりはない」
「……は?」
なんと言った?
殺すつもりはない?
敵なのに?
「なら……」
「君が協力してくれると踏んでいた。じゃないとこんなことはしない」
淡々と話ながらもみるみるうちに着替えは進む。よく千晶が着ているような袖無しのシャツに、底の厚そうなブーツ。一見するだけで軍人を思わせる服装へとマキシムは変身した。
「君が調べたものを見せてほしいんだ。それから一緒に来てほしい」
「なぜ……」
「ティーナの居場所を知りたいんだろう?俺と一緒にいれば行き着くはずだが……いやか?」
彼女を救うためなら仕方のないように思ってしまった。
「よし、いい子だ」
そこでマキシムはようやく笑いかける。 彼は髪の色も黒いし目を除けば立派な日本人らしい顔つきをしている。おそらくそれも理由で工作員としての道を熱望されたのだろう。
眉は細く、キリッとした顔立ちだが今みたいに笑うとえくぼが見えて、親しみやすいオーラを放っていた。
「もうすぐ仕度を終える。それまで待っててくれ。行く途中の車で色々話そう。聞きたいこともたくさんあるし」
「……何を聞きたいのですか」
こちらの組織についてだったら断じて話しませんと態度で示すとマキシムは至極真面目な顔で
「こちらでのティーナのこととか……ああ、好みの食べ物とかだな」
「…………は?」
ふざけてるのか?
しかし彼は真面目なようすで。
どう見ても千晶を拐って殺そうとしているようには見えなくて。
疑問、混乱。
そんな気持ちが溢れかえって、あほらしい声を出してしまった。
「何してくれてんだ。巻き込みたくないから紫音は関わらせないんじゃなかったのか」
五木が来るのを待ちながら電話で天田に怒りをぶつける。
『………そのつもりだったんだがな。さすがにこればかりは……』
「こればかりは?」
2人の声に殺意さえこもる。言い訳次第によっては殺すと言わんばかり。
天田が言い訳に淀むのは珍しい。それは裏に五木や山縣が絡んでいるときだと、今回の一件で学んでいた。
「あの2人の指示ですか?」
昴が踏み込んでみると今度は沈黙。ビンゴらしい。
2人が天田にとってどのような存在かはわからない。しかし今は紫音と千晶の奪還が優先であった。
「何を考えてるんだ、あの人達は……」
「早く終わらせて問いただす必要があるね」
「今問いただしてもいいんですよ」
気付けば背後に缶コーヒーを3人分抱えた五木がにこやかな表情で立っていた。
相変わらず背後を狙ってやってくる。常日頃から暗殺を意識するあまりに背後には気を遣ってる分、今のようにやってくる五木に苦手意識さえ抱きそうになった。
「私達がなぜ、このような不可思議な行動を取るか……気になってるんじゃないですか?」
そして余裕のある姿勢。普段の昴とどこか似ているのは気のせいだろうか。
「……それなら何点かお聞きしても良いのですか?」
最初に昴が食いついた。それを五木は笑顔で受け答えする。
「勿論です」
「紫音ちゃんを巻き込んだのは……あなた達ですね」
「さぁ、どうでしょう」
にこやかな笑顔のままだ。
「貴方達は千晶の件を予測していた。それは何故です?」
「さぁ、なぜでしょう」
質問はしていいが、答える気はさらさらない。と言うわけか。
なら今、これ以上尋ねるのは無理か。2人は半ば諦めていた。
だから将斗も投げやり気味な質問をぶつける。
「なら、あんた達はこれから先に起こりうることを知っているのか?」
これに対してだけ、五木は真面目に答えてくれた。
「いいえ。ここから先どうなるかはわかりません」
急に真面目で、鋭く、まっすぐにこちらを見て言うのだ。昴も将斗も、いきなりの変化に思わず体を震わせる。普段のフリーダムな雰囲気の五木が急に真面目な顔をするなんて、この上なく不気味に思えた。
「今この段階で、私達の予測とは大きなズレが生じています。多少一致するところはあるかもしれませんが……今後何が起こるのか、ほとんど先読みすることはできません」
「ズレ?」
どこか気になるフレーズに思わず反応してしまう。
五木は答えず、持ち出したタブレットを見せた。そこには道内の……それも道北方面の今は機能していない工場や病院がリストとして並べられており、いくつかは赤いラインで印を付けられていた。
そして印を付けられていた中にひとつだけ、タッチペンでチェックをつけられているヶ所が。
「今この段階にあるこのデータも、ズレのひとつです。
ですがこれは決して悪いことではありません。紫音さんはこの短時間でここまで調べあげてくれたのですから」
稚内にある旧病院。そこは既に機能していないが、建物だけは残されている状態であった。
千晶の血液採取とパンドラの保管に適した場所。
それには機材を持ち込みやすく、尚且つ広いスペースが必要な場所。
なんとも理想的な環境ではないか。
「紫音さんは必ずこの場所に行きます。そしてそこには……」
千晶さんもいるでしょう。
言い終える前に将斗と昴は身を乗り出した。
場所がわかったならあとは行動あるのみ。
そしてATCが必要となる可能性が高いことも理解できていた。
千晶が拐われる前日、マキシムは潜伏先の部屋で呼吸を整えていた。
今捕まるわけにはいかなかった。だが包囲網は確実に迫ってきている。このままではいつ見つかるかもわからない。
判断に迷う彼の部屋に、不審者が近付いてきたのはその時である。
気配にいち早く気付き、拳銃を抜いて構えた。しかし気配の主はまったく動じた様子もなく、扉越しで緊張感の欠けるような声で話しかけてきた。
「安心してください。貴方と敵対するつもりはありませんよ」
それは知らない女性の声だった。
「……何?」
拳銃を下ろすことなくマキシムは尋ねる。
「少しだけ貴方のお手伝いをしたいんですよ。こちらの条件を呑むかわりに、ね」
「……」
今度は男の声が聞こえてきた。
「今、あなたは追っ手の目を欺くのに限界を感じてきているのではないですか?」
「なぜそう思う」
「そんな切羽詰まったご様子で、まだ強がるのですか?」
見抜かれていたのか。マキシムの持つ銃が僅かに震える。それを見透かすかのように声は少しだけ柔らかなものとなった。
「この端末に、必要なものは全て記してあります。
使うかどうかは……あなた次第ですよ」
そう言い残し、謎の人物は去って行く。扉には携帯電話が吊るされていた。
「と、残されていた端末にはさっきの隠れ家や君のこと、そして君が情報を持ってやって来るだろう事が書き込まれていた」
助手席で話を聞きながら紫音は考えた。
おそらくその不審者は五木と山縣だろう。話し方の特徴からその可能性は高い。
では紫音がマキシムと合流するようわざと誘導を?そこに何の意味がある?
マキシムは敵だ。千晶を拐い、今も怪しげな行動を続けている。紫音の調べた情報にどのような価値があるのかはわからないが、敵に塩を贈るような行為をして将斗達に迷惑をかけているのではないだろうか。
足手まとい
そう、自分はそうならないよう頑張ってたつもりだが、結局は迷惑をかけているじゃないか。
「すまないが……君が調べた情報を見せてはくれないか」
運転しながらマキシムが要求してくる。差し出すべきか迷ったが、ここで抵抗して殺されたりでもしたら今度こそ将斗達の迷惑となってしまう。
黙って情報の入ったメモリーを差し出すとマキシムは片手でそれをノートパソコンに差し込み、中身を開いた。
並べられたリストを一瞥し、感心したように口に笑みを浮かべる。
「短時間でここまで……流石、噂通りの腕前だ」
「……ですが私はこの情報が何を意味しているのか、まったくわかりません」
マキシムが紫音を見る。「本当に?」と問いたげな表情に紫音はうなずいて見せた。
「じゃあ君は……目的も何も知らされず?」
「私は……千晶ちゃんを助けたいから……言われたことをしただけです」
「……そうだったのか……」
何故だろうか。マキシムは目元を険しくし、黙りこくってしまった。話すべきか、話さないべきか。その2択に迷っているようにも見える。しかしここまできたらもう戻れない。紫音は強くその横顔を睨み付け、問いかけた。
「貴方はこの情報で……何をするつもりなのですか?」
車は札幌市外から石狩へと乗り出る。もう一度データと紫音をチラリと見て、マキシムは申し訳なさそうに声のトーンを小さくした。
「……すまない……君ならある程度の事情を知っていると思ったから連れてきたのだが……こうなってしまうと、ただ巻き込んだだけになる」
「?どういう意味です?」
「まず結論から言おう」
丁度赤信号になり、車は停止する。クーラーをつけて涼しい風を肺いっぱいに吸い込み、マキシムは告げた。
「俺は敵じゃない。そして今からティーナを救いに行く」
……え?
……ええ?
今、何て言ったんですか?
敵じゃない
救う?
いや、でも現状としては……
「……はひ?」
我ながら間抜けな声をあげ、紫音は首を傾げた。
おや?
もしかして今、食い違いが生じている?
おまけコーナー
とあるバーで……
イヴァン「参ったな……最近、ルスランやマキシムにロシアキャラ(?)を持っていかれ、五木と山縣は怪しいキャラとして確立してきた……
このままでは私、立場を無くしてしまうのでは?
……いや、待て……ティーナの保護者的立ち位置は……む……モノロフ大佐とアベルツェフ家?……仕方ない、なら別の方向性でキャラを固めて……(ぶつぶつ)」
外……
ルスラン「久しぶりに四人で飲もうと思ったら……」
マキシム「あんなことに……荒んでるとはな……」
千晶「最近、キャラ薄くなってるからね」




